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第十一話 高熱

王子はもう分かっている。

自分が母親を傷付けてしまったことを…。

その日、レイン離宮から『女王陛下代理殿』宛に書状が届いた。いまだにリッカはルーリの名前も顔も魔術適性も知らないので、こういう宛名になったらしい。『ルーリ』という存在が流転の國の国家機密であることは今作でも変わらない。

(マヤリィ様はまだ帰られないか...。だが、療養先がリッカ殿の離宮でよかったかもしれない)

滞在が長引いているところを見ると、少なくともマヤリィはリッカのことが気に入り、安心して過ごせているのだろう。ルーリは一度リッカという人物に会ってみたくなった。

(...だとしても、これから先、私はどうすべきなのだろう)

マヤリィの病状が悪化していないことは分かったが、本人はまだ流転の國に帰りたくないらしい。

ルーリが頭を抱えていると、すぐ傍で可愛い声がした。王子だ。

「ルーリ様、お母様はいつになったら戻ってこられるのですか?」

現在はルーリが流転の國のトップなので、たとえ王子であっても以前のように気安く接してはいけないと父親のジェイに釘を刺された。

その為、ちゃんと様をつけるし敬語も使う。

「すまないが、私にも分からないんだ。今は桜色の都の離宮で静養されているが、そこでもマヤリィ様の病を完全に治すことは難しいだろうな。...今は待つしかない」

現在はルーリが流転の國のトップなので、王子に対してもこういう喋り方をする。

「流転の國で病気を治すことは出来ないのですか...?シロマはレベルの高い回復魔法も使えるのに...!」

王子は拳を握りしめ、必死な顔でルーリに訴える。

しかし、ルーリは悲しそうに首を横に振る。

「マヤリィ様は特殊な体質でいらしてな、禁術レベルの回復魔法を使ってもあの御方の病には効かないんだ」

「では…僕はもうお母様にお会いすることは叶わないのでしょうか?僕がお母様を許して差し上げなかったから、お母様は頭痛を起こされたのでしょうか?お母様は僕の望みを許して下さったのに、僕は……」

王子は自分のせいで母親が病気になったと思っていた。間違ってはいないけど。

(王子は…そこまで分かってるのか…)

ルーリはあの時のことを思い出す。

(『あら、随分な言い方ね。私は貴方の望みを許してあげたのに?』)

あの時のマヤリィの冷たい眼差しが忘れられない。きっと、王子もそうなのだろう。

「お母様に…お会いしたいです…!」

王子はそう言って泣きじゃくった。

「お母様ぁ…!!」

されど、その声が届くことはない。


「困りましたね、王子様。私と一緒にプリンスルームに参りましょうか」

そこへ来たのはシロマだった。

「泣かないで下さい。お母様はきっと大丈夫ですから」

彼女は泣いている王子を優しく抱き上げた。

「シロマ…!」

《ルーリ様、王子様のことは私にお任せ下さいませ。貴女様とて、お休みになる時間は必要にございます…!》

《分かった…。すまない、シロマ…》

ルーリは悪魔種ゆえにほとんど睡眠を必要としない為、マヤリィよりも遥かに長時間の勤務が可能だが、それにしたって休みがなさすぎる。さらに、王子が邪魔しに...もとい母親の容態を頻繁に聞きに来るとあっては、仕事も捗らないだろう。

「シロマ、後は頼む」

「はっ!」

そして、シロマは王子を連れて『転移』した。


「ジェイ、いつまで『透明化』しているつもりだ?そこにいるなら話に入ってきてくれればよかったのに」

シロマが王子を連れて転移した後、ルーリが何もない空間に向かって呼びかけると、

「ごめんよ。なんだか、いたたまれなくてさ」

そう言って、ジェイが姿を現す。

「ていうか、君は透明化も見抜けるの?」

「お前の魔力がずっとそこに停滞していたからな。…あと、気配の消し方も練習した方がいいと思う」

「つまり、僕の透明化が下手だってことだね?」

「まぁ、そういうことだ」

そう言ってルーリは一瞬笑顔を見せた後、

「マヤリィ様は…王子様に会いたいとは思っていらっしゃらないそうだ。しかし、王子様はあんなにもお母様を恋しがっている。…どうしたらいい?どうしたらマヤリィ様は帰ってきて下さるのだろう」

悲しそうな顔をして頭を抱える。

「…………」

ジェイは答えられない。

「リッカ殿がマヤリィ様を保護して下さっている点は安心なのだが...。私にはこれ以上何も出来ない...」

「いや、ルーリは最高権力者代理としてマヤリィの代わりに頑張ってくれてる。...不甲斐ないのは僕の方だよ」

己の無力さを痛感するジェイ。

「本当に、どうしたらいいのか...」

二人が頭を悩ませていると、突然念話が入った。

《こちらシロマにございます!ジェイ様、ルーリ様、至急プリンスルームまでお越し下さいませ!!》

いつになく切迫したシロマの声を聞いて、二人は返事もせずに転移した。

そこには...

「あ...ルーリ様...。それに、お父様も...」

力なく横たわる王子の姿があった。

「物凄い熱だ...!」

ジェイが王子の額に手を当てると、シロマは涙目になりながら説明する。

「急に熱を出されて...何度も回復魔法をかけさせて頂いたのですが、熱は上がる一方で......」

この國、白魔術で治らない体調不良が多くないですか?

「冷やすしかないな」

ルーリは素早くアイテムボックスからタオルを取り出し、冷却魔術をかけた。

「ちょっと冷たいが、我慢してくれ」

「ルーリ様......」

王子は虚ろな瞳でルーリを見る。

「僕は...もう、お母様に...会えないのでしょうか...?」

「そんなわけないだろう。マヤリィ様は必ず帰ってきて下さる。...お母様を信じるんだ」

弱気になる王子をルーリが優しく励ます。

「少し眠るといい。元気でいなければマヤリィ様が心配なさるぞ?」

「そうだね。ルーリの言う通りだ」

ジェイは王子の頬を愛おしそうに撫でる。

「ルーリ、僕はしばらく王子の傍にいるよ。だから...」

「...分かった。私はリッカ殿に書状を送る」

只ならぬ状況だと感じたルーリは一刻も早くレイン離宮に連絡したかった。ジェイも同じことを考えていた。

「私が言うのもなんだが...王子様のことは任せたぞ」

ルーリはそう言い残して転移した。


「シロマ......」

今度はシロマの名を呼ぶ王子。

「僕は...お母様に言いたいことが...」

「畏れながら、王子様。私は今、マヤリィ様にご連絡する方法を持っておりません。お帰りになられたら、ご自分の口からお伝え下さいませ」

「いや...シロマに聞いて欲しい......」

王子は小さな手でシロマの手を握る。

「僕のせいでお母様は...髪を切れなかった...。あの時のこと、謝りたいんだ」

「王子様......」

「頼む、シロマ...。お母様に、伝えて...」

次第に意識が混濁してきたが、王子は真剣な目でシロマを見つめる。

「...畏まりました、王子様。貴方様のお言葉は必ずマヤリィ様にお伝え致します。...ですから、何も心配なさらないで下さい。早く元気になって、また私と遊びましょう」

シロマの声を聞いた王子は安心したように笑顔を見せ、そして目を閉じた。

その微笑みはマヤリィによく似ていた。

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