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第一章~港町にて~

第一章~港町にて~


 夕刻、中規模の帆船が入港する。

 この冬最後の、ガドネア大陸と南方にある聖龍島を結ぶ定期路線だ。接舷前には既にたくさんの人が甲板にならび、今か今かと待ちわびている様子だ。

 やがて船は接舷し、ロープで固定されていく。船のゲートが開かれ、桟橋へと客が一斉に降りていく。また荷物側のゲートも開かれ、荷馬車が数台、桟橋へ降り始めた。

 そんな中、小柄な女性が軽くジャンプし、船から桟橋へと降り立つ。女性と言うより、むしろ少女と言っても差し支えはない。年齢は一五歳一一ヶ月、髪は明るい紫色でふわっとしたショートボブに揃えている。目の色も髪色に近く、幼さを残した顔立ちだ。瞳孔は龍のように縦に細長い。ややたれ目気味ながら、視線は比較的鋭さがある。さらに体格も華奢で小柄であり、全体的に見れば実年齢よりもそこそこ、いや結構下にも見えようか。何の飾り気のない真っ白なワンピースに、彼女の出身地の村特有となる意匠が施されたケープを羽織り、更にこの旅に出る際に新調した外套を身につける。背中にはナップサック。決して大きめではないが、彼女の体格にはそこそこ大きめでもあった。

 腰には戦闘用の武器が左右に一対、外套からチラチラと見て取れた。

 彼女の名は、ラミア・スナー。一六の誕生日を迎えるにあたり、この冬最終便に合わせて大陸へと渡ってきた。


 ここは、港町パルス。

 ガドネア大陸の南東に位置するユニス王国、その最南端に位置する比較的大きな港町だ。ここよりも更に南に位置する聖龍島への定期便の他、陸路及び海路で西方にあるデニアス王国との交易も盛んに行われている。

 町の規模に対して人の往来は過多となっており、宿の数が絶対的に不足している。そんな事情を知っている人は、船が接舷する直前に飛び降り宿を確保する『接舷ダッシュ』を行うのが常だ。また仲間があらかじめ宿を予約してくれていたりと、様々な攻防が繰り広げられていた。

 この町が所属する王国政府側もそんな現状を打破するため、宿の改築や新規開店を推し進めているものの、様々な要因でなかなか進んでいない。


「さて、宿を決めないと…」

急ぎ彼女は知っている宿屋を訪ねるものの、空いている部屋を見つけることが出来なかった。この町特有の問題もあるが、今季最終便らしく人も荷物も多かったことに起因する。他の人のように、接舷ダッシュをしていれば確保できたのかな、と後悔しながら、別の宿を探すことにした。

 既に日も暮れてしまい、彼女は唸りながら目抜き通りを歩く。港に近いこの辺りは、魔導街灯で照らされて明るいし、人通りも多い。そんな人たちとすれ違いながら少し進んだところで冒険者の宿を見つけ、覗いてみた。そして部屋が空いていないかを尋ねてみたのだが。

「すまないね嬢ちゃん。一人部屋はもう無いんだよ。別に女性客がいるから、相部屋ならどうだい?」

 この町を含め、宿屋の少ない町では他人同士相部屋になることもしばしばあるし、冒険者同士であれば特にそれで盗難等の被害が出ることは少ない。だが、彼女はすぐにそれを断った。どうしても一人部屋にしたい理由があると説明する。

「なら、仕方ないな」

「別に宿屋はある?」

「あるにはあるんだが…」

 尋ねられた店主は言葉を濁す。満室の場合などは他の宿を薦めるのはよくあることだ。この町の宿屋連盟会で決められていることでもあり、店主自身抵抗はない。だが、時間帯もあるが空いてそうな宿屋の立地が、目の前の女性、それも女の子にはお勧めできない理由となる。

 交易で人が多いということは、治安もそれなりに悪い部分があるのだ。この宿の近くでも、比較的裕福そうな人を狙い、窃盗や強盗の被害が相次いでいる。目抜き通りのように明るいところではほとんど無いが、一歩路地裏に入り、街灯の光も届かないような所では顕著だ。

 女性の場合は別の意味でも危険だ。暗くなる前に宿が確保できなかった場合は、港にある冒険者協会の宿舎で一夜を過ごすことがお薦めされている。広い部屋で雑魚寝になるが、強盗に襲われる危険と比べればはるかに良い。

 ラミアは別の宿の場所を何とか教えてもらい、この宿を後にした。

「……」

 彼女は宿を出ると、あたりを見渡す。人通りは少し減り、喧噪も遠くなったような気がした。時間が過ぎれば、どんどん人が少なくなっていくだろう。ラミアは少しだけ焦りを感じた。

 教えてもらった宿は、昔泊まったことがある所でもあった。町の西方にある門に近い。ただ、馬車の発着場にしても港にしてもやや離れているため、比較的不人気な場所となる。

 王都方面の門に繋がる目抜き通りを曲がり、西へと向かう。宿へは歩いて一〇分程度の距離だが、所々街灯がなく暗くなっている箇所が目立つ。こちらは他国への街道に繋がる目抜き通りでもあるのだが、時間経過と共に魔導街灯も灯りが落とされ、そして人通りもなくなる。

 この町の住民は、夜はほとんど出歩かない。旅行者も宿を決めてしまえば、もう外には出ない。

 五分ほど歩けば、もう周りは大分暗かった。少し先は、もう真っ暗な闇である。周りを見ても、目に見える人影は一人もいなかった。が、そんな中、ラミアは足を止める。

「そろそろ出てきたら?」

 彼女は、どこへとも無く声をかける。

「五人。…私を囲んでいることは既に解ってるから」

 そして左手でショートソードを抜き、闇へとその切っ先を向ける。それからわずかに時間をおいて、その闇の中から一人現れた。その直後、彼女の周囲から指摘したとおりの人数が現れた。

「けけっ、よく分かったな」

 卑下た笑みで、男達は彼女を包囲した。

 典型的な盗賊の格好をした四人と、少しだけ装備の充実した男が一人だった。その男は四人よりも数歩ほど包囲網の外側に立ち、口を開く。

「それに人数も把握しているな」

「けけっ、偶然だろ?」

 盗賊達はそれぞれ武器を抜き、構えた。

「さて嬢ちゃん。解ってると思うが、金目の物をよこしな」

「へっ」

 ラミアは眼を細め、口を半開きにして鼻で笑う。

「女の子相手に大の大人五人が雁首揃えて強盗だなんて。みっともないわね」

「…んだと?!」

 そしてその口から、煽り口調が炸裂する。

「何その頭、鶏冠でも生えてんの?」

 一人モヒカンにしている男に向けて、暴言を吐く。

「あーくせーくせー、口がくさいから口を開くなー、女の子一人よりも弱いから五人集まって襲うだなんてほんと頭わるそー、じゃなくて頭悪いんだったー、うけるんですけどー」

 半分抑揚無く、そして容赦なく。ラミアは五人を煽りに煽った。

 普通の女の子であれば、男に囲まれた時点で震え上がる。冒険者になって、少し腕が立つようになれば、強気で反論する。が、ここまで人を馬鹿にすることはない。

 鶏冠が生えたような髪型、いわゆるモヒカンヘアーの男は、見事に顔を真っ赤にさせ、口を開いた。

「……ぶち犯してやる」

 モヒカン男がラミアに斬りかかってきた。

 モヒカン男の武器は何処の街にでも売っているような安物の剣。ただし長いこと手入れもせず使っているのか、刃はボロボロだ。新品の剣で切られるよりも痛いだろうし、傷が将来残る可能性もあるだろう。そんなもので斬られるのはまっぴらごめんだと、ラミアは半歩右に移動し、すれすれで躱す。躱しながら体を左に捻りつつ、そのまま左手に持ったショートソードで剣をはじく。引き続き体を回転させ、ショートソードを右手に持ち替え、その柄でモヒカン男の右手を殴り、剣を落とさせた。

 その一瞬の攻防で、モヒカン男はあっけにとられ、盗賊達も一瞬怯んだが。

「くそっ!? 野郎共かかれぇ!」

 モヒカン男の叫びに我に返り、ラミアへと一気に斬りかかった。ただ一人、装備の充実した男を除いて。

 次々と襲いかかる刃を、半歩、或いはただ回転するだけで躱し、カウンターで一撃をお見舞いする。ただ一箇所に留まっていると、四人に囲まれてしまうので、回転しつつステップを踏み、モヒカンの背後へと一瞬で駆け抜ける。襲いかかる剣をかいくぐり、またもカウンターで一撃を入れた。

 盗賊達が刃を振りかざすのに対し、ラミアはショートソードで切りつけるのでは無く、柄や拳で相手の腕や手、剣を殴って武器を落とさせる。時々飛んでくる蹴りや体当たりも軽くステップを踏むように躱し、さながら男に取り囲まれながらダンスを踊るように、軽やかに優雅に、すべての攻撃を躱しきる。

 盗賊達はついに殺意を込めて刃を振るってくるが、ラミアは相変わらず致命傷を与えないよう、蹴りや殴打で応戦する。ただ、それらの攻撃は体重同様軽く、大したダメージには至っていない。武器を遠くに弾き飛ばしても、一時離脱して拾いに行く余裕が、盗賊達にはあるぐらいだ。

 ラミアの視線は、時折彼らの後方で仁王立ちしている男に向けられる。どうして彼だけが動かないのか、そんなことを考える。

 やがてそんな攻防が数分続き、男達の動きが鈍ってきた。スタミナが切れてきたのだろう。その一方で、ラミアは全く息も上がらず、動きの切れは全く衰えていない。

 肩で息をする仲間が増えてきたところで、モヒカン達はラミアの包囲網を少し広げた。

「…旦那、頼みましたぜ」

 そしてモヒカン男は、後方で待機していた男に声をかけた。

「ああ」

 男は返事をしながら、抜刀する。獲物はロングソードだった。所々刃こぼれしているが、月光を綺麗に反射する。ラミアは見下すような笑みをやめ、普通の笑みに変わる。

「なるほど、連中の用心棒、ってところね」

 男は返事の代わりに、切っ先をラミアに向けた。それで予想通り、とラミアは心の中で冷静に判断する。

「おとなしく荷物を置いて逃げた方がいいぞ。さもなくば斬る」

「やーだ、斬るだってー、何かっこつけてんですかーオッサンのくせにー」

 とラミアは煽るが、男は眉一つ動かさなかった。

「その動き、スナー流だろ?」

 男の返答に、ラミアは笑みを消す。

 ラミアは、煽り口調をしながらも、ずっと冷静に頭を回転させていた。

 この男は、挑発に乗ってこなかったこと、それなりに知られている流派とは言え、自分の剣技を見抜いてきた。即ちそれなりに腕が立つものだということだ。

 が、そこで疑問も生まれた。腕が立つというのであれば、こんな盗賊無勢に身を落とすまでもなく、冒険者などで喰っていけるだろう。冒険者でなければ、傭兵か何かの可能性を考える。

「あなたこそ、用心棒みたいなことしているけど、…この連中に金で雇われている、ということかしら?」

 素直に答えは返ってくるとは思っていなかったが。

「ああ、その通りだ。…今はなんとしてでも金を稼がなきゃならんのでな」

 あっさりそう答えた。そして予想通り、傭兵だった。ただし金さえ貰えれば何でもする類いの、だ。

 男は剣を構え直した。それまで見えていた隙がなくなり、油断ならない相手だとラミアは理解する。

 ラミア自身、自分の筋力は普通の人よりも弱いと自覚している。だから相手を怒らせて判断力を鈍らせ、隙を突いて武器を持つ手を攻撃した。ある程度痛めつければ武器を持てなくなり、そこをついて逃げ出すのが彼女の作戦だった。これは、相手が単純で弱いということを想定しているものだ。しかし、今立ち塞がっているのはその手は通用しないだろう。

 ある程度本気を出さなければ、自分が負ける。試合で負けるのはいい。ここでの敗北は、すなわち男どもの餌食にされるということに繋がるのだ。

 ラミアはショートソードの構え方を変える。スナー流と看破されたのであれば、遠慮はしない。右手は順手で構え、左手でもう一本を抜刀する。左は逆手だ。左手を顔の前に出して右手を後方へと伸ばす。それが本来の構え方だ。この構えをしたときは、覚悟する必要がある。手加減できない相手の場合、自分が、相手を殺してしまうことを。

 その覚悟が決まったとき、不意に周りから大声が聞こえてきた。

「なんだ?」

 モヒカン男がその声に慌て、辺りを見渡す。その直後、脇道から魔法の明かりが出てきたかと思ったら、数人の武装した男達が飛び出してきた。

「見つけたぞ! 今度こそ捕まえてやる!」

「げぇ!? 自警団だ!」

 モヒカン男は慌てて反対方向へと走り出すが、そちら側でも魔法の光と共に数人の男が飛び出してきた。丁度両側を、自警団が挟み込む形となった。

 モヒカン男は路地へと駆け込もうとしたが、その寸前で一人の男が先回りした。

「っ! くそう!」

 モヒカン男はその男に斬りかかろうとしたが、その剣はいともたやすく弾き飛ばされた。ラミアとの攻防の間に手を痛めつけられており、握力が弱まっていたのだ。慌てて拾おうとしたものの、そこで相手は剣を踏みつけた上に切っ先を喉元に突きつけた。モヒカン男はその場にへたり込み、戦意を失った。

 別の場所でも盗賊と自警団との戦いは始まったが、自警団はおそらく正規の訓練を受けているのだろう、統一した動きを見せ、一人一人確実に倒し、縛り上げていった。

「嬢ちゃんさがってろ、その男は俺たちが!」

 自警団はラミアと対峙していた用心棒に斬りかかるが、逆に返り討ちとなった。一人は剣を弾き飛ばされた程度だが、もう一人は腕が深く斬られた。彼は悲鳴を上げながら倒れ、剣を弾き飛ばされた人が引きずってその場を離れる。

 そして、自警団、戦意を失った盗賊団の順に、ラミアと用心棒を取り囲んで膠着状態となった。

「私を無視して迷い無くこの男に斬りかかったけど、もしかしたら私が敵だったとか考えなかったの?」

 ラミアは用心棒をにらんだまま、自警団に声をかける。

「この男がこいつらの仲間だって知ってるからな」

 とは自警団の誰かが答えるが、ラミアは補足を加えた。

「金で雇われただけの傭兵見たいよ」

 そして、自警団達は男に注目する。

「その通りだ。ただ金で雇われただけだ。…ここは見逃してくれんか?」

「ふざけるな! どちらにしてもお前にも事情を聞かせてもらうぞ!」

 男の言葉に、誰かが叫び返す。

 ラミアは、改めて自警団の面々を見ていく。一人重傷を負っているが、意識ははっきりしている。彼を応急処置をする一人、盗賊たちに順に縄をかけている三人、モヒカンに剣を突きつけ続けている少年…、その顔に見覚えがあった。ラミアは一瞬目を見開き、動揺しかける。なぜここに来ているのか、いろいろな思いが一瞬駆け巡る。が、すぐに冷静さを取り戻す。

 彼の実力は、昔から知っているから問題は無いだろう。だが、自警団の人たちでは、この男を相手とすれば荷が勝ちすぎるだろう。倒せるのは、少年か、自分か。ほんのひとときの間に、ラミアはそう分析した。どのみち、動けるのは自分しかいない。

「じゃ、私が倒す」

「…」

用心棒は無言で剣を構え直した。

「ジョーンズ・フレアだ」

 唐突に、彼は自分の名を口にした。偽名かもしれないが、ラミアは彼に答えて名乗る。

「ラミア・スナーよ」

 剣を突きつけていた少年が、驚きの表情となる。

 そしてジョーンズと名乗った男は、ラミアの名を聞いた直後飛び出した。ラミアはその動きにいち早く反応し、ショートソードを斜めに構え、ロングソードの一撃を受け流す。受け流しながら体を半回転、ラミアは斬りかかろうとしたが切っ先の向きを変え、ジョーンズの切り返しを大きな火花を散らしながらはじいた。やはり先ほどの動きを見ていたのだろう。ジョーンズは直後の動きを牽制するように、再び斬りかかる。

 ラミアは予想していたのか反応が早すぎるのか、それを軽くいなして肉薄する。離れると予想していたジョーンズは意表を突かれた形になるが、しかし返す刃で再び牽制する。

 周りには、二人の腕前は互角に見えている。

 モヒカン男を縛り上げた少年は、まるで優雅に踊るような剣運びに、見覚えがあった。そしてそれを披露する彼女の顔に、懐かしさを覚えた。

 何度か剣同士がぶつかり合うが、ついにロングソードが悲鳴を上げた。ラミアの遠心力を載せた一撃が、ロングソードの半ばからへし折ったのだ。その切っ先は、真上へと回転しながら跳ね上がっていった。

「くっ!」

 ジョーンズはすぐに戦い方を変える。剣が短くなれば、その長さでの戦い方に切り替えれば良いだけ。武器がどんな状態になっても戦闘を継続できるのは、傭兵としての経験が高いことを証明していた。だがしかし、ラミアはほんのわずかに生まれた隙を突き、先ほど折れ飛んだ切っ先を空中ではじき、用心棒の足下へ突き刺さるように飛ばしていたのだ。それに躓き、ジョーンズは一瞬バランスを崩す。

 そして彼女は一気に懐へ飛びこみ、真下から顎へショートソードをつき付けた。

「ッ!?」

 ジョーンズは小さくうめく。状況を理解した彼は、剣をその場に落とし、降伏した。


 あれから少し時間がたつ。

 重傷を負った自警団の一人は、先ほど応急処置をしていた人と一緒に、近くの診療所へと向かった。それ以外の自警団メンバーは、盗賊四人とジョーンズを取り囲み、自警団の事務所へと連行を始めた。

「えへへ、久しぶり、アルちゃん」

 モヒカンと対峙していた少年の横にかけより、ラミアは軽く挨拶する。

「やっぱりお前かよ、ラミア。…いい加減アルちゃんはやめてくれ」

 改めて見れば、少年は自警団とは異なる装備をしている。軽装な革の鎧に、ロングソード。おそらくジョーンズと同じ部類の廉価品だろう。彼は両手でも持つことがあるので、盾は装備していない。

 金髪碧眼はこの地方では非常に多く余り特徴にはならないが、その目が龍のように瞳孔が縦に細長いのが、大きな特徴と言えるだろう。ラミアの龍眼とは、細かい部分では結構違っている。ラミアは上下の端は丸く柔らかい印象だが、彼の瞳はそれこそ龍眼。上下どちらも鋭く尖る瞳だ。背は彼女よりもずっと高く、ラミアの頭頂部が彼の鎖骨あたりになってしまう。実のところ彼の身長が平均であり、ラミアの身長が非常に低いのである。

 名はアルフ・テナイ。ラミアよりも一つ年上で、一六歳。すぐにラミアが追いつくものの、その後すぐに一つ年を取るので、実質同い年となる期間は短い。

 二人の出会いは一〇年ほども前に遡る。その頃彼は、彼女の故郷となる村に世話になっていた時期があり、その時に知り合い友達となった、いわば幼馴染である。『アルちゃん』とはその頃から彼女だけが使う愛称だ。それから時が過ぎて、二年前に彼がガドネア大陸側に戻り、それから会えてはいなかったが、最近まで文通もしていた仲である。お互いに当時の面影を残しているし、アルフはラミアの名を聞いたことですぐ気づくことが出来た。とは言え、アルフはあれから男らしくなっているし、ラミアもより女性らしくなっている。

 アルフはそういったことを自覚しているし、成人の節目となる一六歳を超えているので、いつまでもちゃん付けで呼ばれるのは少し恥ずかしく考えている。そんな理由を話すのも恥ずかしいので、取りあえず止めてくれ、とだけは伝えてみたのだが。

「アルちゃんはアルちゃんだし?」

 きょとんと、ラミアはよく分からない、と首をかしげる。

 幼馴染トークを遮るかのように、モヒカンが項垂れて声を漏らす。

「…何でこんな小娘に負けちまうんだよぅ」

 そんな台詞が聞こえてきて、二人は我に返る。この二年間の思い出話をしたいところだったが、今はそれどころではないと、現実に引き戻されてしまった。まずは連中の連行を続けなくてはならない。ちょっとした油断で逃げ出したら目も当てられない。

「黙って歩け!」

 モヒカンが怒鳴られた。それを見て、ラミアとアルフは共に苦笑した。話はまた後で、と目だけで会話して、自警団の手伝いに入るのだった。

 皆で、自警団まで連行することになった。そこまで大人しくしてくれれば助かるのだが、中々そうは行かない。抵抗は諦めてはいるようだが、時折大声で叫び愚痴るのだ。まるで酒が入って泥酔しているような感じだが、自棄になっているというところだろう。そんな大声の愚痴に対し、自警団も大声で怒鳴りかえす。その騒ぎで二階から様子を伺っている人たちもいる。

 その傍らで、ジョーンズもぶつくさ言っていた。非常に小さな声なので、何を言っているかは聞こえなかった。

 この人もか、と思いながら、ラミアはジョーンズの方へと歩み寄る。単純に何を呟いているのか気になったのだ。そしてそのつぶやきを理解して。

「…伏せて!」

 ラミアは唐突に叫んだ。

「え?」

 自警団がラミアの声に振り返った瞬間だった。

 ジョーンズを中心に、爆風が生まれた。不意を突かれた自警団メンバーはそれに吹き飛ばされ、ジョーンズから手を離してしまった。ジョーンズはその瞬間、走り出していた。

「魔法!?」

 完全に油断していた。まさか魔法を使ってくるとは誰が予想しただろうか。

 ラミアは今日初めて出会ったから仕方ないにしても、数度顔を見合わせている自警団すら慌てた。

「聞いてないぞ!? 追え追え追え!!」

 これまでの間、彼は魔法を一切使ってこなかったのだろう。そうして魔法が使えないと思い込ませ、いざという時の脱出に使ってきたのだ。

 爆風に一歩後れを取ったラミアたちはすぐに追うが、しかしジョーンズが再び放った風の魔法に蹈鞴を踏む。最初の爆風はともかく、威力は大したことは無い。なんとか踏みこらえて追いかけるも、ジョーンズは路地へと入っていき、姿をくらました。

 ほんの少しだけ遅れ、ラミアや手の空いている自警団メンバーが突入する。しかし、そこにはジョーンズの姿はなかった。北の方へと伸びる裏路地はあるが、その先は真っ暗だ。皆で一応覗いてみたものの、さすがに迎撃や待ち伏せなどを警戒してむやみに突入するまでには至らなかった。

 その後、その路地を慎重に進んで調査をしてみたものの、結局足取りを追うことはかなわなかった。

 完全に逃げられてしまった。退路にしっかりと目処を付けていたのは、さすが傭兵という所だろう。自警団の皆は当然悔しがっていたが、ラミアは安堵していた。安堵の理由は、使われた魔法はいずれも殺傷能力が無かったことだ。魔法自体は、圧縮空気を任意の方向に叩き付けるもので、牽制などでよく使われるものだ。それを地面に叩き付けて風を巻き上げ、周りを吹き飛ばしたに過ぎない。もしあの瞬間に殺傷能力のあるものが使われていたら。余り想像はしたくなかった。


 自警団事務所は、港の一角にある冒険者協会事務所の、そのすぐ隣にある小さな建物だった。

 捕らえた盗賊団はそのまま自警団の牢に入れられ、後日王国の兵士に引き渡されるとのことだった。アルフはこのまま冒険者協会に報告に行くとのことで、ラミアは彼について行くことにした。

 その道中、アルフはラミアに、自分の状況をかいつまんで説明した。

 冒険者になる際に受ける試験は、通常なら何かしらの依頼を受けて成功させる必要がある。彼の場合は、自警団に協力するという依頼を受けていたそうだ。その依頼自体は一定期間こなせば合格というもので、既に半年前に合格しており、冒険者資格を得ていた。ただ、人手不足のため、彼はそのまま自警団の手伝いをしていたそうだ。

 ただアルフは、その真意については語っていない。

 協会を後にして、アルフはラミアに声をかける。

「で、今日の宿はどこだ?」

「え? ……あっ!」

 先ほどのことに巻き込まれたラミアは、結局予定した宿に向かうことが出来ず、港に戻ってきていたことを彼に説明する。

「あー…」

 アルフは後ろ手で頭をかく。悪いことをしたかな、と考え、代替案を申し出る。

「俺、一人部屋借りてるんだけど、お前さえ良ければ、どうかな?」


 彼が借りている部屋は宿では無く、自警団の宿舎だった。自警団の事務所の裏手にあり、普段は当直で仮眠を取る場合に使用される部屋である。四部屋あり、その一つを冒険者になる前から拠点として借りていた。その後も自警団を手伝うのであれば、自由に使ってかまわないとのことで、ずっと借りっぱなしで生活していた。

 アルフは受け付けで事情を説明し、ラミアを一泊させる許可を得た。

 案内された部屋は狭く、小さめのベッドが部屋の大半を占拠しており、その隙間は足が入るぐらいの隙間しか無い。奥はそれなりに空間はあるが、荷物を置けばそれも埋まる。

「こんな部屋だけど、大丈夫か?」

「うん、だいじょぶ」

 ラミアはうなずく。

「じゃ、俺別のところで寝るから」

 と言ってきびすを返し、立ち去ろうとする。ラミアはその手を慌ててつかんだ。

「別の所って、一緒じゃないの?」

「いや、ベッドの大きさを考えろよ?」

「私は別に一緒でもいいけど?」

 ベッドはシングル。それも狭めのシングルだ。とても二人で寝られるような大きさではない。

 それ以前に二人は男女であり、もう子供同士ではない。色々まずいだろうというニュアンスを含め、アルフは説明する。しかしラミアは頭にはてなを浮かべるように、首をかしげる。

 しばらく見つめ合い、アルフはため息を一つつきながら、ラミアの顎を指でつまむ。

「もっと女性としての危機感を持った方が良いぞ?」

「……っ!?」

 ようやく気がついたらしい。ラミアはみるみる顔を赤らめ、左手を振りかぶった。

 左アッパーを難なく受け止めたアルフは、もう一度ため息。

「その手の早さも、相変わらずだな…」

「あ、アルちゃんが変なこと言うからっ! アルちゃんが変なこというからぁっ!」

 同じ言葉を二度繰り返す。ラミアが何かしら驚いたときに叫ぶときは、いつもこんな感じだった。懐かしさを覚えつつ、アルフは今度こそきびすを返した。

「事務所の空きスペースにいるから」

そう言って、彼は歩いて行ってしまうのだった。

「…もう、アルちゃんのバカ」

 ラミアはつぶやき、部屋に入りなおした。


 まずはナップサックを空いている場所に下ろし、外套と一緒に羽織っている肩掛けを外す。そして力を込めて伸びをしてから、体中を弛緩させた。

 羽を伸ばしたい、とラミアは感覚的にそう思ってしまう。そう思いながら、首を回して背中に顔を向ける。

 ワンピースの背中部分は、イブニングドレスのように大きく開かれている。そのため背中の半分以上が大気に晒されていた。背中を直接見ることは出来ない。が、背中から生える翼を幻視した。

 感覚としては、確かにそこにある。手を回してそれをつまもうとするが、しかし指は何もつままない。感覚上にある翼も、つままれたとは認識出来ない。

 これは、ラミアの感覚がおかしいのでは無い。彼女の種族、人龍族なら誰もが持つものだ。

 人龍が、『龍』という言葉を含む謂われ。その理由は、背中に翼を持つ人種であること、その翼がコウモリかドラゴンのそれに近い事から、そう言われるようになったのである。翼の大きさは、平均して腕の長さの倍程度。勿論個人差はある。この翼と魔法を併用することで、空を飛ぶことも可能なのだ。

 彼女らの種族はこのガドネア大陸では決して珍しい種族ではない。現在のユニス王国の重鎮にも同族が数名在籍しているし、彼らはユニス王国の英雄として国民から畏敬のまなざしと共に慕われている。また王城の近くの宿屋の経営者がラミアの同郷で知り合いだったり、意外に多くの人龍族が住まうのだ。

 ただそんな翼だが、普通に生活する上では邪魔でしかない。そのため、魔法でアストラルサイドへと収納するのが通常なのだ。収納している時点では何も感じないのだが、ふとしたタイミングで感覚を感じることがあり、気になるときがある。これは、普段は無意識で呼吸をしているが、ふと気になったときに呼吸を自分でしてしまう、そんな感じに近いだろう。

 彼女は、とある事情を抱えており、アストラルサイドへの出し入れが出来ない。そのため呼び出して、文字通りの羽を伸ばす、ということが出来ずにいる。

 身体を伸ばしたラミアは、ナップサックを開封して中身を確認する。中には数セットの下着と換金予定の宝石数個、壊れた篭手一対を入れた袋、今回は使用しなかった武器が一対、後はタオルやハンカチ等。古く傷んだ短剣。一番底には鉄製の洗面器がある。尖ったものを入れているため、ナップサックが破れて底が抜けないようにするための措置なのだが、これが荷物を重くしている要因だった。

 タオルを取り出し、部屋を出て水場を探す。そのときにすれ違った自警団の一人が、ぎょっとした表情でラミアを見た。

「?」

ラミアは思わず首をかしげてしまう。驚かれた理由が分からない。

「いや嬢ちゃん、…そんな格好で寒くは無いのか?」

ラミアの今の格好は、ノースリーブのワンピース、それも背中が大きく開いたものだ。間違っても、冬場うろつく格好ではない。

「大丈夫よ?」

「でもなあ、見ているこっちが寒くなるって」

 自警団の人は苦笑いをした。

「そうそう、体を拭きたいんだけど、どこかに水はある?」

「ああ、それなら…」

 簡単な台所があり、そこに料理用の水が溜め置かれている。ひしゃくで一盃だけすくい、ラミアは持ってきたタオルに、水が落ちないようにかけていった。充分に濡れたことを確認して、ひしゃくを元の場所に戻し、礼を言ってその場を辞した。別れた自警団の人は、相変わらず苦笑いだ。あんな冷たい水で身体を拭くのだろうか、いやきっと魔法で暖めてから使うんだろうな、と色々と考えながら、彼は持ち場に戻っていくのだった。

 部屋に戻り、施錠を確認して、ラミアはワンピースを脱いだ。

 ワンピースの下には、下着しか身につけておらず、その他の防寒対策などは全くしていない。それでも彼女は生まれた地域が極寒だったこともあって、この程度の寒さは問題無い。そればかりか、先ほど冷たい水で濡らしてきたタオルで、軽く汗を拭く。普通の人だったら冷たくて震え上がるものだが、彼女にとってはただ心地よさを感じるのみだ。

 キャミソールを脱げば、上半身に纏っているものはもう何もない。寒い部屋の中、裸同然の姿で、冷たいタオルでゆっくりと上から拭いていく。

「……」

 そして、右胸から左脇腹へ伸びる、三本の傷跡に沿って丁寧に体を拭いていく。

 この傷に関しての直接的な記憶はない。傷を負ったのは幼少の頃だったこともあるが、その前後二月分の記憶のほとんどが欠落している。

 母親から聞かされたことによると、ガーゴイルに襲われたときの傷だという。また、莫大な魔力を持っており、それを暴走させてしまったため、その魔力を封印したとも聞かされていた。翼の出し入れが出来ないのは、これが要因である。記憶に関しては、一緒に封じられたか、ショックのため忘れたかは、定かではない。

 これに関しては、確かめようがない。確かめるなら、封印を解くほかないからだ。

 傷をなぞっていた手が、止まる。そして小さく、溜息が漏れた。

 傷跡は、醜い。それが三つもだ。この傷を見て、アルフの顔を思い浮かべる。彼がこの傷を見て、どう思うのか。それを想像して、しかしラミアはそれを頭から追い出すように、身体を拭くのを再開した。考えちゃ駄目だと、強く目を瞑って。

 体を拭き終わり、荷物から取り出したキャミソールを着直す。脱いだ方は後日洗おうと考えながら小さく折りたたんだ。お腹が小さく鳴り、夕食がまだだったことを思い出した。

 時間的にはまだ夜のとばりが降りたぐらいだ。町の中心部に行けばまだ屋台も営業しているだろうか。食べに出てもいいが、また変な連中に絡まれるのも面倒である。一食ぐらいは我慢するか、とラミアは考えた時だった。

 扉がノックされ、行き覚えのある声が聞こえてきた。

「ラミア、居るか?」

「うん、ちょっと待って」

 ラミアは脱いでいたワンピースを着直してから鍵を開け、アルフを招き入れる。

「どうしたの?」

「夕食がまだだろ? 簡単な物だけど、ここで食べられるから一緒にどうかなって」

 詳しく聞けば、アルフが今の間に買ってきたパン、ここに備え付けの安い紅茶だけの、非常にシンプルなメニューでしかない。それでも何も食べないよりは遙かにましだった。何より、外に出なくて済むのはありがたかった。

「じゃ、ごちそうになろうかな」


 先ほど水をもらった台所から繋がる、小さなダイニングスペース。四人掛けのテーブルが二組あり、それでスペースがほぼ無くなるぐらいの広さだった。自警団はほとんどが外で食べて戻ってくることが多く、希に簡単な物を買ってここで食べるときにしか活用されない、とのことだった。

 紅茶は、ラミアがパンのお礼に淹れると言って、お湯を沸かす。紅茶の入れ方が上手なのか、安物でも充分おいしいものができあがった。

 紅茶を入れるようなものじゃ無いけどね、と笑いつつ木製ジョッキに紅茶を入れ、二人は空いているテーブルに着席した。

「じゃ、再会を祝して」

「乾杯♩」

 ごつ、と木製ジョッキをぶつけ合った。ティーカップではこれは出来ないな、と二人は笑い合い、改めて再会の喜びを分かち合うのだった。

「それで、これからどうするんだ?」

 アルフが問いかける。もちろんラミアの今後の方針についてだ。

「うん、アンナさんとこにしばらく住み込みで働きつつ、旅の資金を集めつつ、冒険者の資格を取るつもり。お金がまとまったら、デニアス方面に行こうかなって考えてるわ」

 アンナ・スニラフスカヤ。ラミアが幼少の頃からの知り合いで、ガーゴイルの襲撃で重傷を負ったときに手術を行った主治医でもある。魔法医と外科医の資格を持ち、ユニス王都で冒険者の宿『スニラフスキーの宿』を経営する女将だ。冒険者時代ではアルケミストとして活躍し、薬剤に関しても高い知識を持っている。彼女の娘となるアリーナとは、ラミアの弟やアルフ、そして彼の弟も含め、仲の良い幼馴染でもある。ただ。宿の立地はお世辞にも良くない。

「いや、最前線だろ。さっきの戦いは見たから大丈夫だとは思うけど、…危険じゃないかなぁ…」


 ユニス王国、王都ユニス。

 この国の生い立ち。

 元々、東を海に面した小さな村があった。一度魔獣に襲撃され滅んでしまった村だが、その後生き延びた村人が戻ってきて復興させた。その後、北の王国の支援もあって、村は町となり、やがて北の王国と西の王国の許可と支援を受けて、国となった。これがユニス王国の始まりとされている。

 北の王国との首都が割と近い事もあってか、ユニス王都は西南へと発展したため、国の象徴となる王城は結果的に北の端からほど近い場所となってしまった。しかしユニス王国が生まれてからこれまで、北の王国―――バース王国との関係はとても良く、一度として緊張状態になったことはない。南北およそ四フォーカイ、東西は北端と南端がおよそ一フォーカイ、最も膨らんでいる中心辺りが二フォーカイほどとなる。クロワッサンをイメージすると近いかもしれない。

 町の東側は、北側がユニスの軍港があり、そこには数隻の輸送船が停泊している。そのすぐ南に丘がある。この丘こそが、かつての村跡地で、現在では慰霊碑が建てられ、そして墓地となっている。丘の東側の海岸線は広い砂浜となっている。

 この地方では、昔から魔獣や魔物といった敵性生物は多く分布しており、それらの防衛のために城郭都市となった。が、人口が増えたことでこれまで二度の拡張が行われている。内側の城郭のほとんどは通行や土地拡張の妨げになるため取り壊しはされているが、門などの一部は歴史的価値があるものとして、そして発展記念碑として保存されている。

 この王都には大きな問題を抱えている。

 丁度一三年前となるガドネア歴九八五年五月、北のバース王国が魔獣・魔物の軍、いわゆる魔軍によって制圧されてしまった。魔軍はそのままユニスへも侵攻し、この王都が数年間にわたり奪われてしまったという歴史がある。

 その頃、アルフの家族達はラミアの故郷である聖龍島へ、戦禍を免れるために疎開してきたことで、ラミア達は知り合った。聖龍島は、このガドネア大陸からは船で半日、空飛ぶ魔獣や魔物でも容易にたどり着けないという立地であることから、疎開先に選ばれた。その他にも多くのユニス市民が避難してきた。その避難民の中に、スニラフスキー家も居て、幼子五人が出会うに至っている。

 魔軍がユニスを襲撃した際の被害は甚大で、王城北西部の地区は壊滅し、王城も制圧された。当時最高権威だったコール王、その妻ソニア王妃は最期の時まで徹底抗戦し、亡くなっている。

 疎開先で、彼らの息子であり、当時王子だったファーネルは、数年ほどの間雌伏の時を過ごし、そして多くの仲間と共に戦い、王都を奪還するに至っている。

 ただ、内政に関わる多くの建物が占領時に損壊しており、政治基盤の立て直しが思うように進んでいない。また最初に壊滅した、北西地区に住んでいた裕福層達のほとんどが、避難先の地方都市などにて家を購入し、そちらに住まいを移してしまったことで経済がうまく回っていないこともある。

 アルフが最前線と話した最大の理由は、こうだ。

 バース王都を制圧している魔軍は、今もなおユニスに対し威力偵察を行っている。その数は五〇だったり一〇〇だったりと、無視することは出来ないが中途半端という数で、もう嫌がらせとしか言いようが無い。そして時折、空飛ぶ魔物をここに混ぜてくることもあるのだ。多くは城郭を越えるまでにたたき落とすのだが、数が多かった場合は食い止めきれず、王都北部上空での戦闘に発展してしまう。倒した敵が落ちてきたり、或いは魔法攻撃の流れ弾が落ちてきたりと、危険が多い。

 そういった事情を抱えるため、一般市民は北部にはほとんど住んでおらず南に集中し、代わりに仮住まい宿住まいの冒険者や傭兵が多く住んでいる。そんな歪に二分化された町となっていた。

 冒険者と傭兵は、基本的にお金で雇用されて仕事をするという点では共通するものの、力なきものに代わり正義を念頭に活動する冒険者と、金さえあれば何でもするという傭兵とでは折り合いが付かない事が多く、いざこざも絶えない。

 本来であれば、国の警備は職業兵士が行うのだが、その絶対数が足りないため、已むなく冒険者や傭兵を雇い入れており、民間人を巻き込まない限りは目を瞑っている。

 ラミアが向かおうと考えているスニラフスキーの宿は、王城のすぐ近くにあり、最前線なのだ。アルフが心配するのは当たり前である。

「うーん、大丈夫だと思う。アリーナも元気にやってるって話だし」

 アリーナ・スニラフスカヤ。アンナの娘である彼女は、宿の看板娘である。年齢はラミアの二つ年下だ。女将のアンナは、かつて冒険者だったこともありそれなりに強いが、娘のアリーナは戦闘訓練は殆どしたことがないため、戦闘能力は皆無と言って良いだろう。それでも聞く限りは、元気で過ごしているという。

 実のところ、これは宿あるあるとも言えよう。

 冒険者の宿の女性という存在は、常連客の癒やしであり、紳士協定のもと手厚く守られていることがほとんどだ。特にアリーナのような若い看板娘がいると、それだけで彼らのモチベーションとなっている。町に魔獣や魔物が入り込んでしまったら守ってやろうとなるし、不埒な男がアリーナに近づけば、完膚なきまでに叩き潰す。そういった意味においては、アリーナは確実に守られていると言えよう。

 そこに、別の女性客が泊まるとなると、色々欲求不満になっている不埒な男が声をかける可能性はある、いや高い、いやほぼ確実と言っても良いだろう。特にラミアはもう一月もすれば結婚できる年齢に達する。餓えた男どもは何故かそういった情報にはめざとい。ラミアが滞在するのと、看板娘とは事情が違うのだ。そこに加え、ラミアは島の村人間故、そう言った細かい部分は割と気づいていない。そうした連中に声をかけられることが、アルフにとっての一番の懸念事項だ。

 再会していきなり彼女の計画を否定するのもどうかと考え、一つの案を考えた。

「出発はいつだ?」

「うーん、実は決めてない。ユニスへの馬車便が不定期って聞いてるから、タイミング次第かな」

「じゃ、そのときに一緒に行こう。どのみち俺もユニスの冒険者協会に報告しに行かなくちゃダメだしね」

「…うん、ありがと」

 ラミアは、ユニスについては、この通り知らないことが多い。自分よりよく分かっているアルフが同行してくれることは嬉しく感じるのだった。アルフの懸念など一切気づかず。


 翌日。馬車の発着場にて次の便の日程を聞き、予約を入れた。出発は二日後。行程はおよそ一〇時間。日の出と共に出発し、何事も無ければ日の入りぐらいに到着する。当日までの宿泊先も、なんとか確保することが出来た。

 二人は冒険者協会を訪れる。この町でも登録が出来ないかを尋ねると、可能という回答は得られた。ただ、筆記試験は週に一度であること、その日程が予約した馬車便の後日が最短となっていたこと、加えて実技はそれなりに期間がかかることもあるため、日程に余裕があった方が良いとのことだった。王都でも登録はできるし、時間はしっかりととれるはずなので、この町で無理に取得する必要は無いと結論を出し、今回は見送ることにした。

 二人でパルスの街を歩きながら、ラミアは改めてこの町の地図を頭に入れていく。

 ガドネア大陸最南東に位置するこの町は、南と東側が海に面しており、大きな港があるのが特徴だ。その港の北側には大きな広場があり、大きな海運商会が軒を連ねている一角がある。広場は大量の商品を取り扱うためにできたような物で、この広場を起点に、ガドネア南部横断街道、ガドネア東部縦断街道が延びる。西はガドネア西端のデニアス王都まで、北はユニス王都やバース王都を通って、カンターレルと呼ばれるガドネア大陸北端の町まで伸びる。そうした背景により、港町パルスは古くからユニス王都よりも交易が盛んであり、賑わってる。

 町は、この大きな広場と目抜き通りを隔て、東西及び南北で地区ごとに特色が大分違う。

 広場から南東部は港湾関連の施設が立ち並ぶ。そして海運商会が、波止場から直接軒を連ねている。南西側は、古くから漁師が住まう地区である。道は細く複雑に絡んでおり、一見さんは迷うこと間違いなし、という有様だ。これはかつてここが漁村だった頃の面影が残る地区でもあることから、意外に観光名所でもある。

 広場の北東側は、漁師達が捕った魚や、町の北部で収穫された食材、冒険者達が捕らえた魔獣肉などをそのままの状態だったり、加工されて売られるような市場が軒を連ねる。町の食材はほとんどがこの界隈で販売されていると言っても過言ではないだろう。

 広場の北西側は、住居が多く並ぶ。目抜き通り周辺、市場や漁師町が近い辺りは、やはり古い町並みが残っている関係で入り組んでいる。更に北西に行けば、東西南北に等間隔で区画整備された、閑静な住宅街となっている。この辺りは、王都から逃げてきた裕福層が家を建て移住した界隈である。元々は畑が多くある区画だったが、丁度土も痩せてきていた頃合いだったたこともあって、宅地化された。農地は宅地の外側に移動となったが、肥沃な土地は増えた人口を大きく上回る収穫量を確保している。

 広場の東側の一部、港と市場の間は、明らかに様相が違っていた。不自然なぐらいに広い場所が確保され、様々な建築用材が積まれ、放置されていた。

 長い長い鉄の延べ棒が乱雑に積まれ、海風のためかそれらは錆が付いている。港に面した場所では、それらは二本を同じ幅で並べられ、市場の東側、それこそ海岸沿いへと続いていた。さながら、鉱山で使用されているトロッコのような様相だった。

 アルフ曰く、トロッコのようにゴンドラを走らせるのでは無く、特別に改造した馬車を走らせるという壮大な計画が進められているとのことだ。しかし国の予算は、戦後の復興と防衛費等に当てられているため、このあたりの事業は現在中断しているという。これが完成すれば、馬車を何台か連結して走らせることが出来、しかも馬の数を減らしつつ速度アップが図れるという。王都とパルスの所要時間は半分以下に減り、一度で運べる人や荷物は今の数倍にもなる、とのことだった。

 技術的には、見たまま鉱山のトロッコを発展させたものだが、運ぶものが人や大切な荷物へと変わるため、それらの安全を確保するための技術開発、そして鉄の延べ棒、つまりは鉄の道を作成する材料、及びそれらを設置するための予算が回らなくなり、今に至るという。最終的には、バース王都から魔軍を蹴散らし、東部街道をこの鉄の道で継ぐというのが計画である。

 ラミアは、まるで夢物語みたいだね、と笑うのだった。


 大広場では、様々な市が開かれていた。立ち食いできる簡単な料理や食材などの販売、地方の物産などがその大半だった。ラミアは串焼きを二つ買って一つを頬張り、もう一本をアルフに渡す。

 アルフは久しぶりの休日を、ラミアは馬車便までの暇つぶしを堪能するのだった。




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