プロローグ
「おまえはもう、おしまいだ」
大魔法による過剰な疲労に倒れたレオンハルト・ベッカーを盾に、アキラ・キサラギは壮絶な笑みを浮かべた。
「レオを離せ!」
『失われた英雄』の『一の従者』獣人のニアは獰猛に唸りを上げる。
「話を聞けよ、クソ犬」
アキラは短刀を抜き、レオの首筋に当てがった。
「泥棒猫……レオの命を狙ってたのか」
ニアは油断なく棍を構えたまま、周囲を旋回するようにして距離を取り、レオ奪還の機会を窺っている。
「ふざけろよ、クソ犬。レオを殺そうとしたくせに」
「――クズ! 言うに事欠いて、なんてことを言うんだ!」
「なんだ、おまえ。バカだバカだと思ってたけど、本当にバカになったのか? 『大魔法』だぞ? レオが倒れたのはマジックドランカーじゃない」
「……わかってる。クズが邪魔したからだ。レオは、絶対に邪魔するなと言ったからな」
アキラの顔から馬鹿にしたような笑みが消えた。
「なんだって? ……クソ犬、おまえレオに何をした!」
「なにも。ニアはいつだってレオの――」
遮ってアキラは言った。
「エターナル・グレイスは術者の命を代償に加護を与える魔法だ……」
短刀を持つアキラの手がわなわなと怒りに震える。
「おまえ……遅れた頭のクソ犬……レオを傷つけたな……!?」
ニアの瞳に僅かな動揺が走る。だが、瞬時に怒りに燃え上がり、二人は異口同音に低く呟いた。
「「殺してやる!」」
グラディエーターとセイントが二人を取り囲むようにして、指揮官であるニアの命令を待っている。この事実は、術者がいまだ健在であることを意味している。
「う……」
ともすれば聞き逃してしまいそうな程のか細い声。
「「レオ!」」
アキラとニアは喧噪にかき消されてしまいそうな声に耳を寄せる。
「……眠い……」
一人。また一人、と召喚兵は消えて行く。
「……疲れた……ナナセ……もう……」
混濁する意識の中、レオンハルト・ベッカーの吐き出した言葉が二人の殺意を根こそぎ殺ぎ取った。
失意、思慕、敬慕、憎悪、嫉妬、あらゆる感情が混在した歪んだ形の笑みを浮かべ、ニアとアキラは口を噤んだ。
辛うじて残っていただろう意識を手放す際、レオは、呟いた。
「帰りたい……」
一粒の涙とともに――。




