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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第9話 黄金病1

 マティアス・アードラー主催の会合は、三日後に開かれる。場所は冒険者ギルドのニューアーク支部だ。

 ちなみにアデライーデからの退転は反対多数で否決された。

 レオは頑なに反抗したが、アキラや猫の姉妹による非難混じりの説得は苛烈を極め、これを承諾せずにいられなかったのだ。

 アキラは呆れたように言う。


「キミ、自分が何者か知ってるかい? 悪いことは言わないから、やめておくんだね。今、外を出歩いたりしたら、大変なことになる。『大魔法』の恩恵に与かれなかった奴もいれば、キミの金離れのよさに目をつけてる奴だっている。たかられて目茶苦茶にされるのがオチだ」

 エルの場合は懇願だった。


「レオンハルトさま、お願いでございます。ここに逗留なさいますよう。お支払いなどという詰まらぬことは気になさらないで下さい」


 アルの言葉は、地味に一番堪えた。


「王さま。どうせ戻るんだから、ここに居たって同じだよ」

「お、王さま? 俺のことか?」

「うん、王さま以上に偉そうな人は見たことないよ」

「……」


 アルの言葉に、レオはしばし考え込むことになった。

 ゲーム世界に於いて『プレイヤー』として大きな力を有する彼は、『神』ではないが『王』という存在ではあるのかもしれない。


「海沿いのホテルに行きたいんだ」


 ニアのその言葉に頷いたのは、レオだけだった。

 最後の決め手になったのは、アキラの言葉だ。


「リンはどうするの? キミはトラブル上等だろうけどさ、リンに関しては責任があるだろ?」


 この言い分には、レオも沈黙した。

 確かにそうだ。リンはまだ幼い。攫われでもしたら、目も当てられない。


 しかし、とレオは頭を悩ませる。流石に無銭宿泊は気が咎める。顔を見せぬアデルのことも気掛かりだ。


 金策の提案は、アキラからあった。


「キミは神官なんだからさ、病人を診て稼げばいいじゃないか。……というより、これはやらなきゃ駄目だろうね」

「……そうだな」


 無償での治療が当然だと思われる状況のまずさは、レオも気づいている。町中で遊び回っていたときは、治癒魔法の検証も兼ねて無償でやっていたが、その検証はほぼ終わっている。これ以上は無益どころか有害ですらあった。


「段取りはボクがしてあげるよ。まあ、幾らか貰うけどね」

「ん……どうやって人を集めるんだ?」

「さあね。酒場で、キミはポン引きだとでもぶちまけてみるさ」


 言ってアキラは片目を閉じる。失言だ。昔の癖が出てしまったのだ。スラム育ちのアキラの冗談は笑えないものが多い。


「面白い。任せるよ」


 レオは肩を竦めただけで流してしまう。


「……任されたよ」


 鼻の奥が、つんと熱くなった。昔、何度もあったやりとりだ。冗談には冗談。詰まらないことは尋ねるな。信用しろ、じゃあ信用する。という意味だ。ニーダーサクソンの貴族連中にはこうは行かない。エルとアルは目を丸くしていたが。


 さて、とレオは振り返る。


「ニア、おまえはどう思う」

「ここはつまらない。ニアはもう飽きた。レオもそう言ってただろう?」


 難色を示すニアの手を取って、レオは頷いた。


「すまない。今は無理だ。そのかわり、一段落したら、バーデンに行こう。それでどうだ?」


 バーデンは聖域アポステルの領地を縦断する広大な台地である。レオが目的とするニーダーサクソンへの順路でもある。多少、遠回りになってしまうが。


「バーデン!」


 ニアは跳ね上がりそうになった。

 バーデンは起伏の大きい地形である。最も高い標高から臨む景色は絶景だ。そこへ続くなだらかな山肌では、春は花が咲き乱れ、夏は緑の絨毯、秋は紅葉。冬ならば雪の情景が楽しめる。

 アポステルは獣人の聖域とも呼ばれている。きっと素晴らしい思い出になるだろう。


「……」


 ニアは、うっかり意識を飛ばしそうになった。


「駄目か? どうしても駄目というなら……」


 ニアは唯一のパーティメンバーだ。立場は五分と考えるレオは、機嫌を窺おうと必死に考える。


「それは駄目です」


 にっこり笑ってエルが言った。その額には青筋が浮いている。


「それは危険が危ないよ、王さま」


 アルに至っては、言ってることが不明だった。

 ニアはやにわに立ち上がり、ふらふらと窓際に歩いて行った。


「……しょうがない。今回は我慢する。でも、次はない」


 窓ガラスに映るニアの顔は、期待感からか蕩け、赤く染まっていた。


(行かせないけどね)


 アキラは、揺れるニアの尻尾を見やりながら、くすりと笑った。



◇ ◇ ◇ ◇


 翌日、アデライーデの二階ホールでは、ささやかながら小さな診療施設が開かれつつあった。

 レオは神官の貫頭衣に身を包み、この日は帯剣せず、メルクーアの神官として有償での医療行為を行っている。

 この世界には『病気』が存在する。そして、病気の治療に関する限り『魔法』の効果はたかが知れている。

 効果の強い『神官魔法』はMPの消費が大きい。治療できる人数は限りがある。そのため、治療の大半は『錬金術』による霊薬の生成に頼ることになる。

 レオの指示の元、アルとニアはショップに必要物資の買い付けに向かった。直接の業務を手伝うのはアキラとエルである。


「重症患者が優先。三歳未満はタダ。それでいいの?」

「……」


 レオは小さく頷いた。


「レオさま、機嫌が悪そうです。どうしたんですか?」


 こっそり耳打ちするエルに、アキラは肩を竦めた。


「こういうの嫌いなんだよ、彼」

「そうなんですか?」

「……戦場に行けばわかるよ。助けられるより、助けられない方が圧倒的に多いんだ。彼はさ、騎士でもあるだろ? 殺すのと生かすの両方やるんだ。繊細なんだよ。皆が思ってるより、ずっとね……」


 レオは袖から短い杖を取り出し、錬金用のフラスコに青い液体を錬成した。


 ――『万物融解液』だ。


 全てを溶かす『万物融解液』は取り扱いに細心の注意が要求される。ここでレオが使用するのは霊薬の錬成に使用するもので、鉱物すら溶かす『黒錬金』用の強力なものではない。そのため、フラスコやビーカー等の器具を溶かしてしまうことはないが、誤飲などの誤使用を避けるため、一区画に纏めて整理していく。


 『白錬金』による霊薬の生成は、この万物融解液を通して始まる。全ての素材を一度溶かしてしまい、それを生命のエリクシールで加工して混ぜ合わせるのだ。


 エルは若干、うさん臭そうに言った。


「お薬、ですか……?」

「そう。あれは強壮薬の類いを作ってるみたいだね」

「効果あるんですか? 錬金術師はペテン師や山師が多くて……」


 アキラは笑った。

 メルクーアには『錬金術師を見たらいかさま師と思え』という格言がある。


「まあ、金を錬成するって言うんなら、ボクもキミと同意見さ。でも、大丈夫。彼は、薬に関する限り、いんちきじゃない」


 レオの作業は続く。錬成用の短い杖――錬金杖で素材を溶かした融解液を正確に三二回混ぜる。色が白く変わった所で、最後にエリクシールで圧し固めるイメージを浮かべながら、ビーカーの端を軽く叩く。


 ぱしゅっ、と白い煙が上がり、ビーカーの中には白い固体が出来上がった。


(図書館で調べた通りの反応だ……)


 レオがこのSDGの世界に現れて以来、本格的に霊薬の類いを錬成するのはこれが初めてになる。初めてという重圧もあり、ここまで神経を尖らせていたが、見た目予想どおりの展開に、ほっと緊張を解いた。


(後はこれを粉末状に砕いて、飲用の型に入れて……と)


「出来た……。アキラ、見てくれ」

「うん? ああ、一つもらうね。昨夜は結構忙しくてさ……」


 アキラは、作成されたばかりの《ST回復タブレット》を一つ口にほうり込む。


「あっ……」

「な、なに? 駄目だった?」


 困惑するアキラから、レオは目を逸らした。


「ま、死にはしないだろう……」

「な、なんだよ、何を作ったんだよ……」


 突然、アキラは厳しい表情になった。


「ちゃんと効くじゃないか。レオ、今のは人が悪いんじゃないか?」

「ふむ、じゃあ俺も一つ。……エル、おまえも飲るか?」


 続いて、レオとエルもカプセルを飲み込む。


「……おお、これはいい」


 ステータスのスタミナの数値を示す黄色のバーが、全て回復している。気分も悪くない。体が軽くなったような気がした。


「……やる気がでてきました」


 エルは、しゅっしゅっと猫パンチを繰り出した。


「ボクを実験台にしたな!」

「おつかれ」


 レオは、アキラの肩をポンと叩いた。


「このクソ坊主!」

「あ、患者さんが来ました」

「よし、はじめるか……」



◇ ◇ ◇ ◇



 アデライーデの二階ホールでは、エルと物資の買い付けから戻ったアルの二人が、症状によって患者を区分けしている。

 揉め事は同じく戻ったニアの担当だ。レオの判断で退場の宣告があった者は彼女に即刻つまみ出される。


 アキラはレオの隣でサポートに徹している。

 犬の獣人は運動能力に優れるものの不器用なため、正確な作業を求められる錬金の手伝いや霊薬の配合などには向かない。これはニアの特質というものでなく、種の性質であるため、ニアは不満そうにしたものの、この配置に不服は述べなかった。

 一方、アキラは猫の獣人とホビット、人間の血を引くハイブリッドである。どの種も手先の器用さに優れ、この場においてはサポートに最適な人選である。そもそも、彼女の弱点を指摘することは難しい。


 アキラは順番待ちの患者の中に、一部不穏な雰囲気に視線を走らせる。

 ニューアークの神官たちだ。五人ほどの集団で、何やら角突き合わせて、ひそひそ話に興じている。時折上がる冷やかすような笑い声が癇性なアキラの気に障る。


「おや? 寺院の神官たちが紛れ込んでいるね。彼らには何か計画があるように見えるけど、どうする?」


 ニューアークの寺院の評判は、先の『大魔法』の一件でだだ下がりだ。恐らく、その報復に来たのだろう。彼らが何らかの騒ぎを起こすことは、容易く想像できる。


(クソ犬、何やってんだ。ぼーっとしやがって……)


 レオは、アルタイル製の上質な紙に患者の症状を書き込み、カルテのようなものを作るのに腐心していたが、面倒臭そうに面を上げると、


「……奴らには、そこの青のタブレットでもやってくれ」

「なんなの、これ?」

「……融解液を希釈したものを固めて作った。まあ、身体には良くないだろうな」

「死んだらどうするの?」

「蘇生の実験台にしよう」

「了解」


 治療は淑々と続く。

 レオは殆ど魔法を頼らず、診察と投薬に終始したため、患者の反応はいまいちである。皆一様に『大魔法』の印象が強いのだろう。錬金術で生成した霊薬には懐疑的であるのか、薬を受け取った者は、戸惑いの表情を浮かべて帰って行った。

 請求する料金はショップでの適正価格のほぼ半額である。それに診察や処置料が加わる。アキラはこの価格設定には、すこぶる不満だ。安すぎるのだ。寺院では、投薬なしでこの三倍は取られる。


「♪」


 一方、緊張の抜けたレオは上機嫌で霊薬の錬成を繰り返している。

 『レオンハルト・ベッカー』が白錬金のスキルを獲得した主な目的は、ストーリー序盤においてのただの金策である。

 患者から症状を聞き出し、それに応じた薬草や液体系の素材を『万物融解液』で混ぜ、錬金で固める。魔法の使用によるストレスとはほぼ無縁なため、手抜きしているという実感があり、本人は価格設定に納得している。


 どんな効果が出るだろう。不埒なレオはそんなことを考えている。彼がこの場でやっているのは、錬成した霊薬の試験投薬である。その効果には、彼自身懐疑的なものを感じている。しかし、毒物を与えているわけでもないので良心の呵責も感じない。

 内耳炎の治療方法については先に確立させているため、その患者については、エルとアルに任せてしまったこともあり、現在のレオにはあまり負担がない。


「楽しそうだね」


 というアキラの言葉に、レオは上機嫌で答える。


「こんなの遊びだよ、遊び。金儲けなんて、超簡単だ」

「……キミ、その悪い癖、やっぱり直らないみたいだね」

「癖? 何が?」

「もういいよ……」


 呆れたように言うアキラだが、内心では楽しんでいる。


 メルクーア暦 6117年から6120年までの三年間、レオンハルト・ベッカーのパーティメンバーであったアキラには、錬金の光景はおなじみのものだ。

 各種回復のタブレットを、腰のポーチにぎっしり詰め込んで歩くパーティリーダーについたあだ名は『救急箱』であったのを思い出し、頬が緩む。そのあだ名を付けたのが、イザベラでなければ笑い出していたかもしれない。


「なあ、アキラ」


 姉妹に丸投げした内耳炎の患者たちを遠目に見ながらレオは言う。


「なんで、このニューアークに来たんだ?」

「えっ?」


 突然の質問に、アキラの心臓がどきんと跳ねる。


「それは……それは……」


(キミに逢いに来たんだ……)


 アキラはその言葉を飲み込んだ。過去現在に係わらず、レオンハルト・ベッカーとアキラ・キサラギの関係は、その言葉をはっきり伝えてしまっても違和感がないほど、親密なものではない。

 雇用主と雇用者。二人の間には金銭で交わされた契約以外の関係は何もない。


「答えたくないか。それもいいさ」


 レオは、言い淀むアキラの様子を見て首を振った。


「礼は言っておくよ。君のおかげで、今も生きている」


 アキラの胸が灼ける。昔とは違う呼びかけ。昔とは違う関係を期待してしまう。


「ありがとう。この借りは、いずれ形ある誠意で返すことにしよう」


 レオンハルト・ベッカーの感謝には万金の価値がある。それはわかる。だが、アキラの求めるものは、そのように杓子定規なものではない。ここに居るのは貸し借りの関係を築くためではない。

 絞り出すようにして、アキラは言葉を吐き出す。


「ボクが、ここに来たのは……」


 レオは手に持ったフラスコを左右にゆらした。中の液体が二度三度と色を変えて行く。


「イザベラの使いだろ?」

「……!」

「図星か。……イザベラには、そのうち行くと伝えろ。今は構うんじゃない」


 レオは一度、アキラの纏うトーガのエミーリア騎士団の紋章に目を遣り、その後興味をなくしたかのように、視線を居並ぶ患者に集中させた。


「違う……イザベラは関係ないよ……」

「……」


 レオは全ての出来事に関心を無くしてしまったかのように動かない。


「ボクがここに来たのは……!」


 アキラの叫びは――


「待て、アキラ。なんだ、あれは……」

「待てないよ、ボクは!」

「おい、おまえたち! なにをした!」


 アキラの叫びは消えて行く。事象の渦に消えて行く。


 レオは居並ぶ患者たちを押しのけるようにして、異変のただ中へ分け入って行く。


 診察を待つ患者の列の後方で、一人の猫の獣人が仰向けに倒れ、激しく痙攣している。事態の始まりはこれが初めでもなければ、終わりでもない。だが、レオンハルト・ベッカーと『黄金病』がはっきりとした形で相対するのはこれが初めてとなる。


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