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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第10話 黄金病2

「ニア、寺院の神官を逃がすな!」


 びいん、と痺れるような緊張感が辺りに張り詰めた。


「エル、アル! 患者の身体を押さえるんだ!」


 レオは激しく痙攣する猫型獣人に馬乗りになり、頭を押さえ付けた。


(劇症型の痙攣! 何が起こっている!)


 レオは獣人の口に指を突っ込んだ。このままでは舌をかみ切る恐れがあった。


「アキラ! 布だ!」


 大喝され、アキラははっとしたかのように、レオの元に駆けつける。


「なに、どうしたの!?」

「わからん、突然震え出した。何かの発作か、毒物か」


 こうしている間も、患者の痙攣は止む気配を見せない。レオは、ニアに叩き伏せられた神官たちを、ぎっと睨み付けた。


「おまえら何をした! 嘘をつくと為にならんぞ!」


 瞳に刻まれた聖痕が、瞬く間に赤く燃え上がる。

 精神スキル『威圧』である。レオはこのスキルを持て余している。発動がまるで制御できないのだ。激すると直ぐ発動してしまう。


「ひ、ひっ!」


 神官たちは、ニアに打たれた痛みに呻きながらも、おびえ切った声を上げる。


「ち、違うっ! わしらは何もしていない!」

「そ、そうだ! そいつが勝手に震え出しただけで……」


 そこで患者の痙攣が止まる。全てが停止したかのような脱力しきった姿に、ぎくりとしたアキラが、首筋に手を当て、青ざめた表情をレオに向ける。


「死んでる……」

「……」


 一時の狂騒は嵐のように去り、続いて訪れたのは夜の墓場を思わせる静寂だった。

 その静寂の中、誰かが叫んだ。



「黄金病だ!」



 たちまち、ホールの中は狂乱の渦に叩き込まれた。


「伝染するぞ!」

「逃げろ!」


 右往左往する患者たちが、押し合いへし合い出入り口に殺到する。


「静まれ! 落ち着くんだ!」


 レオはこの場の混乱を収めようと大声で制止するが、場の雰囲気は既にパニックの様相を呈しており、あまり意味を持たない。その中で、同種族の死に呆然としてエルとアルは動かない。猫型獣人の持つ種族間での特種なシンパシーがマイナスに働いているのだ。それを察したのはアキラだけだ。混血種である彼女だけが、それ故に死の衝撃という影響を受け過ぎず、尚且つ姉妹の受けた影響を正確に知り得ることができた。


「エルっ、アルっ! しっかりするんだ!」


 姉妹の肩を揺さぶり正気付けるアキラ。ニアは神官たちの身柄拘束を諦め、棒で周囲を牽制して誰も寄せ付けぬ構えを取っている。

 レオは警戒するニアに耳打ちする。


「混乱を収束させるんだ。方法は一任する。エルとアルは協力者だ。巻き込まれないよう、気にかけてやってくれ」

「うん。レオは?」

「俺はこの死体を調べたい。嫌な予感がする」

「でも……」


 ニアは何とも言えない不安に駆られた表情を浮かべ、猫型獣人の死体を見つめた。


「伝染病か? それを調べるんだ。俺は大丈夫だ。さあ、行って」

「わかった……」


 ニアは浮かんだ不安はそのままに、レオの首筋を撫で、名残惜しそうにしながらも混乱の収束に乗り出した。

 ホールに居る患者はせいぜい四、五〇人と行ったところだ。状況が悪化して、力づくになってもニアならば十分制圧が可能だろう。

 レオは死体の検分に身を乗り出した。



◇ ◇ ◇ ◇



 人気の無くなったホールでは、レオが死体の検分を続けている。

 死の衝撃を受け、ショック状態の姉妹に『眠り薬』を処方して、寝台に寝かせた後、アキラは若干の苛立ちを込めた視線でレオを見つめている。

 ニアは局所でレオの指示を仰ぎながら、数人の怪我人を出したものの、『マインドヒール』の能力を駆使して、ほぼ完璧に近い内容で場の混乱を収めて見せた。

 『マインドヒール』は精神系の能力である。治癒に分類されるこの能力は、『神術』と『超能力』の分野で習得することができる。両者の違いは使用コストにあり、『超能力』での使用が理に適っている。

 急な状況に際して、指示の無かったことに、アキラは少なからず不満を感じている。


(ボクは無視かよ……)


 ニアは少し得意そうだ。手を後ろに組み、口元に笑みを浮かべている。


(むかつく……)


「アキラ、ちょっと見てくれ。意見を聞かせてくれないか?」


 一瞬ニアを睨みつけ、アキラはレオに押し付けられた手元の紙束に目を通す。

 そこに記載されているのは死亡した猫型獣人の詳細な記述だった。


 手足の爪の紫斑。

 耳や手足の末端に壊疽の兆しが見られる。

 同年齢同種同性の獣人と比較して痩身。

 独特の口臭があり、歯茎からも出血が見られる。

 激しい痙攣を起こし死亡。


(また変わったことを……)


 と、アキラは思わずにいられない。検死はメルクーアの風習には無い行為だ。むしろ、死者を冒涜する行為として忌避されるものだ。

 レオは言った。


「生命力が著しく減退している。蘇生は不可能だ。完全死だな、これは」

「黄金病って言ってたな」


 答えたニアの尻尾は左右に揺れている。


(このバカ……喜んでやがる。空気が読めないのか?)


 アキラはいらいらと肯定する。


「確かにこれは黄金病だね。場所からしても間違いないように思う」

「場所? ニューアークの風土病なのか?」


 レオは考え込むように俯き、両手で耳を仰ぐような仕草をして見せた。もっと情報を、のサインだ。


「猫がよく罹る」とニア。

「不治。一度症状が出てしまうと治らない」とアキラ。

「人が変わる」

「言語障害や流涎の症状がある。劇的な症状を見せない限り、この病気の判断は難しい。他の病気の症状と誤解されることがあるからね」

「犬の獣人は、あまり罹らない」

「初期症状として手足や唇の痺れがあるようだね」


 レオは俯き、ひたすらペンを走らせている。


「アキラ、詳しいな?」

「ボクはエミーリア騎士団だよ? 神官の総本山、ニーダーサクソンから来たんだからさ、これくらいは、聞いたことあるよ」

「うあっ、ニアは?」

「ああ、役に立ったぞ。そう、とてもな……」


 レオは考え込むようにして顎を摩る。


「ニア、この場を任せていいか? 少し考えたいことがある」

「わかった」


 機嫌良く頷くニアの横で、アキラは不満に眉を寄せている。


「ボクは?」

「え? ああ、好きにしたらどうだ? 今日はおつかれさん」


 レオはそのまま書類を手に行ってしまう。


「……」

「おつかれさん」


 ショックに顔を引きつらせるアキラの肩を叩いたニアは満面の笑みだった。


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