一章
実習を終え、二人は街に戻って来ていた。
二人が暮らしている街は、早い時期からイフィムとの交戦を避け、守りに重点を置いていた町の一つで、被害が少なかった。
そのため現在では貴重な大都市の一つとして大きく繁栄している。
二人はこの街にある、第六防衛学校の生徒だ。
この正式名称『連立防衛高等学校第六分校』は能力者の出現後、イフィムに対抗する人材を育てるために国際連合によって設立された学校であり、現在第一校から第十三校までが世界各国に存在する。
日本に存在するのは、二人の通っている第六防衛学校だけである。
防衛学校には二つの学科が存在する。
一つは椎名の所属する能力者育成科、通称能育科である。
能育科は、椎名の様な能力者専門の学科であり、当然教師も全員が能力者である。
能力者はここで三年間勉強し、自分の能力や、イフィムの特性を知ることで戦うすべを身につける。
能育科が出来る前は、イフィムとの戦闘で死亡する能力者が後を絶たなかったが、能育科が設立以来、その数は劇的に減少した。
そのことからも能育科の重要性は証明できる。
そして防衛学校のもう一つの学科が、永斗が所属している護衛科である。
護衛科は能力者のサポートを専門とする、職業『ガーディアン』を目指す者たちが通っている。
ガーディアンは、この防衛学校の卒業試験に合格することで、初めて名乗ることが出来る特別な職業だ。
彼らは、能力者がイフィムを討伐する際に同行し、サポートを行う。
護衛科では、イフィムの特徴や特性だけでなく、能力者の種類や、その超能力についても勉強する。
そうすることで、能力者がイフィムと戦う際に最大限のサポートを行えるように勉強するのだ。
そしてこの護衛科には、普通の学校とは違った進級制度がもうけられている。
期生進級制度と呼ばれるもので、一期から三期までを在学年数に関係なく、一定の条件をクリアし、自身の能力を証明することで進級することが出来る制度だ。
これは現状のガーディアン不足と、ガーディアンの能力を維持するための処置である。
永斗と椎名は護衛科の校舎と能育科の校舎のちょうど間に存在する、実習受付所に来ていた。
いつもは、人が多く並んでいる受付も、春休み、それも最終日ともなれば空いていた。
二人は受付に行くとカウンターに座っている女性に声を掛ける。
「すみません。実習の終了を報告に来ました」
「はい、では依頼書と核結晶の提出をお願いしまう」
女性はなれた手つきで、一枚の用紙を取り出しながら言う。
「あと、こちらに必要事項の記入をお願いします」
渡された用紙には、依頼完了確認書と書いてある。
永斗は指示に従い確認書に記入をすませ、実習を受ける際に渡された依頼書と、イフィムを倒した際に回収した核結晶を確認書と共に提出する。
実習は実際に企業や個人から出された、イフィムの討伐依頼の中で学校側が危険度の低いものを選別し、生徒たちに行わせている。
そのため実際に成功報酬も発生する。防衛学校ではこれが生徒のお小遣いとなっている。
「はい、確認しました。報酬は指定の口座に振り込まれます。それと永斗さんはこの後、護衛科の職員室に行ってください。流先生が進級証明書を持って待っているはずです」
「わかりました。ありがとうございます」
「よかったね。何とか二年目までには二期生になれて」
「全くだ。危うく二年目で一人だけの一期生になるところだった」
そう言いながら二人は受付を離れ、そのままの足で言われた通り職員室へ向かう。
職員室に入ると、永斗のクラスの担当教師、鈴原 流を探す。
流は職員室に設置されているコーヒーサーバーの前でタバコを吸っていた。
「流先生」
永斗は近づきながら声を掛ける。
「やあ永斗君。実習が終わったようだね」
流は生徒に人気の高い教師だ。授業の教え方がうまく、ガーディアンとしての実力もある。しかし最も生徒の人気を集めている理由は、おそらくその穏やかな性格からだろう。
体育会系の熱血教師が多い護衛科は、流ほど落ち着いて話せる教師は皆無に等しい。
その面が流の人気を押し上げていた。
「ああ、予想以上に時間がかかった。あんな逃げ腰のイフィム久しぶりだ」
「これでも十分早いと思うけどね。僕の予想だと夕方ごろになるものだと思ってたよ。それぐらい難しめの依頼だったから」
「そんなに時間掛けられてたまるか。俺は面倒くさいのが嫌いなんだ」
「そんなこと言ってるから、二期生になるのが最後になるんだよ」
流は苦笑しながらタバコを消して、自分の机に戻る。永斗と椎名もそれに続いた。
「とりあえず、指定の実習を終了させたことだしね。これが約束の進級証明書だよ」
「ありがとうございます」
「それとこれが二期生証明書。実習の依頼を受ける時はこれを出さないと、二期生が受けられる実習を受けることは出来ないから気をつけて」
渡されたカードには永斗の持っている一期生証明書(裏面が黄色)の二期生バージョン(裏面が白)だ。
証明書には学生の個人情報が入力されたICチップ内蔵されており、そのまま学生証としての意味を持っている。
永斗は受けとった証明書を胸ポケットにしまうと、職員室を出て行こうとする。
そこに後ろから声をかけられた。
「三期に上がるには一般科目も評価対象に含まれるからペーパーテストの勉強も怠らずにね。実技はいいんだからもったいないよ」
「肝に銘じときます」
永斗はそれだけ言うと職員室を出た。椎名はそのあとに一礼して永斗の後に続く。
職員室を出たところで今まで静かにしていた椎名が話しかけてきた。
「永斗、いつも流先生には冷たいよね?」
「ああ、どうもあの先生は信用できないんだよな……あの笑い顔に何か隠してそうな気がして。まだ体育会系教師のほうが、感情をストレートに出してくる分信用できる」
「普通にやさしい先生だと思うけどなー」
「そんなことより昼飯いかないか?今日ならもう学食も始まってるはずだし」
時間はすでに午後の2時を回っている。早朝からイフィムの討伐に走り回って永斗の空腹は限界に達していた。
「そうだね。今日なら新年度の新メニューが出てるかも」
「一年の時はなんだったっけ?」
「確か鶏肉のオレンジ煮だった気がする」
「ああ、あの強烈に不味かったやつか」
「えー、結構美味しかったよ」
新年度に毎年、防衛学校の学食は新入生歓迎記念として、オリジナルメニューを出している。去年、永斗達の入学記念メニューが鶏肉のオレンジ煮だった。
その強烈なオレンジの匂いと酸味に鶏肉の油が染み出て、想像を絶する不味さだったため、学生のみならず教員からもクレームが来ていたのを思い出した。
ただ一人椎名だけがオレンジ煮を美味しいと言いながら食べていたが……
「今年はどんな料理が来るのかな?」
「せめて食える物を出してほしいもんだな」
二人が学食へ向かうため廊下を歩いていると、見知った顔があった。
椎名と同期の佐々木 文美と永斗の同期の星野 幸也だ。まだこちらには気づいていない様子で、二人で何か話し合っている。
「文美、ついでに幸也」
永斗の呼びかけに二人が気づく。
「永斗君。ついでにはひどくないかな?」
「椎名に永斗じゃない。どうしたの?こんな春休み最終日に」
文美のおまけ扱いに、幸也が不満を上げるが、それはあっけなく文美によってスルーされた。
「永斗の昇級のために朝から実習に行ってたの。さっき戻ってきて二期生証明書もらってきたところ」
「まだ上がってなかったの!」
幸也が椎名の発言に驚きの声を上げる。
「そうなんだよ。永斗ったら実技試験は問題ないのに、出かけるのが面倒臭いとか言って全く実習に出なかったの。そのせいで二期生に上がるための評価点が全然足りなかったんだよ!おかげで春休み中、実習のオンパレード!」
「まさか二週間で六回も討伐に出るとは思わなかったな」
永斗のしみじみとした声に文美があきれ、幸也が呆然とした。
基本的に実習は二週間に一回行けば良いほうで、一週間置きで行くのは、実戦の疲れや緊張も考えるとかなり危険と言われていた。
「椎名がよくそんなハードワークに耐えれたわね。正直私でも厳しいわよ」
「ほとんど永斗がやってくれたから。私は永斗の後ろで、最後に核結晶を破壊しただけだもん。今日はさすがに走り回って疲れたけど……」
「じゃあ何?永斗君はほぼ一人で二週間に六回の実戦をこなしたってこと?」
「小型なんだし問題ないだろ。なれればお前でも十分できる。さすがに中型や大型が来ると厳しいがな」
「いや、無理だから……」
永斗が当たり前のように常識はずれなことを言うので、幸也はあきれ果てる。
「それより、俺たちこれから学食行くんだが。二人も行かないか?」
「今日なら新年度メニュー出てるかもしれないし。私、結構楽しみなんだ」
その言葉を聞いて、二人がそろって苦虫を噛み潰した様な表情になる。去年の新年度メニューを思い出しているのだろう。二人にも鶏肉のオレンジ煮はトラウマになっているようだ。
結局永斗達は四人で学食に来ていた。
椎名はうきうきしながら学食前に張り出されているメニュー表を覗く。それを横から三人が祈るように見る。
「今年は唐揚げの餡かけだって」
「あれ?それいつもあるやつじゃない?」
椎名の言葉を聞いて、文美が問う。
学食には一品でいろいろなバリエーションを出すため、唐揚げだけでも普通のと餡かけ、ソース、みぞれなど豊富な味付けがある。
「えっとね。普通の餡かけはいつも通りあるんだけど、新年度メニューとして一工夫してあるらしいよ」
その言葉に三人がホッとする。既存の物に一工夫するだけなら去年よりひどいものは出てこないだろうという考えだ。
「なら全員それにしてみるか?」
「いいんじゃない。他の奴ってほとんど食べ飽きちゃってるし」
「そうだね」
永斗の提案に他の二人も賛同した。
「ふう。美味しかったね」
とは椎名の感想だ。あとの三人の感想は
「……」
沈黙が料理の味を物語っていた。あの後四人で同じものを注文したは良いが、料理を無事に全て食べたのは椎名一人だった。
「どうして餡が苦くなってるんだ……」
「この刻んであるのってゴーヤよね?」
「こっちのは多分高麗ニンジンだね。ほかにも山菜が結構入ってる。全部苦味が強いものばっかりだけど」
出された唐揚げの餡かけは餡が激苦使用になっていた。
「辛いとか甘いとかならまだ分かるが、何で苦みを採用したんだ、この学食は!これ完全な嫌がらせだろ!」
「今年も苦情がわんさか来そうね」
「なんで椎名さんはこんなに苦いものを平然と食べられるのかな?……」
「椎名は極度の味覚音痴だ。あいつは何食っても上手いしか言わない」
「それって幸せなことなのかしらね?」
「俺が知るか。ただ言えるのが椎名に料理は作らせない方がいい。味が分かって無いからな。どんなもんが来るか分からんぞ」
「肝に銘じておくわ」
三人が満足そうな椎名の表情を横目に、ひそひそと話していると、それに気づいた椎名が割って入ってきた。
「なに?何の話?」
「自分たちの食文化を守ろうって話だ」
「ふーん。変なこと話してるんだね」
自分たちの気も知らないでと、三人が心の中で憤慨しているが、椎名はそれに気づくことも無く、それよりもと話を続けた。
「さっき幸也君、永斗の昇格にまだ上がって無かったのって驚いてたよね?普通はどれくらいで上がるものなの?」
「私も気になる」と文美も椎名の疑問に乗る
理屈では護衛科の制度のことを分かっていても実際に経験してみないと分からない。それが護衛科の昇級制度である。
一般的な三年で卒業出来る能育科ではなかなか感覚がつかめないのだろう。
「一般的なのはちょっと分からないけど、僕は入って半年で上がったかな。それが一番早かったみたい。他の子もだいたい冬休み中には二期生に上がってると思うよ。それ以外の子は、実際にイフィムと戦ってみて、その後に実戦の恐怖とか実力不足とかを痛感して二期生になる前に辞めちゃう子が多いんだろうけど」
「そうなんだ。じゃあ永斗はよっぽど珍しい部類だったんだね」
「そうだね。永斗君のことは先生もかなり悩んでたよ。なんてったって実技試験はトップで合格してるのに、実習に行かないせいで一期生のままになりそうだったんだからね」
「なんで永斗は実習行かなかったの?」
「害が出てないイフィムなんか倒しても意味が無いだろ。今日のなんか人間から完全に逃げてたし。そんなのを殺しても時間の無駄だ」
文美の予想通りの質問にノータイムで答える
「でも被害が出てからじゃ遅いんじゃないかな?」
永斗の答えに幸也が、当然浮かんでくるであろう疑問を返す。
「実習でガーディアンの卵なんかに討伐されるようなイフィムじゃ、人間に被害なんか出せない。イフィムに襲われたって例は、自分たちからイフィムのいるところに入り込んでった結果だ。大半が交通に邪魔だとか、仕事の邪魔になるとか、人間の都合がほとんどなんだよ」
「よく知ってるね。そんなことガーディアンでも能力者でも知ってる人少ないんじゃない?」
「椎名の母さんからの受け売りだ。別に俺が気づいた訳じゃない」
「椎名のお母さんって、確か元ガーディアンで永斗のお師匠様だった人だよね?」
「そうだよ。お母さんすっごく強かったんだから!」
自分の母親の話になると、椎名が少し恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに話す。
「かなり厳しい人だったけどな。俺は弟子になってからかなり厳しくしごかれた。何回か実戦にも連れていかれたしな」
永斗が微妙に遠い目になる。それを見て椎名が苦笑。
「死に物狂いで逃げ回ってたってお母さん笑いながら言ってたよ」
「笑い事じゃねぇ!まだ剣もまともに触れなかった時期だぞ。そんなガキをBランクの依頼に連れてく方が間違ってる!」
イフィム討伐の依頼の困難度、危険度を分かりやすく示すものに依頼ランクが存在する。
永斗達ガーディアンの卵が学校から受けてくる依頼はDランクやCランクがほとんどだ。二期生になればBランクも受けれるようになり、Aランクを受けるには三期生になる必要がある。Sランクも存在するはするが、ほとんど依頼が発生することは無く、危険すぎるため正式なガーディアン出ないと依頼を受けることは出来ない。
Dランクはイフィムとして活動を開始していない。いわば卵状態のイフィムを討伐する依頼だ。卵状態のイフィムはその中で成長し、時間に比例して小型から中型、大型へと進化する。卵の内に倒すのは被害を出さない方法としては一番重要だと言われている。
Cランクになると小型のイフィムが主な討伐内容になる。小型の基準は自転車くらいまでの大きさが小型とされ、そこまで凶暴性は無い。ガーディアンの卵の実習にはうってつけだ。
午前中に永斗たちが行っていた依頼がちょうどCランクに当たる。
Bランクになると内容に中型のイフィムが混じるようになる。小型の場合でも稀に現れる凶暴な個体はBランクに含まれるようになる。
その後Aが大型Sは特殊型が主な依頼内容になる。
永斗は剣もまともに振れないうちから、Bランク依頼つまり中型のイフィムや凶暴な小型イフィムを討伐するのにつれて行かれていた。
はたから見れば無謀もいいところだが、それを生き残ったからこそ、永斗は実戦において学生からは想像もできない行為も出来るようになっているのだ。
「確かに子供のころからそんな所で訓練してれば、二週間に六回なんて無茶も簡単に出来るようになるかもね」
「幸也安心しなさい。家はそんなスパルタな依頼は出さないから」
「それは心強いね。文美ちゃんがそう言ってくれるなら安心だ」
「なんだ、幸也は文美の専属で決定なのか?」
「そういえば言ってなかったね。春休み中に正式に文美専属のガーディアン(まだ卵だけど)に決まったんだ」
「二期生への昇格が同期の中で一番だったのが評価に結び付いたみたいね。これで私も気兼ねなく幸也を同行させられるわ」
ガーディアンを雇用する際には大きく分けて二つの方法がある。
一つは防衛学校を卒業後、フリーのガーディアンとして斡旋所に登録し、能力者を紹介してもらう形だ。大半の人はこれに属する。
もう一つが文美たちの様に能力者専属のガーディアンになることだ。
これは大半が家や血筋で決められることが多い。幸也の星野家は、能力者が現れてから代々文美の家系、笹木家のガーディアンとして使えてきた。
「じゃあこれで堂々と二人は付き合ってますって言えるね」
椎名の発言に、文美が残念そうな表情をしながら首を横に振った。
「それはまだダメなのよ。実力は認められたけど、正規のガーディアンとして登録されるまでは、本家に知られる訳にはいかないわ」
「やっぱり本家としてはエクスガーディアンが欲しいみたいだからね。契約しても能力が使えるかどうかも分からない相手とは、交際は認めてくれないと思う」
椎名は契約という言葉に一瞬ピクッと反応するが、文美と幸也には気づかれなかったようだ。
「契約は一発勝負だからな。どうしても慎重になるのは仕方のないことだろ」
契約とは能力者と一般人(ほとんどがガーディアン)で結ばれる特別な繋がりのことだ。
能力者はその一生のうちに一人だけに対し契約を結ぶことが出来る。
これをすることで、契約した人は、能力者をその一生を掛けて守ることと引き換えに、能力者から少しだけその力を分けてもらうことが出来のだ。
ただし、全ての人が契約すれば能力を使えるようになると言う物ではない。詳しくは未だに解明されていないが、お互いの波長の様なものが合わないと、契約しても能力を使えるようになることは無いのだ。
そしてExclusive guardian、通称エクスガーディアンとはそんな能力者と契約を交わし、超能力を使えるようになったガーディアンのことを示す。
エクスガーディアンは世界的に見ても非常に貴重で、国連に確認されているだけでは30人にも満たない。
そしてその全てが、その名の通り契約した能力者の専属ガーディアンになっている。
単騎でイフィムと戦うことのできるガーディアンが、イフィムを滅ぼすことも出来るようになるのだ。一族の血を絶やしたくないどの家系でも、喉から手が出るほど欲しい存在だろう。
ちなみに、ほとんど契約が男女間でなされており、契約を結ぶこと=結婚と一般的には解釈されていたりもする。椎名の母親も能力を使うことは出来なかったが、椎名の父親と契約は交わしている。
「そうゆうことよ。契約のシステムが解明されればこんなことで悩む必要は無くなるんだろうけど」
「それはそれで政略結婚とか流行りそうで嫌だよ」
文美の言葉に椎名が顔をしかめる。それに―――と椎名は言葉を続ける。
「契約のことって多分、科学じゃ解明されない気がするんだよね。契約する人同士の気持ちの問題とかが大きいと思うんだ」
「椎名はずいぶんロマンチストね」
「そんなこと無いよ。ただなんとなくそう思っただけ」
椎名はなぜか恥ずかしそうに指をもじもじとしながら言う。
「そう言えば何で文美たちは今日ここ来てたんだ?俺たちみたいに実習に行ってたわけじゃないんだろ?」
「当たり前よ!」
「僕たちは先生に呼ばれたんだよ。明日の新入生入学式のための打ち合わせ」
入学式という言葉に、永斗は記憶の中に微かに残っていたものを引っ張り出そうと試みる。
「えっと……」
しかしどれほど思い出そうとしても、自分の入学式の時の様子が全く浮かび上がってこない。その理由は椎名が端的に述べた。
「永斗、入学式始まって少ししたら寝ちゃってたじゃん」
「はは、それは永斗君らしいね。入学式の時に能育科から一人と護衛科から一人、二期生の誰かが円舞を披露するんだよ。それに僕たちが選ばれたんだ」
それを聞いて永斗の記憶に引っ掛かるものを見つけた。
「そう言えば騒がしくて一瞬起きた時にそんなの見たな。ずいぶんレベルが低かった気がするが」
「そりゃ子供のころからイフィムに追いかけまわされて育った子に比べたらレベル低いだろうけど……」
幸也は呆れ気味に呟く。
「俺をジャングルで育った野性児みたいに言うな!」
「去年の代表は、今三期生の成績トップよ。それをレベル低いだなんて、ずいぶんなこと言うのね。先輩に聞かれたら大変なことになるわよ」
「そうだよ。変な問題起こすと三期生にあがるのも遅れるよ?」
二期生になるのさえ最後だったのだ。問題なんて起こした日には、教師の評価で決まる昇給は、一年先になるか二年先になるか分からなくなる。
「めんどくせぇ……」
「そんなこと言ってると椎名に捨てられるわよ」
「私はそんなことしないよ!」
椎名の突然の大声が学食に響き渡る。生徒が少ない分余計響いた。食堂にいた少ない生徒は全員が聞こえただろう。
「はうっ!」
自分の出した声に恥ずかしくなり、椎名は顔を真っ赤にしながら小さくなった。
言われた文美も少し赤くなっている。
「まさかそこまで強く言われるとは思わなかったわ」
「うぅぅ……」
「永斗君愛されてるね」
幸也から話を振られた永斗は「ふんっ」とそっぽを向きながらも耳が赤くなっていた。
その後は文美が椎名を中心にいじりながら昼食を終え、文美たちが円舞の練習があるからと二人と別れ、その後、永斗と椎名も流れ的に解散になった。
学生寮の自室に戻ってきた永斗はベッドに横になる。
午前中にイフィムを追いかけて走りまわっていたのが予想以上に体に響いているようだ。
その程度で動けなくなるようなやわな鍛え方はしていないが、連日の実習の疲れがたまっていたのだろう。そのまま眠りについた。