十七章
「残念だったね」
「良いとこまで行ったと思ったのに」
二人の元に幸也と文美が走り寄ってくる。水の檻を解除された永斗と椎名は笑顔でそれに答えた。
「ちょっと残念だったけど、頑張れたと思うよ」
「そうだな。正直ここまで強いとは思わなかったが……」
「それだけプロは凄いってことだよ」
全員の試合が終わったことで、教師に集合を掛けられた。
「では、今日の感想を幸一さんと七瀬さんから一言ずついただきます。しっかり聞いておくように」
あいさつに先に出てきたのは七瀬だった。
「今日は皆さんお疲れさまでした。今日は団体戦って言うこともあってやりにくいところとかあったと思うけど、今のみんななら経験する機会も多いと思うから、今日だけのことだと思わずに、これからも色々考えておいて欲しいな。以上海神七瀬からでした」
次にマイクは幸一へ渡される。
「今日は全員自分の未熟さを分かったと思う。そしてお前たちの本当の訓練はここからだ。今回の試合で分かった自分の弱点を丁寧に分析し、今後に生かすように。それが出来なければいつまでも成長は無いと思っておけ。以上佐藤幸一」
永斗の心に幸一の言葉が染みる。
今日の試合の反省点。それはやはりパートナーとの信頼の差を見せつけられたことだろう。
もし、自分と椎名が二人の用に信頼し合ったパートナーであれば、椎名は砂煙の中でも攻撃系の能力を使ってけん制することが可能かもしれなかった。
しかし実際は足止めされ、七瀬に良いように能力を使う時間を与えてしまった。
「もっと訓練しないとな……」
「そうだね」
椎名もなにか思うところがあったのだろう。何か深刻そうな顔で永斗の独り言に反応した。
幸一の言葉が終ったところで教師が再びマイクを握る。
「今日の訓練はこれで終了です。各々自主訓練をするのは自由ですが、怪我などには十分に気をつけるように。では解散」
それだけ言って幸一たちと一緒に校舎の中へ消えていく。
それを見送り、幸也と文美が永斗に話しかけてきた。
「どうする?自主訓練する?」
「私たちは少しやって行くつもりよ」
「……いや、俺はもう戻る。さすがに少し疲れた」
永斗は少し悩んでから、そう答えた。
「じゃあ私もそうしようかな」
永斗の答えに椎名が賛同する。椎名は先ほどの訓練でも、かなりの量の能力を使っていた。表情こそ普通を装ってはいるが、かなり疲労は蓄積している。
「そっか。じゃあまた明日」
「了解。じゃあまた明日ね」
「ああ、また明日」
「ばいばい」
軽く手を振って、二人と別れる。そして真っ直ぐに校舎へ戻った。
廊下を進み中がら椎名が永斗に尋ねる。
「結局どうする?私たちのこと話す?」
「俺は話そうと思う。あの人たちなら信用できそうだ」
「分かった。じゃあタイミングは永斗に任せちゃって良いかな?こういうのは永斗の方が得意でしょ?」
「しょうがないな……」
先ほどまでの幸一と七瀬の態度を見て、永斗は自分たちの秘密を話すことにした。
授業中といい、訓練といい、幸一たちは真剣に学生たちを強くしようとしているのが見えてきたからだ。彼らなら自分たちのことを損得勘定無しに判断してくれるだろうと考えた結果だ。
後はどのタイミングで話すかを考える。
今はおそらく教師陣とともに職員室かどこかでお茶でも飲みながら今日の訓練の感想でも話し合っているだろう。
その後すぐ帰ってしまう可能性もある。永斗としては、出来ることなら出てきたところを捕まえて強引にでも話を聞いてもらいたいところだった。
「じゃあ、俺いったん教室に戻るわ」
「うん。私も荷物取ってくるから昇降口集合で良いかな?」
「わかった。じゃあまたあとでな」
教室に戻って荷物をまとめていた永斗は、机の中に手紙が入っているのを見つけた。
「何だこれ?」
手紙は封筒に入っており、外に差出人の名前は書かれていない。ただ永斗様へと封筒には書かれているだけだった。
中身を取り出し広げる。
その内容を見て、永斗は驚愕し目を見開いた。
「佐藤幸一からだと……」
その手紙は、先ほどまで戦っていた幸一からの手紙だった。
「内容は?」
急いで手紙の内容を読んでいく。
「今日の六時、護衛科校舎の屋上?」
それは呼び出しの手紙だった。
現在の時刻は五時半。約束の時間までは残り三十分だ。教室から屋上へ行くだけなら五分もかからないが、寮へ戻ってから来るとなるとさすがに間に合わなくなる。
永斗は仕方なく、椎名との約束をキャンセルするために昇降口へ向かった。
昇降口には、すでに椎名が待っていた。
「永斗」
「椎名、悪い。急用が出来た」
「永斗も?」
永斗の言葉に椎名が驚く。
「俺もって椎名もなのか?」
「うん、ちょっと呼び出し受けちゃってこの後能育科の校舎の屋上へ行かなきゃいけないんだ」
「偶然だな。俺も呼び出し受けて護衛科の屋上へ行く」
「凄い偶然だね」
「明らかに偶然じゃないけどな」
そう言って永斗は苦笑する。
これほどバッチリのタイミングで偶然お互いが、それぞれの校舎の屋上に呼び出されるなどあり得ない。
おそらく椎名は七瀬あたりから呼び出されたのだろうと、永斗はあたりをつけた。
「じゃあ、あんま余裕もないし行くか」
「うん。帰りはどうする?待つ?」
「いや、話し合いがどうなるか分からないし、どっちが先に終わっても先に帰ろう」
「うん。じゃあ、夜に電話するね」
「了解」
椎名と別れ永斗は屋上へ向かう。
校舎に生徒は少なく、ほとんどすれ違うことは無かった。
基本的に屋上は出入り禁止である。それに屋上へ入るためのドアは常に鍵がかかっている。
四階から屋上へ続く階段を上り、ドアノブに手を掛ける。
ドアノブは簡単に回った。
ゆっくりとドアを開き、屋上へ入る。強い風が永斗の頬を打ち、思わず目をしかめる。
「来たか」
屋上のフェンスに背中を預けるようにして、幸一が立っていた。
「ああ、先輩の呼び出しだからな」
「はは、確かにそうだ」
幸一は笑いながら、永斗に何かを投げた。とっさにそれを受け取る。
「何だこれ?」
「訓練で疲れたろ。糖分の補給だ」
投げつけられたのはアルミ缶。内容はココアだった。
「この場面でココアは無いだろ……」
「そうか?頭働かせるのにも、体動かすにも糖分は必要だぜ」
確かにそうなのだが、この場面でココアを飲みながら真剣な話しをすると言うのはいささか合わない気がしたのだ。
「まあ、そう言うことならもらっとくよ」
「そうしな。先輩からの餞別だ」
「それで、俺をここに呼び出した用事ってなんだ?椎名も七瀬さんに呼び出されてるし」
「ああ、そっちはおまけみたいなもんだ。七瀬が少し話をしてみたいって言ってたからな。もののついでに呼び出させてもらった。お前と一対一で話がしたかったしな」
「で、内容は?」
幸一が目を細める。
「お前の力についてだ」
その言葉を聞いた瞬間、永斗は一気に警戒度を上げた。確かに今日、自分から打ち明けるつもりだったが、それがなぜ知られているのか分からない。
どこからか情報が漏れようにも、この力を知っているのは永斗と椎名、そして椎名の母だけである。
「そう気を張るな。別にどうこうしようってわけじゃない」
「なら何だ?」
「先輩として分かってて確認しないのはまずいだろ。正規登録されているエクスガーディアンは俺を合わせて三十人。そこに新しく名を連ねるかも知れない人物をほおっておくかよ」
幸一は苦笑いしながら答える。
「なんで分かった。この能力は俺と椎名以外知っている人物は一人しかいない。そこから漏れる可能性もほぼゼロだ」
「お前は一つ勘違いしている」
「勘違い?」
「別に俺は確信を持ってお前がエクスガーディアンの能力を持っていると言ったわけじゃない。まあ、お前からボロ出してくれたから今確信したけどな。まあ、分かった理由としては目だな」
幸一はそう言って自分の目を指で示す。
「目?」
「そう、目だ。エクスガーディアンになる連中は誰もかれもその眼に映る気合いが違う。
普通に契約したガーディアンも真剣な目をしてることに違いは無いんだけどな。俺達エクスガーディアンはそのもうちょっと先を行ってる感じだな。まあ、お前も何人かのエクスガーディアンに会えばおのずと分かる」
「そうか。それであんたは俺達をどうするつもりだ?ギルドに報告するのか?」
「まさか。まだ学生であるお前たちをギルドに報告するつもりはないさ。二人ともまだ何か隠してるみたいだしな」
そこまで見抜かれていたのかと、永斗は驚いた。確かにエクスガーディアンであることを隠していたのも事実だが、それのさらに底にもう一つの隠し事を秘めていた。今日はそこまで話すつもりだったのだから、ちょうど良いと思い今度は永斗から切り出した。
「そうだな。俺はそのことを相談したいと思っていた」
「ほう」
「幸一さんは、エクスガーディアンとして能力をどれくらい使える?」
「七瀬の能力が水を操ることは知ってるな?」
小さくうなずく。
「俺が使えるのは、その水を操って刀身にまとわせて切れ味を上げる。もしくは弾丸に仕込んで打ち出す。それぐらいだ。七瀬の用に自在に水を操ってどうこうすることなんて出来ない」
「それが普通だと思います。それでもイフィムを単独で破壊出来るんだから凄いことだ」
「そうだな。だがお前は違うと?」
会話の流れから幸一は永斗の力が普通じゃないことは分かった。だがその内容はまだ分からない。
「椎名は光を操る。けど少し才能が無くてな。太陽の位置に能力の大きさを左右されたりするんだ」
「たしかに今日見た限りではそこまで大きな攻撃は無かったな。せいぜい光弾ぐらいだった」
「能力の発動まで時間がかかるからな。対人戦だとあれ以上の能力は隙だらけになる」
「それとお前の力に何か関係があるのか?」
「俺の力は椎名より強い。太陽の位置なんかに左右はされないし、月明かりや街灯の明かりでも、椎名の全力と同じ強さ以上の能力が使える。暴走気味と言っても良いぐらいだ」
「暴走?」
確かに能力の一部を分け与えられたと考えられているエクスガーディアンの能力は、誰もがその能力者の力を一部だけ使えるようになったものだ。だからこそ能力者より能力が強くなることは考えられなかった。それが事実ならば、現在の考えられ方が根底から覆される。
「俺の力は使うと歯止めが利かなくなる。限界まで絞りとられて使った後は気絶するだけだ」
「厄介だな……」
「そう言う症状に心当たりはないか?」
「悪いがないな。今まで何人かエクスガーディアンにもあってきたが、みんな俺と同じように能力の一部を受け継いでいるだけだ」
「そうか……幸一さんなら何か分かると思ったんだが」
「悪いが力になれそうにはないな。まあ、俺も色々調べてみよう。その力が本当なら、早めに解決したい問題だろうしな」
「お願いします」
永斗が幸一に頭をさげ、束の間の対面は終わった。