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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第5話 俺は生きているか

◇ ◇ ◇ ◇



 何処へ行き、何をしてもよい。己のあるとこであれば、いつも。


 レオンハルト・ベッカーは祈りを捧げる。


 己が己らしくあるように、と。


 周囲に出現した魔法陣から、グラディエーターが飛び出して来る。


 MP回復のタブレットをごりごりとかみ砕きながら、レオは右手にブロードソードを、左手に身長ほどもある大盾タワーシールドを構え、身を低くした姿勢で港に向けて歩いていく。

 港の入り口は鉄条網で封鎖されている。グラディエーターたちはレオの指揮を受け、鉄条網を取り払った後、新たに防御陣を敷き直し、その場に展開する。


 現在、ニューアークの港の入り口には、五二体のグラディエーターが港のサバントに向けてではなく、ニューアークの街に向かって展開している。


「グラディエーター! 誰も通すな。邪魔する奴は――殺せ!」


 苛烈な指示を飛ばし、レオは港に向けて歩きだす。従うのは七体のヴァルキリアのみ。

 ヴァルキリアはレベル六の召喚兵である。右手に長槍と左手に大盾を持ち、羽根飾りの付いた兜に上下セパレートタイプのミスリルの鎧を装備している。神官が召喚する最強の召喚兵である彼女たちは周囲に赤と青の光球を旋回させている。バリアでもあるその光球は攻撃にも使用できる。

 バトルステータスが赤く点滅を繰り返している。



 war,a battle(戦争)!


 war,a battle!


 陣形を組んでください!


 陣形が組まれていません!


 指揮官は、レオンハルト・ベッカーです。


 作戦遂行レベル――reckress(無謀)



「殲滅する! 続け!」


 レオは自己を中心に鏃の陣を展開し、港の中に向けて侵入した。


 直ちに反応した五体のサバントたちと瞬く間に戦闘に突入する。ヴァルキリアたちは瞬時に後退し、レオの背後で戦闘を見守るように盾を構え、停止した。


「さあ、はじめようか!」


 戦いの間に得たものでなければ、価値はない。『大魔法』による大幅な生命力の減退というハンデを抱えたまま、あまりにも無謀な大規模戦闘が始まった。


「せぇい!」


 レオの振るうブロードソードが唸りを上げる。

 剣というものは、刀とは用途が違う。切れ味は鋭くないため、斬るのではなく、叩く、或いは突く、というのが本来の使用法である。

 現在、レオの視界には目映いばかりに白く光った光線が入り乱れている。剣術スキルの発露だ。それをなぞるようにして、ブロードソードを振り回す。


 大きな破砕音と共にサバントたちが弾け飛ぶ。突き出された槍をタワーシールドで弾き飛ばし、バランスを崩したところに、ブロードソードを突き入れる。


「もっとだ! もっと!」


 弱い。あまりに弱い。これでは意味がない。レオは更に前進のスピードを上げ、ほぼ港の中心に位置した所でダイヤモンド型の陣を展開させた。

 撃退数が四十を超えたところで、右手に若干の痺れが出て来たが戦いはこれからだ。


(そろそろ……か?)


 それを待つレオにやや焦りが生じる。やはり、無謀なことをしているのか、と。


 ――ぞくり。


 背筋に緊張が走る。周囲は既に数え切れない程のサバントとトルーパーたちに包囲されている。――死神の足音が聞こえて来た。



 レオンハルト・ベッカー  skill 『逆境』 master!



(来たっ! まだやれる!)


 バトルステータスに新たに習得された精神系スキル『逆境』の表示が走る。

 スキル『逆境』は『戦争』用のスキルである。戦況維持のためのスキル消費コストを下げる。戦力比が大きいほど、発現時の効果は増す。


 習得条件は、個人による圧倒的多数への挑戦――。


「続けっ!」


 レオはタワーシールドを構えたまま、サバントの集団に突進した。パワーストライクの発動が四〇〇%を超えた時、足腰が痛みを伴った悲鳴を上げるがそれでも引かず、圧し続ける。

 急激な圧力に負け、サバントたちが転倒したところにヴァルキリアが接近する。周囲で旋回する光球が輝きを増し、サバントやトルーパーの別なく爆砕し粉砕させた。

 サバントたちから吹き上がる有毒な液体金属をマントで打ち払いながら、レオはブロードソードによる斬撃で一体、また一体と機械兵をスクラップにしていく。

 ヴァルキリアたちの強固なミスリルの鎧にも傷が目立ち始めた頃、


「密集隊形!」


 指揮を執り、剣を振るうレオにも疲労が溜まり始めた。撃退数は軽く百体を突破しているが、今の彼にそれを意識する余裕はない。


「広範囲殲滅魔法を使う。時間を稼ぐんだ、ヴァルキリア!」


 聖なる光で対象を薙払う『ホーリー・レイ』は神官の高等魔法である。逆流や暴走を懸念したレオは、詠唱破棄を危険と判断した。ヴァルキリアの守備に命を預け詠唱を開始する。



 レオを中心に吸い集められるように金色の聖属性を持つエリクシールが集中する。詠唱の半ば程でレオは一つの選択を強いられることになった。

 密集隊形でレオを護衛していたヴァルキリアたちが、一時的にではあるものの、彼という強力な推進力を失ったのは事実である。推進力を失ったヴァルキリアたちが多勢にものを言わせるサバントたちの圧力に負け、その数を四体にまで減らしていた。


 決断せねばならない。


 ヴァルキリアたちの防御力を信頼し、詠唱を続けるか。詠唱を中断し、再びヴァルキリアたちと共に戦列に復帰するか。


 レオの選択は――



◇ ◇ ◇ ◇



「場を変える。続けっ!」


 レオは迷う事なく『ホーリー・レイ』の詠唱を中断した。魔法などというあやふやな力は、彼の性に合わない。ここには己の存在意義を問いに来たのだ。だとすれば、それは己自身の手で直に為されるべきだろう。

 戦況はよくはないが、引くに引かれぬ事情がある。この場からの退却はあり得ないレオであるが、このまま打ち減らされ、消耗の末の敗北は避けたい。故に、この場は引き、一端は守る。サバントたちの包囲を切り開き、この戦況の把握に乗り出した。

 突進と撤退を繰り返し、巧みにサバントの集団を翻弄するレオは、僅かな違和感と共に、この戦いに勝機の存在を感じている。港の奥へ、奥へと進撃し、サバントを切り伏せる一方で市街マップを開き、ついに正確な状況を把握した。


(やはり……!)


 港のマップには、サバントの集団の赤い光点が二つ存在している。一つはレオの率いるヴァルキリア集団に追随する動きを見せているが、もう一つには動きを見せる気配がまるでない。レオの感じていた違和感の正体は正にそれである。


(数が多すぎる)


 この大陸の南端にあるニューアークは、どちらかと言えば辺境の部類に入る。港はそれなりに広い敷地を誇っているが広過ぎるというほどではない。無限とも思えるほどのサバントの数に違和感を感じていたのだ。サバントたちは何処かから供給されているのではないか、と。

 港中を駆け巡り、小規模の戦闘を繰り返し、敵戦力が拡散したのを見計らい、レオは決断した。


「これより最終局面に移行する! オールガード展開!」


 全兵種の中で、最も防御力に優れる神官騎士であるが、その所以ともいわれるスキルがこのオールガードだ。

 魔法防御、物理防御、特殊防御、属性防御、全ての防御力が二〇%アップする。正に長期戦のためにあるスキルである。唯一、難点を上げるとすればスタミナの消費コストであるが、ここで使わなければ意味がない。

 港マップの北西に常に多数のサバントが配置されている場所がある。無尽蔵に現れるサバントたちはそこから供給されていると思われる。そこを急襲し、サバントの供給を断とうというわけである。だが……


(戦力が足らない。やむを得ない、か)


 殺到するサバントとトルーパーたちを右へ左へと蹴散らしながら、レオは指笛を吹き鳴らす。


(来い、グラディエーター! 総力戦だ!)


「サバントには構うな!」


 四体のヴァルキリアを引き連れたレオは、自ら先頭を切り、更に港の奥へ、奥へと進撃する。徐々に濃くなる敵影を躱し、現れた光景に、レオは言葉を失った。


(なんだ、あれは!?)


 船着き場の桟橋にあるドアから、サバントが一体、また一体と湧き出している。それは未来の猫型ロボットの発明品を連想させ、レオはこの剣呑な状況にも拘わらず吹き出しそうになった。


「よし、あの『どこでもド〇』を占拠するぞ!」


 スキル『オールガード』の防御力を頼りにレオと四体のヴァルキリアは、進撃のスピードを下げることなく、船着き場の敵集団と激突した。


「押せ! 押せ! 押せ! 押せ!」


 桟橋でレオ率いるヴァルキリアたちと、サバントたちは激しい乱戦に陥った。タワーシールドで防御を固め、押し合いへし合いを繰り返す。

 サバントたちはその多数が徒となり、遮二無二突進するレオの勢いに負け、次々と海中に没し、動きを停止した。電化製品が水に弱いのは、このメルクーアでも常識であるらしい。


「チャンスだ! 押せ!」


 短時間ではあるものの、剣も折り砕けんばかりの激突を繰り返し、レオはついにドアの占拠に成功した。背後を見ると、二体のヴァルキリアが戦線から消えている。


 桟橋の端にある一見してどこにも繋がっていないように見えるドアを閉じ、がっちりと閂を下ろしてしまう。

 振り返ると、一瞬晒した背後に迫ったトルーパーの槍に貫かれ、ヴァルキリアが一体消え去って行くのが見えた。

 ブロードソードを振り回し応戦するが、握った柄に妙な手ごたえを感じ、レオは瞬間引き下がる。


(折れた!)


 ブロードソードを実戦に投入するのはこれが初戦である。しかし、この乱暴な扱いには耐え切れなかったようだ。柄の根本から折れてしまった。


 刹那、生じた隙にトルーパーが押し寄せる。割り込むようにして身を呈したヴァルキリアが桟橋から叩き落とされ、鎧の自重によって海面に消えた。


 レオはサブウェポンである魔剣グリムを抜き払い、トルーパーと対峙する。これでヴァルキリアの援護はなくなった。


「……開いたな、地獄の門が……」


 レオはタワーシールドで身を隠し、グリムを水平に構える突きの姿勢を取った。


(俺にはやはり、無理なのか?)


 戦端が開かれて、既に数時間が経過している。レオは既に満身創痍だ。タワーシールドは傷つき、所々欠けてしまっている。手足は幾度槍に突かれたか分からない。その度に治癒魔法を発動させ、粘りに粘って、現在のこの状況である。


 レオはここに死にに来たのではない。全身全霊を尽くし、勝つために来たのだ。諦めるなど思いもしない。


「まだまだ!」


 叫びを上げて己を奮い立たせる。トルーパーの槍を払い退けた時、終にタワーシールドが砕け散った。構わず、トルーパーの首にグリムを突き込み、騎乗していた機械馬を海に蹴り落とす。



 レオンハルト・ベッカー  skill 『闘志』 master!



「あははは! 来た! 来たぞ! 新しい力が!」


 狂気にも似た笑いに噎せながら、レオは体の中に漲る力を実感している。


 戦闘用スキル『闘志』の発現である。戦闘中に限り、腕力、敏捷、スタミナを大幅に増加させる。


 サディスティックシステムはプレイヤーを痛め付けるシステムである。しかし、絶体絶命の状況下に於いては、プレイヤーに新たな力を与える場合がある。


 絶体絶命、ギリギリの極限状態での戦況維持。スキル『闘志』の習得は、裏を返せば間近に迫る『死』を物語っている。


「これからだ!」


 長期戦に向かないグリムの魔力は解放しない。レオは後ろ手に腰のベルトに差した『レールガン』を引き抜くと、大挙して押し寄せるサバントたち機械兵に向けて発砲した。

 アルタイルの王族、アレクサンダー・ヤモが所持する『レールガン』は電磁誘導を利用して、特殊な弾丸を打ち出し、周囲の空間ごと対象を破壊する銃である。

 そのレールガンから飛び出した弾丸がサバントに命中し、周囲の機械兵もろとも大爆発を起こした。


 爆煙の中から怯むことなく押し寄せるサバントたちに、トルーパーから奪い取った『メーナーズランス』で立ち向かう。


(まだだ! もっと力を! 俺はもっと強くなりたい!)


 レオンハルト・ベッカーは、未だ終わらぬ戦闘の中にいる。



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