第二話 絶望
二度と聞きたくなかった言葉の数々。
それを我が子から浴びせられた彼女は今何を思っているのか…。
「失礼致します、マヤリィ様。ルーリにございます。畏れながら、参上致しました。お身体のお具合はいかがでしょうか…?」
マヤリィの部屋の前でルーリが跪く。ドアが開くのをいつまででも待つつもりだった。
しかし、待ち時間はなかった。
「ルーリ…!入って頂戴」
「はっ!失礼致します」
マヤリィの瞳は涙に濡れていた。今もあふれ出る涙が頬を伝ってゆくのが見える。
「マヤリィ様…!」
ルーリはそれ以上何も言わず、彼女を強く抱きしめた。
「ルーリ……私……」
マヤリィの涙は止まらなかった。
「頭痛が、治らないの……」
「まさか王子様があのような発言をなさるとは思いもよりませんでした。ロングヘアのマヤリィ様をご存知ないはずの王子様が、なぜあんなにも…」
髪をベリーショートにすると言ったマヤリィに物凄い勢いで抗議した王子。それを思い出し、ルーリは胸を痛める。
「娘が短髪にすると言えばなぜか父親は悲しむ。母親が短髪にすると言えばなぜか息子は悲しむ。…私はここでも許されないのね……」
マヤリィはそう言いながら涙を拭くと、
「けれど、いつまでも泣いていたって仕方ないわね。…ルーリ、来てくれてありがとう」
「マヤリィ様…!」
「付き合わせて悪かったわ」
「とんでもないことにございます。私は貴女様のお傍にいられるだけで幸せです。どうか、これからも貴女様の側近としてお傍近くでお仕えすることをお許し下さいませ」
ルーリは跪き頭を下げる。
「ええ。決して私から離れないで頂戴」
マヤリィはようやく笑顔を見せた。
かと思うと、真面目な顔で命令を下す。
「ルーリ、今からシロマに念話を送って頂戴。あの子を眠らせてプリンスルームに連れて行き、見張っているようにと伝えなさい。…そして、ジェイをここに呼ぶのよ」
「はっ。畏まりました、マヤリィ様」
ルーリはすぐに念話を送る。
《こちらルーリ。緊急事態ゆえ、私からマヤリィ様の命令を伝える。速やかに行動してくれ》
《こちらシロマにございます。ルーリ様、いかがなさいましたか?》
ルーリは主の命令を伝えるとともに、マヤリィと王子の間にトラブルがあったと話した。
《了解致しました。すぐに参ります》
詳しい話を聞く余裕はなかったが、緊急事態とのことでシロマはすぐにジェイの魔力を辿って転移した。
(『透明化』)
シロマは素早く姿を消すと、ジェイに念話を送る。
《こちらシロマにございます。ジェイ様、私は現在お二人のすぐ後ろにおります。マヤリィ様のご命令により、参上致しました》
《…そうか。マヤリィが僕を呼んでいるんだね?》
《はっ。今から『透明化』を解いて王子様に話しかけますゆえ、その間にジェイ様はマヤリィ様の元へ行って下さいませ》
《分かった。後は頼んだよ》
その瞬間、シロマは『透明化』を解除し、偶然を装って二人に近付く。
「ジェイ様、王子様、このような場所で遊んでいらしたのですか?」
シロマの言葉に王子は振り向く。
「誰かと思えばシロマではないか。…さっき、僕は初めてヘアメイク部屋に行ったんだ」
「そうでございましたか。私も…実は王子様と同じなのですよ」
そう言ってシロマがウィンプルを外すと、坊主頭があらわになる。
「シロマ…!君は女の人なのに、丸坊主なのか…!?」
「はい。こういう女もおります」
王子がシロマとの会話に夢中になっている隙にジェイは『転移』した。
そして、シロマは睡眠魔術を発動する。
「…申し訳ございません、王子様。されど、私にとってマヤリィ様は誰よりも大切な御方でありますゆえ、貴方様にはしばらく眠っていて頂きましょう」
シロマは眠りに落ちた王子を抱き上げて、プリンスルームに移動する。
「大丈夫ですよ。私が傍におりますから」
王子はシロマによく懐いている。何かあれば回復魔法も使えるし、彼女が一緒にいてくれれば安心だとマヤリィは考えたのだろう。
《こちらシロマにございます。全て完了致しました。こののちはプリンスルームにて待機させて頂きます》
与えられた任務は完了したものの、シロマはマヤリィのことが心配で落ち着かなくなってきた。
(ルーリ様の声は切迫していた。そして、マヤリィ様はジェイ様を呼んでいらした。…これはマヤリィ様が精神的に苦しんでいらっしゃると考えるべきですね…)
シロマは考える。
マヤリィの『双極性障害』はまだ寛解していない。この世界の白魔術では治せないのだ。
(なぜ、私は一番大切な御方を癒して差し上げられないのでしょう…)
改めてマヤリィの病の重大さを思い知らされ、シロマもまた胸が締め付けられるようだった。
マヤリィが自分の長い髪を嫌う理由に関しては、これまでの作品で語られてきた通りです。
過去に自分を苦しめた言葉の数々が、我が子の口から飛び出すという絶望。
しかし、今のマヤリィには味方が沢山います。




