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二章

真っ赤に燃えあがる家々。

逃げまどう人々は、次々と襲いかかってくるイフィムになすすべもなく殺されていった。

少年は、それを部屋の中から、ただ見ていることしかできなかった。

傍らには幼馴染の少女が、怯えながら少年の腕にしがみついている。

少年は、少しでも少女の恐怖をやわらげようと、声を掛ける。

「大丈夫だから。今にお父さん達があいつらをやっつけてくれる」

「うん」

少年の視線の先には、次の獲物を探すイフィムの姿。二人の姿は窓の陰に隠され、イフィムはその存在をまだ感知していない。しかし迫る火の手とイフィムの群れは、少年たちを確実に追い詰めていた。

そしてその時は来た。

火の手はとうとう二人の隠れている家にまで達し、部屋に煙が充満する。

今外に出れば火の手からは逃れることは出来るだろうが、外のイフィムの餌食になるだけだ。

二人はなるべく低く屈み、ただじっと両親が助けにきてくれるのを待つことしかできない。

しかし煙の勢いは強く、時期に少年たちを飲み込んだ。

酷く咳き込む。

その音は外のイフィムにも届いた。届いてしまった。

家の壁が破壊され、獲物を見つけたカマキリの形をしたイフィムが部屋の中に侵入してくる。

二人の全身に恐怖が走り、汗が噴き出す。

小さい部屋の中、少年は少女を引っ張り振るわれる鋭いカマを必死の思いでかわす。

だが所詮子供の体力。逃げ続けることなど到底不可能だった。

イフィムの一振りが少女の肩口を裂いた。

恐怖で出なかった少女の声が、痛みで一斉に飛び出す。

辺りに響き渡る少女の悲鳴に、外で獲物を探していた他のイフィムまでもが集まってきた。

その場で倒れこむ少女を支えるため、少年は少女の体を引き寄せるが、少女の勢いに負けて一緒に倒れてしまう。少年は床に、少女はその上に覆いかぶさるように倒れた。

そして少年の目に映るのは、少女の背後から今振り下ろされようとしているイフィムの腕。

そして無情にもその腕は振り下ろされ、少女の体を………

・・・

・・

そこで永斗は目を覚ました。

全身を汗でぐっしょりと濡らし、酷く呼吸が乱れていた。

外はすでに真っ暗で、時計を見ればすでに夜の十時を回っている。

「契約なんて言葉聞いたからこんな夢見たのか……」

乱れた呼吸を整えながら独りごちる。

あの後、生き延びた二人は自力で村を脱出し、森の入口で椎名の母親と合流することで、なんとか助かることができた。

夢は永斗がガーディアンを目指す原因になった事件だ。

当時、永斗と椎名が暮らしていた村を突然イフィムの群れが襲ったのだ。

村に一人だけいた能力者である椎名の父と、そのガーディアンである椎名の母は必死に応戦したが、いかんせんイフィムの数が多すぎた。すぐに村の中までイフィムの侵入を許してしまう。

村の大人たちも必死に抵抗したが、ガーディアンでもましてや能力者でも無い一般人が何をしようと、イフィムには無意味だった。

村に入り込んだイフィムは家を襲撃し、中に隠れていた人たちを次々と殺していった。

そのうち一件の家に火の手が上がり、それはあっという間に村全体に広がってゆく。

もはや村の壊滅を止める手立ては、誰にも残されていなかった。

永斗の両親は、永斗を椎名の元に行くように言ったあと、過去に護衛学校に通っていた経験を生かし、永斗の母は村人の生き残りを助けに他の家を掛け周り、父もそれに続いた。

後は夢で見た光景だ。

一夜開け、イフィムは破壊の限りを尽くし退散していった。

生き残ったのは椎名と永斗、椎名の母と永斗の母、そして村人が数名だけだった。

その村人も、運良く森の中に山菜を取りに行っていて、襲撃時に村にいなかった人達で、実質村から無事に逃げ伸びたのは、永斗達四人だけだった。

幼い日のトラウマを振りはらうべく、ガーディアンとしての訓練をがむしゃらに積んできたが、未だにその根は断ち切られていない。

汗で肌に張り付いた服を脱ぎ、洗濯機に放り込むとそのままシャワーを浴びた。

冷たく設定したシャワーが火照った体を冷ましてゆく。

「俺はまだ吹っ切れて無かったのか」

永斗の呟きにはもちろん返事は帰ってこない。

シャワーを出ると自分が空腹なのに気づいた。

寝たのは四時ごろ。ざっと五時間は寝てしまったことになる。その間にはもちろん夕食の時間が含まれている。

永斗の暮らす柊寮では、食事は寮の食堂でする。そのため各自の部屋には台所が無い。

食堂の使用時間は、夜は八時までと決まっておりすでに閉まっている。

だがそこは学生寮。若い生徒の中には、当然夜中に腹が減る者もいる。

そこで彼らは、自らの部屋に夜食を取るための電気ポットを持ちこんでいる。もちろん永斗もだ。

永斗は、買い置きしておいたカップ麺を開け、湯を注ぐ。

すぐに美味そうな匂いが部屋を満たした。

指定された待ち時間を待ち、永斗が食べよとした時、部屋の扉がノックされた。

そして永斗の返事を待たずに扉が開かれる。

「よう永斗。今日晩飯ん時いなかったけどどうかしたのか?お、なんか美味そうなもん食ってるな」

ずかずかと部屋に入ってきたのは隣部屋に住んでいる堀田 純一(ほりた じゅんいち)だ。

純一も防衛学校護衛科の生徒で、永斗より二年先に入学して来た、現三期生の生徒だ。

後輩の面倒見がよく、その気さくで威張らない性格から人気が高い。

幸也の様に、特定の能力者に付くのではなく、完全にフリーで依頼を受けているのも人気の秘訣だろう。

「いきなりですね先輩」

「そりゃ去年入ってきた生徒の中で、一人だけ今年まで一期生のやつが、学校から帰ってくるなり部屋に引きこもって晩飯も取らないんじゃ、先輩として心配になるってもんだ」

「悪いがもう一期生じゃない。今日二期生に昇格した」

「なに!?お前の実習記録だと一年の内に二期生に上がるのは、ほぼ無理だと思ってたんだが」

純一が永斗の言葉に大げさに驚いたふりをする。

「おい、なんで先輩が俺の実習記録を知ってるんだ!」

「そんなもの、お前と同期の女の子に聞けば簡単に分かる!」

当たり前だと言わんばかりに胸を張る純一を永斗はジトっと睨みつける。

「また後輩に手を出したのか?」

「違うな。俺は手を出したんじゃない。向こうから差しのべられた手を取ったにすぎんよ」

「そうゆうのを屁理屈と言うんだ」

純一はその持前の容姿と性格でよく護衛科のみならず能育科の生徒からも好意を寄せられている。そしてその好意を快く受けてしまうのだ。

「よく(かおる)先輩に捕まりませんでしたね。いつもなら速攻で捕まって連行されているのに」

薫先輩とは純一の彼女のことだ。同じ護衛科の生徒で、純一とはもう三年も付き合っている。純一が他の女の子に手を出そうとするたびに、どこからともなく現れて純一を縛り上げ連れさる姿がよく目撃される。

その後は、薫の部屋から鞭の音が聞こえてくるとの噂だ。だが実際に部屋の中で何が起こっているのかは当事者の二人しか知らない。

「俺だって学習しているのさ。薫はどこからともなく現れているわけじゃない。それに物理法則を捻じ曲げることも出来ない。ならばと俺は考えた。薫が物理的に俺に手出しできない時に誘えば良いんだと!」

純一の後ろでドドーンっと効果音が聞こえるようなほど自信満々に言いきった。

「で、今回は薫が学校の掃除当番で教室に残ってる間に声を掛けたのさ」

自信満々に言っているがかなりダメな人の発言である。

「なるほど。そう言うことでしたか」

今度は純一の後ろから声がした。

その声に純一は固まる。

永斗は純一が熱心に語っている間に、部屋に入ってくるもう一人の人影を見ていたが、それをあえて見なかったことにした。

その女性が知り合いであり、かつ異様なほど黒いオーラをまとっていたからだ。

そのオーラが永斗の危機意識を刺激し、関わらないことを選択させた。

「さて、今日の折檻はどうしましょうねぇ。この前は蝋燭でしたから今度は木馬なんか良いかもしれませんねぇ」

木馬がどんな形の物かは想像したくない。

純一はすでに荒縄によって簀巻き(すまき)にされていた。目にもとまらぬ早業である。

「永斗君、純一が迷惑掛けたわね」

「いえ、僕もちょうど暇してたところですから。薫先輩も大変ですね」

異様なオーラの持ち主。純一の彼女である薫がにっこりとほほ笑む。

「ありがとう永斗君。じゃあ私はこれ(じゅんいち)連れて行きますね。おやすみなさい」

「ええ。おやすみなさい」

薫が簀巻きの純一を引きずりながら部屋を出て行った。

扉が完全に閉まるのを確認すると、溜息をつく。

「……薫先輩こわかったな。にしても純一先輩何がしたかったんだ?」

語るだけ語って捕縛されていった先輩の意図が全くつかめない。

「まあいいか」

永斗は伸び始めたカップ麺を一気に平らげると再び布団に入った。




護衛学校に入学式はあっても、それは新入生のためのものであって在校生には全く関係ない。

そして在校生は初日から平常授業である。

だが流石に、クラス替えや教室の変更などもあって、いつもよりは早く登校しなければならない。

永斗もそれに従い、三十分ほど早く登校してきていた。

校門まで来ると昇降口の周りに人だかりが見えた。永斗のよく知った人影もちらほらと混じって見える。そこに新しいクラスが張り出されているようだ。

昇降口に近づくと、永斗に気づいた知り合いが声を掛けてきた。

幸也だ。すでに人垣の中から出てきたところを見ると、自分のクラスは確認し終えたのだろう。

「おはよう永斗君」

「ああ、おはよう。もうクラスは確認したかのか?」

「うん。去年と同じ二組に入ってた」

「俺のクラスって分かる?あの人垣の中に入って行きたくは無いんだけど」

永斗の視線の先には、クラス編成の張り紙を中心として半円状の強固な人垣。

全二年生が書かれた張り紙を遠くから見て、自分のクラスを確認するのは不可能だろう。かといって人垣の中に分け入ろうとすれば、朝からもみくちゃにされるのは目に見えていた。

「うん。そう言うと思って確認しておいた。同じ二組だったからすぐに見つかったしね」

「そうか悪いな。今年一年もよろしく頼むよ」

「こちらこそ」


二人は新しく一年を過ごす教室に来た。

二年の教室は一年のころより、一階下になる。

一年生が四階。二年生が三階。三年生が二階と順々に下がり、そのご四年以降は一階でまとめられる。

最初は出席番号順に座らされるのが普通だ。それは防衛学校も違わず、永斗は左から二列目の前から二つ目。幸也は真ん中の列の前から四つ目。すこし席が離れてしまった。

すでに教室に入って来ている生徒にも、何人か顔なじみがいた。

彼らと軽く挨拶を交わし、自分の席で荷物の整理をしていると、準備を整えた幸也が寄ってきた。

「今回のクラスはあんまり変わり映えがしないね」

「それはしょうがないだろ。二年までに二期生に上がれなかった連中の大半は、春休み中に止めちまう。生徒総数が少なくなれば嫌でも同じクラスになる奴らは多くなるさ」

「それもそうだね。そういえば二年生からは実技の時間が午後の授業全てになるから、クラスはあんまり関係なくなるのかな?」

一年生のころは一般の学校と変わらない程度には一般教科の授業があり、実技の訓練時間は体育の時間を少し多くした程度だった。

しかし、二年生になると本格的に実技訓練の時間が設けられる。それは午後を丸々使ったもので、決して体育の延長と呼べるような代物ではないとの話しだ。

永斗はこの実技訓練に少なからず期待していた。

これまでの体育の延長程度では基礎トレーニングばかりで、すでに実戦経験で修羅場を体験し、実際のガーディアンである椎名の母に弟子入りして訓練してきた永斗にとっては生ぬるいものだった。

それではせっかく護衛科に入ってきた意味が無い。永斗はそう考えていた。

しかし二年になると実戦形式の訓練や対人の手合わせなども行うと言う話しだ。

「どうだろうな。午後だけだとまだクラス単位の行動は多いかもしれないけど、去年よりはクラスとしての関係は薄くなるかもな。体育祭とかあれば別かもしれないけどな」

「護衛科と能育科で体育祭なんてやったら死人が出るよ」

幸也が苦笑する。

教室には徐々に生徒が増え、すでにほとんどの席が埋まっていた。

各々に近くの生徒と会話したり、教室の後ろや廊下で集まって知り合いと話したりしている。時間を見るとそろそろホームルームが始まる時間だろう。

すると前のドアから一人の女性が入ってきた。どこかおどおどしているように見える。

それを見た生徒たちは席に戻った。

女性は教卓の前まで来ると、席に座った生徒を一通り見回し、大きく深呼吸。

「えっと、今日から一年間このクラスを担任します神宮 美里(じんぐう みさと)と言います。よ…よ、よろしくおねがいします」

美里は黒板に大きく神宮美里と書くと生徒たちに向かって一礼する。

そしてそのまま教卓に頭をぶつけた。

所々から生徒の笑い声が漏れ聞こえる。それに続くように「みさとちゃんがんばって」などと声援も飛んだ。

美里は極度の上がり症として校内でも有名であり、またその持前のルックスから、守ってあげたいオーラを常に放出している。男子生徒からも女子生徒からも色々な意味で人気が高い教師だ。

だが友人感覚で人気が高いことに、美里自体はかなり困っていたりする。

「えっと、今日から二年生は、通常授業が始まります。」

その声にブーイングが上がる。

「しょ…しょうがないんです。上の人の決定なんです。私だって本当はやりたくないんです」

何かとんでもないことを口走った気がするが、生徒はなれているのか全員が聞かなかったことにする。これも美里が担任をする上で、かなり重要なことだ。

美里のテンパった状態の発言をいちいち真に受けていては、授業が一向に進まなくなる。

「それとホームルームが終わったら、幸也くんは体育館に行ってください」

「はい、わかりました」

そこに他の生徒から「なんで~」と疑問が飛ぶ。

「幸也君は能力育成科の佐々木文美さんと一緒に入学式の円舞出てもらうんですよ」

その説明に今度は「おお~」とクラス中が驚く。永斗も昨日聞いていなければ、一緒になって驚いていただろう。

美里は「それと」と言って話を続ける。

「二年生からは午後は全て実技練習になるので、間違えないように時間割を確認しといてくださいね。これで連絡は異常です」

そう言って美里が教室から出て行くのを見送り、生徒たちは各々に動き始める。

授業の準備を始めるもの。隣り合う生徒と話すもの。席を立ち、トイレに行くもの。

永斗は授業の準備を始めていた。

一般教科の成績が振るわない永斗にとっては、まだ分かりやすい最初のうちの授業を聞き逃すと、後々大変なことになる。それを一年の時に実感していた。

そこに、幸也がやってくる。

「永斗君」

「どうしたんだ?体育館に行かなくていいのか?」

「うん。円舞自体は入学式が終わった後にやるからそんなに急がなくても大丈夫」

「そうなのか」

「永斗君ほんとに去年の入学式出てた?」

入学式の段取りを全く覚えていない永斗に、幸也が苦笑する。

「もう一年も前の話さ」

それに永斗はおどけて返した。

「それより、お願いがあるんだ。このあと体育館に行ってる間の授業のノートを代わりに取っておいて欲しいんだ」

幸也は持っていたノートを永斗に差し出してくる。それを見て永斗はムッと眉間にしわを寄せた。

「最初の授業だし、お前ならノート見なくても分かる様なものばっかりだと思うぞ?」

「うん、そうなんだろうけどね。一様」

「まあわかった。ノート取るのはあんまり上手くないが文句言うなよ?」

言いながらノートを受け取る永斗。

「ありがとう、助かるよ」

幸也はそう言うと、教室を出て行った。それを見送った永斗は小さくため息をつく。

「ほんとにノートは苦手なんだがな」

まじめに授業を受けていたことがほとんど無い永斗は、ノートを取ることもほとんど無かった。大抵はテスト前に、椎名や幸也、またはクラスの友人に貸してもらったりする程度だ。

受け取った白紙のノートを見つめながら、また小さくため息をついた。


授業を受けながら永斗は、懸命に黒板に書かれたことを写し取って行く。

最初は椎名や友人たちのノートの取り方を思い出し、参考にしながら書こうとしていたが、自分の筆箱を開いた時点でそれは諦めることになる。

「色が足りない……」

椎名の様にカラフルなノートを取るには最低でも四色の色ペンと三色のマーカーが必要になる。

しかし永斗の筆箱には、黒のボールペンと赤のボールペン。シャープペンが二本に消しゴム、それと定規が一本入っているだけだ。

「しかたない。色付けて書いてるところは、全部赤で行くしかないか」

教師ですら黒板にカラフルなチョークを使って書いていく。それを永斗は全て赤のボールペンで代用した。

その結果が

「これは酷いな……」

授業が一駒終わり、自分の取ったノートを見返す永斗の感想がこれである。

黒板ではカラフルに色分けされ、重要な所は強調されるようになっていたのが、全て赤色で埋め尽くされ、どれが本当に重要なのか分からなくなっている。

「よし、諦めよう。やっぱ自分の書き方じゃないと上手く掛けないしな」

どちらにしろ、自分の書き方では酷いものしか取れないことを棚に上げ、永斗はいつも通り黒一色でノートを取って行くことに変更した。


円舞を終え、戻ってきた幸也に永斗は頭を下げながらノートを返す。

「すまん。俺じゃお前みたいに上手くノートを取ることは出来なかった」

ノートには黒と赤で黒板の内容がそのまま書き写されていた。そのせいで授業を受けた人間なら分かるかも知れないが、授業を受けていない人間にとっては何をやったのかがよく分からない状態になってしまっている。

永斗はその事について謝罪していた。

「そんな気にしないでよ。もともと僕の勝手でお願いしたことなんだし。

それにノートに今日の内容が書いてあればどこが重要かはなんとなく分かるから大丈夫だよ。」

そう言って笑う幸也を見て、永斗は少し安心する。

「そうか、すまん。こんど重要な所教えてくれ……」

「……ノート取りながら授業受けてたんだよね?」

「ノートに集中しすぎてまともに授業を聞いていなかった。いや、聞いてはいたんだろうが全く頭に残って無い」

「はは、永斗らしいね。じゃあ後でこのノートを参考にしながら重要そうな所を教えるよ」

「助かる……」

「まあまあ、そんなに気を落とさないで。ノートをまとめるのって結構コツが必要だから。永斗も毎回しっかりノートを取るようにすれば次第に上手くなっていくと思うよ?」

落ち込む永斗に幸也が励ましの言葉を掛ける。

「そうだな。なんでも最初から上手くできる奴なんているはず無いもんな」

「そうだよ。なんでも練習の積み重ねが大事さ」

永斗のポジティブさに少し安心しながらも、幸也は取ってもらったノートを見て、高校生でこれほどノートが取れないのは、かなり問題じゃないかと秘かに思うのだった。


一般教科が午前中四時間目まであり、その後昼食の時間を挟んで午後の実技訓練が行われるのが二年生からの基本的な流れだ。

永斗は今、幸也とともに昼食を取りに食堂へ来ていた。

今日はまだ新入生は午前中の入学式だけで終了なので食堂には二年生以上しかいない。

それでも相当な混みようではあったが、永斗たちは何とか二人で四人用のテーブル席を確保することに成功した。

四人掛けを確保したのはもちろん後から来る椎名と文美のためだ。

「なんとか確保できたな」

「結構ぎりぎりになっちゃったけどね。明日からは一年生も入ってくるからもっと厳しい席取りになると思う」

「もうちょっと学食大きくできないもんかね。明らかに生徒数に対して学食の規模が小さいだろ」

全校生徒が千人程度に対して、学食の店員数はだいたい二百人前後と言ったところだ。

いくら家からの弁当持ちや購買で購入している人達を覗いても二百人では到底おさまらない。

「どうなんだろね。こればっかりは人員とかの問題もあるし難しいんじゃないかな」

「学年代表で円舞をやった幸也ならなんとか教師に頼めないか?」

「それは無理。別に僕は成績が良くて選ばれた訳でも、まして強さで選ばれたわけでもないからね。たまたま円舞に向いていたってだけのことだもん。そんなこと言う力は無いよ。むしろ実技試験トップの永斗の方がこうゆうのはお願いできるんじゃない?」

「二期生になるのが一番最後でもか?」

「無理だね」

幸也は笑顔のまま否定する。

そんなことを話しているうちに食堂の入口に椎名と文美がやって切るのが見えた。

「椎名!こっちだ」

入口付近できょろきょろと見回していた二人に永斗が声を掛けて場所を教える。

二人はその声に気づいてこちらにやってきた。

「偉いじゃないちゃんと四人席を確保しておくなんて」

「そうしないとお前からのお小言がきついからな」

偉そうに言う文美に永斗が返す。

「当然よ。ガーディアン目指してるんなら、能力者には常に最高の状態を用意しておいてもらわないと」

「ガーディアンはパシリか!」

「まあまあ。文美もその辺にしとかないと、今度から席取っといてもらえなくなるよ?」

椎名の仲介が入るが、さりげなく椎名もガーディアンがパシリであることを否定しない。

その後椎名たちも料理を持ってきて一緒に食事を取る。食事中の話題は必然的に午後の授業のことについてになっていた。

「午後の実技訓練って能育科と護衛科が合同でやるのよね?」

「そうみたいだね。先生が言うには三年生も一緒にやるって話だよ」

「なら三年が二年の面倒を見る形になるかもな」

全体的に教師の少ない防衛学校では、その不足分を補うためにはどうしても生徒同士で補てんしてもらわなければならない。

そのため上級生が下級生の指導をすることも珍しくは無かった。

「私、結構楽しみなのよね。実際にBランクの依頼とか行ってる先輩に教えてもらえるわけでしょ?それってかなり良いアドバイスとかもらえそうじゃない」

「そうだね。僕たちだとまだ小型のイフィムしか倒したこと無いし、中型が入ってくるとだいぶ戦い方も変わってくるって聞くもんね」

「でしょ。ぶっつけで中型とかの依頼やるより断然気が楽になるわ」

「私も能力の使い方とか応用できそうな人に教えてもらえたら良いな」

それぞれに実技訓練を楽しみにする声の中一人だけあまりおもしろくなさそうな顔をする永斗。それに気づいた幸也が永斗に聞いてきた。

「永斗君は楽しみじゃないの?」

それに対して永斗の答えは簡潔だ。

「正直、三年だからって出しゃばる奴もいるだろうからな。あんまり期待は持ちたくない。それに変に目立って目を付けられるのも嫌だし」

「たしかに永斗なら目立つかもね。でも強い先輩と訓練出来れば何か参考になることもあるんじゃない?」

「そうだと良いんだけどな。正直、師匠以上の強さを持った先輩って言うのが想像できん」

本物のガーディアンとして働いてきた椎名の母にスパルタ教育を受けてきた永斗には、学生でそれ以上の強さを持った人に会ったことは無い。

腕を組みうむむと唸る永斗。そして思い出しているのは師匠との戦闘訓練だ。

護衛科の実技訓練などで使われる模造剣などではなく、本物の刃の付いた真剣での撃ち合いは実戦に近い緊張感があった。あの緊張感を学校指定の模造剣でも出せるかと思うと、不可能だと永斗は思っている。

それらを総合的に考えて、永斗はあまり上級生の教えを期待していなかった。

「そりゃ本物のガーディアンと学生じゃ比べ物にならないよ。でも体格とかの違いで動きが違ってくることもあるかも知れないと思うよ?そうゆうのを研究してみたら?」

「うーん。まあそのあたりも今日実際に会ってみてどうなるかだな。強くなれるんなら、なんでも利用してやるさ」

永斗達は午後の実技訓練の準備のために、早めに食堂を後にした。

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