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第一話

 何気ない一日が始まった。中学生になったばかり、十二歳の一ノ瀬(いちのせ)(あゆむ)は無造作にベッドから起き上がった。その日の天気は曇りであり、今にも雨が降り出しそうな、どんよりとした日だった。歩は親の仕事の都合で、大きな町から小さな田舎町に引っ越してきたばかりだ。友達もいない知り合いもいない田舎町の学校は、小学生のころに親しんだクラスメートと別れたばかりの歩にとって、辛いものだった。


 もともと引っ込み思案であり、自分に自信なんてなかった。友達作りは特に苦手であり、小学校ではほとんどがただのクラスメートだった。それでも、名前も顔も知らない人たちに囲まれての中学生活は苦痛でしかなかった。


 中学校は今時珍しい古びた木製の校舎で、数年後には建設中の中学校に移転し、校舎は廃校になるという。そんなくたびれた校舎で、歩は独りぼっちだった。


 一番苦手な授業は体育と音楽だった。ペアを組むことが多く、引っ込み思案の歩にとって、一番の苦痛でもあった。


「一ノ瀬さん、聞いていますか」

「…………」


 黙って何度も頷くと、クスクスという笑い声が響いてきた。顔を真っ赤にした歩は先生の顔を見ることが出来なかった。うつむき、そして目を閉じて授業が終わるのを静かに待とうと決めた。


「それでは、次の曲を聞いてみましょう」


 先生がこれまた古いCDを取り出し、CDプレイヤーにセットする音が聞こえて来た。音楽の授業の大半はペアを組み、リコーダーの演奏をすることだったが、そのおよそ半分は音楽鑑賞であった。歩はじっと下を見つめたまま、時が過ぎるのを待っていた。


「……であるから、…………です」


 先生の言葉も、ほとんどが頭をすり抜けていった。CDが掛かると、軽快なリズムではなく、しっとりとした音色のピアノ音が聞こえだした。曲名は先生の話を聞いていなかったためにわからないが、音は雨粒のように滑り落ちていく。


「フレデリック・ショパンの『24の前奏曲』という作品28の一曲、第15番変ニ長調の通称『雨だれ』と言われている曲です」


 不意に、先生の言葉が聞こえてきた。今日という日に合わせたような雨音が、その曲をより一層引き立てていくようだった。雨足が強くなると、曲も強くなっていく。音楽の事はよくわからないが、低音の重厚感のある音と高音の音の連続は雨粒のようであった。


 音は静かに落ちると、先生がCDを止めた。


「ショパンの両親はフランス人とポーランド人であり、両国間を行き来していました」


 歴史に興味のなかった歩にとって、フランスとポーランドがどこにあるのか、まったくわからなかった。多分ヨーロッパだろうなという安易な考えが浮かんでは消えていく。


「彼には、『ピアノの詩人』の愛称があります。まるで詩人のような曲を作曲していきました」


 なるほど。と歩は思った。感情表現豊かな曲は、まるで詩のようであった。

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