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S・D・G  作者: ピジョン
第1章 失われた英雄

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第24話 急転

◇ ◇ ◇ ◇



 ニアの知る限り、その晩の雰囲気は、最悪だった。

 レオンハルト・ベッカーは喋れないわけではない。普段の彼は質問には答えるし、日常会話もすれば、時折は冗談も言う。その彼が眉を顰め、沈んだ表情のまま、ニアの問いかけには殆ど無視を決め込んでいる。


「な、なあ、レオ。そろそろ食事にしよう?」

「……いらん」


 遠慮がちに問いかけるニアに、レオの返答はそっけない。


「入浴は? レオは綺麗好きだったろう?」

「……」


 レオは黙ったまま、首を振った。返事をするのも億劫だと言わんばかりの態度に、ニアはひたすら困惑の度合いを高めた。


「そ、そう。それなら、少し早いがもう寝よう? ニアは……」

「うるさい、少し黙れ」


 ぴしゃりと言って、レオは手を振る。構うな、の合図だ。


 ニアの視界は真っ暗になった。この険悪といってよい雰囲気をまるで理解できない。どのように消化してよいのか分からない。


 弁解するべきなのだろうか? 何を? わからない。

 時が経てば解決するような問題なのだろうか? わからない。


 レオは窓際に立ち、ふらふらと指先を宙にさ迷わせている。ステータス画面を開くその仕草は、ニアにとってはお馴染みのもので、彼がこの行為の直後に大きな決断をする場合が多いことから、考え事をする時の癖の一つと認識している。


(レオはちょっと考え事をしているだけで、特に問題はない。ニアが嫌われたわけじゃない……ニアが嫌われるわけがない……)


 ニアが理性を総動員して、湧き出した不安を取り押さえようと苦悶し始めたとき、変化は起こった。


「なんだ、これは……!」


 レオが低く呟いて、一点を凝視している。街の風景に異変があるのかと思い、ニアは慌ててテラスに飛び出し通りの様子を窺うが変化はない。


「レオ……?」

「大変なことになったぞ……」

「どうした?」

「…チェーンしてる」


 窓際に立っているため、表の様子を気にしていると思ったのだが、どうも違うその様子に、ニアが不安や困惑よりも疑問を感じ出した頃、レオの顔色は先ず、青くなり、続いて白くなった。


「……」


 レオは唇を噛み締めたまま、ソファに深く腰掛けた。辺りの空気は張り詰め、妙な緊張感が漂っている。一時の沈黙を挟み、言った。


「ニア、まずいことになった」

「え? うん……」


 ニアの不安や困惑は急速になりを潜めつつあった。レオの緊張した面持ちは、彼女の不安や困惑とは別世界のものであることはおそらく間違いない。ニアとしては、それに身を委ねる方がはるかに楽な事だった。


「イベントが連鎖を始めた」

「いべんと?」


 首を傾げるニアに、レオは頷きかける。


「アライメント指数が上昇を続けている……わけがわからん。湧き出したイベントの殆どが治癒に関連するものだ。明日から忙しくなる」

「ん……それはいいけど、よくわからない。もう少し詳しく説明してほしい……」


 レオは苦しそうに首を振る。


「おそらく、おそらくだが……同じ種類のイベントは、一まとめになって昇華する場合が多い。……最終的に『主人公』としての俺は、このイベントを避けられないかもしれない。とにかく手が足りん。手伝えよ。……嫌、とか言わないよな……?」


 レオは行動を決意した際、仲間の顔色を窺うよくない癖がある。卑屈とも取れるこの悪癖は彼が仲間を信頼していないという側面を如実に物語る。しかし、ニアがこの悪癖を諌めたことは一度もない。彼のこの悪癖は、ニアの心を大きく満足させ、安心させるからだ。

 ニアはうっすらと笑みを浮かべる。


「もちろん、ニアは嫌なんて言わない。いつも一緒だ」

「……ありがとう」


 不安に揺れる聖痕に、ニアの心臓が一つ跳ねる。発情したと言ってもいいだろう。幼年期の彼を思い出したのだ。



◇ ◇ ◇ ◇



 夜が明けるころ、レオは早めの行動を開始した。

 ベッドの上では全裸のニアがシーツに包まれたまま、笑みを浮かべた表情で惰眠を貪っている。


(ひどい目に遭った……)


 節々の痛む身体を摩りながら、レオは内心毒づいた。

 昨晩、突如として発情したニアに寝室に連れ込まれたレオは、有無を言わさず乱暴な扱いを受けた。

 衣服は剥ぎ取られ、咬まれ、引っ掻かれ、吸い付かれ、極められ、押さえ付けられた。力任せに押しのけようとすれば、なぜか彼女を押し倒す格好になり、ベッドからはい出そうとすれば、なぜか彼女の身体を弄る形になった。


(ベッドの上じゃ、勝負にならんな……)


 体術スキルの発現だろうが、房事に高い能力を発揮されては困る。


「ニアっ、起きろ!」

「……」


 ニアは満足そうに眠っている。


「この、ばか! 昨夜は無茶しやがって!」

「……ぅぁ?」


 寝ぼけ眼を擦るニアの尻に、平手をくらわせる。


「ひゃあ!」


 鋭い痛みと衝撃に飛び上がったニアは、ととっとリビングの方へ二、三歩踏み出して、盛大な尻餅をついた。


「起きろ! 今日から忙しいって言ったぞ!」

「……うん」


 と頷いたニアは寝台を支えに身を起こそうとするが、途中でまたしてもへたり込む。


「なにやってる。ぼーっとして……まさか!」

「……」

「腰が抜けてるとか言わないよな……?」


 ニアは、にっこりほほ笑んだ。シーツを手繰り寄せ、胡座の姿勢で答える。


「昨夜は素敵だった」

「ばかっ!」


 レオは唸りながら、内線でエルとアルの姉妹を呼び出す。


(ったく……ろくなもんじゃない)


 ややあって現れた姉妹も寝間着姿の登場に、レオは途方に暮れるはめになった。


「おはようごさいます……」


 と答えるエルは欠伸をかみ殺しているのか、少し俯いたまま、大きく息を吸った。


「ああ、おはよう。朝早くすまないが、朝食を準備できないか?」

「……無理ですよう、レオさま。まだ四時ですよ? コックさんだって寝てますよ……」


 目を擦るアルは、ピンクの寝間着の裾を下に引っ張りながら、足元でうつらうつらと舟を漕ぐリンの頭を撫でた。


「なんでもいいんだ。……五人分準備してほしい」

「五人分ですか? 朝からよく食べますね……」


 エルは眠気の余りか不機嫌さを隠さずに言う。


「違う、おまえたちの分も含めてだ。頼みたいことが山みたいにあるんだよ」

「頼み……? わたしたちにですか?」

「そうだ。……駄目か?」


 レオは俯き、上目使いに姉妹を見つめる。


「……」


 エルは口元を緩ませ、俯き加減にそっぽを向く。アルも示し合わせたように姉の行動に倣った。その様子にレオは唇を尖らせる。意識した行為ではないが、その様は年端の行かぬ少年のように心もとなく、庇護欲をかき立てる仕草だった。


「頼みなら、犬の従者さんにすればいいじゃないですか……」


 アルがもじもじしながら言う。


「……ニアは体調を崩してる」


 レオは少し泣きたくなった。ゲームの主人公としては失格だろう。


「レオさまが治せばいいじゃないですか」


 エルのその言葉に対して、レオはきっぱりと答えた。


「残念なことに、馬鹿に効く魔法はない」

「……」


 姉妹はお互いを見合わせる。彼女らの返答は既に決まっているのだが、それでも勿体振った行為に及ぶのは、油断すれば緩みがちな口元を隠すためなのが一つと、この瞬間があまりにも心地良すぎたためだ。

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