第十二話 再会
(何か嫌な予感がする…。至急、レイン離宮に連絡を...!)
ルーリは素早く書状をしたためると、待機させておいた使い魔に託した。
「急いでくれ。頼んだぞ」
しかし、次の瞬間。
シロマから再び念話が入る。
《ルーリ様ぁ......》
涙声だ。
《報告、致します...。たった今、王子様が...息を引き取られました......》
「っ...!」
ルーリは硬直した。
「そんな......」
(先ほどまで話していたじゃないか!!)
信じたくない事実を突き付けられ、返事も転移も出来ないルーリ。
(なぜ、こんなに突然なんだ...!)
唇を噛みしめてその場に立ち尽くすが、
《ルーリ!!》
ジェイの念話でようやく我に返った。
《ルーリ、僕はこれからレイン離宮に向かう!》
何だって?
《待て、ジェイ!どうやって離宮まで行くと言うんだ!?》
送られてきた地図はマヤリィの手元にある。
正確な場所が分からなければ『長距離転移』は難しい。
《使い魔の魔力を辿って『飛行』していく!直接マヤリィに伝えないと!!》
《そんなこと...出来るのか!?》
つい今しがた飛び立った使い魔だが、物凄い速度で移動している。
《大丈夫!もう流転の國を出てるから!》
ジェイは使い魔を追いながら念話を送ってきたのだ。
《分かった...。私は王子様の所へ行く...!》
ルーリはそう言うと、プリンスルームに転移した。
「書状は受け取ったはずだが...?」
使い魔から書状を受け取ったリッカは怪訝そうな顔で外を見る。強い魔力を感じ取ったのだ。
「リッカ、この魔力は...!」
「待っていてくれ、マーヤ。外を見てくる」
立ち上がろうとするマヤリィを制し、リッカは外に出る。そこには見知らぬ男性が立っていた。彼は息を切らしながら訊ねる。
「リッカ殿にございますか?」
「はい。失礼ですが貴方は...?」
「私は流転の國のジェイと申します。突然の訪問をお許し下さい。どうしてもマヤリィに伝えなければならないことがあって参りました」
(マーヤの旦那様か...!)
本来ならば丁寧に挨拶するべきなのだろうが、彼の様子を見て、リッカはすぐにマヤリィの元まで案内した。
「ジェイ...!貴方なのね!!」
彼が部屋に入るなり抱きつくマヤリィ。
ジェイは彼女を抱きしめ、その頭を撫でながら、出来る限り冷静に事実を告げる。
「マヤリィ、よく聞いてくれ。僕もまだ信じられないんだけど......」
その場には席を外すタイミングを失ったリッカもいた。
(王子様が亡くなっただと...?)
思いがけない知らせに驚きと戸惑いを隠せないリッカ。
「あの子が...死んだ...?」
マヤリィはジェイの目を見て聞き返す。
「うん...。突然すぎて悪い夢なんじゃないかと思ってる。でも……」
王子は眠りについた後、急に苦しみ出し、そのまま心臓が止まったという。処置をする間もなく、王子は死んでしまったのだ。
「それはルーリが使い魔を送った直後のことだったから…僕はその魔力を頼りにここまで辿り着いたんだ」
確かに、使い魔が持ってきた書状には、王子が原因不明の高熱を出したことまでしか書かれていない。
「...そう。それを伝えに来てくれたのね」
マヤリィは取り乱しもせず、ジェイの話を静かに聞いていた。
かと思えば、
「ジェイ、今すぐ長距離転移を発動する...と言いたいところだけれど、もう少しここにいて頂戴」
「えっ?」
予想外の言葉に驚くジェイ。
「リッカ、今夜はジェイも泊めてくれるかしら?」
「えっ?」
予想外の言葉に驚くリッカ。
「しかし...流転の國に戻らなくて大丈夫なのか?貴女の子供が亡くなったのだろう...?」
「ええ。皆がいるから大丈夫よ」
マヤリィは即答する。
「そ、そうか...。私は構わないが、ジェイ殿は...?」
リッカは動揺しながらジェイを見る。
すると、マヤリィが甘えた声を出す。
「...ねぇ、ジェイ?いいでしょう?」
「わ、分かった...。では、私も泊まらせて頂きます、リッカ殿」
ジェイは困惑しているが、マヤリィを無理やり流転の國に連れて帰るわけにもいかない。
結局、適当な理由を書いた手紙を託し、使い魔を流転の國に送ったのだった。
マヤリィの心の中は誰にも分からないが、ジェイに会えて嬉しいことだけは本当らしい。
「...ねぇ、ジェイ?私に何か言うことない?」
「君の頭のこと?...ずっと言おうと思ってたよ」
リッカが用意してくれた部屋で久しぶりに会話する二人。
「似合うね、マヤリィ。凄く綺麗だ...」
ジェイはそう言ってマヤリィの坊主頭を撫でる。
「もしかして、剃ったの?」
「ええ、リッカが剃ってくれるの。凄く気持ちがいいのよ?」
恍惚とした表情になる妻を見て、ジェイはその頭にキスをする。
「明日、剃髪してもらってから流転の國に帰ろうか」
「皆への言い訳は?」
「病気……かな」
「まぁ、間違いではないわね」
そう言って微笑むマヤリィ。
我が子が死んだというのに、いつもと変わらない。
(悲しみを押し殺してる...ようには見えないな。...マヤリィ、君と僕の息子が死んだんだよ?)
しかし、ジェイ自身も実感が湧かない。王子の話を全くせず、自分に甘えているマヤリィを見ると、重大な事実なのに忘れかけてしまう。
(マヤリィ…。結局、僕は君のことしか考えてなかったみたいだ…)
ルーリに念話を送った後、シロマは泣き崩れていた。永遠の眠りについた幼子を抱きしめ、何度も名前を呼んでいた。...まるで母親のように。
「明日はルーリにも会えるのね...」
本物の母親は全く子供のことなど考えていない。
(マーヤ...。貴女は一刻も早く我が子に会いたいとは思わないのか...?)
リッカは先ほどのマヤリィの言葉を思い出し、困惑していた。
(母親とは、よく分からないものだな...)
思えば、マヤリィは離宮に来てから一度も帰りたいと言わなかった。夫に会いたいと言うことはあっても、子供に会いたいと言うことはなかった。
(されど、私がどうこう言える話ではない。ただ、マーヤが帰ってしまうのは寂しいな…)
マヤリィはジェイに会えた喜びを感じながら。ジェイは複雑な気持ちでマヤリィを抱きしめながら。リッカはマーヤと過ごした日々のことを思い出しながら。
…やがて、レイン離宮の夜は更けていった。