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八章

日曜日。椎名とイフィム討伐のフリーランを約束した日だ。

永斗はすでに準備を整え、西門に到着していた。集合時間の十分前といったところだろう。

まだ椎名の姿は見えない。

「あいつがまだ来てないなんて珍しいな」

独り言をつぶやきながら、近くの露店で勝った串焼きを食べる。

西門前は待ち合わせとして良く使われる場所のため、そういた食事系の露店や、アクセサリーを売っている様な露店もよくみられる。

すると、遠くから椎名が走ってくるのが見えた。

なにやらいつもは持っていないリュックを背負っている。

「ごめん。遅れちゃった?」

「ぎりぎりセーフだ」

時間はちょうど十時を示している。

「よかった。お弁当の準備に予想外に戸惑っちゃって」

「そうか。なら楽しみにしとくかな」

「任せといて。最高傑作だから」

その言葉に永斗は一瞬不安がよぎったが、深く考えないようにした。

昔から椎名は、料理の美味い椎名の母に習っていたから大丈夫なはずだと思いこむ。

あえて、椎名が味覚音痴なことは気にしないようにする。

料理は味覚音痴が作ってもレシピ通りに作れば美味いものが出来るはずだ。

「じゃあ行くか。フリーランなら他の連中も受けてるだろうし、競争になるな」

「うん。がんばろ」

二人は西門の係員に通行書を発行してもらい、外に出た。

この通行書とは待ちの住人が、街の外に出る際必要になるものだ。

これは一種の住民証明書であり、これが無いとたとえ待ちの住民であっても、長い列を並んで入町審査を受けなければならない。

なぜこのような面倒な審査を受けなければならないかと言えば、それは犯罪者に対する刑のためだ。

イフィムが出現してから、犯罪者への処罰が懲役や死刑から町追放に変更された。

それは、町の外で一般人が生きていくことは、不可能に等しいことを示している。

それだけイフィムは人類の脅威になっているということだ。

そして、そんな犯罪者が他の町に入ってこないように、厳しい入町審査が設けられている。

ちなみに入町審査は身分証明書の提示と、手荷物検査だ。

この手荷物検査がやけに厳しいため、いつも審査場所は人が長蛇の列をなしている。

二人は朝から出来ている長蛇の列を横目に、森林地帯へ向かった。


森林地帯は、昔商店街だった場所が丸々森に制圧された場所だ。

そのため縦に長い形になっている。

と言っても横五百メートル、立て三キロほどの大きさだ。中に入ってしまえば、形など関係無く木に囲まれる。

二人はまず今日使う拠点を探すことにした。

放置された家々の中にはイフィムが隠れ潜んでいるかもしれない。

なので、拠点を決めるには慎重に中を確認しなければならない。

数人のグループで一つの拠点をシェアすることもあるが、今回は朝からと言うことでまだ人は少ない。どこかの拠点に混ぜてもらうことは、人を見つける意味で難しいだろう。

木の根がコンクリートを押し上げ、歪な形を形成した地面を進みながら、二人は比較的綺麗な状態の家を見つけた。

おそらく以前にも誰かが拠点として使っていたのだろう。

「ここなんかいいんじゃないか?」

「そうだね。外壁もそれほど壊されて無いし、植物の侵入も少ないみたい。ここにしよっか」

「なら俺が先行して中の安全を確認してくる」

「うん、お願い。私は外の警戒をしてるね」

森の中と言えど、元は商店街だ。日の光が遮られるほどうっそうとはしていない。

椎名の光を操る能力は、集中すればどこかで光がさえぎられるのを感じ取ることができる。

明るい場所での索敵には持ってこいの能力だ。

「頼む」

永斗はそう言い残して、剣を抜き店の中に入って行く。

元は衣服店だったのか、一階は大きな一部屋になっている。

しかし入口も大きく開けているため、一階では、拠点の意味をあまりなさないだろう。

そこで一階の確認を終え、足音を殺して二階に向かった。

二階への階段は店の奥にあった。

上がってみると、そこは居住区になっていた。部屋が二つにと、キッチンが一つ。

この商店街の中の一つの店としては普通の大きさだろう。

永斗はまず扉の開いていた部屋から探査する。

イフィムに高度な知能を持つ個体が少ない以上、扉を開けて入り、再び閉めるといったことはしない。

なら、扉が開きっぱなしになっている場所の方が、潜んでいる確率は高い。

扉の陰からそっと覗き見る。

見える範囲では何もいないようだ。

だが、このままの角度ではドアの両サイドは見えない。

そこで永斗は持っていた剣を鏡代わりにして、反射を使って両サイドを確認した。

部屋の中に無いもいないのを確認して、中に踏み込む。

床は掃除がされたことがあるのか、ガラスの破片や木の破片、壁の欠片なのは無く、うっすらと埃が積もっているだけだ。

やはり誰かが以前使ったことがあるようだ。

その部屋の安全が確認できたので、次に扉の閉まっている部屋に向かう。

扉を少しだけ開け、中の音を確認する。

特に何も音がしないのを確認してから、隙間から見える範囲を確認。

煙幕や、スタンを使ってもいいのだが、フリーランで連続の戦闘がおこなわれるのを予想し、今むやみに使うのは避けた。

今度は扉の隙間からそこらへんで拾っていた小石を投げ込んだ。

これに何も反応する物が無ければ突入しても大丈夫だろう。

結果は反応無しだった。

扉をゆっくりと開け、中に踏み込む。

こちらの部屋は、先ほどの部屋と違いキッチンが完備されていたようだ。

ダイニングとして使われていたのだろうか、古くなったテーブルが真ん中に置いてある。

そして先ほどの部屋と同じように、こちらにも破片は無く、うっすらと埃が積もっているだけだ。

「これならすぐにでも使えそうだな」

部屋を全て確認し終え、一階に戻ると外を見ていた椎名が振り返る。

「大丈夫だったみたいだね」

「ああ、前に誰かが使ったんだろ。瓦礫とかも無くて、すぐに使えそうだ」

「了解。じゃあ荷物だけ先に置いちゃおうか」

「そうだな、って言っても俺はほとんど無いけど」

「私のお弁当ぐらいだもんね」

二階のダイニングに上がり、持ってきた布で簡単にテーブルを拭き、その上に荷物を置いた。

「じゃあ早速だけど捜索に行こっか」

「まずはどのあたり探すんだ?」

「とりあえずこの周辺からかな。あんまり拠点の近くにイフィムがいるのも落ち着かないし」

「そうだな。じゃあ、ここら辺を一周してみるか」




「私もう無理!」

この言葉が周辺を一周して、三体目のイフィムを倒した時に椎名から出てきた言葉だ。

しかし、無理もないだろう。

ここら辺は確かに元商店街だが、現在は森林地帯になっているのだ。

イフィムが地形に有利な形を持って生まれるなら、必然的にその形は森に一番多く存在する生き物。

すなわち昆虫になる。

先ほどからの戦闘で、イフィムとの遭遇が三回。

その内の三回ともが全て昆虫型のイフィムだった。

「なにいってんだよ。森林地帯なら昆虫型が出るのは分かってたことだろ?」

「理解はしてても心が拒絶するの!」

ちなみに三回の遭遇で倒したイフィムの形は、ムカデ型、ゴキブリ型、クモ型である。

どれもまともじゃない。

最初のムカデ型の時などは、椎名は錯乱し辺り一面にライトショットを乱射していた。

結局核が頭にあったので、永斗が頭を切り落とし、そこにライトショットをぶつけさせて終わらせたが、ムカデの特徴なのか、核が消滅してもしばらくの間胴体はうようよと動いていた。

それを見てしまった椎名がさらに錯乱するのは仕方のないことだっただろう。

永斗は椎名との戦闘を思い出しながらため息をつく。

「しょうがない。いったん拠点に戻るか」

「そうする」

椎名はもはや涙目である。


拠点に戻ってきた二人は、弁当の置いてある部屋に入る。

椎名はタオルを水に浸して目に覆いかぶせている。

よっぽど虫型との戦闘が辛かったのだろう。

永斗はダウンした椎名を見ながら、この後のことについて考える。

椎名がこれ以上、さっき言ったように虫型との戦闘を拒否するなら、今日はもう終了して三体分の核結晶を討伐結果として出す。

まだ頑張ると言うのであれば、全力でその手伝いをする。

今永斗に考えられるのはこの二つ程度だった。

どちらも椎名の意思次第ということだろう。

「どうする椎名。これで今日は止めるか?」

「……」

椎名は黙ったままだ。

「俺はお前の意思を尊重する。もともとこれはお前の受けた以来だ。お前がこれ以上無理だって言うなら、俺は何も……「やるよ」

椎名が永斗の言葉を切る。タオルを目から外して、真っ直ぐに永斗を見つめた。

「私はまだやるよ。だって限界じゃないもん。さっきは取り乱して止めるなんていっ茶っ茶けど、私はまだ止めるつもりはない」

「そうか」

永斗はその真っ直ぐな視線に安心する。

「なら少し早いけど飯にするか。今からまた討伐に行っても中途半端な時間になるだけだろ」

「そうだね。じゃあ私のお弁当のお披露目だよ」

椎名がじゃじゃ~んと効果音をつけながら、弁当のふたを開く。

中には色とりどりの具材が挟まれたサンドイッチだ。

「なるほどサンドイッチか」

「いざとなっても、戦闘中に補給できないといけないと思ってね。これなら手で持って食べれるし、そんなに時間も掛からないから」

確かに、今回はいい拠点を見つけることが出来た。だがもしかしたら、いい拠点が見つからず、一日中外で凄さないといけない可能性もあった。

それはそのままイフィムに狙われる可能性がありつづけると言うことだ。

のんびり昼食をとっている時間は無かっただろう。

「はいお絞り」

「サンキュー」

手を拭いて、サンドイッチにてを伸ばす。そこで、永斗はある違和感に気づいた。

「……なあ椎名。おばさんってサンドイッチ作ったことあったっけ?」

「へ?ないけど」

「じゃあどうやってサンドイッチ勉強したんだ?」

「サンドイッチに勉強なんていらないじゃん。適当に具材挟めばいいだけなんだから」

だがそれを聞いて、永斗の手はピタッと止まった。

当初の永斗の希望的観測が、脆くも崩れ去ってゆく。

今、永斗の目と鼻の先にあるサンドイッチは、椎名が作り方を習わなかった料理だ。

おばさんが作ったことが無いと言うのなら、もちろんレシピなんて存在しないだろう。

そして椎名は極度の味覚音痴だ。試食は当てにならない……

永斗の背中に冷や汗がたれる。イフィムと対面した時と同じか、それ以上の量だ。

「どうしたの?」

椎名が手の止まった永斗を不思議そうに見る。

「あ、いや、なんでもない。頂きます」

「めしあがれ」

サンドイッチを一つ取り出し、口に運ぶ。

シャリッとみずみずしい触感が口の中に広がる。そしてその後に来るマヨネーズの風味。

噛むことで次第に出てくるハムのうまみ。

普通に言ってしまえば永斗の想像とは全く逆の美味いサンドイッチだった。

「美味いな」

半ば驚愕しながら、その言葉を呟く。

「よかった、いっぱいあるからどんどん食べてね」

「おう」

最初の一つで美味いのは分かったため、二つ目以降は躊躇う必要がなかった。

だが、そこで永斗は一つ重大な見落としをしていた。

料理はサンドイッチなのだ。

全てが同じ具材であるとは限らない……

三つ目のサンドイッチを齧った時、永斗にその悲劇は訪れた。

「くぉ!」

良く分からない叫び声をあげて、永斗がテーブルに突っ伏した。

「どうしたの!?」

「椎名。お前これに何入れた?」

永斗の手に持たれている、食べかけのサンドイッチを椎名に見せる。

椎名はそれを見て、中身を答えた。

「えっとそれは、前のゴーヤ餡かけをリスペクトしてみたの。細かい材料は分からなかったから、ゴーヤだけふんだんに使ってみたんだけど、どう?」

「すっごい苦い……」

「やっぱりか」

「分かってるんならやらないでくれ!」

「なんでも試行錯誤は必要だと私は思うな」

「試行錯誤の試しを俺にしないでくれ……」

「むぅ……しょうがないな」

「じゃあ口直しに、このお茶飲む?」

椎名が水稲からコップにお茶を注ぐ。永斗はそれを無言で受け取り一気に流し込んだ。

「あdふいhbvぴだすhぼすdh!!!!!!」

椎名は初めて永斗の声にならない絶叫と言う物を聞いた気がした。


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