六章
五千字程度戦闘回です
開始と同時に須郷は一気に永斗との距離を詰める。剣使い同士の戦いなのだから当然だろう。
しかし、一分間防御だけをすると言った永斗はその場から動くこと無く、須郷を待ちかまえる。
「はあぁぁぁぁ!」
須郷が叫びながら剣を振り下ろすのに合わせて、永斗は横に構えた剣を、剣先が地面をこするほどに低くしながら振り上げるように迎え撃った。
そのままつばぜり合いに持ち込むのかと一部の観戦者は見たが、多くの意見は違っていた。
永斗の剣は須郷の剣同様両手持ちだが、その剣幅は須郷の物が明らかに太い。
どれほどの名剣であろうとも、そのまま正面からぶつけあえば永斗の持っているものは、それほど苦労すること無く折れてしまうだろう。
剣が折れた程度では負けにはならないが、今後の戦闘が圧倒的に不利になるのは明白だ。
永斗は案の定正面からぶつけることはなく、須郷の剣筋に対して斜めに剣を入れることでいなすように初撃を交わした。
全力の乗った剣をいとも簡単にいなされたことでバランスを崩した須郷は、強引にバランスをとることなく、そのまま崩れ転がるように永斗の背中に抜けた。
バランスを崩したところに背中から追撃されるのを警戒したのだろう。
一般的な試合ではそれでも良かったのだろう。そしてその行動を躊躇なく選択できる辺り、須郷が実力を持った人間だと言うことは分かる。
しかし、今この状況において、それは須郷をピエロにするだけど行動になってしまう。
立て直した須郷が、素早く背後を振り返り剣を構えて見たものは、最初の位置から一歩も動くこと無く須郷を見据える永斗の姿だった。
「……てめぇ俺を馬鹿にしてんのか」
「言ったろ、最初一分は攻撃しないって。早くしないと一分立っちまうぞ?あと三十秒だ」
「クソが!」
永斗の挑発に人垣の中からクスクスと笑い声が上がった。
声は須郷の冷静さを奪うのには威力がありすぎた。
「死ねやクソガキ!」
再び永斗に切りかかる。
今度は全力を乗せることなく、その場に踏みとどまり、突き、振り下ろし、横なぎと次々に技を繰り出す。
しかし、その全てを永斗は、そこから一歩も動くこと無く、剣でいなすだけで凌いだ。
そして開始から一分が経過する。
「時間だ。俺も攻撃するぞ」
三十秒間黙々と須郷と剣をいなし続けた永斗が呟いた。
須郷が焦りを浮かべる。
攻撃を受け流し、下に振り下ろされた瞬間をねらって懐に飛びこむ。
両手剣は重く巨大な分、懐に入られると他の片手剣やナイフと違い対処ができない。
永斗は左手を剣から離し、須郷の顔面に嘗底を打ち込んだ。
特にガードすることも無くダイレクトに入った嘗底に須郷はふら付いて二歩三歩と下がる。
そこに間をおかず、蹴りを入れた。
鳩尾に入り、須郷は二メートルほど飛び、地面に倒れた。
鳩尾を抑えながら、尚も剣を杖代わりに立ち上がる須郷を見て、永斗は素直に驚愕を浮かべる。
「凄いな。今ので普通は動けなくなるんだが」
「鍛え方が違うんだよ!」
声で気合を入れると共に、杖代わりにしていた剣を再び自分の前に構えた。
だが、永斗の次の一言で須郷は硬直した。
「鍛えてはいるみたいだな。けどあんた、実戦はそこまで経験してないな」
「なっ!」
須郷だけでなく、その場にいた二年生全員が驚愕した。だが、三年生はなにか思うところがあるのか、それほど驚いて無いように見える。
永斗はそんな三年生の姿を見て、確信した。
「あんた程度の実力で一位になれるとは到底思えない。今の剣捌きや防御のとり方なら、今の二年生でも十分対応できる奴らはいるだろ」
その言葉に須郷の顔がみるみる赤くなってゆく。怒りに震えているのだ。
今まで三期生トップと言われてきたのが二年生になりたての小僧に雑魚呼ばわりされたのだ。怒りもするだろう。
「このガキ殺す」
「やっちゃえ須郷!」
須郷の言葉にいままで傍観していたさやか先輩が応援する。
沸点に達したのか、今までの様な威勢のいい声は無く、その瞳には明らかな殺意が見えていた。
そして試合は再開される。
審判役を務めていた新島は少し渋い顔をしていた。
明らかな殺意を放っている須郷を止めた方がいいのは山々だが、見ていると対戦相手の二年生は須郷を圧倒している。
この状態で勝負を止めてしまうと、須郷のプライドがズタズタにされかねないのだ。
まあ敗北してもズタズタになるのは目に見えているのだが……
何か対策をと二人の試合を視界に収めながら辺りを見ると、人垣の向こうに生徒以外の人の姿が二人見えた。
一人は黒いコートを羽織った茶色い短髪の男性。
もう一人は青い髪色の女性だ。
二人とも添って真っ直ぐこちらに歩いてきている。
二人とも明らかに生徒では無いし、教師にも見えない。
新島は二人を見た瞬間決闘を中止することを決めた。
防衛学校では学生同士の決闘を校則で禁止している。それは武力をもった学生同士が勝手に決闘などをして、重大な怪我を負わないようにするための措置でもあり、また外部の人間に防衛学校の生徒が安全な生徒であることを示すための措置でもある。
一般人からしてみれば、能力者は普通に化け物だし、護衛科の生徒ですらイフィムと戦えるだけの力を持った人間なのだ。それが暴力的であると思われれば、学校としては立場が悪い。
それを防ぐための私闘禁止だ。
迫ってくる二人がどんな人にせよ、今の状態は完全に校則違反だ。
このままでは、戦っている二人はおろか、それを止めないこの場の全員が罰則を受けかねなかった。
「二人とも!決闘は中止だ。部外者がこっちに向かってきている!」
永斗はその声を聞き、須郷の相手をしながら回りを確認する。そして二人が歩いてくるのを発見する。そして男のコートの中に剣が隠れているのも―――
しかし、須郷は怒りに身を任せただ剣を振るだけだ。
当然新島の声は届かないし、剣を止めようともしない。
永斗は須郷の突きに合わせて剣を絡め、そのまま須郷の剣をはじき飛ばした。
そしてもう一度鳩尾に蹴りを入れる。
しかし今度は剣を持っていなかったこともあり、両手で蹴りを防がれた。
だが威力だけで何とか引き剥がすことは成功する。
はじき飛ばした須郷の剣が地面に突き刺さった。
永斗の勝利だ。
だが須郷は尚も素手で永斗に殴りかかろうとした。
「須郷!もう終わりだ止めろ!」
新島が叫ぶが須郷は止まらない。
永斗は須郷の暴走を止めるため、切ることを決めた。
血を見れば少しは落ち着くだろうと考えたのだ。
なるべく跡が響かないように浅く脇腹を狙って水平に剣を構える。
そこに須郷が殴りかかってくる。
―――だが血が飛ぶことも、まして永斗が殴られることも起こらなかった。
「な!」
突然の乱入者に須郷は同時に驚く。その拍子に須郷は少し冷静さを取り戻した。
永斗は特に驚いた様子も無い。永斗には人垣を越え、黒コートの男が飛び込んでくるのは見えていた。
「君たち、防衛学校では私闘は禁止されていたはずだけど何をやっている?」
永斗と須郷の間には、先ほど人垣の先にいた黒いコートの男性がいた。
須郷の全力の籠ったパンチを片手で止め、永斗の剣を左手に持った刀で受け止めている。
左手だけでは止めれないと踏んだのか、刀は地面に刺さっていた。
「お前こそ何者だ?ここは部外者立ち入り禁止だぞ!」
須郷が焦ったように声を荒げる。焦っているのは、おそらく私闘をしていたことがばれてしまったことだろう。校則違反はそのまま成績に響く。
三期生トップなんて豪語しているのだから、現状は非常の望ましくない。
「俺はここのOBだよ。校長に呼ばれたから来たんだけど、グラウンドが妙に騒がしかったからね。それでこっちに来てみれば明らかな私闘が行われていた。しかも止めようっていう気配もあまり無かったから、強引に割り込ませてもらったよ。なにか問題だったかな?」
「いや、助かった」
永斗は素直に答えた。
「おかげで切らずに済んだからな」
そう言って剣を鞘に戻す。
それを見て須郷は掴まれている手を振りほどいて下ろした。
OBはその行為を特に気にすることも無く、地面に刺さった刀を抜くと、コートの下に隠されている鞘にそれをしまう。
ちょうどその時、人垣が割れ、一人の女性が中に入ってきた。
OBの一緒に歩いていたのだから同じくOGなのだろうと永斗は辺りを付ける。
「終わった?」
女性はそれだけ呟いた。
「今収拾付けたよ」
「私闘にしては案外あっさりだったね?」
「実力の差が歴然だったからね。彼が完全にあしらってたし」
OBの視線の先には永斗がいる。
「へ~」
女性は特に興味無さそうにうなずく。
「じゃあ行こっか。あんまり先生待たせると悪いしね」
「そうだな」
二人はそう言うと再び人垣を割りながら真っ直ぐ校舎へ入って行った。
それを見送った生徒たちの中に小さな波紋が生まれる。
「今の人ってもしかして七瀬さん?」
「七瀬さんってあの?」
「たぶんそうだと思う。オレ遠目にだけど見たことあるもん」
「マジかよ!じゃああのOBの人がガーディアンか?」
「エクスガーディアンの佐藤さん!?」
「私エクスガーディアンって始めてみたかも」
「俺もだし」
喧騒は人垣の中で瞬く間に広がって行った。
そこにパンッと手が打たれる音が響く。音の発生源は新島だ。
「さあ、決闘は終わりだ!各自自習に戻るように!じゃないと教師が飛んでくるかもしれないぞ!」
それを聞いて、他の生徒たちが一斉に散らばってゆく。
椎名たちは永斗の元へと駆け寄った。
「永斗、大丈夫?」
「ああ、俺は問題ない。怪我ひとつ無いし」
「凄いね。ああも簡単にあしらっちゃうなんて」
「全くあんたは色々とおかしいわね」
皆で笑い合う仲、永斗はこっそりと須郷の様子をうかがう。
また怒りだしていきなり殴りかかってこないかの確認のためだ。
須郷はじっと永斗をにらみ続けていたが、さやかが寄ってくるとその場を後にした。
それを見てホッと一息つく。
そして思い出すのはOBのことだ。
「なあ今の人がエクスガーディアンだと思うか?」
「間違いないわ。依頼の関係で家に来てたのを何回か見たことあるの」
「そうだね。女性の方は海神七瀬さんだった」
「凄い仲よさそうだし、憧れるわね」
「そうだね」
文美と幸也が言うなか椎名はじっと永斗を見ていた。そして気づいた。
永斗がもう一度小さく「あれがエクスガーディアン」と呟いていたのを。