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三章

防衛学校のグラウンドは広い。

どのくらいかと言われれば、通常高校の優に四倍はあるだろう。

それも、グラウンドごとに区切りがあり、半分が通常の砂が敷き詰められたグランド。

残りの半分を廃ビル地帯と森林地帯に区切られて存在する。

イフィムの生態に合わせた実技訓練のために、わざわざ用意された施設だ。

防衛学校のグラウンドを設置するうえで真っ先に必要とされたのがこの三種類だった。

この広大なグラウンドを用意するために、国際連合は元野球場の跡地を再利用、さらにその周りの民家を片っ端から買い取り防衛学校を設立した。

当初は住民の反対もあったそうだが、イフィムの討伐をするための高校ということもあり、何とか協力を取り付けることができたそうだ。

実際にはかなりの金が流れたとの噂もある。

真実はどうあれ、そのおかげで今永斗たちは十分な広さのグラウンドで訓練ができるようになっているのだ。

さらに今ではグラウンドのほかに、自分の武器を整備するための整備塔。さらに能力者のために、専用のトレーニングルームが設置されている。

トレーニングルームは多種多様な能力者の練習をカバーするために、既存の設備に加え、生徒が注文すればどのような設備でも設置してくれるという贅沢ぶりだ。

そこからも能力者の重要性はうかがえる。

永斗のクラスは、現在そんな広大な砂地グラウンドの一角に集まっている。

昼食を食べ終えた一同は、各々の判断で実技訓練のための準備をして外に出てきた。

そこまではよかったのだが、実技訓練をするとだけ聞いていて、それ以外は何も教えられていなかった一同は、外に出てきたところで途方に暮れていたのだ。

それは、他のクラスも同じようで、永斗たちのクラスのみならず、ほかの護衛科のクラスの面々も、それぞれに自分たちの立ち位置を決めて集まっていた。

そしてグラウンドを挟むように小さく見えるのが、おそらく能育科の面々だろう。

護衛科と違って、女子生徒の数も男子生徒の人数とさほど変わらない。

端的に行ってしまえば花がある。

能育科も詳しいことは聞いていない様子で、護衛科とさほど変わらない集まり方をしていた。

「これからどうするんだ……」一人の生徒がつぶやく。

そろそろ午後の授業が始まる時間だ。それでもなお姿を現す気配のない教師に、不安を覚え始める生徒が出始めた。

「集合場所が間違っているんじゃないのか?」「何か準備しとかなければいけないんじゃないのか?」「完全に自習でやることになるのか」など、その不安は次第に生徒の間に広がり、ざわつきという波紋を広げていった。

護衛科全体に波紋が広がりきったころ、授業開始のチャイムとともに一陣の風が通り過ぎた。

風は砂を巻き上げ、視界を奪ってゆく。そして一人の男子生徒の、叫び声とも悲鳴とも取れない声がグラウンドに響き渡った。

その声を聞いた生徒たちに緊張が走る。

そんな中、永斗や幸也を含めた数名の生徒は落ち着いていた。

それが、今来たばかりの教師の攻撃だと分かったからだ。

悪くなった視界の隙間を見つけ、能育科のほうを見ると、そちらも同じようになっているのが見えた。

おそらくそちらにも、能育科の教師が襲い掛かったのだろう。

最初の生徒の悲鳴に続くように、あちらこちらから悲鳴が上がる。

「幸也!」

「うん。わかってる」

永斗と幸也は、とっさにお互いの背中をかばいあうように立ち、それぞれ武器に手をかけた。ついでに永斗は足元をごそごその動かし、立ち位置を安定させる。

鋭い敵意が永斗を襲う。教師が今度の目標を永斗に定めたのだ。

そして振り下ろされる斬撃。

永斗はその斬撃を自らの剣を鞘から抜きさることなく、鞘ごと斬撃を受け止めた。

重い衝撃が両腕に走るが、足元がバランスを崩すことはしない。

後ろでも同じように、ガキンっと鉄がぶつかるような音がする。

二人の教師の攻撃が受け止められてことによって、徐々に巻き上がっていた砂埃が薄れてきた。

「いきなりだな。こんなスパルタじゃ生徒がついてこれないぞ?」

「ふん!この程度に対処できないようでは!イフィムとの戦いではただの足手まといだ!!その程度の奴らは!さっさと追い出すに限るわ!!」

砂埃の先から見えてきたのは、鍛え上げられた肉体で模造剣を振り下ろしているタンクトップ姿の教師。

「実際使える連中はこの事態に落ち着いて対処した!お前や後ろの奴がそうなようにな!!」

永斗の背中では、同じように幸也がクナイで教師の模造剣を受け止めていた。

「先生……さすがにこれはやり過ぎだと思いますよ?」

幸也が呆れたように教師に話しかける。それに教師は

「ハッハッハ!問題ない!一年後には!ここにいる全員が今の奇襲に対処できるようになっている!!」

会話が噛み合っていそうで噛み合っていなかった。

そこで永斗が受け止めた教師が「だが―――」と続けた。

「だが教師の人数をちゃんと確認せずに!各々に対応したのは間違いだったな!相手が常に目の前にいるとは限らないぞ!!」

その声とともに永斗の左手からもう一人の教師が迫ってきた。

永斗は両手で剣を持ち受け止め、幸也も両手のクナイで模造剣を挟むように受け止めている。二人とも手の離せない状態で三人目の対処は不可能に見えた。

「抜かりはない!」

永斗は教師の言葉に一言で返す。その言葉の意味を読み取れず教師は眉をひそめた。

それを無視して永斗は右足を少しだけずらした。

そして足の下には野球ボールサイズの鉄の塊。

永斗が自作した閃光弾だ。通常の閃光弾では威力が強すぎる上、目だけでなく耳も使えないようにするため、強烈な音を発生させる。

基本的にイフィムは耳が聞こえないといわれており、討伐に使う際は自分を苦しめるだけになってしまうため意味がない。

そこで永斗は、威力の調整と強烈な音の出ない閃光弾を自作していた。

足をずらしたことで安全ピンが抜け、信管の時限装置が作動した。

そしてサッカーボールを手元に蹴り上げる要領で真上に飛ばす。

閃光弾は、永斗が構える剣のちょうど外側ではじけた。

眩い光があたり一帯を覆う。この光にはさすがの教師達も驚いて一瞬動きを止めるが、永斗は自らの剣の影で眼を(かば)い、光を直視しないようにした。

一瞬の隙をついて永斗は襲い掛かってきた教師を引き離すと、幸也の肩に手をかけ思いっ切り引いた。

突然の行動に幸也も驚き、バランスをとることもできず、しりもちをつくように倒れこむ。

そこに幸也とつばぜり合いをしていた教師が倒れこんできたのを、永斗は待ち構えていたように蹴り飛ばした。

蹴り飛ばされた教師は狙い澄ましたように、閃光弾で足を止めた三人目の教師にぶつかり、巻き込んで倒れる。

最後に、最初に押し返した教師に、今度は完全に鞘から剣を抜いて対面した。

「三人目がいることは分かっていた。途中で離れたから、保険だけかけて対処しただけだ」

「……完敗だ!」

少しの沈黙ののちに、教師は模造剣から手を離し両手を挙げた。

「ここまで奇襲を完璧に裁かれたのは八年前以来二回目だ……!」

「毎年こんなことやってんのか?」

「二年生に実技訓練の洗礼をしてやるためにな!防衛学校の伝統だ!!」

「いちいち声を張るな!やかましい……」

そう言って、しりもちをつかせてしまった幸也に手を貸し、立ち上がらせる。

「永斗君は本当にすごいね。完全に先生達を圧倒しちゃったよ」

「そうでもない。さっき伝統とか洗礼とか言ってただろ。あいつらは俺たちが対処できるかできないかの、ギリギリのラインでしか攻撃してこなかったからな」

「それでも十分すごいと思うよ。僕なんて一人抑えるのが限界だったもん。三人目まで考えてもいなかったし。さすがは実技試験トップだね」

「おだてても何も出ないぞ。それより能育科の方も、だいぶ収まったようだな。あいつら大丈夫か?」

護衛科の教師陣が制圧され、通常授業をするために生徒に集合をかけているとき、能育科でも同じように集合がかけられていた。




突然の砂埃に椎名がパニックにならなかったのは、永斗の無茶っぷりをずっとそばで見てきたおかげだったのだろう。

視界が悪くなっていく中で文美の手を引き、(はぐ)れるのを避けた。

文美も特にパニックになっている様子はなかったが、動揺はしているようだ。しきりに周りを確認しようとしている。

「なにが起きたの!?」

「わかんない。けど、このパニックだとちょっと危ないかも……」

能力者がパニックになるのは非常に危険だ。訳も分からず能力を連発すればどこからどのような力が飛んでくるかわからない。しかも今はそんな能力者がクラス単位で密集している。

「そうね。私たちはどう動こうかしら?」

「とりあえず能力は使わないほうがいいと思う。と言うより私は、こんなに砂埃が立っちゃうとほとんど使えなくなっちゃう……」

「私の能力もここだとあんまり意味なさそうね。こんなところで刃物作ってもむやみに人を傷つけるだけだろうし」

「じゃあ私たちは砂埃から出ることを優先でいいかな?」

「賛成」

手早く方針を決めると、二人はまず、自分たちがどの位置にいるのかを考える。

今二人がいるのは、能育科の校舎から百メートルほど離れたグラウンドの片隅だ。

「ここからならグラウンドの真ん中に行くよりも、校舎に戻ったほうがいいと思う。先がどうなってるか分からないし」

「そうね。校舎の中までは砂埃も入ってきてないでしょ」

すると、突然校舎側にいた生徒たちから悲鳴が上がった。

「何!?」

「ここからじゃ何も見えない。もしかしたら誰かの能力にあたったのかも……」

いよいよまずくなってきたぞと考えながら、二人は校舎に入るのをあきらめる。

校舎側の生徒から悲鳴が聞こえたと言うことは、そちら側は能力を誰かが使った可能性がある。どんな能力かもわからないのに、その中に飛び込んでいくのは自殺行為だ。

「校舎側に近づくのはあきらめるとして、どうする?私的には、ここはまだそこまでパニックになってないみたいだし、このままここにいてもいいと思うんだけど」

「砂埃の原因がわからないから、正直ここもそこまで安全とは言えないと思うな。この砂埃も能力の影響だとすれば、ここらへん一帯が能力の中ってことも考えられないかな?」

「確かにそれもそうね。じゃあちょっと危ないけどグラウンド側に逃げようか」

悲鳴は校舎側から徐々に椎名たちのいる場所に近づいてきている。パニックが広がっている証拠と考えた二人はグラウンドの中央に移動することを決めた。

そこにはもしかしたら、永斗や幸也が助けに来てくれているかもしれないという、淡い期待も交じっている。

砂埃の中を慎重に進んでいると、椎名が何かにつまずいた。

文美はとっさに手をとって椎名を支える。

「ごめんね。ありがとう」

「これくらいいいわよ。それより何に躓いたの?こんな平坦なところで躓くなんて珍しいじゃない」

「う、うん。なんだろう?」

二人が振り返ってみると、そこには人が倒れていた。

見覚えのある顔だ。

「「山田君!?」」

倒れていたのは、一年生の時に同じクラスになった男の子だ。

急いで駆け寄り、倒れている山田を見る。

特に外相はない。目立つものといえば、椎名が踏んづけた足跡ぐらいだ。

きれいに気絶させられている。

「これって能力でやられたって言うより、物理技で意識を刈り取られたっぽいわね」

自分でもある程度、直接戦闘に参加する文美が山田の状態を調べる。

「物理技?」

「そうね。たぶん……ううん、間違いないと思う」

「じゃあ、この砂埃の中で私たちを襲っている人たちがいるってこと?」

「そうなるわね。これは私たちも、いよいよ危なくなってきたかもしれないわよ」

悲鳴の波はすぐそこまで迫っている。それどころか山田が倒れていたということは、すでにここも見えない敵の攻撃圏内ということだ。

「私たちも戦う覚悟がいるってことかな。一瞬でも太陽の光があれば、能力も使えるんだけど……」

「一瞬あれば何とかなるの?」

椎名のつぶやきに文美が反応した。

「うん。太陽の光があれば、私たちを見えなくすることぐらいならできるよ」

「ならそれをやりましょう。私が砂埃を払うからその時に使って」

「できるの!?」

「任せなさい。だてに佐々木の能力者やってないわ!」

文美は自分の服のポケットから数枚の木の葉を取り出す。

そして能力を発動した。

何の変哲もないただの木の葉はそれに影響を受け、徐々にその硬さを増してゆく。

木の葉は、数秒で鉄となんら変わらない硬さにまでなった。

「椎名、私がこれをばらまいたら一瞬だけ光が入るから。タイミング逃さないでね」

「うん!」

「行くわよ!」

文美が投げ上げた木の葉は、風に流されることなく真上へと昇ってゆく。

そして、それぞれの木の葉はひもでつながれていた。

「佐々木流木の葉術風変葉(ふうへんよう)

硬度を極限まで上げられた木の葉は、風に流されることなく、逆に文美が糸を引くことによって風を生み出す。

文美が巧みに意図を操り、二人のまわりに小さなつむじ風が巻き起こった。

それは一瞬だけ砂埃を拡散させ、椎名のもとに光を届けた。

「来た!ライトミラージュ!!」

椎名は一瞬だけ届いた光をかき集め、二人のまわりの光を屈折させた。

屈折させた光は二人を周りの視界から消す。

「文美、うまくいったよ!」

「やったわね。じゃあとっととこの砂埃から脱出しましょ」

「うん。でも光で姿は見えなくなったけど、気配とか声とかは消せないから気を付けてね」

「了解」

二人はお互い離れないようにしながら慎重に進む。

すると突然、椎名の右手から悲鳴が聞こえた。

驚き振り向くと、男子生徒が倒れるのが見えた。そして、倒れた生徒の先にもう一人の女性。

「あれって……」

驚いて声が出そうになるのを、文美がとっさに口を押えて止めた。

女性はこちらには気づいていない様子で、次の獲物を選ぶように当たりを見回している。

二人はアイコンタクトで合図を取り、女性の視界から消えるまで息をひそめひっそりと後退した。

完全に女性が見えなくなったところで、二人は大きく息を吸う。

「今のって先生だったよね」

「うん。能育科の二年生担当の人だった。職員室で先輩と実技訓練について話してるのを見たことある」

「じゃあこれは、先生が仕掛けたこと?」

「そう考えるのが妥当かなー。ただそうするとこれは、実技訓練ってことになるのかな」

話しながら歩いているうちに視界が開けてきた。

ちょうどグラウンドの中央に出たようだ。

「むこうも同じようなことされてるみたいね」

文美の視線の先には、こちらと同じように砂埃の覆われた護衛科の姿。だが少し様子がおかしい。こちらの混乱に比べて、護衛科は静かすぎるのだ。

「どうしたんだろう?もしかして先生に全滅?」

「護衛科ってかなりスパルタって話だしもしかしたらそうかも……」

二人が見ていると、突然チカッと強烈な光が護衛科の砂埃からした。

「キャッ!」

「何ごと!」

とっさに目をかばう。しばらくすると目からまぶしさが消えていった。

目を開け、再び護衛科を見た二人は、重なるように倒れている教師二人と、しりもちをついた幸也。そして剣を教師に向けている永斗の姿が目に入ってきた。

はたから見ても、完全に教師を圧倒している。

「あれってもしかして永斗の?」

「さっきのチカッて光ったやつ?」

「うん、春休み中に閃光弾自作したって言ってたから、もしかしたらそれかもしれない」

「やつは武器まで自作してるのか……」

「前々から考えてはいたみたいだけどね。実際に作るのは初めてじゃないかな?」

「じゃあ教師は(てい)のいい実験台になってたわけね。ご愁傷様だわ。あら、こっちも終わったみたいよ」

振り返れば、今までもうもうと立ち込めていた砂埃が徐々に晴れていっている。

「何とか生き残れたみたいだね」

「これも椎名のおかげだわ」

「文美ちゃんが光を入れてくれたからだよ」

「じゃあ二人の成果ってことで」

「うん、そうしとこ」

教師の集合の合図がかけられ、椎名たちは言われた場所に集まっていった。


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