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第四章~時々壊れる日常~

ガドネア歴、五月一五日   ラミア・スナー


 宿の手伝いは、多義に渡る。各部屋の掃除やベッドメイキング、料理などもそうだし、剥がしたシーツの洗濯などもある。細かいところを挙げるとキリは無いけれど、食材の発注、なんてものもある。実際にお店に行って、必要な食材を購入するわけなのだけど、量が量なので後から運んでもらうようになっていた。これらの仕事は全部交代で行っていて、今日は私が食材発注で、街に繰り出す日だった。

 その後は、昼の仕事が始まるまでは自由にしていいとのことだった。ファーゲン武具店から修理完了の手紙が来ていたので、ついでに寄らせてもらおう。




第四章~時々壊れる日常~


「で、なんでアルちゃんがここに?」

 アルフは諸手を挙げる。

 今日もいつも通り、冒険者協会に赴いた彼だったが、連続して仕事をこなしていたこともあり、休むように言われたそうだ。先日は休み返上で仕事をさせ、今度は仕事しすぎだから休めと言われ。そこは一貫してほしい、とアルフは愚痴をこぼしながら説明した。

 仕方なく宿に引き返したところで、丁度宿から出てきたラミアと遭遇したのだという。

「というわけ。嫌か?」

「べ、別にそんなこと言ってないわよ。い、一緒に来るなら勝手にすれば良いじゃ無い」

 最近は鳴りを潜めていたが、以前はこんな突っ慳貪な言い回しはしょっちゅうだった。アルフはそんな反応を笑いつつ。

「じゃ、よろしく」

 と、続けた。

「…ん」

 短く返事を返すラミアだった。


 空を見上げれば、あいにくの曇りだった。最近急激に気温が下がってきているうえに、日差しも無い。周りはローブに身を包んでいたり、分厚いマントを羽織っている人ばかり。その中でも、ラミアだけは薄手の侍女服だった。さすがに長袖で専用の外套は羽織っているが、それでも見た目寒そうではある。

「寒くないのか?」

「全然? 聖龍島に比べたらこんなの寒いうちに入らないわよ?」

「……まあ、ごもっともなんだけど」

 ラミアの生まれ故郷、聖龍島はガドネア大陸よりもさらに南下した場所に存在する。今の季節は、流氷で覆われ航路閉鎖になっているような場所だ。つまりは、ここと比べると段違いに寒い地域だ。そんなところで生まれ育ったラミアの寒さ耐性は、推して知るべし、という所だろう。

 二人並んで目抜き通りを歩き、市場を訪れる。野菜や果物などを先に発注し、夕刻に宿へ届けられることを確認した。次いで獣肉。これも野菜と同じくだが、若干価格が上がっていることに気づいた。

「…アルちゃん、魔獣討伐で何か問題出てる?」

「いや、そんなことは無いはず。人手は相変わらずだけど、討伐数も変わっていない」

「ああ、これね?」

 代わりに、市場の人が答えてくれた。

「ほんの少しだけ、税金がかかるようになってね。少しでも復興などにお金を廻したいって商工会ギルドからの通達。本当に微々たる増税だけど、ちりつもで結構な額にはなるみたいよ」

「…分かったわ、アンナさんにも伝えておく。ありがとね」

「どういたしまして」

 二人は肉売り場を離れ、改めて全体の価格を見て回った。言われなければ気づかない程度に、確かに値段が上がっているものは多かった。特に野菜など、地方から運ばれてくるもので値上げ幅が大きい様子だった。

 一通りの発注を済ませ、その総額を計算するとそれなりの額となる。やはり無視できない程度には価格が上昇していた。後で報告がてら、相談する必要はありそうだった。


 二人はそのまま、ファーゲン武具店へと向かう。

「こんにちはー」

「いらっしゃい、ああ、ラミアさんね。修理できてるわよ」

「ありがとう。見せてくれる?」

「えっと、その前に」

 テイリアはアルフに一度視線を移し、大丈夫かとラミアに目で訴えた。

「大丈夫よ。彼もお母さんの知り合いだから」

「…じゃ、そちらの部屋で待っててもらえる?」

 テイリアは、左手にある扉に手を向けた。

 案内された部屋でしばらく待っていると、テイリアは大きな袋を抱えて入ってきた。

 テイリアは袋を開封し、中身をテーブルに置いた。それは綺麗に修繕された、ラミアの篭手だった。くすんだ灰色の塗装も綺麗に剥がされ、≪雷帝≫の名の元となった、雷を彷彿とさせる意匠が輝いていた。

「機構部分の動作確認がまだなの。今武器を持っているなら、試してみてほしい」

「うん」

 ラミアはサックから一対の武器を取り出した。それは刀身がつや消し黒の、ジャマダハルだった。

 テイリアは息を飲み、一部始終を見守る。

 ラミアは修理した手の篭手を持ち、ジャマダハルの柄部分を溝に差し込んでいく。一定の深さまで差し込んだとき、かちり、と心地よい音がして固定された。そして篭手の裏側にあるつまみをひねり、ジャマダハルを引き抜く。

「大丈夫、ちゃんと機能してる」

「…よかったですー」

 テイリアは息を吐き、安堵した。

「この武具は、ジャマダハルも含めて祖父の作品です。整備も修理も、私を指定してください。≪雷帝≫はともかく、≪漆黒≫は曰く付きのものです。…この武具を所有していることに関しては、できる限り口外もしない方が良いかもしれません」

「わ、わかりました」

 ラミアは武具をサックにしまい、改めてお礼を言う。そしてアルフとそろって店を後にするのだった。

 店を出て、ラミアは大きくため息をつく。

 雷帝と漆黒。白と黒で対となる武具。つや消し黒のジャマダハルはどちらも共通。漆黒は篭手もつや消し黒、雷帝は元々透き通るような純白に雷の意匠が輝くものだった。ラミアが持つものは雷帝だが、譲り受けた時点では既に汚しが入れられ、灰色となっていた。色を変えるだけでも印象が変わる。

―――もしファルアスタシアの流儀を本気で継承するのであれば、自分専用のものを作った方が良いと思います――― 別れ際、テイリアはそう提案していた。


 店を出て、大通りへと差しかかると、周りがいつもよりも慌ただしかった。

「…なにかしら?」

「まさか…?」

 ラミアは不思議そうに見渡していたが、アルフは焦りの表情を見せ、北の方角を睨んだ。ラミアもつられ、そちらを見る。

 王城の左側、北北西方向の空に、小さな点が複数見えた。それらは揺らめきながらゆっくりと近づいているようだった。

そしてやおら、半鐘の音が鳴り響く。

「え、なに?」

「ラミア、こっちだ!」

 アルフはラミアの手を引き、近くの店へと走る。周りも同じように、慌てながらもどこかの建物の中へと避難している様子だった。

「クソっ、またか!」

 一緒に飛び込んできた男性が悪態をつく。

「なに、なんなの?」

「…ユニスは初めてなのか? 空飛ぶ魔物の襲撃だ! 門とか砦とか関係なく飛び越えて、直接王都を攻撃してきやがる!」

 男性は窓から外の様子をのぞき見た。

「…よりにもよってガーゴイルかよ!」

「……え……?」

 ラミアが一気に青ざめていた。

 その直後、半鐘の音をかき消すような、大きな炸裂音が響いた。


どがんっ!!


「きゃああっ!」

 音と振動と、たくさんの悲鳴が上がる。男が覗いていた窓ガラスも、衝撃波で粉々に砕けガラスが飛散した。男の人はすんでの所で身を低くして直撃は免れたものの、降りかかるガラスが背中に降り注いでいた。

「や、…やだっ…・あ、アルちゃん、怖いっ…怖い!!」

 ラミアはアルフにぎゅっとしがみつき、声を絞り出すように叫ぶ。尋常では無い怖がり方だった。その理由を知っているアルフは、奥歯をかみしめ、ラミアをしっかりと抱き寄せる。

「ああもう、本当によりにもよってだなっ!」


 店のすぐ近くに降り立ったガーゴイルは、別の家に魔法を放つ。直後その家は爆発し、周りに瓦礫の雨を降らす。狙いを別の建物に変え、魔法を撃ち放った。それは、ラミア達が避難した建物だ。


どがんっ!!


「ッ―――!!」

「シールド!!」

 誰かが叫び、誰かが簡易結界魔法を展開する。崩れ落ちる天井、窓、壁。がれきが降り注ぎ、埃で何も見えなくなる。

 冬特有の強い風で、埃はあっという間に吹き抜ける。

「みんな動けるか!? バラバラになって逃げろっ!!」

 また誰かが叫んだ。アルフはラミアを立ち上がらせ、手を引く。

「逃げるぞ!」

「…あ、…ぅ」

 焦点が定まっていない。完全に恐慌状態に陥っているようで、手を引いても反応が非常に鈍い。危険と判断したアルフはラミアを抱きかかえ、がれきを踏み越え、ガーゴイルのいる通りの反対側に飛び出した。


どがんっ!!


「ラミア、しっかりしろ、おい?!」

 アルフはやや乱暴にラミアを揺するが、爆発音にも呼びかけにも、もはや無反応で、小さく呻くのみだった。

 アルフの記憶が一瞬フラッシュバックした。聖龍島、ガーゴイル、血の海に沈むラミア、お腹の傷、抉れて黒煙を上げる聖龍島の山。

 アルフは頭を振って切り替える。ラミアの荷物を自分で背負い、ラミアをお姫様抱っこで抱えた。走りにくいが、それでもこれで切り抜けるしか無い。おそらく、もう少し時間が経てば、なんとかなるはずだから。

 そんなことを考えながら、別の路地へと移動したときだった。

「なっ!」

 目の前にガーゴイルが居た。そして目が合い、ガーゴイルは無感情に腕をアルフに向ける。そして手に魔力が集中し、打ち出された。

「シート・ハオーサ!」

 同時に、別方向から声が上がった。それと同時にアルフの前に、魔法の盾が斜めに生まれ、ガーゴイルの一撃を上空へと弾き飛ばした。

「もう大丈夫よ!」

 空から声がしたと思ったら、誰かが降り立った。あれだけの勢いを付けながらの着地にも関わらず、足音は全く立てない。そんな彼女は広く翼を展開し、金色のポニーテールをゆらしながら、青い目でアルフに振り返る。

「っ…そのままラミアを守ってあげてね! 私達はガーゴイルを殲滅するわ」

 女性、マリアは強気の笑みを見せ、ガーゴイルを睨む。

 ガーゴイルはマリアめがけ、魔法を撃ち放つ。

「シート・ハオーサ! んなもん効かないわよ!」

 あっさりとその魔法を上空へと弾き、今度はマリアが一気に走り出す。…速い!

 一瞬のうちにガーゴイルの懐へ飛び込み、武器を抜刀しながら切りつける。…漆黒のジャマダハルだ。

 ガーゴイルが一瞬怯むが、すぐに体勢を立て直してマリアに腕を振るう。その瞬間、マリアの姿がかき消え、その空間を空しくガーゴイルの腕が行き過ぎた。

 その直後、マリアはガーゴイルの真後ろやや上空に移動しており、ジャマダハルをまっすぐ首へと繰り出していた。


がきっ!!


 ハンマーで岩をたたき割るような音がして、ガーゴイルの首が砕け、胴から弾き飛ばされた。わずかな時間をおいて、頭も胴も灰となり、砕け散る。

 着地したマリアは、アルフ達の元へ駆け込んだ。

「状況は!?」

 アルフが先にマリアに尋ねた。

「ガーゴイル七体、その他の有翼合わせて、ざっと見て五〇ぐらい。いつも通りの嫌がらせよ。アーサーと、今回はホリーも出たからすぐに片づくと思うわ」

 マリアは、ラミアの顔に触れる。ラミアは目を開いているが、焦点が定まっておらずどこも見ていない様子だった。呼吸も荒れ、苦しそうだった。

「…いけないわね」

 マリアは、懐から小さく頑丈そうなケースを取り出し、蓋を開ける。そこには薬剤があらかじめ注入された注射器が入っていた。マリアはためらわずに注射器を取り出し、ごめんと言いながらケースをアルフに投げ渡しつつ、ラミアの腕を取った。そして慣れた手つきで針を肘関節近くに刺入、薬剤を注入した。程なくしてラミアは目を瞑り、不規則に荒れていた呼吸も穏やかになっていった。

 マリアは注射器を腕から抜き、それをアルフに手渡しながら言葉を続ける。

「とりあえず眠らせておくわ。後でスニラフスキーの宿で落ち合いましょ。私は作戦に戻る」

「ありがとうございます、またあとで」

「うん、また後で!」

 マリアは助走を付けて背の翼を広げて羽ばたき、一気に上空へと戻っていった。

 アルフは手渡されたものを見つめる。いつでも即時使用ができるよう準備された鎮静剤だ。一体何の目的にそんなものを懐に忍ばせているのか、アルフはそれを知っている。空となったものをケースにしまい、ラミアを抱えて歩き出す。完全に眠りに落ちたラミアは、とても軽かった。



「ふははははっ、我らの街に踏み入ったことを後悔させてくれるわっ! それ、フレガチョーナク!」

 足下に魔法陣を展開させ、そこに立ちながら空に停滞するホリーは、嗤いながら魔法を解き放った。 光は近くのガーゴイルを捉えて爆発、粉々に砕いた。

「それ、アルバトロスォーナク!」

 そしてかなり遠方に飛ぶ魔物めがけ、ホリーは手をかざして魔法を放った。光は瞬間的に空を駆け、目標へ到達、爆発四散させた。

「我を倒したければ、この千倍連れてくることだなっ、ふははははっ! それアルバトロスォーナク!」

 三度魔法を放ち、正確無比に打ち落とす。しかしがら空きとなっている真上から、別の魔物が襲いかかってきていた。しかしホリーはこれに気づいていない。魔物は鉤爪をひらき、ホリーめがけて振り下ろした。


がきんっ!!


 その一撃を、別の人龍が短剣で受け止めていた。そして一気に突き飛ばし、魔法を放ってその魔物を仕留めた。

「油断大敵だぞホリー! 後衛が前に出ててどうするこのバカタレっ!」

「ごめんなさいお父さん、…じゃなくて父よっ、感謝する!」

 素直に謝った直後、気を取り直していつもの口調で言い直した。

「マリアが地上に降りている。戻ってくるまで持ちこたえるぞ!」

「我に任すが良い!」

 ホリーは無詠唱で、光の魔法を撃ち放ち、アーサーはホリーから離れて滑空し、別の個体へと切りつけた。

 三対五〇以上の魔物。その中でもガーゴイルはかなり強力な部類であり、一説には低級ながらも魔族ではないかという見解もある。しかし、この三人にかかれば、数の逆境は何でも無かった。

 特に普段の言動がアレなホリーが、今回初参戦ながら、魔法砲台としては恐ろしく優秀であり、正確無比に打ち落としていく。

 ホリーの真下から別の魔物が襲い来る。完全に死角からの強襲だった。しかし。

「…ふんっ!」

ホリーは短剣を抜き、視認することも無く正確に距離を測り、わずかに体をひねって躱しつつ、その魔物を切りつけた。

「フレガチョーナク!」

 手をかざし、離れて体勢を整えようとしていた魔物を見もせず射ち貫き、爆発四散させる。そしてやおら、別の目標向けて手をかざし、呪文を少し変更して光の魔法を掃射した。

「アルバトロスォーナク、ジェーシェチ!」

 一〇本の光がほとばしり、それらは全てホリーが狙った目標を打ち抜いていた。

 ホリーは油断さえしなければ、魔法も剣士としても優秀なのだ。また一体、また数体まとめてと次々に迎撃していくのだった。

 アーサーや再び飛び上がってきたマリアの活躍もあり、程なくしてすべての空飛ぶ魔物は殲滅することができた。


 スニラフスキーの宿。

 周りの喧噪はまだまだ続いているものの、空の魔物達が殲滅されたことで、落ち着きは取り戻していた。しかし、街には多少なりとも被害を被っており、怪我をした人もいるようだった。宿の中には何人かの重症者が運び込まれていて、カウンターすぐ近くのテーブルには怪我人が寝かされていた。

「…ヒーリング!」

 アンナは傷口に手を添え、魔法を唱える。優しい緑色の光はたちまち傷口を綺麗にしていき、やがて塞がった。アンナはそれを見て、また別の怪我人の元へと急ぐ。その次の人は、どうやら骨折しているようだった。

「待っててね。すぐに直してあげるから。アリーナ、麻酔を」

「はい」

アリーナは、あらかじめ用意していた頑丈なケースを開け、中から注射器を取り出す。最初から薬剤は注入されていた。これはさきほど、マリアがラミアに対し使用したものと同じものだ。

「少し眠くなるけど、その間に治療しておくから安心してね」

アリーナはその人の腕を取り、慣れた手つきで腕に刺入し、薬剤を注入する。まもなくしてその人は眠ってしまった。

 アリーナがうなずくと、アンナもうなずき返し、二人で骨折している脚を動かし、骨の位置を正しい配置へと導く。通常なら悲鳴ものの激痛だが、この薬はそういった痛みすら感じさせず、眠らせる強力なものだった。

 骨折部位をなんとかしたアンナは、回復魔法をかける。後は魔法で高めた自然治癒力が、骨や損傷した組織を正常な状態に持って行くだろう。

 冒険者の宿は、それを名乗るためには一定の条件がある。

 例えば、冒険者が大怪我をして戻ってきた場合、そして今回のように街が襲撃された場合など有事の時は、いつでも簡易ながらも医療サービスが提供できることである。そのためには従業員或いは女将が、魔法医又は医師である必要がある。他にも細かい条件はあるが、これを満たすことで、初めて『冒険者の宿』となれるのだ。

 スニラフスキーの宿は、そういった冒険者の宿の一つ。アンナは魔法医と外科医の二つの資格を持ち、更に冒険者として活躍していたときは、アルケミストという、薬剤を扱う非常に珍しい職だったのだ。その当時は回復のエキスパートとして巷では有名だったこともある。アリーナは年齢はまだ一三ながらも、彼女の助手ができるほどに知識を身につけているのだ。


「アンナ、私達に手伝えることは無い?」

 マリアが先頭に、宿の暖簾をくぐる。スナー家の面々が次々と中に入っていくが、アンナは手を止めずに一瞥し、食堂の方を指さした。

「あっちに何人か寝かせてるから、そっちをお願い」

「わかったわ! アーサーは奥右側の人を、ホリーは左側を。アルフ君はラミアを自室まで運んであげてね」

 マリアは状況を瞬時に把握し、適切な指示を出す。男三人は頷いて、各々の行動を取った。


 程なくして、運ばれてきた怪我人の処置も終わる。気がつけば、昼を過ぎていた。通常であれば昼の食堂営業時間だが、この状況では営業は不可能だろう。それを知っているのか、客足自体が無い状況だった。

「討伐に出ていた皆さんも、治療の手伝いをしてくれた皆さんも、お疲れさま、ありがとう。仕込みがほとんどできてなくて簡単なものしか出せないけど、お昼ご飯用意するから皆さん食べていってくださいね」

 薬で眠らせた数人は二階の部屋へと移されたが、それ以外の人は食堂の席に座っていた。

「俺たちも感謝するよ、仲間を助けていただいて」

 アンナは冒険者達の言葉に軽く手を振り、厨房へと向かった。アリーナも他の従業員と一緒に厨房で飲み物を用意し、全員へと配る。

 マリア達スナー家の三人もテーブルを囲い、アリーナから温かいお茶をもらう。アリーナがホリーのテーブルの前にお茶を出し、すぐにくるっと体ごと向きを変えた。

「…ぁ」

ホリーは手を伸ばすような姿勢になったが、実際にアリーナの手を引くことは無く、上げた手を残念そうに下げるだけだった。アリーナは真っ赤になっている顔を盆で隠し、ひたすら照れ隠しをしている。去りざまにチラリとホリーの顔を盗み見て、やはり恥ずかしくなったのか、早歩きで厨房へと逃げていった。

 一部始終を見守っていたマリアは、アーサーに目配せする。以心伝心で、彼女が何を言いたいのかを悟ったアーサーだが、信じられないという表情だった。

「…僕、…じゃなくて我、先に帰る」

 居たたまれなくなったホリーは立ち上がろうとしたが、即座にマリアが上から押しつけた。

「もうちょっと待ってなさい」

「で、でも」

 アリーナが厨房に入ってから、何かしら調理の音が聞こえていた。音の大きさからすれば、ここに残る全員分の食事だとはすぐに分かる。そしてややあってから、厨房から料理が運ばれてきた。

 食パンの上に、砂糖を混ぜて焼いた卵焼き、その更に上に薄切りハムが載せられているだけの、オープンサンドだった。

 皆がそれぞれ神に感謝の儀式をして食べ始め、食べ終えた人は順にお店を後にしていく。半数の人が出て行った後、アリーナは一つだけスイーツを盆に載せ、スナー家のテーブルへと歩いてきた。

 それをホリーの前に置き、盆で顔を隠す。スイーツ自体は、決して手の込んだものでもないし、短時間で作れる簡単なものだった。

 お盆の上からのぞき見るように、アリーナはホリーのそばに立っていた。

「そ、それ、私が作ったの。ホリーちゃん良かったら食べてみて」

「あ、うん、たべる」

 促されたホリーは、いつもの口調を完全に忘れていた。

 オープンサンドも丁度食べ終わったところだったので、早速スイーツを手に取り、スプーンでひとすくい、口に運ぶ。

「…おいしい」

 素直な感想に、アリーナは、お盆の向こう側で耳まで真っ赤にしていた。

 時々、アリーナはホリーに料理を振る舞うことがある。そのときは宿で料理を作り、弁当として持ち込んでいる。弁当自体は彼女の父に持っていくことが主な目的だが、父親用とは別にもう一つ作っている。スナー家の三人と一緒に食べることもあるし、両親が忙しい場合はホリーと二人きりの時もある。ただ、自分の気持ちに気づいてからは恥ずかしすぎて、特にホリーと二人きりになることができないでいた。このスイーツはその謝罪でもあるが、自分が作った何かを食べてほしいという恋心から来るものでもあった。

 アーサーは頬杖を突き、マリアは優しげな表情をして、二人を見守るのだった。



 時間が過ぎて。

 ラミアは目覚めた。しばらく思考が回らなく、ぼーっと天井を見上げている。ゆっくりと体を起こし、それで違和感を覚えた。

「…あれ?」

 着ている服は侍女服だった。普段は寝間着に着替えているのだが、と考えながら、記憶をたどろうとする。そのとき一瞬、頭に激痛が走った。

「はぅ!」

 頭を抱え、仰向けに倒れ込む。頭痛はすぐに治まったものの、逆に訳が分からなくなった。痛みかあくびかで涙目になっていたのを、手の甲で拭う。

 体をひねり、一旦うつ伏せになってから体を起こす。そしてベッドの縁に腰掛けるようにして、なんとか坐位を維持しようとするも、ふらふらとして安定しない。もう一度額に手を当て、少し発熱しているようだと、感じた。

 部屋の片隅においてある時計を見て、今が夕刻であることを察する。それで驚くこともなく、ああ寝過ごした、とだけ感じていた。

 喉が妙に渇いていて、すぐにでも水が飲みたかった。ラミアはふらつきながらも立ち上がり、寝ていてしわくちゃになっていた侍女服の裾を引っ張り、とりあえずの体裁を整えた。

「…何でこの服着て寝てたんだろ。それに今夕方だし、…昼の仕事のあとねちゃったのかな? …あれ、昼なにしてたんだっけ?」

 立ち上がってか、徐々に思考も回復してくる。しかし、先ほどまで自分が何をしていたのかが全く思い出せないでいた。

 とりあえず、喉の渇きを潤すため厨房へ行き、水をもらいに行こう、そう考え、ラミアは部屋を後にするのだった。


「あらラミア。目覚めたのかい?」

「ごめんなさいアンナさん、昼寝して寝過ごしてたみたい」

 事情を知るアンナからしてみれば、彼女のその言葉がおかしく思えた。

「大丈夫よ、あなたは寝てても良かったのよ? 今日もだけど、明日も大事を取って休みにしておいたから」

「…うん。…うん?」

 ラミアは一度頷いたが、疑問が出たのでそのまま頭を傾けた。

 厨房では夜の酒場としての仕込みが始まっている様子で、調理の音と声が聞こえてきていた。テーブルも綺麗に拭かれており、いつでも客を迎えられる準備が整っていた。

 いつも通りの、夕方の風景。ただ、ラミアはなんとなしに違和感を覚えた。

「…今日は曇りじゃ無かった?」

 開け放たれている扉の向こうは、通りを行き交う人がおり、西日が彼らに影を落としていた。

「一日晴れだったわよ?」

 と、アンナは答えるが、ややあってから一つ思いだし、補足した。

「あなた、丸一日寝てたからね」

「え、…ええっ、丸一日?」

 言われ、カウンターにおいてあるサイコロカレンダーをみた。そこには確かに、自分の記憶から一日進んだ数字があった。

「え、なんで?」

 それでますます記憶が混乱してきたようだった。アンナはラミアをカウンターの席に座らせ、話を始める。

「まず気をしっかり持って聞いて頂戴」

 真剣な表情に、ラミアは生唾を飲み込んだ。

「昨日の昼前、有翼型魔物の襲撃があった。その中にガーゴイルが居て、あなたは恐慌状態に陥り、マリアによって薬で眠らせた。それから一日半、寝ていた計算になる」

「…ガー…ゴイル」

 ラミアはその言葉をかみしめるように、つぶやき、喉がカラカラであることを感じた。それで、元々水が飲みたかったことを思い出すが、そんなことよりも、一大事件である。 既に終わった事件ではあるが、顛末は知りたかった。

 アンナは何も言わず厨房へ行き、ポットとコップを持って戻ってきた。ポットから白湯を注ぎ、ラミアに手渡す。受け取ったラミアはそれを一口つけ、アンナの話に耳を傾ける。

「襲撃は昨日の一〇時ぐらい。魔物は全部で五〇体ぐらい。みんなの話を総合するとガーゴイルはそのうち九体。一部が街へ降り立ち、周辺家屋を襲撃。…多分それにあなたたちが巻き込まれた様子よ」

 ラミアは、その状況を徐々に思い出すと同時に、自分が相当パニックになっていたことが恥ずかしかった。

「地上に降りたガーゴイルはマリアが討伐、空を飛ぶ魔物はホリーくんがほとんど殲滅。割とすぐに討伐が完了して、それがおよそ一〇時半。あなたが運び込まれたのはその後のこと。その後で聞いたのだけど、ラミア、あなたはかなりパニック状態だったから、マリアが薬で眠らせたって」

 パニックになっていたことはしっかりばれていたことに、余計に恥ずかしくなるラミアだった。

「それから私、ずっと眠ってたって事…なのね。…ごめんなさい、迷惑をかけて」

 アンナは首を横に振る。

「ここは冒険者の宿。何かあって運ばれてきた人のためにある場所よ。それに謝るんじゃ無くてね」

 アンナは微笑み、ウィンクした。

「そうね。…ありがとう、アンナさん」

 今回は直接的に助けてもらったわけでは無いが、過去にはアンナに命を救われている。これは一生ものの恩と感じているものだ。頭が上がらないなあ、とラミアは少し照れくさく、微笑むのだった。


 やがて、酒場として営業が始まる時刻となる。万全では無いラミアは言われた通り静養を取ることにした。一度自室に戻って私服に着替え、再び食堂へ。これぐらいの時間になれば、討伐の仕事からアルフが帰ってくるので、お迎えしたかった。何より、今はアルフの顔を見たかった。

 日が沈む前に、アルフが戻ってくる。彼と一緒に、家族三人も来た。心配したとか大丈夫だったとかいろいろ聞かれ、本当に心配かけたな、とラミアは思うと同時に、温かい気持ちになった。

 アルフにも声はかけたものの、家族水入らずで、ということで夕食は四人となった。本当に久しぶりに、家族四人での夕食だった。


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