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S・D・G  作者: ピジョン
第1章 失われた英雄
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第14話 不安要素

 翌朝、膝の上にウェアウルフの少女を座らせ、朝食を摂るレオの姿があった。

 目を覚ましたばかりのリンは、癇癪を起こしてぐずり出したのだが、レオの顔を認めると、それまでのことが嘘のように、溢れんばかりの笑みを浮かべた。

 リンの口にスープを運びながらレオは複雑な心境だった。


 SDGでは獣人といえば犬か猫だ。ウェアウルフは聖域アポステルに存在するNPCであり、パーティに加えられるとは聞いたことがない。

 それが今、膝に乗っている。


 高すぎるアライメント指数が原因か、それとも瞳に浮かぶ聖痕が原因か。或いは進行しているイベントの関係か。


「好きなだけ食べていいから、ゆっくり食べるんだ」


 その言葉に、リンはふんふんと鼻を鳴らして返事した。

 途中、給仕をしていたアルの右手をニアが強く掴むというアクシデントがあったが、それ以外は特に問題なく朝の一時は過ぎて行った。


「レオ……これからどうする?」


 ニアは膝の上に座ったままのリンに困惑した様子だったが、


「いつもと変わらない。図書館だ。おまえも来るだろ? 来ないとか言うなよな」


 というレオの言葉に安心したようだった。


「ニアは……いつも一緒だ」


 ゆっくりと左右に揺れる尻尾がニアの余裕を物語っているように見えた。

 レオはニアと二人のプライベートな時間を大切にしている。それがニアの心理的な余裕に強く関係しているのは疑いない。


 エルとアルの姉妹は面白くなかったが、レオに留守を託されると小さく、だがしっかりと頷いて、その背中をリンと共に見送った。




 ペイジについて。

 数種類の武器を扱う戦士系の上級職で、なおかつナイト以上の爵位を持つキャラクターはペイジ(小姓)を付けることで戦力の向上を計れます。

 ペイジは攻撃することはできませんが、主の装備できる武器を所有することにより、戦闘中の補助を可能にします。

 ペイジの取得経験値は、主の取得経験値の十分の一です。




 レオは図書館の一角で、ペイジについての知識を確認している。

 『戦争』やドラゴンとの戦闘では、騎士系の兵種は『補助』を強く必要とする。投擲や槍の武器スキルを持つ『レオンハルト・ベッカー』が本来の実力を発揮するためには『補助』の存在が必要不可欠なのだ。


「…………」


 レオはマニュアルを凝視したまま、深く考え込む。

 一見、いいこと尽くしのユニット『ペイジ』であるが、その役割をリンに任せてよいものか。

 ペイジは攻撃することはできないが、モンスターの攻撃に晒されないわけではない。当然だが、戦闘に安全を保証された特等席は存在しないのだ。


(ペイジは使い潰してしまっても、いくらでも代わりはいるが……)


 それをしないのが彼のプレイスタイルだ。

 レオはしばらく考え込み、疲れたように眉間を揉んだ。


「頭痛いし……」


 最大の問題は、リンが幼すぎるということだ。狼の獣人がどう言うものか知らないが、現在の幼すぎる彼女の生命力では、低級なモンスターの攻撃にも耐えられない。


「無理なものは無理、か……」


 ペイジの役割はスクワイアでも兼任できる。だが、現実問題それをやってしまえば、ニアの負担は著しく増すことになる。それを嫌ってのリンの『ペイジ』であったが……。


 レオは頭を振って思考を追い払う。無理なものは無理だ。


 ニアは日の当たる長椅子の上で足を組み瞑想している。


 眠っているようにも見えるが、そうではない。そうしているときのニアの索敵範囲は、人間種であるレオとは比べ用もないものがある。


 以前は感情の不安定さから、その存在を危ぶんだレオであったが、ここに至り、ニアの存在は重みを増している。

 ニアは冷静でいる限り、大変優秀なパートナーだ。理解が遅く、トラブルに対する措置が遅れがちではあるが、索敵、サバイバル、戦闘の上に騎士の補助という技能がある。短所を割引いても、彼女が活躍する余地は十分にある。そのように作ったのだから当然かもしれないが。


 ニアの腹時計が正午を告げる頃、二人は連れだって市井を見て回る。


 行く先々で屋台や露店を見て回る彼らはこのニューアークでは時の人となりつつあった。冒険者ギルドや商人たちは、遠巻きに彼らの動向に注目している。


 この日も買い食いや露店の冷やかしに忙しい二人であったが、楽しみ笑い合う最中に度々視線を交わし、意志疎通を図りながら周囲を警戒している。


「レオ……今日もつけられてる」

「わかってる。それよりニア、これどうだ?」


 レオが露店で手に取ったのは、銀のロケットだ。

 物理攻撃や冷気に耐性のある獣人であるが、ステータス変化に対しては弱い。特に、即死に対して抵抗が低いのは早めの防衛策を練らねばならない。銀のロケットには即死に対する耐性がある。


「どうする?」


 依然、警戒を怠らないニアであったが、その視線はロケットに釘付けだ。


「ほっとけ。そら、つけてやる」

「う、うん……」


 口ごもるニアの首にロケットをつけながら、その耳元で呟く。


「やつらの狙いがわからない。あえて泳がせてるんだ。様子を見よう……似合うな」


 レオは笑いながら、視線の端に追跡者の姿を捕まえる。

 ニューアークに到着し、二三日後には張り付いたマーカーたちだ。人数は四人。最初は気のせいかと思ったが、そうでない。二人は騎士で、姿格好はそれなりに気を使っているが、残りの二人は平服で交替しながら巧妙につけて来る。後者は明らかに手慣れているが、露見を恐れているようで、一定以上は接近を避ける節がある。前者の二人はその逆だ。とにかくつけて来る。騎士の身なりで尾行してくるので、人目を引いて仕方がない。不快になれば撒くことにしている。


 追跡者たる二組が主を別にしていることは想像に難くない。騎士の方は間抜けなことにエミーリア騎士団の紋章の入ったマントを纏っていることから、その出自は知れている。

 問題は平服の二人組の方だ。今は様子を見ているが、彼らの兵種が『ニンジャ』か『アサシン』なら、油断ならない相手だ。彼らは『クリティカル』のスキルに優れている。レベルの高低に拘わらず、野放しにするのは危険すぎる。


「いいから、いいから」


 平服二人の親玉はだれか。答えは生死の狭間に揺れている。それがいいのだ。このスリルは絶対に現実では味わえない。


「今は楽しもう」


 レオは口の端に僅かな笑みを浮かべる。その笑みは、酷く虚無的なものに感じられニアの不安を煽る。


「ん~~……」


 ニアは与えられたばかりのロケットを握り締め、困惑したように呻いた。不安で不安で仕方がない。危険を好むレオの性質は昔から変わらない。その心境はニアの理解を超えている。新しいアクセサリーは嬉しいが、素直に喜べない。


「おっ、あの饅頭、美味そうだぞ」


 レオが向かいの屋台を指す。


「ん」


 ニアは、レオが眠った後で無粋な追跡者たちを眠らせることにした。両者の違いは、レオは朝には目を覚ますが、追跡者たちは眠ったままだということだ。


 ニアは朗らかに笑った。


 明日は舞台を見に行くのだ。ゴキブリがうろついては楽しみが半減してしまう。

 その思惑を後押しするように、


「ドレス、楽しみだな」


 と呟いたレオの少しはにかんだ笑みに、ニアは決心を固める。


 ニアの精神を砂糖漬けにする一方で、レオは行き交う商人や冒険者たちを観察する。

 アクセサリーの付与効果を知る者は少ないのか、装飾品を身につける冒険者は少ないようだ。装備品も軽鎧や胸当て等の軽装が大半を占めている。重装備である全身鎧やプレートメイルを装備している冒険者はいない。価格の問題もあるのかもしれないが、おそらくは軽装が冒険者としてのスタンダードなのだろう。レオもそれに倣う。普段から重装備で歩くのは疲れるし、第一目立ち過ぎる。


 レオは路地の傍らにあるベンチに腰掛けると、屋台で買った串焼きや饅頭、珍味をほお張りながら、今後についての簡単な予定を述べた。


「そろそろニューアークを出るぞ」

「うん」


 今朝も言っていたことだ。それを聞いたときのアデルの青い顔は、なかなか傑作だったな、とそんなことを考えながら、ニアは指に付いた串焼きのタレをぺろりとなめる。


「とりあえず、アポステルに向かおう。そこでリンの親を捜して……あの子を保護できる者に託そう」

「うんうん」


 それはまったく問題ない。期限付きというのであれば、リンに優しくしても構わない。しかし、レオも人が悪い。もっと早く言ってくれればいいのに。彼女の遅れがちな頭はそんなことを考えている。


「馬や馬車、必要な雑貨の手配も済ませた。全て揃うのに後、十日といったところか。おまえも必要なものは買い揃えておくんだぞ?」

「うん」

「……さっきから、うん、しか言わないな。外に言うことはないのか?」


 レオは呆れたように肩をすくめる。


「うー……冬が、近い」


 ニアは少し考えて、以前からの懸念を口にする。獣人である彼女は苦にしない冬の寒気だが、人間のレオはそういうわけにもいかないだろう。


「冬?」


 レオは、はっとしたように唇を噛む。


「そうか、冬があるんだ。くそっ、考えてなかったぞ」

「?」


 ニアは串焼きをやっつけると、胸元のロケットに手をやりながら、ぐっと胸を張った。


「だいじょうぶ、ニアがついてる」

「おう、まったくだ。おまえがいなけりゃ、命がいくつあっても足りやしない」


 いよいよこの広大なメルクーアでの本格的な冒険がはじまるのだと意気込んだレオであったが、意気込みほどは考えが足らなかったようだ。


 レオは軽く受け答える反面で、この問題の根深さを強く感じている。


 惑星メルクーアでの常識的な知識が欠けている。それは致命的な失敗に繋がる恐れがある。知っているのが当然の常識である以上、具体的な問題の解決方法が見当たらない。


 こうも考える。


 知らないのが常識である以上、それは時間を追えば、自然と解決する問題なのでは?

 だがその反面で、自分には時間的猶予がどれほど残されているというのか、という懸念材料があった。物語の進行とともに主人公を追い詰める『サディスティックシステム』は、『レオンハルト・ベッカー』にどれほどの時間的猶予を与えるのだろう。


(アキラ……おまえは、今、どこでなにしてる?)


 プレイヤーとしての彼は、より強い補助を必要としている。





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