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流転の國 vol.5 〜愛憎のParallel world〜  作者: 川口冬至夜


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2/17

第一話 地雷

「お母様!!」

会議が終わり、玉座から立ち上がった母を見て、真っ先に飛び出す王子。御歳5歳。

マヤリィとジェイの間に生まれた子供である。

「今日は僕の傍にいて下さいませ!お母様は気付くとどこかへ『転移』してしまわれるから…」

王子はまだ『転移』が使えない。

「ふふ、ごめんなさいね。…では、今日は一日貴方と一緒に過ごすことにしましょう」

「本当ですか!?わぁい!!」

そう言って喜ぶ王子を抱き上げ、マヤリィは玉座の間を出る。

一方、残されたジェイは、

「やっぱり僕じゃダメなのかな…」

「母上様が恋しいお年頃なのですよ、きっと」

シロマにフォローされていた。


「あら、ルーリ」

王子を抱いたまましばらく城の中を歩いていたマヤリィは、潮風の吹くカフェテラスで一人コーヒーを飲むルーリの姿を見つける。

「マヤリィ様!それに王子様もご一緒でいらっしゃいましたか」

そう言って跪くルーリに、

「ルーリ、君は今日も美しいな」

王子が声をかける。御歳5歳。

「勿体ないお言葉にございます、王子様」

ルーリはそう言って王子の顔を見ると、マヤリィによく似た瞳が嬉しそうに輝いている。透き通るような白い肌といい、さらさらとした絹糸のような美しい黒髪といい、王子というより姫と呼びたくなる見た目をしている。

(さすがはマヤリィ様の御子様…お美しい…)

王子を抱いたマヤリィ。

それだけで絵になってしまう。

「今日はお二人でお過ごしなのですか?」

「ええ。玉座の間でこの子に捕まってしまったの。転移する暇もなかったわ」

マヤリィが微笑む。

「お母様は今日一日僕と過ごされることになっているが、ルーリさえ良ければ一緒に遊ばないか?」

ルーリを誘う王子。御歳5歳。

「有り難きお言葉にございます、王子様。ぜひ、ご一緒させて下さいませ」

《ルーリ、本当に大丈夫?休憩中だったのでしょう?》

《はっ。常にマヤリィ様のお傍近くに仕えることが私の使命であり極上の幸せにございます。それに、本日は何と言っても王子様からのお誘いですので…》

《それなら良かったわ。ありがとう、ルーリ》

二人は『念話』で会話する。

王子はまだ『念話』が使えない。

「ところで、今日貴方が何をしたいのか聞いていなかったわね。私と一緒に魔術の訓練でもしたいと言うのかしら」

マヤリィの耳飾りが揺れる。

「い、いえ、訓練は結構でございます!…実は髪を切りたいと思っておりまして…お母様に一緒に来て頂きたかったのです」

「髪?」

王子の柔らかい髪は肩につくかつかないかの長さまで伸びている。

「ヘアメイク部屋に行きたいの?」

「はい!お許し頂けますか?」

「勿論よ。一緒に行きましょう」

「ありがとうございます、お母様!」

(そっか、切っちゃうのかぁ…)

王子の美しい髪を横目で見ながら、ルーリは少し複雑な気分だった。

(されど、王子様は男の子。やっぱり今の髪型は長いと思われているのだろうか…)

「失礼致します、王子様。畏れながら、どのようなヘアスタイルをお望みなのですか?」

ルーリがマヤリィに抱かれた王子の髪にそっと触れる。細く柔らかい綺麗な髪の毛。

王子は女神のような微笑みを浮かべたルーリの問いに少し戸惑いつつ、

「僕は坊主にする。この髪を綺麗さっぱり刈り落としてしまいたいんだ」

「坊主ですって?」

マヤリィはそれを聞き逃さなかった。

「は、はいっ!…お許し頂けますか?」

「勿論よ。ここは自由の國。貴方のしたいヘアスタイルにすればいいのよ」

「ありがとうございます、お母様!」

マヤリィは常に微笑みながら優しい声で王子に接しているのだが、長年仕えているルーリは、彼女の心が曇っていくのを感じ取ってしまった。

(大丈夫ですよね、マヤリィ様…)

その後は特に会話もなく、ヘアメイク部屋に着いた。


(勿体ない…!とか、言えるわけねぇ)

ルーリさんの心の声。

王子は望み通りに丸坊主になった。

「さっぱりした。坊主とは気持ちがいいな」

「気に入って頂けたのなら何よりにございます、王子様」

シェルが恭しくお辞儀する。

「…では、次は私の番ね」

マヤリィは王子を椅子から下ろしてルーリに託すと、シェルに言った。

「今日は久しぶりにベリーショートにして欲しいの。そろそろ短くしたかったのよ」

(そういえば、最近のマヤリィ様はあまり御髪を短くなさることはなかったな…)

ルーリは思い返す。あんなに髪を伸ばすのを嫌がっていたと言うのに。

ずっとベリーショートだったマヤリィの髪は、いつの間にか肩先まで伸びていた。どうして誰も不思議に思わなかったのだろう。

「前みたいに短くして頂戴。いいわね?」

「はっ!畏まりました、ご主人様」

威厳あるマヤリィの声にシェルはすぐさま跪き頭を下げた。

その時、

「嫌です、お母様!」

王子が後ろから叫んだ。

「僕は…お母様がベリーショートにされるなど嫌にございます!」

「あら、随分な言い方ね。私は貴方の望みを許してあげたのに?」

そう言って振り向いたマヤリィの瞳は冷たく光っていた。まるで刃のように。

「ですが…お母様は女の人です!僕はお母様に髪を長く伸ばして頂きたいんです!」

(育て方間違ったかしら…)

そんな言葉を呑み込んで、マヤリィは聞き返す。

「私が…ロングヘアに?」

「はい!お母様の髪の毛はとても綺麗ですから、きっとお似合いになると思います!」

「では、切るわけにはいかないわね…」

「はい!切らないで下さい!」

王子の純粋な目がマヤリィを捉えて離さない。

そこへ、

「畏れながら、王子様。ここは自由の國にございます。王子様と同じように、母上様にもしたいヘアスタイルがあるのでは…」

シェルが珍しく意見する。

しかし、王子は不機嫌そうに言う。

「うるさいな!シェルは黙っていてくれ!」

「申し訳ございません、王子様」

そう言って跪こうとするシェルを制し、マヤリィは王子に言い聞かせる。

「そんな風に怒鳴ってはいけないわ。貴方は流転の國の王子。上に立つ者が無理を言って配下を困らせるようなことをしては駄目よ?」

「はい…。申し訳ありませんでした、お母様」

マヤリィに優しく諭され、王子は素直に謝る。

「で、では…改めてお伺いしますが、ご主人様の御髪はどのように…」

シェルの問いかけに、マヤリィは首を横に振る。

「…やっぱり、いいわ」

「えっ…?」

シェルが戸惑っていると、マヤリィは哀しみを押し殺すようにして言う。

「…確かに、ここは自由の國。されど、誰かを傷付けるようなことなら、それは自由とは呼べないわ……」

「マヤリィ様…」

彼女の心が悲鳴をあげているのがルーリには痛いほど伝わってきた。マヤリィがここで髪を短く切れば、母に髪を伸ばして欲しいと願っている王子は悲しむだろう。だから、マヤリィにはそんなこと出来ない。だから…。

「悪いけれど、少し頭痛がしてきたから、部屋に戻らせてもらうわ。髪を切らない方が良いっていうお告げかもしれないわね」

マヤリィはそう言って椅子から立ち上がると、優しい声で王子に謝る。

「体調を崩してばかりでごめんなさいね。また今度、一緒に遊びましょう」

そう言って微笑むマヤリィだが、目は笑っていない。

「は、はい…!お母様、お大事になさって下さいませ…!」

しかし、王子の言葉は届かなかった。

《すぐにジェイを呼ぶわ。それまで任せたわよ、ルーリ》

《はっ!畏まりました、マヤリィ様》

「ご苦労だったわ、シェル。…私のこと、気遣ってくれてありがとう」

「はっ!…ご主人様、どうかお大事になさって下さいませ」

ルーリに念話を送り、シェルに労いの言葉をかけると、マヤリィは自室に転移した。

…王子を抱きしめることもなく。


そして、マヤリィと入れ替わるようにヘアメイク部屋に来たジェイは、

「これはまた予想外の展開だなぁ。ここから先はお父様と遊ぼう。…ルーリ、お疲れ様」

「ああ。…またな」

ルーリはジェイに対しては以前と同じ接し方をする。

《ルーリ、これって…まさかの王子がやらかしちゃった感じ!?》

《そのまさか、だ…。私はこれからマヤリィ様のお部屋を訪ねる。今、あの御方をお一人にしておくわけにはいかない》

《…分かった。よろしく頼むよ》

ルーリはヘアメイク部屋を出るなりジェイと念話で話し、その後すぐにマヤリィの部屋の前に転移した。

「マヤリィ様…!」

彼女の気持ちを考えると、胸が締め付けられるようだった。

マヤリィの心を理解し、気遣うことが出来るようになったシェル。

そして、初っ端から地雷踏みまくりの王子。


今まさに緊急事態(フラッシュバック)が起きています。

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