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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第3話 路地裏の少女

 ニューアークの寂れた路地裏の一角では、アキラ・キサラギが身体を横たえている。


「……」


 寝返りを打ち、曇った空を見上げる。今日のニューアークは雨のようだ。


「大丈夫ですか?」


 大の字になったアキラを、心配そうに覗き込んだのは、姉妹の片割れエルだった。

 かつて、レオンハルト・ベッカーのパーティ内では、メンバー同士の喧嘩は御法度であった。そのため、アキラの顔は綺麗なものだ。ニアはいつも顔は叩かない。叩くのは、腹や胸、脇腹や二の腕といった衣服に隠れる場所だ。この時は長く苦しめるためだろう、肝臓の上を強く叩かれた。


「うわ……従者さん、容赦ないです」


 エルは眉間に深い皺を寄せる。

 猫の獣人には同族間で強いシンパシーがある。見た目、衣服が少し汚れた程度のアキラから、受けたダメージの大きさを正確に理解できた。


「……レオは?」

「眠ってます。今は犬の従者さんが付いています」


 アキラは曇った空を見上げている。雨はまだ降り出していない。だから視界が滲むのは雨のせいではない。


「キミは、レオのお手付きかい?」

「……残念ながら」

「なら、キミとは仲良くできそうだ」

「はい」


 やがて冷たい雨が降り始める。二人はそれでも動かない。

 エルは言った。


「今日は、おつかれさまでした」

「……わかるのかい?」

「はい。レオさまには、あなたのような方が必要です」



 本物、か。可哀想に……



 マティアス・アードラーの言葉が、今もまだエルの胸に残っている。


「このままでは、レオンハルトさまは遠からず、死んでしまいます。だれかが、あの方を止めないと。それは犬の従者さんには無理な話です」


 二人の間に、再び沈黙の帳が下りる。

 ぱらつく雨の中、アキラはぽつぽつと話し始める。


「失われた英雄と路地裏の少女……」

「はい」


 メルクーアの英雄、レオンハルト・ベッカーがオールドシティの路地裏で見い出した猫の獣人と心を通わせることができる不思議な少女との出会いを語る冒険活劇だ。猫の獣人が頻繁に出てくるこの演目は、七つある『失われた英雄』シリーズの中では、姉妹の一番好きな演目だ。


「それ……まさか……」


 エルは眉根を寄せる。猫の獣人の同族間のシンパシーにより、アキラ・キサラギが猫の獣人の血を引いていることは、既に知っている。

 アキラは頷いた。


「路地裏の少女は、ボクだ」

「でも……」


 『失われた英雄と路地裏の少女』の演目では、物語の最後、路地裏の少女は英雄を庇って死んでしまう。最大の見せ場は、少女が最期に告白するシーンで、エルもアルも大泣きに泣いた。だが……


「それ、おかしいです」

「そう、おかしいんだよ」


 アキラは身を起こすと、膝を組んで小石を拾った。


「あれ、本当はさ……死んだの、レオなんだ……」

「……」


 雨が強くなる。


「ボクを庇ってさ……耳元で、囁き続けるんだ。大丈夫、大丈夫だよ、って……」

「……」

「どんどん冷たくなるんだ。それでもボクは、彼が、死んでしまうなんて信じられなくてさ……」

「……」

「ボクは、告白なんてしてない」

「……」

「冷たくなっていくレオに、ボクが最後に言った言葉は……」


 アキラは強く鼻を啜った。その頬が濡れているのは雨のせいだけじゃない。



 ――大っ嫌いだ。死んじまえ!



 アキラはついに泣き出した。人目を憚ることなく、大声で泣き出した。


「劇の通りならよかったのに……!」


 ニューアークの寂れた路地裏で、いつかの『路地裏の少女』は涙を流した。あの日、失われた英雄は、未だ失われたままだ。


「……まだです」


 エルは言った。


「まだ、劇は続いています」

「……」


 その言葉にアキラは、雨と涙でくしゃくしゃになった顔を上げる。


「……路地裏の少女には、猫の獣人がついてます」



 アキラ・キサラギの物語は、はじまったばかりだ。



最凶……じゃなくて、最強コンビ再び……?

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