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第十三話 帰還

次の日、マヤリィは流転の國に帰還した。

配下達は彼女の姿に驚いたが、誰もその理由を聞くことはしなかった。

「皆、待たせたわね。此度は長らく流転の國を離れることになり、皆にも心配をかけて申し訳ないことでした」

マヤリィはそう言うと、ルーリの方を見る。

「ルーリ。私が留守の間、流転の國を守ってくれてありがとう。女王代理の役目、ご苦労だったわ」

「はっ!有り難きお言葉にございます、マヤリィ様。皆、貴女様のお帰りを心待ちにしておりました」

ルーリは跪き、深く頭を下げる。

「本日、貴女様のお顔を拝見出来ましたことを大変嬉しく思っております。今一度、偉大なる我等の女王マヤリィ様に絶対の忠誠のお誓い申し上げることをお許し下さいませ」

配下達の心を代表してルーリが言う。

そういえば、忠誠心の重い國だった。

マヤリィは皆の顔を見渡すと、美しい微笑みを見せる。

「ええ。貴方達のこと、信じているわよ。これからも流転の國の為、力を尽くして頂戴」

「はっ!!」

配下達は声を揃え、頭を下げた。皆、女王の帰還を心から喜んでいた。

その一方で、彼女が亡くなった王子の話題に全く触れないのを不思議に思っていたが、今それを口に出来る者はいなかった。


玉座の間でマヤリィが挨拶を終え、配下達に自由時間を言い渡して解散した後、彼女を呼び止めたのはシロマだった。

「ご主人様、お身体のお具合はいかがでしょうか?…此度は貴女様のお役に立てなかったばかりでなく、王子様をお救い申し上げることが出来ず、誠に申し訳ございませんでした。どうか、この役立たずの白魔術師に罰をお与え下さいませ」

そういえば、忠誠心の重すぎる國だった。

「気にしないで頂戴。私の病に白魔術が効かないのは前から分かっていたことでしょう?恐らく王子も私と同じだった。こればかりは仕方がないとしか言いようがないわ。遺伝は私達の手に負えるものではないのよ」

マヤリィは冷静な声で言う。

「貴女が精一杯力を尽くしてくれたことは知っているし、本当に感謝しているわ。だから、この程度のことで自分を役立たずだなんて言わないで頂戴。…いいわね?貴女に罰を与える理由はどこにもないの」

「はっ。ご主人様の寛大なお言葉に深謝致します」

シロマはそう言って頭を下げるが、マヤリィが言った『この程度のこと』という言葉が心に刺さる。

(ご主人様は王子様のことをどう思っていらっしゃったの…?)

マヤリィの言葉に戸惑いつつ、シロマにはどうしても伝えなければならないことがあった。

「畏れながら、ご主人様。…実は、王子様からお母様へのお言伝を預かっております。今、お伝えしてもよろしいでしょうか?」

しかし、マヤリィは聞いてくれなかった。

「後にしてもらえるかしら」

「えっ…」

「これから霊安室に行こうと思っているの。そこで保存しているのでしょう?」

マヤリィは真顔で聞く。

「はっ。ジェイ様から、ご主人様がお帰りになられたらご案内するよう仰せつかっております」

シロマは棺の中に寝かされた王子を思い出し、悲しそうな表情になる。

「ご主人様、これからご案内させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「いえ、その必要はないわ」

「えっ…」

「霊安室の場所くらい分かっているわよ。…ジェイは心配しすぎね」

「しかし、ご主人様…!私は…」

そう言いかけて、シロマは黙った。

「控えなさい。私が必要ないと言っているの」

「っ…」

戸惑うシロマが見たマヤリィの眼差しはとても冷たかった。

「貴女は自分の部屋に戻って頂戴。これは命令よ」

「はっ!畏まりました、ご主人様」

シロマは慌てて頭を下げる。

「…それと、言伝はジェイにでも話しておいて頂戴。頼むわね」

マヤリィはそう言うと、シロマの返事も聞かずに『転移』した。

(ご主人様…なぜですか…?)

いつもは優しいマヤリィが今日はとても怖かった。

(必ずお母様にお伝えすると約束したのに…)

シロマは王子の顔を思い出し、ひとり涙を流すのだった。


《こちらマヤリィ。ジェイ、霊安室まで来て頂戴》

《こちらジェイ。すぐに行くよ》

マヤリィは霊安室に安置された王子の遺体を初めて見る。

「...やはり私は子供を持つべきではなかった」

我が子の亡骸を前にしても、心は揺れない。悲しみの感情も湧かない。

「ごめんね。貴方が死んで、私は安心したわ。...来世は日本に生まれることね」

マヤリィは王子に語りかける。

「さいごに、私の魔術で灰にしてあげましょう。貴方が遺せる物は何ひとつないの」

「マヤリィ...!」

いつの間にか霊安室に来ていたジェイが、彼女の言葉を聞いて声を上げる。

しかし、マヤリィは気付いていたらしい。

驚きもせず、ジェイに語りかける。

「ごめんなさいね、ジェイ。大好きな貴方の血を引く子供なのに…。あの子のこと、私は愛せなかったみたい」

「マヤリィ...それは君のせいじゃないよ」

ジェイはそう言うとマヤリィを抱きしめる。

「僕は、全て元いた世界の人達が悪いんだと思うことにした。…今も君を苦しめているんだから、彼等のせいにしたっていいよね?」

実際、王子はマヤリィの家族に似た部分があった。教えたはずもないのに、偏った価値観を持ってマヤリィを苦しめた。

「なぜかは分からないけど、今となっては確かめようがない。僕はもう追求しないことにするよ」

つらい記憶を呼び起こす可能性をジェイは危惧していた。

「…それに、彼には悪いけど、僕はマヤリィがいてくれればそれだけでいい。愛する妻を苦しめる存在は誰であっても許すことは出来ない」

ジェイは断言する。

可哀想な王子。生まれる場所を間違えたな。

(毒親の娘は良き母親にはなれないのかしら…)

マヤリィは思う。自分としては、惜しみなく愛情を注いで育ててきたつもりだった。どこで何を間違えたのだろう。王子の死を聞いた時、なぜ安心してしまったのだろう。

「マヤリィ」

ジェイは黙り込む妻の名を呼んだ。

「彼へのさいごの贈り物は君の魔術だ。…さぁ、王子を見送ろう」

ルーリもシロマも呼ばず、ジェイは魔術の発動を促した。

これ以上マヤリィを悩ませたくないのだ。

「分かったわ、ジェイ。任せて頂戴」

マヤリィはジェイの気持ちを受け取り、王子の棺の前に立つ。

『宙色の耳飾り』が輝き始め、全ての魔術が発動可能となる。

マヤリィが選んだのは当然、炎系統魔術だ。

「『大炎上』発動せよ」

その魔術は保存の為にかけられていた凍結魔法を容易く破り、王子の遺体を棺の中で焼いた。

やがて、骨さえも崩れ、灰だけが残った。

「...これで本当に終わりね」

そう言ったマヤリィが僅かに微笑んだのをジェイは見逃さなかった。


その頃、ルーリは命じられた仕事に取り掛かっていた。玉座の間で解散した直後にマヤリィが『念話』を送ってきたのだ。

《ルーリに命じるわ。プリンスルームはもう必要ないから、中の物は全て処分して、元の空き部屋に戻しておいて頂戴》

つまり、遺品さえも要らないということ。

(マヤリィ様は王子様が生きた証を何ひとつ残さないおつもりなのか...。寂しくないと言えば嘘になるが、あの御方の為なら私は何だってやる)

シロマがこの場にいたら間違いなくルーリを止めていただろうが、今ここに彼女はいない。マヤリィの命令に従って、自分の部屋に戻っていたからだ。

人間らしく情に流されやすいシロマとは違い、ルーリはマヤリィの為ならどんなに残酷な命令でも遂行する。『天性の殺戮者』としての顔を見せる時、ルーリは冷徹で非情な悪魔となる。

だからといって、心をなくすわけではない。

(結局、私にはどうすることも出来なかったな)

主の命令を実行しつつ、心の中ではいつものルーリのまま考え事をしている。

頭痛がすると言ってマヤリィがヘアメイク部屋を出たあの日から、王子は一度も母に会えずに死んだ。お母様に会いたいという王子の願いは叶わなかった。

(マヤリィ様...。貴女様は本当に何も感じていらっしゃらないのですね...)

ルーリから見ても、王子が死んだ事実に対するマヤリィの反応は淡白だった。顕現した瞬間が人生の始まりだった悪魔種のルーリには母親というものがよく分からないが、王子が息を引き取った瞬間に泣き崩れたシロマの方が母親らしく思える。

(だが、私はマヤリィ様に従うのみ。あの御方が全てを忘れたいとおっしゃるなら、二度と王子様のことは話さない。王子様が存在した痕跡も残さない。…私が悪魔として顕現したわけは、余計な感情に流されず、マヤリィ様から与えられた任務を確実に遂行する為だ)

ひと目見ただけで誰もが恋に落ちる美貌を持つルーリは『魅惑の死神』と呼ばれる夢魔(サキュバス)

さらに、相手が魅惑魔法にかかっている間に殺人級の攻撃魔法を躊躇なく発動する『天性の殺戮者』。

しかし、彼女は愛を知っている。

「…すまないな。私だけが遺品を持ち帰ることは出来ない。許してくれ」

最後にひと言、王子に謝るルーリ。

そして、王子の過ごしたプリンスルームは、何の装飾もない空き部屋に戻るのだった。

我が子を愛せなかったマヤリィ。

愛する妻のことしか見えなかったジェイ。

主の命令次第で冷酷非情になれるルーリ。


唯一の救いは、シロマが母親のように王子を可愛がっていたことでしょうか。


しかし、王子が伝えたかった言葉は今もマヤリィに届いていません。

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