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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第13話 ゲームか、現実か

 さて、紛うことなき『黄金病』との対峙である。

 レオはマントを脱ぎ捨て、身体中に流れる血の音を聞いている。集中力が高まり、思い出されたのは、先日のエルとアルの親族の症状だ。


 ?poisoning


 これが『黄金病』の正体とするならば、『黄金病』の正体は、なんらかの『毒物』による中毒症である。そして、治療には『キュア・ヘヴィ・コンデション』の魔法が有効だ。

 レオは用心深く、そっとセシルの額に触れると同時に、ヒールを発動させる。


(HPを回復させても、全身の紫斑……壊疽に改善の兆しなし。つまり、この状態がデフォルトとということか……)



 黄金病の病理を解析せよ。



 治せとは言ってない。つまり、SDGのシステムはこの『黄金病』の仕組みを解明しろと言っている。

 レオは手近なテーブルを引き寄せると、ポーチから取り出した大量の『MP回復タブレット』を卓上にぶち撒いた。

 一錠摘まんで口元にやったところで、背後からの呼びかけに動きを止める。


「レオ……!」


 アデルに伴われてやって来たアキラと、視線を合わせる。


 部屋に充満する匂いに口元に手をやったままのアキラは、ベッドで唸り声を上げるセシルを見て、ぎょっとし、それからテーブルの上を見やり、厳しい表情で言った。


「……末期だね。よくもまあ、ここまで保ったもんだ。この病気に下手な延命措置は禁物だ。レオ、悪いことは言わない。手を引きなよ」


 それには応えず、レオはタブレットを一つ噛み砕く。


「命の輝石を用意してもらいたい。金はアデルが払う。それと、黄金病に関しての情報を全て」


「……キミ、ボクの話を聞いてるかい? それは不治の病なんだよ。無駄だって言ったんだ。それに……命の輝石だって? こんな辺境にあるもんじゃない」


 レオが再びヒールを発動させ、セシルは淡いエメラルドグリーンの光りに包まれる。


「金の問題か……? だったら言い値で――」


「違うっ! 違う違う違う違う! 違うっ!」


 さっ、と顔色を変えかけたアキラだったが、悪戯っぽい表情で笑みを浮かべるレオの様子に、うっと思わず黙り込む。


「好きなだけ払うって言ってんだ。そこの女が。目の玉が飛び出る位の額を、ふっかけてやればいい」


 レオは顎で、青ざめた顔のアデルを指す。


「あ……」


 この雰囲気、この状況下で、この不埒。

 他者を思いやりなからも、なお不埒。そんな彼は命懸けでも、なお不埒。死に瀕しても、なお不埒。

 神経質で癇性のアキラが、彼のこの性分に救われたのも、傷つけられたのも、一度や二度ではない。

 アキラの肩から、どっと力が抜ける。


「まったく……キミと来たら、相変わらずだね」


 目の前で、悪戯っぽく笑む男――これが、アキラ・キサラギの愛したレオンハルト・ベッカーという男だ。

 この真面目に成り切れない性分は、きっと彼の短所なのだろう。だが、何らかのトラブルにより、その短所が損なわれたとすれば、アキラはそれを腹立たしく思う。

 アキラは、やれやれと溜め息を吐き出した。


「……黄金病に関する情報は、もう無い。ボクは神官じゃない、専門外だ。でも命の輝石に関しては……今、一つだけなら持ってる」


 レオは片方の眉を吊り上げる。光が見えて来た。


「譲って欲しい」

「いいよ。ただし……これはキミに貸しておく。アデルじゃない。キミに、だ」

「ああ、わかった」


 即座に了承するレオの様子に、アキラは笑みを返すと、人差し指に嵌めていた指輪を外して、テーブルの卓上に置いた。


「キミはまた、不思議なことをするんだろうけど……うまくやりなよ?」

「もちろん」

「人使いの荒いキミのことだ。他にも頼みがあるんだろ?」


 レオは、にっと笑った。

 過去――そして現在に於いて、レオンハルト・ベッカーとアキラ・キサラギは、凹凸ながらも息の合った良い組み合わせだ。


「人手を。エルとアルでいい。……アデル、おまえも手伝え、いいな」

「は、はい……」


 アデルは少し眉間に皺を寄せたものの、頷く。それを一瞥し、レオは再びアキラに向き直る。


「一応、命の輝石がないかショップを当たってくれ」

「了解」


 アキラは、どん、と強くレオの胸板を叩いてから、アデルの私室を後にした。



◇ ◇ ◇ ◇



 間を置いて、エルとアルの姉妹がやって来た。二人はアキラから状況の説明を受けて来たのだろう。厳しい面持ちで口を噤み、一瞬だけ気まずそうにしたアデルと視線を合わせ、それから、ベッドで苦痛の唸りを上げるセシルの横に腰掛けたレオの側に侍る。

 エルが静かに言った。


「……レオンハルトさま、お呼びで」


 レオはMP回復のタブレットを一つ口に放り込むと、次のように指示を出した。


「アルは清潔な布、湯をありったけ持ってきてくれ。エルとアデルは、セシルの包帯を清潔なものと取り替えるんだ」


 流涎はなぜ起こる? 手指どころか全身に及んでいる壊疽の原因は? 痙攣はなぜ起こる? その全てに、レオは答えることができない。指示を出しながら、思考を巡らせるが、こればかりは『知識』の問題だ。『知識』が無い以上、以前と同じ流れを辿るしかない。

 レオは言う。


「この娘は、既に死につつある。そこで……」


 『命の輝石』の出番だ。アキラが差し出したのは『翠石の指輪』だが、これに嵌まっている石は『命の輝石』である。付与効果として、装備時にヒーリング効果。魔力解放で『翠石の指輪』は消失するが、生命力の上限を増加させる。生命力が増加すれば、それに伴って最大HPも上昇する。『手遅れ』でない状況に戻すのだ。その後は、『キュア・ヘヴィ・コンディション』(CHC)の魔法で毒抜きを行う。

 『内耳炎』治療時の流れを組むため、セシルの身体を清潔にする必要があった。


「パラライズで痛みを取る。その間に包帯を取り替えて、指輪を嵌めてやってくれ」

「?」


 指輪を嵌める。その行為に何の意味があるのか。アデルは首を傾げ、二人の姉妹も同じ疑問を抱えたが、黙って頷く。


 処置が続き、その間、レオはタブレットを齧り続ける。低レベルのヒールとはいえ、常時発動は堪えた。

 MPを減らしては、回復させる。

 数値の上では問題ない行為だ。しかし、レオは酩酊感と吐き気を感じている。


(この症状は……マジックドランカー……? なぜ……?)


 精神力(MP)を消費して、回復させるという行為を、短時間の内に何度も行う。特殊な世界観を持つゲーム世界ならではの行為だが、彼の背負った現実はそう甘くない。

 ドーピング(薬物濫用)による負荷が身体に負担を掛け、マジックドランカーと酷似した症状を呈しているのだ。

 便利だが、便利過ぎない『技術』。それがこの世界での『魔法』の位置付けだ。レオの予想を超え、限界は瞬く間に訪れた。


「急げ……余り、もたない……」


 低く言うレオは、強い目眩にふらつく。



「倒れたら、そこまでにするよ……」



 レオが振り返ると、険しい表情のアキラが、腕組みした姿勢で入り口のドアに凭れ掛かっている。


「まだ、薬は残って――」

「あきらめなよ。『絞り出し』は、絶対にやらせない」


 絞り出し……レオは初めて聞く言葉だ。つまり、プレイヤーである彼をして、まだ知らない『ルール』が、この世界に存在するということだ。

 そして、アキラは首を振る。命の輝石は準備できなかったようだ。


 アデルは、じっとりと冷たい汗を流す。黄金病の末期患者であるセシルの病状は進行していて、特に手指に広がった壊疽は酷く、無事な指は一本もない。その今にも腐り落ちそうな指に、指輪を嵌めろ、というレオの要求は、彼女にとって無理難題に過ぎる。


「マダム、貸して下さい」


 アデルの手から、アルが指輪を奪い取り、セシルの指に強引に指輪を嵌める。肉が破れ、どろりと黒い血が流れだし、その隙間からは白い何かが覗く。

 アデルは恐怖と怒りに悲鳴を上げそうになった。


「アル……おまえ……!」


「怒るのは分かるけど、そんな暇はないと思うね」


 応えたアキラのコバルトブルーの瞳は冷たく輝き、アデルへの嫌悪の念を隠さない。


「……終わったか……?」


 呟いたレオは在らぬ方を見つめる。マジックドランカーによる視野の狭搾だった。


「次は、起こせ」

「……は?」


 現在のセシルは、パラライズ(麻痺)の魔法により、苦痛を除かれ、眠りに落ちた状態だ。その状態からの覚醒を迫るということは、痛みに再び向き合えということだ。

 アデルの表情が、はっきりとした嫌悪に塗れる。


「……あんた、何を考えてんですか……!? 指輪嵌めろって言ったかと思えば、次は起こせ? いい加減にしてくださいよ……!」


「うるさい。でかい声を出すなと言ったぞ……」


 というのが、レオの答えだ。

 この世界に属さない彼こそが、この場に居合わせた誰よりも、忌避の念を抱いている。

 だが、既に、賽は投げられたのだ。


 レオは倒れ込むようにしてセシルの耳元に口を寄せると、囁いた。


「起きろ、セシル」


「な……」


 まさに悪魔の所業だった。アデルの表情に、強い憎悪の色が浮かぶが、アキラだけは変わった様子はなく、腰の脇差に手を掛けた。


「動くな。レオの好きにさせるんだ。動けば……斬る……!」


 ――チンッ、と小さく、だが、ふんだんな殺気の籠もる鞘打ち音を響かせてアキラが、アデルを牽制する。

 はっきりとした殺意に逡巡し、アデルは少し鼻白む。そして――


「あ、ああ……」


 短く呻き、セシルが目を覚ました。


「あ、あああ、あうあうあ……!」

「聞け、セシル」


 ともすれば途切れそうな意識の中、レオは何度も首を振る。


「おまえを絶対に助ける。だから、俺の言うことに頷け」

「ころ、して……」


 そのセシルの呟きに、アデルは堪らず涙を流した。


「ちくしょう……アレクエイデスのやつ……。なんて悪魔を呼び寄せたんだ」


 レオを睨みつけたままでいるアデルの瞳に大粒の涙が溢れ、その表情が憎悪と嫌悪に染まって行く……。

 

「ちくしょう、ちくしょう……レオンハルト・ベッカー……くそったれの生臭坊主……永遠に呪われるがいい……!」


 その呪詛の言葉に、レオは自虐的な笑みを浮かべる。それは、今にも泣き出してしまいそうな、傷ついた男の悲しい笑顔だった。


「セシル……おまえを、連れて行く……頷け……」


 酩酊に似たマジックドランカーの症状に犯され、冷たい汗を浮かべるレオの手が、うっすらとエメラルドグリーンの輝きを帯びる。パラライズの魔法だ。

 全身を襲う激痛を緩和され、セシルは無心で頷く。このような状況だ。悪魔の取引にでも同意しただろう。


 特性値アップの能力を持つアイテムの『魔力』を解放させるためには、プレイヤーの干渉が必要不可欠だ。アイテムの使用法に少なくない時間を費やした彼の結論がそれだ。冒険者たちの間で『アクセサリー』が流行らない理由の一つでもある。

 セシルに『翠石の指輪』を装備させ、ステータス画面からの操作でアイテムに干渉せねばならない。パーティに加えたのは、やむを得ぬ仕儀によるものだ。


(ゲームの世界、か……)


 自嘲の笑みを浮かべながら、レオは指先を宙にさ迷わせ、ステータス操作によるアイテムへの干渉を行う。その動作はメルクーアの神官が、よく切る『聖印』の形に酷似していて――

 『翠石の指輪』が眩いばかりの光を放ち、秘められた『魔力』を解放させる。



 NEME セシリア

 SEX femare

 HP 3/7

 ST 3/7

 MP 42/42

 CONDITION ?poisoning



 これで生命力とHPは、最低限ではあるものの、エルフという種族の特性値の基本数値になった。

 続けて、レオは新たにヒールの魔法を発動させる。


「あ、ああ……」


 セシルが再び呻くが、その悲鳴は苦痛に満ちたものではなく、むしろ安らぎを感じさせる歓喜の吐息だった。

 一切、治癒魔法を受け付けず、壊疽に犯され、紫斑が浮かんだままだった身体に、健康なピンク色の血の気が差し、表情も血色がよくなった。


「治ってく……す、すごい……」


 アルが驚嘆の声を漏らし、その隣ではアデルが目を見開き、呆然としている。

 そして――



 セシルに最後の祈りを……failure(失敗)



 掠れたようになって消えている。


(これはまだ……システムの手のひらの内ということか……?)


 レオはさらにCHCの神官魔法を発動させ、セシルから完全に毒を抜いてしまうと、その場にへたり込み、珠のような汗を大量に流した。


「……」


 アデルは棒立ちになり、肩で荒い息を吐くレオを見つめている。


「さっすが、王さま!」


 アルが場の雰囲気にそぐわない快哉の声を上げ、その様子にアキラは不快感を露に眉を顰める。

 アキラは思うのだ。

 レオンハルト・ベッカーという男の不思議が、理解されることはないだろう。それがどれだけ危険なことか。

 今もまだ、荒い息を吐きながら、固く瞳を閉じ、意識を失わぬように気を張っている彼にはやはり――強いサポートが必要だ、と。



「……疲れた……やはり……レオンハルト・ベッカーは、疲れる……」



 途切れがちに呟かれたその言葉は、誰の耳に入ることもなく、消えて行く。



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