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S・D・G  作者: ピジョン
第2章 黄金病

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第2話 目覚め


 夢。


 夢を見ている。


 最期に見る夢。


 愛するひと。


 最後に、せめて。


 流れる涙を、拭ってあげたかった。



 星空のスクリーンを背景に、くすんだ金髪の女が事務机で書類整理をしている。


「次のかた、どうぞ」


 女が平坦な声で言った。

 俺は辺りを見回したが、辺りに広がるのは星空のスクリーンのみ。


(綺麗だ……)


「次のかたと言っていますが」


 女が眉間に皺を寄せ、せかすように言う。


「俺のことか?」

「あなた以外に誰かいますか?」


 何を分かり切ったことを、と言わんばかりに、女が苛立たしそうに眼鏡を持ち上げる。


「また貴方ですか……死ぬのが好きなんですね?」

「え? やっぱ、俺って死んでるの?」


 俺の返答を受け、女は忙しげにキーボードを叩き出す。

 ややあって、気まずそうに一つ咳払いした。


「少し早かったみたいです。まあ、勘違いということもあります。大体……貴方は、やる気があるんですか? ……きついのは貴方自身なんですよ、って、聞いてます? そんなんだから、再構築が……」


 流れる星空のスクリーンを見ていた。

 そんな俺を横目に、女が、かたっとキーを叩く。


「20%……30%……ああ、少し進みましたね……」


 世界は美しい。それを知るのに、世界中見て回る必要なんてあるのだろうか。



◇ ◇ ◇ ◇



 目を覚ますと、そこはホテルのスイートルームだった。

 部屋の中にはダブルサイズのベッドが一つ。窓際には観葉植物の鉢植えが置いてあり、そこからはレモングラスによく似たいい匂いが漂ってくる。

 小さな二人掛けのテーブルの上には、古めかしいアンティーク調のカップが二つ置いてあった。

 現代風の設備に、古めかしいアンティークの家具。この光景が彼の現実になって久しい。


「ここは……メルクーアか」


 その声色には、幾分失望の響きが含まれていた。

 レオンハルト・ベッカーは身を起こし、大きく伸びをした。背筋が軋む音がして、関節が不平の声を上げる。


「どれだけ寝たんだ。体が……重い」


 騎士のゆったりとしたレギンスに足を通し、金の拍車の付いたブーツを履く。コスプレをしているみたいで少し恥ずかしくなったが、これが最近の彼のユニフォームだ。

 顔を洗い、髭を剃った後、備え付けのティーセットでお茶をいれる。途中、入り口のドアが音を立てて開き掛けたので内側から締め直した。


「ったく、黙って人の部屋のドアを開けるなんて、非常識なやつだ」


 しっかりチェーンロックも掛けておく。ドアは大きな音を立てて、騒ぎ立てており、早朝の喧噪が気に障る。


「うるさい」


 と、一言ドアを叱り付けると、室内はとても静かになった。

 しかし、静寂は一瞬で終わりを告げる。


「だ、旦那! 目を覚ましたんですか! 開けて、開けてくださいよ!」

「……」


 レオは渋々ティーカップを置き、騎士のトーガに身を通すと二重に鍵を掛けたドアを解錠する。


「だ、だんなぁ……」


 ドアを開けると、エルフの女支配人アデルが赤くなった目元を擦っていた。


「おはよう、アデル」


 このようにして、レオンハルト・ベッカーの新しい一日が始まった。



◇ ◇ ◇ ◇



「ええ、ええ、あたしゃ、ようやくわかりましたよ。旦那はそういう性格だってね」


 ジト目で不満をぶちまけるアデルをリビングに通しながら、レオはティーカップにお茶を注ぐ。


「そういう性格?」

「ええ、旦那は個人主義なんですよ。あたしらのことなんて、なんの興味もないんです」

「……飲むだろ?」

「え? ああ、はい、どうも」

「……」


 レオとアデルは、小さいテーブルで向かい合って紅茶を一口づつ飲んだ。


「静かなのが好きなんだ」

「は、はい」


 身を小さくするアデル。レオはテーブルの上で指を組んだ。


「明日世界が終わるとしても、俺が望まない限り静かにするんだ」

「っ……」


 アデルは泣きそうになった。

 そうだ。自分は彼に嫌われているのだ。そのことを再認識する。少しでも理解を得られていると思ったのは、とんでもない間違いだった。


「なんの用だ」


 レオは膝を組み、視線を明後日の方向に傾ける。

 無関心。それでいて傲岸不遜な態度だ。彼の傲慢さに比べれば、エルフの矜持など可愛らしいものじゃないか。ニーダーサクソンの姫将軍はどのようにしてこの男の心を射止めたのだろう。的の方で進んで当たりに行かない限り、そんなことは不可能なように思われる。アデルはそんなことを考えながらも、


「悪魔っ娘のことですよ、旦那」


 差し当たって、最大の問題について言及する。


「アキラ・キサラギ。知ってるんでしょ?」

「まあ、名前くらいは」


 会ったことはないが、とレオは内心付け加える。


「大変なんですよ、いぬ……従者さんを挑発して。いい迷惑ですよ」

「よくわからないが……迷惑をかけたようだな。すまない」


 レオは、ぼんやりと窓の向こうを見つめていたが、不意に思い出したように言った。


「そうだ。アデル……おまえに用があったんだ……」

「はい、なんでしょ?」


 緊張で身を小さくするアデルの前で、レオはふらふらと指先を漂わせる。


「……現在、レオンハルト・ベッカーの状態は、あまりよくない。おまえのイベントは、強制でないし、取捨選択は俺の自由だ」

「……? なんのことです?」



 アデルの秘密を暴け!



 透明感のある画面の向こうで、アデルが不思議そうに首を傾げている。

 『大魔法』の発現から五日。未だ黄色い文字で表示されている。イベントの進行自体は緩やかなものであるようだ。

 そのことにはレオは関心がない。続ける。


「この一件で、レオンハルト・ベッカーは弱くなった。おそらく、『弱くなれ』というのがサディスティックシステムの下したジャッジなんだろうが……プレイヤーとしての俺は、それに甘んじるつもりは一切ない」

「え? え?」


 レオはステータス画面のイベント進行欄を見つめながら、言う。


「俺は、これ以上のイベントを抱えるつもりはない。不測の事態はごめん被る。幾つかのイベントを放棄するつもりでいる。だが……」

「う……」


 と、アデルは口ごもる。

 レオンハルト・ベッカーの瞳には、紙面に並ぶ文字を流し読むかのような無機質で冷たい光しか浮かんでいない。

 しばらくの沈黙を挟み、言った。


「おまえは……まあ、悪人じゃない」

「はい……どうも」

「だが、俺にも好き嫌いはある。わかるな?」

「は、はい」


 アデルは、どっと湧き出した額の汗を拭う。

 ……意味がわからないが、『レオンハルト・ベッカー』は、自分にとって、何事か大きな決断をしようとしている。アデルに理解できるのはそれだけだ。

 一方、レオにアデルのような緊張はない。気軽な調子で、言った。


「二回だ。すべてを告白するチャンスを、おまえに二回だけやる」


 エルとアルの二人には世話になっている。その思惑からレオが選んだ数字が『二』というものだ。無論、アデルにそのようなことが分かり得ようはずがない。


「え? え? 二回……?」

「まず、一回目。時間は二秒だ」


 困惑するアデルに、レオは微笑みかける。

 そして、二秒という時間は、何かを決断をするには充分な時間とはいえない。瞬く間にその時間は過ぎ去り――


「終わりだ。食事にしよう。なるべく軽く……そうだな、スープだけにするか……」

「な、なんですか、そりゃ……」

「いいんだ」


 軽く言うレオの様子が、アデルに全てを誤らせる。

 そんなはずはない、と。レオンハルト・ベッカーにとって、他者の命が朝食よりも軽い問題であるはずがない、と。

 では、彼は何のことを言ったのか。セシルの顔が脳裏に浮かぶ。しかし、そのことは自分以外誰も知らないはずだ。


「…………」


 まとわりつくような沈黙の中、唐突に、アデルは何かを思いつきそうになった。この不遜な男の正体についてだ。

 この男は騎士ではない。ましてや神官でもない。もっと大きな『何者か』だ。


「身体が重い。動かさないとな……ホールで食うとしよう」



◇ ◇ ◇ ◇



「……だからさ、あの年増のエルフも怪しいと思わないか?」

「レオはエルフを嫌ってる」

「この際、それは関係ない。考えてもみろよ。レオと、そこらの馬の骨。おまえなら、どっちを取る? 普通はレオを取るだろ?」

「……」

「なんだ、違うのか。しょうがないな。わかった、レオはボクに任せろ。その他大勢は、おまえに任せる」

「……レオに決まってる。ニアなら、レオを取る……」

「だよな。そのレオを、だ。こんなふうに放っておくと、どうなるんだ? 拾われちゃうんじゃないか? 雨に濡れた子猫を拾うみたいにさ」


 アデライーデの一階にあるグレートホールは今朝も剣呑な空気に包まれている。


「おねえちゃん、犬の従者さんが、また空気入れられてる。……今度はマダムだよ」


 アルはくたびれた表情で首を振った。


「悪魔さん……やっぱりレオさまじゃないと……」


 食堂の一角で、口角を悪魔のように吊り上げるアキラと、その口から吐き出される妄言に踊らされるニアを見やり、エルは溜め息を吐き出した。

 最初の犠牲者はエルだ。その次がアルであった。アキラの吐き出す毒は、昨夜とうとう幼いリンにまで及んだ。


「歳は関係ない。わかるだろ? あの子犬……子狼は、レオが拾ってきたんだからさ。それがどんなに危険なことか……ほっといたら、そのうち大変なことになっちゃうぜ?」


 その後、全身の毛を逆立てたニアと、涙を浮かべながらも必死で睨み合うリンの姿は、見る者すべての同情を誘わずにはおかない光景であった。

 そして今朝。


「レオはさ、あれで結構悪食だからな。少々、歳が行ってるくらい、問題にしないかもしれない。イザベラ……性悪女を思い出せよ。あんなヤツでも、イケちゃうんだ。今の内にトドメを……」


 アキラは益々調子を上げる。ニアは垂れ目がちな眦を吊り上げ、厳しい面持ちでアキラの讒言に耳を傾けていた。

 アルは呆れたように首を振った。


「……マダムだけはないよ」

「まったく、悪魔さん……」


 同意して頷くエルの視線が、入り口の辺りで固まった。


「どうしたの、オネー……」


 アルの視線も固まった。二人が見たものは、グレートホールの向こうにあるロビーの長椅子に腰掛けるレオとリンの姿だった。



◇ ◇ ◇ ◇



 アデライーデのロビーでは、すっかり機嫌を損ねてしまったリンへの対応に、レオが手を焼いているところだった。


「だから、リン。悪かったよ。あんな無茶、もうしないって……」

「……」


 ぷいっ、とそっぽを向くリンの横では、レオがまたしても指先を宙に漂わせている。


 リンが精神系スキルである『怒り』を習得しているのを確認し、レオは眉根を寄せる。

 スキルの解説欄を開くと、そこには適当にこうあった。



 怒れば怒るほどパワーアップ! どんどん怒らせよう! (戦闘用)



 レオは、口をへの字に曲げる。具体的な効果と発動条件がわからない。


(怒らせる? ダメージを食らうと発動するのか……?)


 少し違うような気がする。

 精神系のスキルはどれも習得が難しい。

 先制攻撃の可能性を高くするレオンハルト・ベッカーの『果敢』。

 ドラゴン、巨人等の一部のモンスターへの恐怖をレジストするニアの『勇気』。

 部隊の陣形効果を倍にするアキラ・キサラギの『統率力』。

 それらの精神系スキルは、キャラクターが元々所有している場合が殆どだ。後天的に習得する可能性はゼロではないが、習得条件は例外なく厳しい。

 リンの場合、元々『怒り』の素質を持っていて、それが年齢を経て開花した。レオはそのように解釈した。


「リン? リン? ……少し、背が伸びたか? 脇腹をつついてもかまわない?」

「がぁっ!」


 適当な調子でごきげん伺いをするレオに、業を煮やしたリンが噛み付く。


「うおあっ!」


「「レオンハルトさまあっ!」」


 そこへエルとアルの姉妹が殺到し、レオをリンごと揉みくちゃにしてしまう。

 揉みくちゃにされながら、レオは短く息を吐く。


 ――これで晴れて、ファンタジーの住人。



◇ ◇ ◇ ◇



 結論から言って、『大魔法』の発動はレオンハルト・ベッカーの全生命力の3分の1を削り取った。HPの最大値も減り、簡単に言うと、彼は死にやすくなった。


(生命力はアイテムとレベルアップで補おう。時間は掛かるがそれしかない……)


 スープを啜りながら考える。

 ニアとアキラは先程から黙り込んだままだ。

 レオンハルト・ベッカーは喧噪を嫌う。考え事をしている時は特に。それを熟知する二人が互いに第一声を譲り合った結果が、意外過ぎるこの静かな朝食であった。


「おはよう、レオンハルト・ベッカー」


 まず沈黙を破ったのはアキラだ。


「……? ああ、おはよう。アキラ・キサラギ」


 レオのアキラに対する第一印象は、『完成』されている。というものだ。

 アキラ・キサラギは、体格こそ恵まれず身長は、レオの胸ほどまでしかない。しかし、バランスの良い肢体はしなやかに引き締まっており、一本の鞭を想起させた。コバルトブルーの瞳は、やや吊り上がっており、気が強そうだ。全体的に作りは小さいが未熟という印象はない。レオは一言、


「可憐だ」


 それだけ言って食事に戻る。


「んなっ!」


 先制パンチは強烈だ。言いたいことは山ほどあったアキラだが、瞬時にして頭に霞みがかかったようになり、何も考えられなくなった。思考を纏める時間を稼ぐため、ニアの臑を蹴飛ばして会話を促す。


「な、なあ、レオ。身体は……もういいのか?」

「ああ、問題ない」


 その答えに、ニアは、ほっと胸を撫で下ろした。


「俺のことより、おまえはどうなんだ? 目を覚まして、居ないから驚いたぞ?」


 レオはニアの顔を引き寄せ、瞼の裏を覗き込み、口の中を見る。続いて耳に鼻を突っ込んで匂いを嗅ぐ。遊びでやっているのではない。


「……ふむ。食事はしているようだな。少し睡眠が足りてないが、ま、いいだろう」


 しばらく前なら、彼はこのような行為はしなかっただろう。思いつきもしなかっただろう。だが、今はやっている。

 彼がほぼ、無意識の内にしたこの行為は、メルクーアの神官が獣人によくやる簡素な健康診断である。栄養状況や疾病の有無。難病である内耳炎の予備検診を行ったのだ。


「……」


 アキラは唇を尖らせる。面白くない。今の健康診断もそうだが、簡単に嘘を吐いてしまえるレオにも、それを鵜呑みにするニアにもだ。


「レオ、レオ……」


 憮然とするアキラに構わず、ニアは鼻面をレオに擦り付けている。


(こいつ……甘えが酷くなってる……)


 苛立ちを行動に移そうとしたアキラに、レオの手が伸びる。うっすらと淡いグリーンの輝きを帯びているのは治癒の加護を与えるためだ。


「やめなよ。ボクにさわるんじゃない」


 そのアキラの言葉が、レオに与えた心理的影響は、アキラ自身にも思いつかないほど大きなものだった。


「あっ……すまん。無遠慮だった」

「ちがっ――!」


 アキラは一瞬、激しかけて、それからむすっと座り込んだ。

 一方、レオにはこの行為が理解できない。

 アキラ・キサラギは彼にとって、ゲームの『キャラクター』だ。その彼女が、プレイヤーである彼の善意を拒絶する意味がわからない。


(まずいぞ……考えがわからん……)


「君、あれに飛び込んだろ? 怪我したはずだ。俺に治させてくれないか?」


 レオは差し出そうとした手を押さえ、困ったように眉をハの字に寄せている。

 アキラは面白くなさそうに、


「……キミ? ボクのことか?」

「そうだが……いけなかったか?」

「ふざけるな。なんでボクが、おまえなんかの情けを受けなきゃならないんだ」


 他人行儀な物言いはアキラには不満なようだった。だが、言葉とは裏腹に、何処か嬉しそうな表情の意味がレオにはわからない。つまり……


(彼女は複雑な性格なようだな。どうすればいい……こうか?)


 アキラ・キサラギは強制イベントのキーキャラクターだ。その思惑から、レオの悪癖が顔を出す。


「すまない……でも、やらせてくれないか?」

「しつこいぞ? 次にその汚い手を出したら、へし折ってやる」


 勿論レオは鼻白む。


(複雑は複雑でも……少々歪んでるようだな)


「……折ってもいい。だから、触るぞ?」

「おまえ、馬鹿だろ。はったりじゃないぞ?」


 アキラ・キサラギの愛情表現は歪んでいる。

 レオンハルト・ベッカーはどこまで自分の拒絶に対して寛容でいられるか。どうしてもそれを試したくなってしまったのだ。確かめなければ安心できない。

 八年の空白期間を経て、レオンハルト・ベッカーは未だ『レオンハルト・ベッカー』のままか。

 八年前となんら変わらぬこの男が本当に『レオンハルト・ベッカー』であるか。


「わかった」


 レオは頷いて、治療を全身で拒絶するアキラの髪に触れる。



 NAME アキラ・キサラギ

 SEX Female

 Lv42

 HP257/328

 ST387/387

 MP456/456

 CONDITION Nomal

 GOLD 2342343Gp



 やはりダメージを受けている。アキラは平気な顔をしているが、数値だけで考えるなら、半殺しに近い状況だ。

 ステータスの特記欄には『GUEST』とある。

 ゲストメンバーだ。場合によっては、味方として戦闘にも参加する友好的なキャラクターというのが、SDGのシステムが下したアキラ・キサラギというキャラクターのポジションだ。


(これはつまり……まだ味方ではない。それとも、まだ敵ではない……どう捕らえれば、いいんだ……?)


 アキラの全身を、治癒の加護が優しく包む。


「あ…」


 暖かい。泣きたくなるほど暖かい。それは喉から手が出そうになるほど渇望して、なお八年もの間、与えられなかった全て。

 それを与えられて、なお、アキラは止まらない。


「……触ったな。約束通り、折らせてもらう」


「クズ、いい加減にしないか」


 業を煮やしたニアが、怒りに身を焦がして立ち上がった。


「へえ、クソ犬。おまえが、この馬鹿の代わりをやるのか? ボクはそれでも構わない」


 不敵に笑うアキラの心境はこうだ。


(よかった。ニアがいて、本当によかった……)


「やめないか、二人、と、も……」


 ぐらり、とレオの身体が真横に傾く。強度のマジックドランカーだ。彼の体調は完全とは程遠いものがある。当然の結果だった。


「レオっ!」


 床に頭を打ち付ける寸前で、ニアが身体を受け止める。


「馬鹿なやつ。もう少し身の丈にあったことをするんだね」

「……クズ、もういい。おまえは、もう喋るな」


 ニアはもう爆発寸前だ。その胸にレオを抱いていなければ、怒りに任せて暴走しただろう。


「おまえは何をしに来たんだ。少しはレオの役に立つと思っていたのに……!」

「……」


 アキラに答えを返すことは出来なかった。どうしてもせずにはいられなかった。そうとしか言いようがなかった。

 ニアはエルとアルの姉妹を呼び付けると、レオの身柄を一時預けた。普段の彼女ならありえないことだけに、姉妹はこの場の危険さと深刻さを理解した。


「レオは部屋に。ニアは……このクズを片付けてから行く」

「……」


 アキラは口を開くことが出来なかった。全ては十年前と全く同じだったからだ。





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