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S・D・G  作者: ピジョン
第1章 失われた英雄

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第26話 アキラ・キサラギ2

◇ ◇ ◇ ◇



 メルクーア暦 6120年。


 『竜の巣』――ドラゴンマウンテンの中腹で、レオンハルト・ベッカー率いるパーティ六名は、『皇竜』との決戦を控え、最後のキャンプを張った。

 『空中戦』、『地上戦』過去二度の『皇竜』との戦いに於いて勝利を収めたパーティの面々は、疲労の色も濃いが、皆意気が上がっている。

 ささやかな夕食を終え、きらめく星空の下、レオは、そっと胸に手を置き、言った。


「感謝を」


 アスクラピアのいつものお祈りとは少し違う。パーティ全体に向けられた感謝の言葉に

アキラは口をへの字に曲げる。

 髭の大男、重騎士のアレンが、がははと大声で笑った。


「いいってことよ! ここまで来りゃあ、勝ったも同然ってか!?」

「ああ、勝つさ」


 レオンハルト・ベッカーも笑う。

 秋の日差しのようにじんわりと優しく、悲しい笑顔だった。

 司教のルークが窘めるように片方の眉を吊り上げる。


「レオ、油断大敵だよ? 君らしくもない……」

「わかってるよ、ルーク。でも、今のうちに言っておきたいんだ」


 イザベラが不安を押さえ切れない様子で、レオの肩に手を掛ける。


「大丈夫だ、イザベラ。俺は負けない。そして……」


 そして、どうなるのだ? レオンハルト・ベッカー。

 お前は『皇竜』を下し、どうするのだ?

 皆、何も言わないが、比類なき名声を手にするであろうパーティリーダーの去就は気掛かりなところだ。


「故郷に帰るよ」

「ニアもついて行く」


 レオンハルト・ベッカーは答えない。


「そう言えば、三年も一緒に居るけど、キミの故郷の話を聞いたことはなかったね」


 アキラ・キサラギは当時十六歳。小柄な体格のお陰で年より若く見られがちだが、その実力には皆、一目置いている。

 その彼女の問いに、皆、はっとしたように顔を見合わせる。


「俺も知らねえなぁ……ニア、おまえさんは知ってるのか?」


 アレンの言葉に頷きながら、ニアは足元の火に薪を投げ込む。


「ゲンジツ」

「聞いたこともねえや。レオ、そいつは何処にあるんだ?」


 レオンハルト・ベッカーは、やはり秋の日差しのように優しく、悲しい笑顔で答える。


「ここじゃない、何処か」

「なんだそりゃ?」


 またしても大口を開けて笑うアレンを他所に、イザベラだけは何かを知っているようだった。焦ったように、何か言おうとして失敗し、それを何度か繰り返した後、悔しそうに、結局は口を噤んだ。


 あらゆる生命の存在を拒み、草木一本も見当たらぬ荒涼とした『竜の巣』の切り立った山肌に、冷たい風が吹き付ける。


「早く、帰りたい……」


 ここじゃない、何処か。

 レオンハルト・ベッカーのその呟きは、アキラ・キサラギ以外の誰の耳にも入ることはなく、風に飲まれて消えて行く。



◇ ◇ ◇ ◇



 メルクーア暦 6128年。


 エミーリア騎士団団長イザベラと別れ、単騎にて街道『真っすぐな道』を進むアキラは、眉間に深い皺を寄せている。


 新しくアキラが手に入れた情報では、先日、レオがまたしても騒動を起こした。

 ニューアークで行われた舞台劇『失われた英雄と暗黒騎士』の最中、突如取り乱したニアが原因で、大喧嘩になったようだ。


 ニアが取り乱した事については、分かる話だ。アキラもあの演目が大嫌いだ。

 喧嘩の際、レオが『召喚兵』を用いたことも、特に不自然な話ではない。彼が好んでよく用いる戦法だ。だが……


「もう、バカなんだから……。自分が何者だか知ってんのかな……」


 現在、ニューアークでは『レオンハルト・ベッカー』が有名になりつつある。

 例えば、到着早々、蹴散らした二〇体にも及ぶ機械兵サバント。

 例えば、本人は遊び半分でやっただろう無償の治療行為。

 例えば、劇中の『失われた英雄』と同じ戦法。同じ名前。

 そして『ニア』を連れていること。

 『失われた英雄』がその長きに渡る旅路に於いて、一人の獣人を最も長く、最も重用したのは余りにも有名な話だ。


「せめて偽名を使えよな……」


 これでは自分の正体を吹聴して回っているようなものだ。

 呆れる反面、アキラは不安を感じてしまう。

 『レオンハルト・ベッカー』の立場は微妙過ぎる。

 現在、和平が破棄され、冷戦状態であるニーダーサクソンとアルフリードの間には、衝突の気配が色濃く流れている。

 その両国家間で騎士の叙勲を受けているのは『レオンハルト・ベッカー』だけだ。

 イザベラが彼を求めるのは個人的な感情だけではないだろう。アルフリードが何らかの動きを見せるのも時間の問題だ。

 そして厄介なことに、レオは幾つかの国家間で『指名戦争犯罪人』の指定を受けている。

 アキラは、ぞっとした。


 浄、不浄に関わらず、知らぬ者のない程の名声を持つ『レオンハルト・ベッカー』は、様々な火種を抱えた存在だ。

 生きていて良かったと思う者がいる反面で、死ねばいいと願う者もいるだろう。

 そのレオが、政治的に空白地帯であるニューアークに滞在している。これがどういう顛末に繋がるのか。


「これ以上、馬鹿なことをしないでいてくれるといいけど……」


 呟いて、アキラは馬に鞭をいれる。

 他者の思惑はどうでもよい。


 『失われた英雄』は自分のものだ。イザベラにも、ニアにも、誰にも渡しはしない。まして、絶対に死なせなどしない。

 一刻も早く、レオと合流する必要があった。



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