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第三章~冒険者試験~

ガドネア歴 九九八年五月一〇日   ラミア・スナー


 スニラフスキーの宿での仕事を始めてからの、初めての休日。

 ようやく母から譲り受け、壊してしまった篭手の修理に出せる日だ。

今後の戦い方で、お母さんのファルアスタシアか、お父さんのスナー流か、どちらの流派を主体に置くかも決めていかないとダメかな、と思う。それによって、この武具の使い方も大きく変わるから。

 弟がスナー流を正式に引き継ぐみたいなので、私はファルアスタシア流に専念しても良いし、引き続きスナー流を突き詰めてもいい。なんだったら、二つの流派にこだわらず使い分けていってもいい。

 これについては、アルちゃんには相談していない。自分で決めなくてはならない事だって解ってるし、きっとどの選択をしても喜んでもらえると思う。

 修理に出した後は、冒険者協会で一日講習を受けてみようと考えてる。資格を得るには、筆記試験と指定された依頼を一つ達成することになっているのだけど、冒険者に関する関係法規は、実は余りよく分からないので、まずは講習を受けておきたいかな、と思う。

 これで一日潰れる計算にはなるかな。

 アルちゃんは、協会業務は王城内で行っていると教えてくれた。何でも建物が使い物にならないからって。あと、王城までの間にはショックを受ける場面もあるかもしれない、て色々教えてくれた。

 以前、噴水より北の地域は相当な被害を受けて、ほとんどがそのまま状態だって聞いた。多分、それがショッキングなことかなって思うのだけど…。




第三章~冒険者試験~


「んっ…!」

 スニラフスキーの宿、その中庭。ラミアはそこで伸びをし、体をほぐしていた。

 初めての休日、そして初めての単独行動。昨夜たてた計画通り、まずは武器屋へと行こうと、ラミアは考える。

「今日は付き合えなくて悪いな」

 と、アルフは謝る。王都に来てから一緒に行動したことが無かったので、ラミアの休日に合わせてアルフも休みを取ろうとした。しかし、北方の状況が余り芳しくなく、それにより西方の魔物達も活発化しているとのことだった。一人でも戦力が欠けるのが惜しいということで、休みが取れなくなったのだ。

「良いわよ、べつに」

 若干ふてくされ気味の返事になってしまった。このやりとりがなんだか久しぶりだな、とアルフは感じながら、ラミアの頭をぽんぽんっと軽く手のひらで叩き、そのまま手を振って宿を出た。

「…っ~!」

 ラミアは言葉にならないうめき声を上げながら、恥ずかしそうに頭を抱える。

「…私も行こ」

 地面に置いていた荷物を持ち、裏門から中庭を後にした。


 ファーゲン武具店。

 噴水広場から南に延びる目抜き通りより脇道に入ってすぐにある、小さな店だった。まだ朝が早い時間帯だが、既に二人の冒険者と思われる人がおり、展示されている武器を指しながらあれこれと相談していた。

 店内は外観通りそれほど広くは無く、あと数人が入ってくると窮屈になるだろう、と言うぐらいだ。

 ラミアはそそくさとカウンターに行く。

「いらっしゃいませ、今日はどの様な要件でしょうか?」

 店番をしているのは、女性だった。ラミアより背が高く、すらっとした体型が印象的だった。冬なのにタンクトップで寒くは無いのか、というツッコミもしたいが、隆起する筋肉がそれを黙らせるには十分な迫力だった。それに関しては人のことは言えない程度には、ラミアも薄着ではあるのだが。

 彼女はにかっと笑い、ラミアの返事を待っていた。

 一瞬見とれていたラミアだが、要件を思い出して答える。

「あ、ごめんね。…ちょっとこれを直してほしいのだけど」

 ラミアは小声でそう言って、他の客から隠すようにして、サックから包みを取り出した。その動きを察した店員は、それをカウンターの中で開封する。そしてその中身を確認したときに、表情が険しくなり、ラミアの顔を凝視した。問いたいことはいくつかあるが、彼女はそれを押しとどめた。

「解ったわ、ちゃんと直しておくね。ただ、それなりに時間がかかると思う。使っている材料がなかなか手に入りにくくてね」

「それなら、これなんか使えるかな?」

 そう言いながら、ラミアは続けて鉱石を取り出した。店員はそれを受け取り、頷く。

「ええ、これなら充分あるよ。多分少し余ると思うんだけど、良かったら余りは買い取らせてもらって良い? 入手が難しいから、確保しておきたいの。修理費にも多少色も付けておくよ」

 ラミアも入手困難な材料だということは解っている。店としても入手できるチャンスがあれば、できるだけ確保しておきたいという事情も理解できた。なので、ラミアは快く了承した。

「うん、大丈夫」

「修理費は、オリハルコン鉱の買い取りを加味して、…これぐらいかな」

 掲示された価格に、ラミアは納得してうなずく。

「あと、表面の塗装なんだけど。修理の時に一度全部剥がす必要があるの。それを再塗装するかどうか。塗装しないんだったら、もう片方もしっかりと磨いて揃えておくよ?」

 ラミアは逡巡する。

 表面の灰色の塗装は、この武具が目立たないようにと母が塗りつぶしたものである。これから名声を上げるなら塗装を落として目立った方が有利であるし、目立ちたくないなら再び灰色に塗るべきだろう。

 そして出した結論は、塗装を剥がす事だった。

「じゃ、それでお願い」

「では、…私はテイリア・ファーゲン。ファーゲンの名にかけて、最高の物に仕上げるわね」

「私はラミア・スナー。じゃよろしくお願いね」

 二人は握手した。

 その後の冒険者も武具を購入し、テイリア一人になってから、彼女は大きく息を吐く。溜息では無く、緊張を解いたときのものだった。冷や汗もかいていたようで、彼女は腕で額を拭う。

「まさか、こんなものが来るだなんてね」

 カウンターの奥に移動させた篭手を見て、彼女はつぶやく。

 誰が作り、誰が使っていたものか、通常なら解らないはずである。しかし、これはそのどちらもが分かる業物である。制作者は祖父。使用者は、ファルアスタシアの姉妹のうち、姉だ。

 元々この武具は、白銀に輝き雷の装飾をあしらった≪雷帝≫と、すべてをつや消し黒に染め上げた≪漆黒≫の二セットが作成された。この二セットは、妹が一六歳修行で旅立つことを期に作成依頼されたものだ。妹が二セットを受け取って、≪雷帝≫は既に嫁いで子供達もいた姉へと譲り渡され、≪漆黒≫は妹が使用することになった。

 その後の≪雷帝≫の活躍は、めざましい。

 占領されたユニス王国を取り戻すため、英雄的な活躍を見せたのだ。それまで脅威とされていたガーゴイルと呼ばれる魔物に対し、決定的な打撃力を誇る魔法を手ずから開発し、そして夫と共に最前線で戦って見せたのだ。彼女の魔法と活躍なくしては、ユニス王国を取り戻すことは敵わなかっただろう。彼女は武具の名となる≪雷帝≫がそのまま二つ名に、夫は『空帝』などと呼ばれ、夫婦は現在の英雄として称えられている。

 その一方で、≪漆黒≫は、悪い意味で有名となった。

 ある時期から≪漆黒≫と呼ばれるようになった少女は、裏の世界で暗躍するようになった。

 どんなに厳重に守られている人物であろうが、傭兵団よりも更に獰猛で非情な強さを誇る猟兵団、その団長ですら歯牙にも掛けずに葬り去るほどの実力を兼ね揃えていたと謳われている。それこそ眉唾的な噂話とされているが、実際にオルディクスでも最強を誇る二つの猟兵団が、彼女一人により壊滅させられているのだ。

 ただ、世界最強とまで謳われた暗殺者は、突如として消息を絶つ。

 それ以降も、彼女の周りにいたと思われる暗殺者の暗躍はいくつか話には上がるものの、≪漆黒≫に関しての情報は完全に絶たれてしまったのだ。

 以後、≪漆黒≫は死んだものとされてはいるが、姉の方が割とあっけらかんとしていることから、暗殺者から足を洗い、どこかでひっそりと暮らしている可能性が高い、とテイリアは考えている。

 テイリアは、≪雷帝≫本人とも面識があるのだ。

 かつての奪還戦争をけしかける準備をしていたときに、テイリアとその両親は武器の調達を彼女から頼まれたのである。テイリアはそれ以来の付き合いとなっており、ユニスの兵隊用の武器などについても、テイリアが窓口となって調達を行っているのだ。そういったいきさつがあり、ビジネス上の関係としては信頼を置いている。

 いきさつはどうあれ、知人の武器がこうして持ち込まれたのだ。

 テイリアは、自分の名にかけ、完璧なものにして返す、今はそれだけに集中することにした。


 冒険者協会、ユニス本部。

 冒険者協会の歴史はかなり古い。ガドネア歴が制定されて間もない時代、このユニス王国を発端とし、世界中に広まった助成機関である。

 最初は王国内での、一般民衆の困りごとを解決するための小さな寄り合いだったが、やがて要人護衛や大きな事件の解決をするに至り、その規模は大きくなっていった。いつしか世界的な規模の協会となり、各国が助成金を出して運営されている。

 冒険者協会は、様々な仕事を行っている。例えば、旅をする上で身分を証明する書類の発行だ。

 冒険者登録証、俗に冒険者カードとも呼ばれている身分証は、一定の試験を受け合格したものが受けられる。試験は、筆記試験と実技試験。冒険者として必要な知識を身につけているか、魔物と戦える実力があるかなどを計るためのものだ。制度的には、これらに合格することで登録の申請ができるようになる。ほとんどは試験合格と申請がセットになっているため、本人が個別に申請を行うことはない。

 冒険者になれば、協会に張り出されている依頼を受けて報酬を得ることができる、旅先での宿や馬車の運賃などをある程度割り引いてもらえるなどの恩恵もある。代わりに、ごく希に冒険者協会が緊急で出される依頼には、できるだけ参加するという努力義務も発生する。

 ただ、冒険者になるだけの体力がない人向けに、旅行者登録証というものも存在する。こちらは冒険者協会が出す依頼を受ける権利はないし、常時出されているような魔獣肉の買い取りにも応じてもらえない。宿などの割引などの恩恵も一切ない。ただ、この国この場所の生まれであり、冒険者協会が本人であることを証明する、身分証明書といった意味合いしかない。色々と制限が多いため、こちらを選択する人はほとんどおらず、無理をしても冒険者登録を行うのが一般的だ。

 なお、恩恵となる割引率や、受けられる仕事は『格』というもので決められている。一般的には冒険者レベルと呼称されている。これはある程度仕事をこなせば自然に上がっていくものだ。誰もが初心者ノービスから始まり、段階を経て中堅メインステイ上級ベテランまで上がる。格を上げるための昇級試験などはなく、受け付けのものが「もう中堅ですね、もうベテランですね」といった具合に言われて、冒険者登録証に書き記されるものだ。主観に左右はされるが、概ね戦闘の強さ、依頼の難易度を加味した達成率等を参考に付けられる。

 この上級が、冒険者の実質的な頂点とも言われている。受けられる仕事も格が上がれば内容も難しくなり、討伐対象もより強いものを選ぶことができる。その分報酬も大きくなるため、早く格を上げようとする冒険者も多い。

 ただ、この上級よりもさらに上の格が存在する。どちらも熟練冒険者と呼ばれるものだが、片方はプロフェッショナル、もう片方はエキスパートと呼ばれるものだ。例えばスタンピードなどで町の存続が危ぶまれる事態に陥ったとき、冒険者達の中心となって町を救った人物がエキスパート、その補佐を行ったものがプロフェッショナル、とされることが多い。このような役割をこなせるには、ただ強いだけではなく、周りを統制する能力、状況をいち早く判断できる能力、そして逆境に陥っても屈しない胆力などが必要だ。

 おいそれとそんな事態に陥ることはまずないのだが、だからこそ、満を持して贈られる、最高の栄誉賞号とも言えよう。

 なお、これは冒険者に限られたものではなく、職業兵士や傭兵(ただし素行の悪い者たちは除かれる)はもちろんのこと、本当に一般市民にも広く獲得できるチャンスがある。それ故、栄誉賞号である。

 なお、冒険者には様々なタイプが存在する。一般的には戦い方で区別されがちだが、それ以外の分け方として、戦闘職型、採取などのフィールドワーク型、研究の専門家等にも分けられる。協会内の事務方もあるし、管理職などもある。そうした人たちに、冒険者協会は支えられているのである。

 そんな冒険者達を総括する、冒険者協会総本部事務所。それが今、ラミアの目の前にそびえていた。

「…ぁ…」

 ラミアは、それを見上げながら声を漏らした。

 一言で言えば、廃墟だった。

 数年前に起きた魔物との戦い時に破壊され、今でも全く修繕されずに放置されている。この建物だけでは無く、この区画全体がそういった状況だった。見渡せばこの区画だけでは無く、北西側の見える範囲が全て瓦礫の山で、家屋らしい姿を保っているものが一つとして見つけられなかった。

 協会の建物の向かい側は、おそらく民家だったのだろう。ボロボロとなり上半身だけとなっている何かのぬいぐるみが目に入り、ラミアは言葉を失った。

 しばし呆然としていたようだった。頬を伝う熱い感覚に、我を取り戻した。

「…なるほどこれはショッキング」

 ラミアは鼻をすすり、顔を拭う。少しだけ涙していたようだった。

 王都の状況に関しては、アルフからは一通り話を聞いていた。ショックなこと、とはさすがに大げさではと考えていたが、思っていた以上にこの情景には心を揺さぶられた。さすがにぬいぐるみがとどめとなってしまった。

 ラミアは気を取り直し、王城へと歩き出す。

 王城周りは、比較的人が大勢いた。

 城門をくぐると、そこは前庭となる。向かって左手側にテントが張られ、そちらに向かって何列もの人が並んでいた。

「いらっしゃいお嬢さん、今日はどの様な要件でしょうか?」

 警備していた兵士が声をかけてきた。

「えっと、冒険者になりたいんだけど」

 ラミアはテントと人の列を見ながら訪ねた。

「それなら、城内でやってるよ。一階大広間の右手に協会の窓口があるから、そっちで聞いてみてみるといいよ」

 ラミアはお礼を言い、王城へと向かう。向かいながら、城を見上げる。

 戦禍のためか、所々焦げたままの場所もあれば、一部崩れている部分もある。それでもある程度修繕している形跡もあるが、やはり後回しになっているようだった。

 城本館の入り口にさしかかる前に、テントの様子が窺えた。そちらでは配給が行われており、ボロボロの服を着た人が、大量の肉の入ったスープなどを笑顔で受け取っているようだった。

 先の占領時、王都から逃げることができなかった人も少なからずいたと聞く。魔物は街の北西部を蹂躙した程度だったが、それでも足の速い魔物が町の深い所まで攻め込み、多くの人が亡くなり、家屋も相当な被害を被ったという。

 こんな状況下で税金が徴収できるはずも無い。その他商売などの経済もそれほど回ってはいない。王都を取り戻したという事もあって、現在の王族への信頼はとても篤いため、王都としてはギリギリ成り立ってはいるが、経済をはじめ様々な部分では破綻している。比較的裕福なパルスからの税金は何とか確保できているものの、絶対的な予算不足を何とかするため、王城からは時折高価な宝石類を換金して運営費に廻している、との噂もある。

 とはいえ、配給に限ればこの限りでは無い。王都以外の町や村では全く被害が無かったため、そちらから寄せられた支援金を使い、食糧の購入ができている。加えて魔獣の数が多いため、冒険者を雇い入れての食糧運搬の護衛、魔獣そのものの討伐と食肉確保などが実現できており、食糧事情は逆に供給過多に陥っているぐらいだ。こんな情勢だが、お腹いっぱい食べられる。それだけでも、配給を受けている人々の表情は明るかった。

 ラミアはそれを見て、少しだけ救われたような気分になれたのだった。


 城内も賑わっていた。冒険者協会のみならず、様々な役所の機能がここに集約されており、たくさんの人が行き交っていた。

 これは戦禍で行政機関の建物に被害を受けたからではなく、昔からこのスタイルなのだ。そこに大きな被害を受けてしまった冒険者協会の窓口が加わった形となる。

 ラミアは持ち前のフットワークを活かし、様々な方向から来る人をスムーズにかいくぐって目的の場所へと移動する。すると。

「あら?」

「え?」

 冒険者協会の受け付けに立つ人物は、ラミアの知る人だった。いや、知るどころか。

「え、お母さん?」

 ラミアの母親、マリア・スナーだった。ラミアよりも更に背が低く、金色の髪をしている。青い目に、ラミアと同じ龍目をしていた。いつもの気さくな笑みで、ラミアに話しかける。

「ラミアじゃないの、久しぶりね、元気?」

「う、うん、元気元気。お母さんがいるからビックリしたけど」

 冒険者協会にマリアがいるのは不思議な話では無いが、窓口に立つことは通常では無い。職場は王城、身分は冒険者協会総本部長、つまり世界中の冒険者協会のトップなのだ。

「ドッキリ成功っ、いえーい!」

「マリア様、遊ばないでください」

 万歳するマリアを、目が笑っていない笑顔で女性が制止した。

「ごっめーん。じゃあとは手はず通りでお願いね」

「もう…、かしこまりました」

 やや呆れたような口調で、その女性とマリアが交代した。


 ラミアとマリアは、フロアの空いたスペースに移動し、壁にもたれながら話を続けた。

「や、実はアルフ君から今日ぐらいに協会に来るかもって聞いててね」

「グルかい」

 マリアは悪戯っぽい表情から、柔らかい笑みに変わった。

「まあね。…まあ、あの風景見てショック受けるんじゃ無いかって思ってね」

「…うん」

 ラミアは実際にショックを受け、涙すら流したほどだ。

「少しは元気でた?」

「ぜんぜん全くさっぱり」

 意趣返しにそう返した。

「っ! がーん!」

 マリアはわざとらしくそう言いながら体を反らした。

「…ぷ」

 そして二人同時に吹き出した。

「あーもー。改めて、元気にしてた?」

「うん。お母さんは?」

「当然。今日は冒険者の登録よね? 既に書類は用意してるし、なんだったらすぐにでも私権限で登録できるわよ?」

「いやそれ職権乱用。私はちゃんと試験を受けてなりたいよ?」

 マリアは言ってみただけだったが、ラミアは冗談だとちゃんと理解し、答えた。

「ふふ、冗談。…さて、ちゃんと真面目にお話ししましょうか」

「うん」

 冒険者資格の取り方や、冒険者としての心構え。これは事前に勉強して知識としてはあった。復習とはなるが、母としてでは無く協会の人間として話しているのは新鮮でもあり、印象に残った。

「まあ、心構えとしてはこんな所かしら。この後二階の応接室使って講習と筆記試験が行われるのだけど、ついでに受講しとく?」

「うん、最初から講習は受けるつもりだったから」

「わかったわ、そっちも手続きしておくね」

 マリアはそう言い、カウンターの奥へと行ってしまった。

 講習は九時から一二時まで。昼食を挟み一三時から一五時に筆記試験が行われる。講習直後の筆記試験なので、それはどうなのだろうかという考えはある。

 ラミアは案内板を頼りに、二階にある応接室へと移動した。そこには既に、数人が待機していた。ボロボロの衣服を着ていたり、逆に上品な衣装の人も居る。全く身分が違いそうだが、その二人は気があったのか元々知り合いなのか、上機嫌で談笑していた。

 やがて定刻となり、講習が始まった。

 内容は、簡単な文字の読み書き、計算問題。そして一般常識レベルでの関係法規だった。

 ユニス王国全体の実情として、識字率が極めて低いのが問題となっている。魔物がユニスを占領、これを奪還してから現在に至るまで、各地で教育らしい教育ができず、この間に育った子供達が特に識字率が低い。ラミアたちが丁度その年代で、自分の名前すら書けず読めずと言う人も多い。協会では、せめて宿に自分の名を記帳したり、冒険で得た情報を記録することができるよう文字を教えるのが、まず一つ。その他、簡単な計算ができれば商品の売買に役立つ、関係法規が理解できていれば冒険者としての活動に役立つなど、特に冒険者として活動するための最低限の知識を教えている、という具合だった。

 因みに、ラミアは文字の読み書きもできるし、割と複雑な計算もできる。身構えていたが肩透かしを食らったような気分だった。ただ、関係法規は一般常識レベルとしても、覚えておきたかった。


 昼。昼食は広場の配給で食べることとなっていた。

 小さいが焼きたてで香ばしいパンと、獣肉どっさりのスープ。遠目で見ていたよりも肉の量が多かった。

「うわ、こんなに?」

 とラミアは驚く始末だった。

「ええ、もしかして食べきれない?」

「う、正直。これの半分ぐらいなら大丈夫かな」

「じゃ、取り替えるね」

 配給を手伝っている人は、ひとまずラミアに渡した椀を受け取り、少なめに入れた椀を渡した。

「ありがとう」

「いえいえ」

 先ほどの椀は、次の人に配られた。

 ラミアは場所を変え、青空の下でそれを食べる。パンはまだ中が温かく、スープも肉の出汁がよく出ていて、どちらもおいしかった。

 強い南風が一瞬吹き抜け、テントがバタバタッと大きな音を立てていた。テント自体は吹き飛ばされるようなものでは無さそうだが、いろんなところでいろんなものが吹き飛ばされている様子だった。

 五月中旬のひときわ強い風、それはいよいよ、本格的な冬の到来をお知らせしているようだった。


 午後、再び応接室。五人はテーブルに着席し、試験用紙をにらむ。

「…うん?」

 配布された試験の問題は、各々のレベルに合わせて全部違う問題だった。読み書きを覚えたばかりの二人は自分の名前や住んでいた場所を記載する程度だったり、それこそ足し算引き算程度の問題、もう少しだけ高度な問題としてかけ算割り算までが範囲だった。同じパーティーである、または同じパーティーになる予定であれば、相談しても良いとのことだった。そのため二人ずつのグループができてしまい、ラミアだけ一人となった。

そして、ラミアは目をこすり、もう一度設問を黙読し、見間違えではない事を確認した。

【貴様に問うことは無い。無駄にこの二時間を過ごすが良い。試験後もこのまま部屋に残るがよい。くくく、待っておるぞ】

「…んんん?!」

 と書かれており、既に試験問題ですらなくただの命令書だった。しかもこの文調には既視感があった。

 たっぷり三〇秒ほどは絶句していただろうか、周りでうんうんうなりながらペンを走らせる四人の気配で我に返り、さてどうしようかと悩むのだった。


 そして試験終了。

「よっしゃー! できたぜ!」

「ははっ、よかったな!」

 と、先ほどの二人が叫び、喜んでいた。その他の二人も落胆したり喜んでいたりしていた。皆各々の手応えを得ていたのだろう。

 ラミアは当然複雑な顔だ。ただの命令書を受け取り、この二時間何をしろ、という状況だった。とりあえず文章を人龍に伝わる古代語に訳してみたりして、時間を潰すしか無かった。

「…なんなのよ、もー」

 頭を抱え、ラミアは声を漏らす。その様子に、四人は試験ができなかったのかな、と錯覚した。

「ま、元気出せよ。次回があるじゃん」

 と、見当違いのねぎらいをしてくれていた。

「ははは、ありがとー」

 ラミアは力なく答え、そのまま机に突っ伏した。


 四人が退出し、ラミアが一人取り残されてすぐ、誰かが部屋に入ってくる気配を感じた。そのすべてが見知った気配だった。

「姉、生きてるか?」

 と言いながら、少年はラミアの後頭部を指で突っついた。

「生きてるー。なんなのよアレ、時間潰すのにどんだけ苦労したか。久しぶりホリー」

「久しぶりだ、姉。父も母も来てるぞ。顔を上げるがよい」

 ラミアは顔を上げ、周りを見渡す。気配の通り、ラミアの両親と弟が居た。久しぶりに家族全員がそろったことになるが、ラミアはちっとも嬉しいという気持ちになれなかった。

「因みに先の試験問題は、我が制作した。喜ぶがよい」

「知ってるし嬉しくないわよ!」

 弟はしたり顔だった。

「半年ぶりの我をそのように怒鳴りつけるか姉よ、くっくっくっ、面白い」

 と、腕を組んで右目を左手で覆いながら、わざとらしく嗤う。

 ホリー・スナー。ラミアの二つ下で一三歳。顔は中性的で整っており、身長はラミアよりもわずかに高い。髪は父親譲りでラミアと同じく紫色をしており、短く切りそろえている。体つきは細身で華奢に見えるが、それなりに引き締まっている。スナー流を奥伝まで会得している実力を備えており、純粋なスナー流剣技だけならラミアをも凌駕するが、本人はあまり持久力が高くないと話している。さらに宮廷魔導師見習いであり、後に魔導工学と呼ばれるようになる分野の先駆者でもある。それだけの技量を持つ彼だが、決して天才肌では無く、見えないところで必死に努力した賜なのだ。

 そして、それらすべてのプラス要素を台無しにしてなお余るのが、この特徴的な香ばしい態度、重度の厨二病症候群だ。年齢的にはっちゃけたいのだろうが、後に黒歴史になるからやめておけ、と言うのがラミアの感想。

 ラミアは、改めてホリーを見る、と言うより睨む。その鋭い目つきをものともしないのか単に鈍感なのか。

「なんだ、我の顔に何か付いているのか?」

 と不思議そうに答えた。

「……目と鼻と口」

 何も、とは答えない。純然たる事実だから。

「なんだと、取ってくれっ、目と鼻とく…」

 しばらく考えた後、ホリーは目つきを変えてきた。

「姉、貴様騙したな!?」

「はいはい騙してないし事実だし変に勘違いしたのテメエだしー」

 もはやコントだった。まあ話していれば反応が面白いし、賑やかなのは嫌いではない。ただ、こんなもののどこに、アリーナが好きになれる要素があるのだろうと、ラミアは真剣に考えるのだった。

「はい、そこまで」

 ムキーと叫ぶホリーを黙らせ、父親が苦笑しつつ、口を開いた。

「まあ、元気そうだな」

「お父さんも久しぶり、お母さんはさっきぶりかな」

 ラミアは少し恥ずかしそうに微笑む。

 父、アーサー・スナー。いろいろな物語でありがちな英雄みたいな名前をしているし、実際、救国の英雄だ。彼は、ユニス解放戦争での中心人物の一人でもある。身長一三四フォーネル前後は種族柄小柄で、身体の線も細く華奢に見えるが、彼らの種族内では高い方だ。整った端整な顔立ちで、女性層からの人気は高い。スナー流の皆伝であり、剣技のみで考えても王国の中で随一である。現在は近衛兵団団長で王家の方々を警備する任についている傍ら、『スナー迎撃隊』隊長も兼務する。巷では『空帝』とも呼ばれている。

 母、マリア・スナー。やはり人龍。身長一〇五フォーネルは、小柄な人龍の中でも更に小柄で、ラミアよりも一回り小さい。体つきも顔つきも幼く見えるため、黙っていれば幼子にも見えるほどだが、三九歳。実家はファルアスタシア流を伝える家系で、彼女はこの流派でも一〇〇年に一人輩出するかどうかと言う、極意にまで至っているという。更に自分独自の手を加えていたり、魔力が乏しいにもかかわらず魔法の使用にも長けているため、実質、この王国のみならずガドネアでも最強ではないかと噂されるほどだ。彼女もまた、ユニス解放戦争の中核を担った英雄の一人だ。そして、彼女こそが≪雷帝≫だ。

 再会の挨拶をした後、少しの間なら談笑ができるとのことだった。ラミアは王都に来てからの数日間を、家族と話した。

 時間はあっという間に過ぎていった。

 扉がノックされ、黒髪の侍女服を着た女性が入ってきた。そのとき、ホリーは表情を曇らせる。

「頼まれていたものができあがりましたので、お届けに上がりました」

 そう言いながら、彼女は盆に載せたそれをアーサーに差し出す。アーサーはそれを受け取ると、女性は一礼してきびすを返し、部屋を後にした。

「…我、メルは苦手だ」

「そう言ってやるな」

「我、こんな感じだろ。こんな調子で変なことを言ってみろ、…そのまま実行しそうで、怖い」

 言葉の最後は、厨二的表現は無く、素の言葉だった。

「なら直せ」

「ふんっ、これは我のアイデンティティだからな。そうそう簡単には直さんぞ」

 と、不敵に笑う。

 ホリーがこんな面白おかしくなったのは、ユニス解放戦争の頃合いである。当時アリーナ達とごっこ遊びをしていて、魔王役に興じて迫真の演技したのがきっかけだ。アリーナがそれをかっこいいなんて言ったものだから、それ以来増長している。特別感情が動いたとき以外は、この調子だ。

「ラミア、これを」

 アーサーは、先ほどメルと呼ばれた女性から受け取ったものをラミアに手渡す。

「…冒険者登録証?」

 受け取ったそれを裏返したり窓から入る光に透かしてみたりした。ユニス王国の紋章がエンボス加工もされ、本物であることは間違いなかった。

「さて、これも渡せたし、今日のところはこれで解散だな」

「そうね。ラミア、困ったことがあったらいつ来てもいいからね?」

「うむ、我も相談を受けるのはやぶさかでも無い」

「いや、それじゃ一六歳修行の意味ないわよ?」

「まだ三週間ぐらい一五歳でしょ、それまでは大丈夫よ」

 と、母は細かいところを突いてきた。

「じゃ、俺らはそろそろ行く。体には気をつけろよ」

「うん、お父さんもお母さんも元気にしててね」

「ああ」

 アーサーとマリアは、軽く手を振って部屋を後にする。

「…姉よ、今はスニラフスキーの宿を拠点にしてるのだったな?」

「まあね、それがどうしたの?」

 ホリーは先ほどまでの自信過剰な様子は無く、少しためらいがちにしていた。その後ろ、やや離れた場所で両親が振り返っていた。

 やや間を開けてから、ホリーは小さな声で話し出す。

「…最近、アリーナの様子がおかしい。妙によそよそしくて、我と目を合わせない。…我、アリーナに何か、嫌われるようなこと、してしまったのだろうか…?」

 声が聞こえていたのだろうか、母の顔が妙にニヤニヤとした表情になった。

 一瞬ぽかんとするラミアだった。宿でのアリーナはとっても嬉しそうに彼のことを話していたことを思い出す。それはもう、のろけと言っても良いぐらいだ。自分の気持ちに気づいたのがつい最近だから、もしかしたら本人の手前照れている可能性が高いと結論づけた。しかし、ラミアはそれをあえてホリーには伝えないことにした。こればかりは、他人が教えるのでは無く、自分で気づくべきだと考えて。

「…自分の胸に手を当てて思い出してみなさい?」

 とは、マリアの言葉。

「我、やっぱりアリーナに何かしてしまったのか?!」

 叫びながら、ホリーは涙目で振り返っていた。

「あー…」

 ラミアは思わず声が出たが、その続きは心の中だけで続けた。これって脈ありじゃん、と。


 ラミアが宿に戻ると、アルフも丁度仕事を終えて戻ってきたところだった。

「おつかれさん、手応えはどうだった?」

「ふっふーん」

 ラミアは上機嫌で懐からカードを取り出し、アルフに見せつけた。

「今日から私も冒険者よ」

 と、自慢げに答えた。

「え…早くないか? 試験受けて、依頼を受けて…」

 アルフは冒険者資格の取得条件を並べていくが、色々すっ飛ばしている事に疑問を覚えた。ラミアの性格では絶対に不正をしないことは解っているし信頼もしている。

「そこは不思議に思ってる。試験も試験ってものじゃ無かったし」

「? どういうことだ?」

 ラミアは事のいきさつをアルフに説明した。アルフはそこから色々と考えてみた。

 あの最強家族の中では目立たないが、ラミア自身の実力もかなり高い。その一端を、先日パルスの騒動で見たばかりである。もしかしたら、そのときの野盗逮捕に協力したことが伝わっており、実力を測るための依頼なども免除されたのでは無いか、と推測した。

「…と言うことかもな」

 アルフは、今の考えをそのままラミアに伝えた。

「なるほど。…アルちゃんの仕事を手伝ったのが、功を奏した、と」

「かもな。まあなんにせよ、おめでとう」

「ありがと」

 ラミアは屈託無い笑顔で、そう返すのだった。


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