七章
永斗は夕食を終え、部屋で一人ベッドに横になっていた。
午後の実技訓練はあの後は何事も無く、穏便に終わりを迎えた。
結局私闘のことは問題にならず、お咎めもなしだった。
おそらく乱入したOBが言わなかったのだろう。
永斗がもしOBの立場だったら、同じようにしていただろうと思っていた。
防衛学校の護衛科など、そもそもイフィムと戦おうとする気性の荒い人物が集まってくる場所だ。
そんな場所で私闘をいちいち取り締まっていては、護衛科の生徒がいなくなってしまう。
よほどの怪我でもしない限りは、現行犯でも無い限り、教師も見て見ぬふりをする。
永斗は一息つくと、ベッドの横に置いてある一冊の本を手に取る。
防衛学校の図書館から借りてきた、イフィムに関する資料集だ。
防衛学校には、これまで討伐したイフィムの中で遭遇した特に危険なイフィム、またSランク依頼の対象となる特殊型イフィムのデータが集められている。
それを一冊の本にまとめたのが今、永斗の持っている本だ。
ページをペラペラとめくりながら前日に調べた場所まで進める。
「今までの特殊型に該当は無しか……」
すでに半分程度まで調べてはいるが、なにせ今までの全てのデータが集められた本だ。
厚さは国語辞典に相当する。
「あと半分か。結構読んだがこれと言って収穫が無いんだよな」
書いてあるイフィムは、やはりほとんどがすでに討伐されたもので、ただでさえ絶対数の少ない特殊型で、同じような個体が生まれるとは考えにくい。
永斗は重点的に未討伐のイフィムをピックアップしているが、いまだに永斗の求めているイフィムの情報は出てきていない。
「根気よく探していくしかないか」
ベッドから起き上がり、机に座る。ライトを付けて、明りを確保する。
部屋にはペラペラとページをめくる音だけが響いた。
一時間ほどめくり続けていると、突然机がブブブブっと振動した。
時間がかかっているのは、一通りイフィムの特性を読んでいるからだ。今後、出会うかもしれない見討伐のイフィムばかりだ。読んでおいて損は無い。
「うおっ!」
驚いて、本から顔を上げる。
見ると、永斗の携帯が振動していた。学校から戻ったまま、ずっと机の上に置きっぱなしにしたままmだった。
見ると、着信は椎名からだった。
一時間同じ姿勢で、凝り固まった体を一回伸びをしてほぐし、電話に出る。
「もしもし?」
「もしもし永斗?」
「どうした?椎名がこんな時間に掛けてくるなんて珍しいな」
時刻は現在八時を過ぎたところだ。この時間だと、椎名はいつも学校の勉強をしている。
「うん、今日会った人のことがどうしても気になっちゃって」
「エクスガーディアンか」
「うん……」
「確かにエクスガーディアンなら何か知ってるかもしれないな」
「永斗もそう思う?」
「ああ、でも俺の能力が普通とは違うことは、自分たちで調べて分かってる。エクスガーディアンでも知ってるとは限らないし、あまり期待しない方がいいだろ」
「私もそれは分かってるよ……それでもやっぱり頼れそうな人には頼るべきだと思う。私たちじゃもうどうしようもないぐらいまで調べたじゃん」
「それもそうだな。でもエクスガーディアンが一般の生徒の相談なんかに乗ってくれるかね?」
いくら永斗たちが相談したいと言っても、相手は世界に三十人ほどしかいないエクスガーディアンだ。
それだけ希少な存在ならいろいろな所から引っ張りだろう。
永斗はそんな人物がまだガーディアンにもなっていない生徒のために時間をとってくれるとは思えなかった。
「それがね、まだ噂なんだけど、今日来てたエクスガーディアンが、来週特別講義をしてくれるってゆう噂があるんだ」
「特別講義?」
「そう。私たち新二年生に実際に前線で戦ってる人の経験を教えてくれるらしいよ。今日呼ばれたのはそのための確認だって」
「でも噂だろ?」
「先生の間から洩れた話しみたいだから、結構信憑性はあると思う」
「そうなのか。なら問題はどうやって聞くかだな。俺たちのことは絶対に秘密にしておきたいことだし、授業中に聞くことはできない」
「そうなんだよね。それに話を聞いてもらう以上ある程度私たちのことも話さないといけなくなると思う」
「あの人が信用できるかが問題だな。まあそれは講義の中で見極めるしかないか」
「そうだね。じゃあこの話は保留でいっか」
「ああ。用件はそれだけか?」
「あ!?もう一つ。日曜日に依頼を受けたんだけど、一緒に行ってくれる?」
「日曜なら空いてる。いつも見たいに午後からか?」
椎名の光を操る能力は太陽が高いほど強くなる。そのため、依頼に行くのはいつも午後になってからだった。
「ううん。今回は午前中から。依頼内容がフリーランなんだ」
「フリーランか。珍しいな」
フリーランとは依頼の一つの形式で、一定範囲内のイフィムを出来るだけ減らすのが目的の依頼だ。報酬は歩合制で討伐したイフィムの数で報酬が加算されていく。
ただ、このフリーランはイフィムが集中して発生するなど、珍しい条件で無いと発生しないため、なかなか依頼が出ることが無い。
「だから日曜日は朝から付き合ってほしいんだけど」
「問題無い。フリーランの場所は?」
「郊外の森林地帯。なんか大量発生してるんだって。でも小型がほとんどって話だから私たちでも受けれたの」
森林地帯は文字通り森が生い茂った場所だ。
イフィムの侵攻で管理から離れた森が、その範囲を広げた者が今回のフリーランの場所になる。
そのため、森林地帯だが元商店街があった場所のため家が多数存在し、その分休憩所として使うこともできるが、イフィムの巣になっている可能性もある一長一短な場所でもある。
「了解。そういやあフリーランなら弁当がいるな」
「あ、それなら明日私が作ってくよ」
「マジか!椎名の弁当は久しぶりだな」
「パワーアップした私のお弁当を見せてあげる。じゃあ日曜日は朝十時に西門前で集合ね」
西門は街をぐるっと覆っている防壁の出入り口の一つで、森林地帯から一番近い場所だ。集合場所にはちょうどいいだろう。
「了解」
「用件はそれだけだから。すっきりしたし、勉強に戻るね」
「ああ、頑張れよ。お休み」
「うん。おやすみなさい」
通話を切り、携帯を机の上に置く。
明日は金曜日、日曜日が依頼日ならまだ準備をするには早い。
永斗は土曜日に準備をすることにした。
やはり問題はエクスガーディアンだ。
椎名には講義の最中に見極めると言ったが、調べておくにこしたことは無い。
エクスガーディアンならそれなりの情報が出ているだろう。
読みかけの本を閉じて、携帯からネットにつないだ。
現在のインターネットの主流は携帯だ。
パソコンでのインターネットをやる人も稀にいるが、有線がイフィムの影響でつなげない場所が多く、ほとんどの人は無線で使える携帯を使用している。
国も復旧に際し、携帯の電波塔を優先して立てていた。
それでも大きな町にしか電波塔は無い。
昔のように森の中に立てようものなら、簡単にイフィムに破壊されてしまうし、巣になることもある。最悪、立てている最中にも襲われかねない。
そのため携帯の電波範囲も、大きな町とその周辺程度しか使えない状態だ。
それでもパソコンよりかは安定して使えるので多くの人が携帯のネット回線を活用している。
永斗も携帯から情報サイトにアクセスし、エクスガーディアンのリストを探す。
国が管理しているサイトを見つけ、そこに入った。
上から順番にエクスガーディアンの人物が紹介されており、気になった人物をクリックすると詳細が分かるようだ。
ただ、詳細と言ってもプロフィール程度だ。
そこで今日乱入してきたガーディアンを見つけた。
「あの人ほんとにエクスガーディアンだったんだな」
ページをクリックすると、その詳細が表示された。
佐藤幸一 22歳
職業:ガーディアン
護衛対象:海神七瀬
契約能力者:海神七瀬
武器:日本刀・ハンドガン
本当に少しのことしか書いて無い。
護衛対象はそのガーディアンが護衛している人物のことだ。
通常のガーディアンの場合は、ここがフリーとなっている。
しかしエクスガーディアンの場合は契約を行っているため、その人物が護衛対象に設定されているようだ。
まれに契約していてもフリーの人物はいるが、それはエクスガーディアンとして能力が発動しなかった人がほとんどだ。
プロフィールの下には簡単な能力の利用方法が書いてあった。
・日本刀に能力によって操った水をコーティングし、表面を細かく振動させることで驚異的な切断力を誇る。この切断力は大型イフィムの外装をも簡単に切り裂くことが証明されており、現存するエクスガーディアンのなかも強力な武器に値する。
また、銃弾をいくつか使い分けており、中には能力を利用して作った弾も存在する。
これは着弾と同時に水がはじけるようになっており、海神七瀬の能力をサポートする物と本人は言っている。
どうやら詳しいことは国も分かっていないようだ。
まあ、それは当然だろう。
エクスガーディアンの力は強力だが、権力をもつものはそれを利用しようとする者も多い。
あまり詳しく能力を知られては何か弱みを握られる可能性もある。
エクスガーディアン達はその事も考え、自分たちの能力を最小限しか公表しないとのことだ。
「やっぱ分からないよな」
国のサイトを出て、他のサイトもちらちらと見て行く。
しかしどれも眉唾物の噂ばかりだ。
内容は聖人君子のようなものだったり、逆に悪魔のような非道な行いをしたと言う物まで様々だ。
どれも証拠が無く、変な噂が独り歩きしたものだと思われる。
携帯の接続を切り、ベッドに横になった。
「ガーディアンの情報なんてどこで手に入るんだ」
天井を見ながら呆然と考えていると、廊下からドドドドっとうるさい足音が聞こえてきた。
そんな足音を鳴らしながら歩く人間を、永斗はこの寮で一人しか知らない。
ガチャっとノックも無く扉が開けられ、堀田純一が入ってきた。
「……相変わらずノックの一つもなしか」
「相変わらず先輩に敬語が無いな」
堀田はにやにやと笑いながら部屋に入り、永斗が先ほどまで座っていた椅子に座った。
「何の用ですか。先輩?」
「おい、今なんか先輩の方に疑問がついてた気がするぞ!?」
「気のせいですよ。それでどうしたんですか?」
堀田の言葉を受け流し、再び質問する。
「お前、今日面白いことやらかしたらしいじゃねぇか」
「面白いこと?」
「あれだよ、昼の決闘」
永斗と須郷が決闘したのはすでに学生の間では噂になっていた。
まあ、特に口止めもしていなかったのだから当然だろう。
「ちょっと喧嘩して決闘に発展しただけですよ。何も面白いことなんてありませんでした」
「何言ってんだよ。三期生トップを、二年生しかも二期昇格最後の奴が倒したって噂で校内持ちきりだぜ?」
「俺の素性まで広がってんのかよ」
誰が流したか分からないが、その事実に永斗はため息をつく。
「二年の中じゃ、そんなことができるのはお前ぐらいだってだいたいの連中は分かってるしな。ただ三年以上じゃお前の素性はまだそこまでバレて無いぜ。まあ寮の連中には俺がばらしたけどな!」
「お前か!止めてくれ。ただでさえ面倒なのに、上級生にいちいち絡まれたらたまらん」
「でも負けるとは思ってないんだろ?」
「それとこれとは話が別だ」
「ははは!お前って本当先輩に敬意払わないな」
堀田は大きく笑いながら椅子の背を叩く。
と、不意に堀田が笑うのを止めた。
「そういやあ特別講習のこと知ってるか?」
「ん?ああ、さっき椎名から電話で聞いた。エクスガーディアンが来るんだって?」
「そうらしいな。二年は講義もあるらしいな」
「三年は違うのか?」
「三年以降はガーディアンの心構えなんて皆持ってるようなもんだし、俺達も二年の時にガーディアンに聞いたからな」
毎年同じようにやっているのなら確かに聞く必要はない。
むしろそれは時間の無駄だろう。
「そうゆうことか。じゃあ三年以降は何やるんだ?」
「ん?二年も講義だけじゃなくて俺達と同じことやるぞ?」
「そうなのか?」
「ああ。午前中に二年は講義をやって、午後からは二年以降全員集めて模擬戦だ。もちろん相手はガーディアンの人だ。今年の生徒は運がいいよな。俺の年は普通にガーディアンだったのに、今年はエクスガーディアンが来るんだろ?」
「そうらしいな。決闘に割り込んで止められた」
「マジか!?お前が簡単に止められたのか?」
堀田はその言葉に素直に驚いた。
永斗の実力を知っている堀田は、すでに永斗がBランク程度の依頼なら簡単にこなせるレベルであることを知っている。そんな人物の決闘をいとも簡単に止めるのは決して簡単なことではない。下手をすれば自分まで巻き込まれて怪我をする。
「まあ俺も来てるのは分かってたからな。いきなり割り込んでくるとは思わなかったが、ちょうど止めるにはいい時だと思ったし」
「なるほどな」
納得したようにうなずく。
そこで永斗は部屋に新たに入ってくる存在を感じながら、堀田を撤収させる手段をとることにした。
「それで、今回の俺の噂は誰から聞いたんだ?小耳に挟むようなもんでもないだろ」
「ああ、それなら五年の清水さんに……」
そこで堀田の言葉が止まった。
それは後ろに迫る気配に気づいたからだ。
ギギギギギと錆びた機械がこすれながら動くように、ゆっくりと後ろを振り向く堀田。
そしてその先に立つ薫。
「今度は五年生ですか」
薫は静かな威圧感を放ちながら、固まって動かない堀田に迫ってゆく。
「困った人ですね。本当に」
一歩一歩と近づくたびに、永斗にまでプレッシャーが押し寄せてくる。
「一体いつになったら私は報われるんでしょうね、純一君」
「いや…あの、別に浮気と言うわけでわ……」
「そうなんですか?」
顔は笑っているが、その目は全く笑っていない。
堀田を見降ろす姿は、まさに般若だ。
「そうだよ!ちょっと噂について話してただけだって」
「そうですか。純一君はわざわざ一階の教室まで行って、わざわざ清水さんが一人の時をねらって、わざわざ事前に知っていた噂をあたかも初めて聞くかのように振る舞いながら、わざわざ清水さんに説明してもらいつつ、さりげなくお弁当を頂いていたわけですね」
「なぜそこまで知っている!」
思わず突っ込んでしまったのは永斗だ。
「愛している純一君のことですもの。当たり前ですよ」
女の愛とはここまで深いものなのかと驚愕しながら、永斗は沈黙する。
「さて、では純一君。私の部屋に行きましょうか」
「はい……」
今日は縛られること無く、堀田はただただ静かに連行されていった。
毎回同じことを繰り返す二人を見送って、溜息をつく。
「寝よ」
遠くの部屋から悲鳴が聞こえた気がしたが、永斗は何も聞こえないことにした。