十四章
来週の更新はお休みです。次回は22日の更新になります。
幸一と七瀬が少し準備があると言って教室を出たところで、小休憩になった。
話題に上がるのは、やはり先ほど見せられた大きな傷のことだ。
「あれ凄かったね……」
幸也はやはり少し落ち込んだ表情をしている。
そこに文美も加わる。文美はそこまで暗い表情はしていないが、やはり色々と考えさせられたようだ。
「そうよね、でもあれがイフィムと戦うってことなんでしょうね。実際私たちはつい最近中型と戦う機会があったから余計に身にしみるわ」
「そうだね。あの時も正直永斗君がいなかったら、まともに戦える気がし無かったよ」
「俺も椎名と二人じゃ戦うなんて選択肢は選ばなかっただろうけどな」
「だよね。永斗ってそういうところ、かなりシビアに判断するし」
「そのあたりも永斗君は、幸一さんが言ってたことよく分かってるってことなんだろうね」
「俺の場合は、子供の何もできない時からイフィムの前に立たされてたからな。その分、身に染みてる」
無力な状態でイフィムの前に立つことの無謀さは、この中では永斗が一番よく分かっている。同時に、戦場に立ってきたことで、怪我をして苦しむガーディアンや能力者の姿も多くみてきた。だからこそ身に着いた感性だ。
怪我を少なく、被害を小さく。
それが永斗の戦い方だった。
「それが正しい戦い方なんだろうけどね。僕たちじゃまだ出来そうもないや」
「そうよね~。それにしてもあの傷を見せるって結構思い切ったことよね。あれで怖気づいて何人かやめちゃうんじゃないかしら?」
「見せる前にそんな感じのそぶりも見せてたし、幸一さんたちも危惧はしてたんだろうな。どうも教師からの指示っぽいし」
「スパルタよね~」
「スパルタだね。でもそれぐらいじゃないとだめなのかも」
「そうかもしれないわね」
話しているうちに、幸一と七瀬が戻ってきた。幸一の手には黒い塊の入った瓶が持たれている。
「授業再開みたいだな」
「今度は何の話かしらね?」
「能力者、ガーディアン、と来たからイフィムあたりじゃないか?」
「ありそうね。でもそれだったらどういう説明するんだろ?」
「聞いてみれば分かるさ」
生徒たちの喧騒が鎮まったところで授業が再開された。
生徒の注目は、幸一の持ってきた瓶に注がれている。
中には黒い液体状のものが入っており、時々ちゃぷちゃぷと音を立てる。
「次の項目はイフィムについてだよ」
七瀬は変わらないトーンで話す。
「みんな知ってると思うけど、イフィムには小型、中型、大型、特殊型の四種類があるの。これはだいたい大きさで決められる。でも特殊型だけは大きさに関わらず、従来のイフィムの概念を破壊している固体に与えられるものだって言うのも知ってるよね」
その言葉に生徒たちが無言で頷く。
「うん。それで、みんなが遭遇したことがあるのは、まだ小型がほとんどだと思うの。中には中型に会っちゃった人もいるのかな?まあ、それはいいとして、普通の以来を受ける場合、依頼内容にイフィムのサイズが書いてあるけど、常に表示された固体が出てくるとは限らないの。小型の依頼だったけど、出てきたのは中型だったとか、もしかしたら別の個体が出てくるかも知れない。それが同じ小型かも知れないし、もしかしたら中型や大型……はいれば分かるか。まあ特殊型の可能性もゼロじゃないよね」
永斗たちのフリーランがいい例だろう。
依頼内容には小型イフィムのフリーランと書いてあっても、そこは予想の付かない自然。突然中型が現れる可能性もあるし、特殊型の可能性もある。
大型の場合は家ほどの大きさがあるものがほとんどなので、かなり遠くからでも気づくことはできる。
しかし特殊型の場合は、大きさではなく、特異性で決められるため、小型サイズのものや、それ以上に小さいものも存在すると、永斗はデータで知っていた。
「で、私たちも依頼で中型イフィムの討伐依頼に出たときにたまたま特殊型に会ったことがあったの。詳しい内容は守秘義務があるから言えないけど、その時に偶然捕獲しちゃったのが、今みんなが気になってる、この瓶の中身ね」
そう言って黒い液体の入った瓶を持ち上げる。
生徒たちは最初、七瀬の言った意味が分からず沈黙していたが、徐々にその意味を理解すると、ざわつき始めた。
瓶のふたを開け、逆さにする。
すると、ベチャッと液体が教卓の上に落ちる。瓶の中ではサラサラの液体状だったものが、瓶の外に出た瞬間、スライムのように固形化した。
(お譲はん、たのんますから雑に扱わんといてください。これでも痛覚あるんですわ)
「そのいい加減な方言止めたら考えてあげてもいいよ」
(そりゃ無理ですわ。こいつはわてのポリシーやさかい)
「じゃあだめ。さて、みんな驚いてると思うけど、これが私たちが依頼の途中に遭遇したイフィムね」
七瀬がイフィムをべちゃべちゃと叩く。
体質もスライムに近いのか、弾力がありながらも、ほとんど反発しない。
(うぅぅぅ……)
永斗を始め、すべての生徒がイフィムを従えている七瀬に驚いた。が、それ以上に驚いたのがイフィムが人語を解し、意思疎通を図っていることだ。
イフィムには、知能と呼べるものがほとんどないのは周知の事実だ。
それを踏まえても、人語を解するこのイフィムが、特殊型なのは明白だった。
「七瀬、いじめるのはそれぐらいにしてこいつの説明」
「そうだったね。とりあえずこれが特殊型ってことはみんな分かるよね?」
その問いに、生徒がまた無言で頷く。中には何かノートに書いている者もいる。
「じゃあ、この特殊型がそういう理由から特殊か分かる人いるかな?」
数名の生徒が手を挙げる。誰も、教室の前列に座る熱意ある生徒たちだ。
七瀬はその一人を当てた。
「じゃあ君」
「言葉を話せることではないでしょうか?」
「うん。正解。でもそれだけじゃないよ?」
「えっと……小型よりも小さい?」
「それは外れかな。小型の分類は、自転車程度までの大きさだから、どれだけ小さくても分類上は小型になっちゃうね」
それを聞いて、生徒はまた考え込む。
その間に七瀬は次に指名する生徒を探す。しかし、最初にあげられた言葉以外、生徒たちに思い浮かぶものはない。
だが、永斗はなんとなくだが、その答えを思い浮かべていた。特殊型の資料を読み漁っているうちに浮かんだ、もっとも相手にしたくないイフィムの条件の一つだ。
それならば、教卓の上でプルプルしているイフィムにすべて条件が合致する。
と、今まで教卓の横で七瀬の話を聞いていた幸一が前に出た。
「そこの後ろから三列目の奴。お前なら分かってるんじゃないか?」
後ろから三列目。それは永斗たちが座っている席だった。
そして、幸一の指はまっすぐに永斗を指している。
「お……僕ですか?」
突然の指名に、思わず素で答えそうになり、とっさに言葉を正す。
「ああ、なんとなくそんな気がしたんだが」
「幸一……無茶言っちゃだめだよ?」
「大丈夫だろ」
その言葉は、七瀬にではなく永斗に投げかけられたものだった。
「永斗君大丈夫?」
幸也が心配そうに聞いてくる。文美も同じように言葉にはしないが目が訴えかけていた。
それに反して椎名は、特に気にした様子もなく「何?」という視線を永斗に向けている。
永斗はその姿が、なんとなく七瀬に似ている気がした。
「核結晶が存在しない。でしょうか?」
永斗の答えに、生徒がクスクスと笑う。当然だろう。核結晶がなければイフィムは存在できないのが常識だ。だが、その答えを聞いて、幸一は満足そうに、七瀬は驚いた表情になる。
「凄い、あたりだよ。ヒントはほとんどなかったと思うけど、どうして分かったの?」
「一つはイフィムの形です。その形だと核結晶を一定の場所に保つことができません。瓶の中に入っていた時も、核結晶が瓶を叩く音が聞こえませんでした」
「なるほど。一つってことはまだあるんだな?」
「はい。もうひとつはイフィムがこの場にいることです」
「と言うと?」
「お二人ほど有名な方が、イフィムをのうのうと生かしておくとは思えません。ならば何かしら、そのイフィムを殺せない理由があるはずです。手なずけられている理由は分かりませんが、殺せないイフィムとして考えられるのは核結晶が存在していない場合だけですから」
「なるほど」
「へー、そんな考え方があるんだ」
「七瀬……まさか何も考えずに聞いたのか?」
「え?うん」
「お前な……」
幸一は思わず目頭を押さえる。
だが、すぐに気を取り直して、言葉をつづけた。
「こいつは確かに核結晶がないイフィムだ。だから俺たちが監視を目的に瓶に詰めて管理している」
(管理とか幸一はん酷いわー。保護してもろおとるだけやで)
幸一の発言にイフィムが反論する。だが、それを完全に無視する幸一。
「特殊型にイフィムとしての固定情報を当てにするな。こいつみたいに核結晶を持たない奴もいれば、逆に核結晶を生みだす奴も存在する。そいつは核結晶を破壊されたばかりの、完全に消滅する前の個体に新しく核結晶を入れることができるやつだ。こいつは現在もいまだに討伐されていない。つまりお前らでも遭遇する可能性があるってわけだ。俺たちも何回か戦ったが、どれも逃げられている。つまり今のお前らじゃ確実に殺されるだけだ。だからもしそいつに遭遇したら迷わず逃げろ。いいな」
エクスガーディアンと能力者のペアが何度も取り逃していると聞いて、生徒の間に驚きが走る。そして同時に、幸一の言葉を心に刻んだ。
「幸一、特徴言っとかないと」
「ああ、わかってるよ。特徴だが、まず大きさだ。これは小型に部類される。そして容姿だ。こいつの要旨は特徴的で人型をしている」
その言葉を聞いた瞬間、永斗の脳裏によぎる姿。人型、大きな爪、永斗を見下ろす四つの目。
「そしてこいつと同じように、人語を解する。また自分のことをリバルと呼称している」
「自分で名前を決めたのですか!?」
生徒の一人が沈黙に耐えられず声をあげた。
「そうだ。何度か対話したが、かなり高度な知能を持っているようだ」
「ありがとうございます」
「幸一、そろそろ時間だって」
「そうか。なら次のことだな」
「あんまり時間がないからしょうがないね」
(わては帰ってもええか?)
「だめに決まってるじゃん」
(そうでっか……)
七瀬が瓶にイフィムを戻していく。その間に椎名は、幸一が永斗を一瞬だけ見た気がした。
その永斗は、机にうつむき、小さく「リバル」と呟いていた。