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S・D・G  作者: ピジョン
第1章 失われた英雄
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プロローグ


 夢。


 夢を見ている。


 最期に見る夢。


 愛するひと。


 最後に、せめて。


 流れる涙を、拭ってあげたかった。




 星空のスクリーンを背景に、くすんだ金髪の女が事務机で書類整理をしている。


「次のかた、どうぞ」


 女が平坦な声で言った。

 俺は辺りを見回したが、辺りに広がるのは星空のスクリーンのみ。


(夢か……)


 目の前の光景に首を傾げる。


「次のかたと言っていますが」


 女が眉間に皺を寄せ、せかすように言う。


「俺のことか?」

「あなた以外に誰かいますか?」


 何を分かり切ったことを、と言わんばかりに、女が苛立たしそうに眼鏡を持ち上げる。


「チュートリアルです。そこに掛けて下さい」


 目の前に突然椅子が現れたが、あまり気にならなかった。夢なんだから、なんでもありだ。そう考え腰掛ける。


「お久しぶりです、レオンハルト・ベッカー様。少々お待ち下さいませ」


 目を合わせないまま、女はノートパソコンのキーをカタカタと叩き始める。


「いや、俺の名前はレオンハルトなんとかじゃなくて……聞いちゃいねえ」


(ま、いいか)


 しばらく、星空のスクリーンを見ていた……。

 そうしている間も女が忙しなくキーを叩く音が耳を突く。それから、ガサガサと机の引き出しをかき回しているようだ。 やがて女は目当ての書類とデータを引き出したようだ。分厚い書類をトントン、と整える。


「高レベル冒険者の方ですね。職業は……神官騎士で間違いありませんか?」

「はあっ? 俺は、フツーのサラリーマンだ」

「SDGにそのような職業はありません」


 女は一つ咳き払いをする。


「SDG……? あのゲーム、面白かったなあ!」


 ガキの頃にかなりやり込んだゲームの名前だ。忘れはしない。

 SDGは、俺がまだ高校生の頃に発売された激ムズのRPGのことで、その評価は極端に分かれる。

 クソゲーか。

 神ゲーか。

 俺にとっては、神ゲーだ。クリア後、八年経った今も。


「SDGか! あんた懐かしいゲーム知ってんなぁ」

 あのゲームをクリアした時の達成感は未だに忘れることができない。思わず興奮してしまう。だがそれも過去のこと。現在はもう、あまりに遠い。夢の中のように。


「職業は神官騎士で間違いありませんね」

「ああ、SDGならそうだ。間違いない」

「レベルは37ですね?」

「おお、レオだろ? そんくらいだ」


 子供の頃を思い出して、つい頬が緩む。


「現在の状況を確認なさいますか?」

「? あれのメモリーなら、たしか物置にまだあったと思うが……いや、しかし懐かしい。懐かし過ぎるな……」


 女は、パソコンと書類を見比べた後、俺に向き直った。


「所有アイテムは一つだけです。……小剣ですね」

「はあっ? 待ってくれ。チートとは言わんが、結構強い装備があったと思うんだが?」


 俺は酷く困惑した。脳裏に朧げなSDGのイベントの数々が走馬灯みたいに駆け巡る。


「ございません。パーティの方が持って行かれたようです」

「えっ……? なにそれ、そんなのありなの?」

「…………」


 彼女はその質問に応えず、書類に視線を落とした。


「皇竜討伐の報奨金、100万GPがパーティに下賜されています。お受取りなさいますか?」

「えっ? えっ……? いや、そりゃくれるものは貰う……」


 よくわからない。この女は一体なんなんだ? 困惑する俺に、彼女は続ける。


「レオ様のパーティは六人ですので、六分割されます。……所持金は166666GPとなりました」

「あっ……ああ。ところで、あんた何言ってんだ? 全然意味不明なんだけどさ。それじゃまるで……」


 ゲームが始まるみたいじゃないか……。


「レオ様におかれましては、再プレイということになりますので、細かい説明は省略させて頂きます。続いて、再プレイ時の特典の説明に入ります」


 勿論、俺は混乱している。しかし、この意味不明な夢に陥る寸前の記憶がある一つの疑問を投げかけてくる。

 このゲームは、受肉しつつあるんじゃないか?


「カンストしているスキルの一部成長が限定解除されます。説明をお受けになられますか?」

「ああ、たのむ」


 そう発した俺の声は、自分のものとは思えないくらい冷静で落ち着いたものだった。

 女はその様子に頬笑む。


「索敵、剣術、投擲、槍術、神術、練金、シールド、クリティカルの八スキルが限界を越えて成長いたします。以後、限界はありません」

「了解した」

「エクストラスキル(EXS)のパーフェクトガード(PG)が解禁になります」

「パーフェクトガード? オールガード(AG)じゃなく?」

「はい。その上位スキルとなります。スタミナを消費して、あらゆる攻撃を防御します。効果範囲はパーティ全体に及びます」

「了解」


 俺の簡潔な返答に、女は満足したようだ。にっこり頬笑む。


「続いて、通貨、及び一部の魔法、スキル、イベント等によりリアリティを出すための工夫がございます。ご了承下さいませ。なお、詳細なゲームの説明につきましては『ニューアーク』の図書館にて公表しております。精々、ご利用下さい」


 女は短く息を吐く。


「説明は以上となりますが、ご不明な点などございませんか?」

「くそっ! ご不明な点ばかりだぞ。スキルとイベントがどう変わったって?」

「スキルにおかれましては、実際に使用して戴くより他はございません。イベントに関しても同様でございます。これらの二点につきましては、この場でご説明いたしますと、SDGの最大の醍醐味である『サディスティックシステム』が著しく損なわれる恐れがございますので悪しからず」


 ……意味がわからん。確かにSDGはサディスティックな世界観で構成されている。システム面でより酷い理不尽を用意しているという解釈で間違いないんだろうか。


「なお、魔法につきましては、ニューアークの図書館にて詳細を知られることを強くお薦めいたします」

「なぜ……?」

「現在、メルクーアでは優秀な神官の方が枯渇しております」


 一時の沈黙を挟み、俺は言った。


「今、ステータス画面は開けるか?」

「装備の御確認ですね? はい」

 女が、パソコンのキーボードをかたかたっと叩く。

 すると、星空のスクリーンを背景に、ぱっと等身大の俺の仮想体アバターが浮かび上がる。


「…………」


 俺は鼻白んだ。左手に小剣を装備しただけのそいつは、パンツ一丁だったからだ。


「どこの変態だ、こいつは」

「ぷっ……レオ様です」


 女は無表情だが、絶対笑った!


「……何か無いのか? 初期装備でもかまわないから……」

「初期装備でしたら2000GPで購入できますが」


(このアマ……ふっかけやがる)


「……じゃあ、それを」


 プレイヤーの弱みに付け込むこのやり口は、まさしくこのゲームらしい(サディスティックシステム)。げんなりさせられる。


「はい、承りました」


 画面の俺のアバターに騎士の聖衣とマント、騎士のブーツが装着される。

 アイテムチェックすると所持武器の名前が『グリム・リーパー』になっている。


「おっ、おい! このグリムって、魔剣じゃねーか!」


 女は、ちらりと一瞥すると、かたっとボタンを強く叩いた。


 ぎくり、とした。


 嫌な予感がする。取り返しのつかないことが起ころうとしているような気がした。


「……それでは、ロード開始いたします」


 俺は、はっと息を飲む。


「げ、現在地はどこだ!」

「エアレーザーの森、スターターダンジョン付近となります」


 次の瞬間、視界が暗転して、俺は意識を失った。


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― 新着の感想 ―
おお
[一言] アスクラピアの子から来ました、レオンハルト・ベッカーの名前を見て早速ワクワクしてます
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