表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

真実の愛とは何でしょう

作者: 錆猫てん

 王立アカデミーの大講堂は、朝の光を静かに受け止めていた。


 白大理石の床には柔らかな輝きが広がり、天井から吊られたシャンデリアの光が、ゆるやかに空気を揺らしている。


 祝儀のために集められた人々の気配はまだまばらで、その広さと静けさが、これから始まる儀式の重みを際立たせていた。


 ──今日、この場所で、ひとつの結び目が作られる。


 卒業式と同時に、王太子フランツ・ノイシュヴァンと、ストリアーテ公爵家の令嬢レティア・ストリアーテが正式に婚約を交わす。


 幼少の頃から、王家と公爵家との間で決められていた政略婚。

 とはいえ、国家の安定を支える大きな意味を持つ縁組であり、今日の式典はその象徴でもある。


 ──そのはず、だった。


 レティアは、講堂の中央に設えられた白い階段のそばで静かに立っていた。


 緊張はしていない。

 ただ、これまで歩んできた日々が終わり、新しい未来が始まるという静かな覚悟を抱いていた。


 父であるストリアーテ公爵は、列席者席で微かな笑みを浮かべている。

 周囲の貴族たちからも、期待と祝福がこもった視線が向けられていた。


 ──祝福されるはずの場。


 それが、このあとどれほど冷たい沈黙に塗りつぶされるのか、このときのレティアはまだ知らなかった。


***


 大講堂の裏手で、フランツ・ノイシュヴァンは、自分の胸の内を整えようとしていた。


 隣には、金色の髪を揺らす少女──リリィが立つ。


「フランツさま……今日、本当に……?」


「ああ。今日でなくてはならないんだ」


 彼の瞳には、使命感ではなく、不自由を嫌う子供のような焦りが宿っていた。


 フランツは──いつからか政略婚が嫌だった。


 国のために結婚相手を選ぶ?

 家を支えるために愛を捧げる?


 そんなものは窮屈で、冷たく、息苦しい。

 彼はそれを“間違い”と決めつけていた。


 けれど、自分が王太子として何を負わねばならないのか。

 自分の選択が国にどう影響するのか。

 そういった責任は、彼の心から常にするすると逃げていった。


 ただ自由でいたかった。

 ただ、自分の心のままに生きたかった。


 だから──


(今日、彼女との正式な婚約が結ばれてしまえば、もう後戻りはできない)


 その前に、この婚約を無かったことにする必要があった。


 レティア・ストリアーテは聡明で冷静な令嬢だ。

 彼女は感情より理性を優先し、礼儀ある態度で王家を立てる。

 多少のことで動揺したり、取り乱したりすることはない。


 逆に言えば──空気を読み、その場での反撃は、ない。


 フランツは、今日の計画に“都合の良い令嬢”を必要としていた。

 そして、彼は迷いなくその候補としてリリィを選んだ。


(リリィなら、俺の言葉を疑わない。彼女が泣けば皆が味方する。

 今日、利用するには都合がいい……)


 そして婚約破棄さえ成立すれば、──邪魔になれば切り捨てればいい。


 少し前から、何人かの令嬢と甘い時間を過ごしてきたが、誰を選ぶつもりもなかった。


 その程度の計算だった。


「真実の愛を選ぶのだ。私は、自分の心に正直に生きるべきなのだ」


 フランツは自分の言葉を、さも正義であるかのように信じていた。


 それが、どれほど浅く、残酷な自己正当化であるか気づかずに。


***


 卒業式の最中、フランツは壇上に立った。


 レティアのすぐ前。

 白大理石の階段の上、光を浴びた場所で。


 そして──言った。


「……すまない、レティア。私は真実の愛に気付いたのだ……」


 一瞬、時が止まったような静寂が訪れる。


「両家の婚約の約定は、本日をもって白紙とする。」


 大講堂が揺れた。

 扇子が止まり、誰かが息を呑み、父公爵の表情が崩れ落ちた。


 ──今日、この場で?


 正式婚約の儀式の、その直前に?


 レティアの胸が、きゅ、と痛む。


 覚悟はしていたはずだった。


 だが、今日という日を選んだこと。

 皆の前で、わざわざこうして言ったこと。


 その冷たさに、静かな痛みが落ちる。


「フランツ様、どういう……」


 自分の声が、驚くほど落ち着いていることに気づきながら、レティアは問いかけた。


 答えたのは、隣の少女。


「ごめんなさいお姉さまっ! フランツさまを責めないで……!」


 リリィの声は涙で震えていた。


 だが、その瞳に浮かぶ光は──罪悪感ではない。


 "選ばれた" 喜びだった。


「わ、私……フランツさまとの真実の愛に気づいてしまったの……!」


 講堂がざわりと揺れた。


 レティアの胸の奥で、何かが静かに崩れる。


(……真実の、愛?)


 その言葉は、幼い頃にフランツが笑顔を向けてくれた思い出とは程遠い、

 あまりにも軽い響きだった。


「そう……あなたは、リリィを選ばれるのですね」


 レティアは静かに言った。


 怒りではない。

 悲しみでもない。


 ただ──深い、静寂の色を宿した声だった。


「すまない」


 フランツは眉を寄せ、視線を伏せた。


 その姿が、かつて好ましいと思った少年の面影を持っていることが、

 レティアには皮肉に感じられた。


 ほんの少しだけ、胸が痛んだ。


(……この方は、あの頃から何も変わらなかったのかもしれない)


 婚約を拒むために、今日という日を選んだこと。

 その残酷さに、レティアは静かに悟る。


「……承知いたしました」


「お姉さま……! ありがとう!」


 リリィが嬉しそうに涙を流す。

 その顔を見ながら、レティアは静かに目を伏せた。


(リリィ……あなたは、殿下の言葉を信じてしまったのね)


 浅い恋。

 幼い心。

 優しい言葉ひとつで揺らぐ脆さ。


 その全てが、レティアには痛々しく見えた。


「……最後に、一つだけお伺いしても?」


 静かな声が、講堂に落ちる。


 巨大な空間は、再び息を潜めた。


「真実の愛とは──何でしょうか?」


 光の粒が、動きを止めたかのように見えた。


***


 レティアの問いかけが落ちた瞬間、大講堂はまるで時間そのものを止めたかのように静まり返った。


 光は差しているのに、冷たさだけが広がる。

 さざめいていた貴族たちの扇子の羽音も止まり、誰もが次の言葉を待っていた。


「……真実の、愛……」


 フランツは、先ほどまでの自信に満ちた表情をわずかに崩し、ぎこちなく答えようとした。


「君にはわからないかもしれない……政略ではなく、互いの心が惹かれ合う──」


「政略であっても、心が通うことはございますわ」


 レティアの声は、凪いだ湖面のように静かだった。

 フランツは、その静けさに一瞬気圧される。


「……お姉さま!そ、それは……」


「リリィには聞いておりません。少し黙りなさい」


「……っ」


 妹をたしなめる声は柔らかい。

 しかし、その柔らかさがかえって容赦なくリリィの胸を刺した。


 リリィは両手で胸元を押さえ、震える声で呟く。


(お姉さま……どうしてそんな顔で……?

 私は……私はただ、殿下と……)


 彼女の涙は、恋の痛みよりも、

 "姉に叱責されたこと" への幼い動揺のほうが強かった。


 レティアは視線を戻し、フランツをまっすぐに見据えた。


「殿下。先日も諫言申し上げましたわ。

 ──真実の愛など、軽々しく口にするものではない、と」


 フランツは口を開きかけ、閉じた。

 反論が浮かばない。


 その時だった。


「──でしたら、わたくしからも一つ、お伺いしてもよろしいかしら?」


 清らかで、しかし凛とした声が講堂の扉のほうから響いた。


 視線が一斉に向く。


 ローザンヌ・アムレード侯爵令嬢。

 燃えるような赤い髪を揺らし、毅然とした姿で講堂へ歩み入る。


 その後ろには、茶髪を優雅にまとめたマリー・オルヴァ伯爵令嬢、

 控えめな装いのソフィア・シグルズ男爵令嬢が続いていた。


 フランツの顔色がみるみるうちに蒼白になった。


「ど、どうして……?」


「レティア様に、お話ししたいことがございましたので」


 ローザンヌは扇子を閉じ、軽やかに笑った。

 その笑みに情念はないが、冷たい光が宿っている。


「フランツ殿下」


 ローザンヌが一歩前へ進む。


「あなたはわたくしに“真実の愛を信じてほしい”と仰いましたね」


「ローザンヌ……違う、あれは……!」


「わたくしにも」


 マリーが続く。


「“身分よりも心で選びたい、マリー。君は特別だ”と」


「……わ、わたしも……」


 ソフィアは震える指先で胸元のペンダントを握った。


「“ソフィアだけは誰より大切に思っている”と……」


 会場がどよめきに包まれた。


「なっ……!」


「三人に “同じような” 台詞……?」


「しかも同じペンダントを……?」


 三人は、まるで打ち合わせていたかのように胸元を見せる。


 ──青い宝石のハート型ペンダント。


 中央の石の色、銀の縁の彫り、チェーンの長さまで、

 どれも完全に一致している。


 講堂の空気が嘲りに近いざわつきで満ちていった。


「あら……?

 殿下が“真実の愛”を捧げたお相手は、一人ではなかったようですわね」


 ローザンヌの言葉に、リリィの顔から血の気が引いた。


「そ、そんな……フランツさま……うそ……?」


 リリィの頭の中は混乱していた。


(だって……だってフランツさまは……

 わたしに“特別”だって……!

 それは、わたしだけの……!)


 しかし、三人の令嬢の胸元で同じ宝石が光っている。


 それは、彼女の“真実の愛”という幻想を容赦なく砕いた。


 フランツは必死の形相で弁明しようとする。


「これは、その……違う! 誤解だ! これは……!」


「殿下」


 レティアが、静かに口を開いた。

 穏やかだが、声の芯に鋼のような硬さがあった。


「“昨日”はローザンヌ・アムレード侯爵令嬢と庭園を。

 一昨日はマリー・オルヴァ伯爵令嬢と温室を。

 その前はソフィア・シグルズ男爵令嬢と小川のほとりを──」


 講堂が再びざわめいた。

 誰よりも驚愕しているのは、リリィだった。


「フランツさま……本当に……本当にそんな……?」


「ち、違う! これはその……!」


 フランツは言葉を探すように口を開閉し──

 ついに、何も発せなくなった。


 ──空白。


 その沈黙を破ったのは、低く威厳ある声だった。


「──フランツ」


 講堂後方から響いた声は、重く、広い空間を一瞬で支配した。


 貴族たちが左右に分かれる。


 現れたのは、この国の王。


 白髪混じりの髪と深い威厳を湛えた瞳。

 その場に立つだけで、空気が張り詰めた。


「事の次第、すべて聞いた」


「……父、上……」


 フランツは膝をつき、震えていた。


 王はゆっくりと壇上に上がり、息子を見下ろす。


「政略婚を否定すること自体は自由だ。

 だが──そのために他者を利用し、責任を放棄する者に王太子の資格はない」


「……っ」


「真実の愛を口実にし、複数の令嬢を欺き、

 挙句の果てに式典の場で婚約破棄とは……この国の恥である」


 会場にひれ伏すような沈黙が落ちた。


 王は次にレティアを見た。


「レティア・ストリアーテ」


「はい、陛下」


 淑女としての礼を崩さぬまま、静かに頭を垂れた。


「今回の件、お前は冷静によく対処した。……辛い思いをさせてしまったな」


「もったいなきお言葉にございます」


 レティアは、そっと目を伏せた。


 それ以上の言葉を求めたわけではない。

 たった今、自分が失ったものの大きさを思えば、慰めの言葉など、むしろ重すぎる。


 それでも、王のその一言は、確かに彼女の心を支えていた。


「フランツ」


 再び、厳しい視線が王太子へ向く。


「お前には、王太子としての資格をいったん返上してもらう。

 しばらくは謹慎し、自らの行いをよく省みるがよい」


「……うぅ」


 その場にひざまずく息子の姿に、国王の表情は苦しげに歪んだ。

 だが、決定を覆すことはない。


 静寂の中、国王はレティアへと向き直る。


「レティア。先ほどの言葉を、聞かせてもらえぬか」


「先ほどの……?」


「“真実の愛とは何か”──そう、問うておったな」


 レティアは、ほんの少しだけ唇を引き結んだ。


 自分の問いを、王までが覚えていたことに驚きながらも、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「わたくしには、まだ、それが何かを断言することはできません」


 正直な答えだった。


「けれど……」


 ほんの少しだけ、視線が柔らいだ。


「一人の方と、時間を重ね、言葉を交わし、傷つきそうになっても向き合おうとする覚悟……そのようなものではないかと、思っております」


 ローザンヌ、マリー、ソフィアが、それぞれ胸元のペンダントを見下ろした。


 リリィは、ぼろぼろと涙をこぼしながら、その場に崩れ落ちている。


「少なくとも、昨日、今日とお相手を変えながら、同じ言葉と同じ贈り物を繰り返すことでは、ないように思えます」


 やわらかな声音でありながら、その言葉は鋭い刃のように真実を切り裂く。


 会場の人々は、誰も笑わなかった。


 そこにあるのは、ただ一人の令嬢の、静かな決別の宣言だったからだ。


「……レティア」


 国王が深く息を吐く。


「お前には、相応しき未来が訪れることを、心より願っている」


「ありがとうございます、陛下」


 レティアは、静かに一礼した。


 その背筋は、少しも曲がっていない。

 婚約者を失い、妹に裏切られた少女とは思えないほど、凛としていた。


 ──きっと、いまこの瞬間だけは。


 誰もが彼女こそ“王妃にふさわしい”と思っていたに違いない。


***


 人々の視線から解放されたのは、それからしばらく経ってからだった。


 講堂を出たレティアは、静かな中庭の片隅で立ち止まる。

 春の風が、花々の香りを運んでくる。


「……お嬢さま」


 幼さの残る従僕が不安げに見上げる。


「本当に、よろしかったのですか」


「ええ」


 レティアは微笑んだ。


「よかったのです。ああして、終わらせることができて」


 本当は、もっと静かに幕を下ろすつもりだった。

 王宮と父のために、騒ぎを最小限に抑える道も考えていた。


 だが、フランツが“真実の愛”という言葉を、公衆の面前で掲げた瞬間

 ──それは、もう彼一人の問題ではなくなってしまった。


 政略を否定するくせに、責任からも逃れようとする、その在り方を。


 放置するわけにはいかなかった。


 だからこそ、静かに問いを投げかけたのだ。


「……真実の愛、ですか」


 従僕が、ぽつりと呟く。


「そうね」


 レティアは、青い空を見上げた。


「わたくしには、まだよくわからないわ」


 幼い頃から、政略のために育てられてきた。

 国のため、家のため、王太子のため。

 自分の感情よりも優先するべきものが、いつだっていくつもあった。


 それでも。


「いつか、どこかで出会えたらいいと思うの。

 わたくし自身が、誰か一人を大切にしたいと思えるような、そんな関係に」


 ふっと、肩の力が抜ける。

 講堂で固くなっていた表情が、ようやくほどけていくのを感じた。


「さあ、帰りましょうか。父も、今日は疲れているでしょうし」


「はい」


 二人が歩き出そうとした、そのときだった。


「あの──」


 背後からおずおずとした声がかけられる。

 振り返ると、そこには見慣れぬ青年が立っていた。


 栗色の髪を後ろでまとめ、質素だがきちんとした礼服をまとった青年。

 胸元には、小さな紋章が光っている。


「失礼いたします。レティア様でいらっしゃいますね」


「そうですが……?」


 レティアが首を傾げると、青年はやや緊張した面持ちで一礼した。


「辺境伯領より留学中の、ハルト・テセウスと申します。本日は、講堂でのご対応……拝見しておりました」


 ああ、とレティアは内心で頷く。


 たしか、成績優秀者として何度か名前を見たことがある。

 けれど、直接言葉を交わすのは初めてだった。


「ご挨拶が遅れました。わたくしは──」


「レティア様のお名前は、存じ上げております」


 ハルトは少し照れたように笑う。


「いずれこの国の王妃になられる方だと……ずっと、そう思っていました」


「……そうですか」


 思いがけない言葉に、レティアはわずかに目を伏せた。

 その肩の揺らぎを見て、ハルトはあわてて首を振る。


「失礼を……。あの、その……」


 言葉を探すように、彼は掌をぎゅっと握りしめる。


「先ほど、真実の愛についてお話しされていましたね」


「ええ」


「もし、いつか……」


 青年は顔を上げた。


 その瞳は、真っ直ぐで、どこまでも誠実だった。


「いつか、レティア様が“誰か一人を大切にしたい”と思われたとき。その候補の片隅に、私のことを置いていただければ……これ以上の光栄はありません」


 従僕が「ひゃ」と小さく変な声を上げた。


 レティア自身も、さすがに目を瞬かせる。


「初対面で、なんてことを言うんだお前は」と、彼自身が一番驚いているようにも見えた。


 だが、その顔は、恥じ入りながらも、一歩も退いていなかった。


 ──真実の愛。


 レティアは、ほんの少しだけ唇を綻ばせた。


「そうですわね」


 春の風が、花びらをひとひら舞い上げる。


「わたくしが本当に誰かを大切にしたいと思えたとき、その方はきっと、今日のあなたのように、真っ直ぐに言葉をくださるのでしょうね」


 その答えは、期待とも、約束ともつかない。


 けれど、ハルトはそれを拒絶とは受け取らなかったらしく、安堵したように笑った。


「はい。そのときまでに、少しでも恥ずかしくない人間になっておきます」


「ふふ。それは、楽しみにしておりますわ」


 ほんのわずかな会話だった。


 それでも、張りつめていた心に、小さな灯がともるのをレティアは感じていた。


 真実の愛が何かは、まだわからない。

 けれど、それを口実に誰かを傷つけることと、

 誰かを大切にしようとすることの違いだけは、はっきりと知っている。


 今日、婚約は終わった。


 妹との関係も、すぐには戻らないかもしれない。


 けれど──


 それでも、人生は続いていく。

 真実の愛と呼べるものを、いつかどこかで見つけるために。


 レティアは、空を仰いだ。


 高い青の向こうに、きらめく光が見えるような気がした。


「さあ、今度こそ帰りましょう」


「はい、お嬢さま」


 従僕とともに歩き出しながら、彼女はふと、今日の出来事を振り返る。


 “真実の愛”という言葉は、きっとしばらく社交界の笑い話になるだろう。

 けれどそれで構わない。


 あの場で本当に笑われていたのは、言葉そのものではなく──

 それを軽々しく使った者の浅はかさだったのだから。


 レティアは、そっと胸に手を当てた。


 そこにある鼓動は、先ほどよりも少しだけ軽い。


 真実の愛の行方は、まだ見えない。

 だが、少なくとも一つだけ確かなことがある。


 ──今日、わたくしが守りたかったのは、自分の心の尊厳だったのだと。


 静かな確信とともに、レティアは歩みを進めた。

 新しい物語の、一歩目へと。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

評価、感想を頂けるととても嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
色んな物語で真実の愛は安売りされて居ますからね・・・。 立場を失ったり相手が化け物に成っても、変わらずに 愛し愛されるのなら真実の愛と言えるじゃ無いのかな?。
他の令嬢は他家だからともかく、リリィはその後どうなったのでしょうか? 普通に考えたら家族内でも腫れ物扱いか、修道院送りで縁切りで始末をつけそうですが。(そうしないと家にまで飛び火する)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ