第17話 眠れぬ夜に
SDGでは、最大六人でパーティを組むことができるが、ベストな編成数は四人とされている。エンカウントが、ほぼ固定されているため、取得経験が限られてくるためだ。
レオは静かに考える。
SDGの世界は非常にリアルに作られている。パーティメンバーは駒ではなく、それぞれ個々の目的を持っている。目的を達成した場合、パーティから離脱してしまう。そのため、パーティ勧誘の際は能力値だけでなくその目的も知っておく必要がある。
「なあ……ニア。おまえ、なにか目的はあるのか?」
「もくてき?」
夜も更けて明かりも消された寝室で、唐突に為された質問に、ニアは首を傾げる。
リンは隣部屋で猫の姉妹と眠っているため、寝室には二人きりだ。そのため、二人はお互いに半裸に近いくつろいだ格好で横になり、天窓から除く夜の星を見つめている。
「やりたいことだ。これが一番のやりたいことっていうの、何かあるか?」
目的はキャラクターにより様々だ。簡単なことなら、特定地域への到達であるとか、特定人物への接見など。困難なものであれば、復讐やアーティファクトの入手などがそれにあたる。
最後まで冒険を続けるのであれば、目的は同じものである方が都合がよい。だが、そういった仲間を見つけるのはこのSDGの世界では非常に困難なことだ。『レオンハルト・ベッカー』の目的が、この世界の人々から見れば達成困難どころか、不可能なものである以上、それは当然の事と言える。そのため、プレイ中はパーティメンバーは流動的に入れ替わり立ち代わりというのが常識ということになる。
「ニアは、レオと一緒にいる」
「そうか」
詮無いことを聞いた、とレオは頬を掻く。獣人種は迫害される環境にある。日々を生き抜くことに懸命な彼らは、人生の目的を持たない場合が多い。そのため、命が尽きるまで主人公に付き従う例がほとんどだ。
「そうじゃなくてだな……」
レオは軽く唇を噛む。以前、現実世界で見た攻略サイトのあるパーティ情報を思い出したからだ。
獣人種と主人公だけで編成されたパーティで、ゲームクリアまでの間に、なんと五八人もの獣人を死なせたというものだ。
「イヤ……?」
ニアの垂れた茶色の瞳が不安の色に揺れている。
「だから……」
獣人種は純粋過ぎる。というのが、この場合のレオの懸念だ。
ニアとの生活は、一カ月になろうとしているが、彼女は、自分が望むならばどのように危険な場所であろうと平然と付き従うであろうし、自然と発生するリスクにも敢然と立ち向かうだろう。『レオンハルト・ベッカー』のためだけに。そこに損得の感情があれば、いくらかは楽でいられたものを、とレオは内心泣きたくなった。
「……俺と居ると、死ぬかもしれないぞ?」
「うん、いい……」
ニアに迷いはない。それが一層、レオを困らせる。彼女を自分に付き合わせて、死なせてしまってもいいのだろうか、と。無論、絶対死ぬと限った冒険ではない。だが、冒険を終え、彼女が幸せになるとは絶対に思えない。そのため、レオはニアの行き先についても思いを馳せねばならなかった。
最終的に、ニアを誰に託すか。どこへ預けるか。レオが実際にニアとの別れを思考したのはこの時が初めてだ。
いずれ迎えるであろうゲームクリア……『最後の日』のために。
◇ ◇ ◇ ◇
「アキラ……」
不意に、レオの口から飛び出した名前に、ニアは身体を固くした。
「アキラを仲間にしようと思うんだ。ニア、今いくら持ってる?」
「?」
アキラのことと、所持金が一体なんの関係があるというのか。ニアはまたしても首を傾げる。
「金だよ、金。金貨は何枚ある? アキラって言えば、金だろ?」
「……」
ニアは一瞬、目を皿のようにして、それからしばらく、珍しいことに頭をフル回転させて……以前、アキラが金銭による契約でパーティに参入したのを思い出し、にっこり笑った。
「三十枚くらい……」
ニアの浮かべる笑顔は、妖しく不吉なもののように見えたが、夜の闇が全てを覆い隠してしまっている。レオが気づくことはなかった。
「おっ、意外とあるな。三十万GPか。それで行けるかな……」
独白のようなレオの問いに、ニアは薄い笑みを浮かべる。
「少し、足りないかも……」
「……そうか、ちょっと稼ぐか。明日、ドレスの引き渡しだったな。ショップの親父に相談して、儲け話の一つも回してもらうか」
「うん」
ニアは頷いて、内心、嗤った。
以前、冒険の終わり頃、金貨の受け渡しの際にアキラが見せていた絶望に染まった表情を思い出したからだ。
そんなニアの黒い思惑とは裏腹に、レオはお気楽に言った。
「よし、稼ぐぞ。とりあえず、明日は遊んで……言っとくが、ニア」
「ん?」
「明日は、ムードを大事にしろよ。こういうのは、それが大事なんだ」
「ムード?」
「そうだ。紳士淑女としてだ。きちんと正装して、観劇に臨む」
楽しみだ、と呟いてレオはニアを引き寄せると瞼を閉じた。