第九話 六花
次の日の朝。
「…それにしても、マーヤは若くして女王になったのだな」
目を覚ました二人はそのままベッドの中で会話している。
昨夜、夢魔に勝るとも劣らない『魅惑』をその身に受け、リッカは長い髪を振り乱して快感に喘いだ。それを思い出すと恥ずかしいので、今は少し難しい話がしたい。
「言うほど若くないわ。流転の國の女王になったのは6年前だから…33歳の時ね」
それを聞いたリッカは驚く。
「ってことは今39歳…!?10年数え間違えてないか?」
「真面目な顔で冗談言わないで頂戴。私、来年には40になるのよ?子供もいるしね」
「子供…!?」
「ええ。今5歳なの。…まぁ、あの子が色々と私の地雷を踏んでくれちゃったんだけれど」
マヤリィは離宮に来て初めて王子のことを思い出す。
「では、当然だが貴女には伴侶がいるということか?」
「ええ、流転の國にね。私が安心して療養出来るよう、彼が色々と取り計らってくれたのよ」
「そうだったのか…。貴女のような優しく美しい人を妻に出来るとは…よほどその男性は魅力的なのだろうな。魔力は強いのか?美男子か?どちらが先に惚れたのだ?」
リッカ様、女王陛下とその夫の馴れ初めに興味津々。
しかし、魔力が強いかと聞かれればそれなりに強いとしか言えないし、美男子かと聞かれれば言うほどでもないって感じだし、いまだにジェイの容姿に関しては筆者もよく知らないのが現状である。
「そうね…。一言で言えば、彼はとても優しいひと。純粋で、真面目で、絶対に嘘はつかない。私がこんな病気だと知っていても、私が王子と一緒にいられないと泣いても、彼は否定せずに受け止めてくれた。いつだって私の一番の味方でいてくれるのよ。それは昔からずっと変わらないし、これからも変わらないと思うの。だから、私には帰る場所があるって言えるのよ」
とても一言に収まらなかったが、リッカはその話を聞いて感心した。
「…そうか。では、彼との間に生まれた子供が王子様というわけか」
「ええ。私のフラッシュバックの元凶よ」
急にマヤリィの顔つきが変わったのを見て、リッカは慌てて話題を変える。
「…ところで、私も髪を切ってみたいのだが、貴女が坊主にする前はどの程度の長さだったのだ?」
「後ろは刈り上げで、耳が全部出るくらいのベリーショートよ。…貴女なら似合うと思うけれど、ツキヨ殿に怒られないかしら?」
「大丈夫だ。天界との最後の戦以来、兄上とは会っていない」
リッカは言う。
「戦の直後に父上が亡くなり、その後を追うように王太子だった一番上の兄様が亡くなってしまった。それで、急遽兄上が即位することになったというわけだ」
聞けば、リッカは三兄妹の末っ子。長男のアカツキはリッカよりも7歳年上で、氷系統魔術の適性を持っていたという。
「現国王ヒカルはアカツキ兄様の息子だ。魔術適性は遺伝しなかったらしいがな」
ヒカルの専門は白魔術。王族でなくとも、桜色の都は圧倒的に白魔術の適性を持つ者が多い。
「アカツキ兄様は氷系統、兄上は白魔術、そしてなぜか私も氷系統魔術の適性を持っている。…そのせいで天界との戦に駆り出されたわけだが」
黒魔術師シャドーレが活躍したという天界との戦。攻撃魔法を使えるリッカは父王に命じられ、王室でただひとり、戦場に立ったらしい。
「あの時は父が健在で、アカツキ兄様は王太子だったし、ヒカルも生まれていた。私が戦死したところで王室は何も困らなかっただろう」
天使達に攻め込まれ、危機的な状況に陥っていた戦時中の桜色の都。
最前線に立ったのは黒魔術師だけでなく、氷系統魔術を司る若き王女だった。
「…ツキヨ殿の手紙には、貴女が強大な魔力の持ち主であると書かれていたわ。けれど、魔術師としての活動はしていないとか」
手紙の内容を思い出すマヤリィ。
「ああ。戦では幾多の天使達を葬ったが…。国を守る為とはいえ、私にはつらい仕事だった」
国を守るとなれば好戦的になるシャドーレに対し、命じられて仕方なく敵を殺したリッカ。
戦後、命を賭して国を守った王女として国民からは温かく迎えられたが、心身ともに疲れ果てていたリッカは、ツキヨの即位を見届けることもなく王宮を去った。
「…やはり貴女は優しい人だな。気付いていただろうに、理由を聞いてくることはなかった」
リッカの身体には、戦で負った傷痕が残っている。
「白魔術でも消えぬ傷痕だ。あのまま王宮に残っていたところで、私に縁談が来ることはなかっただろう。…すまない、つまらん昔話をしてしまったな」
そう言って起き上がり服を着ようとするリッカ。
だが、
「待って。動かないで頂戴」
マヤリィはリッカを抱きしめる。
『宙色の耳飾り』が光り始めている。
「マーヤ!?その魔術具は一体…?」
「『完全治癒魔術』発動せよ」
リッカの問いに答えず、宙色の魔力を使って白魔術を発動するマヤリィ。
それは、かつてシロマが『星の刻印』の傷痕を消し去った最上位白魔術である。
「これは…白魔術、なのか…?」
完全治癒魔術の眩い光に包まれ、リッカは目を閉じた。
「リッカ…。貴女の傷には気付いていたけれど、いつ魔術をかけるべきか分からなかったの…」
マヤリィは言う。理由を聞くつもりはなかったが、完全治癒魔術はかけるつもりでいた。
「貴女の魔術適性は…白魔術なのか?」
「いいえ。『宙色の魔力』で通じるかしら」
「…成程。貴女が宙色の大魔術師と呼ばれるわけがようやく分かった」
マヤリィの魔術を見たことのある者は極めて少ないので『宙色の魔力』は伝説なのではないかという向きもあるらしい。
そして、
「もう大丈夫よ、リッカ」
マヤリィにそう言われて目を開くと、白魔術師であるツキヨの力をもってしても消せなかった傷痕が綺麗になくなっていた。
(やはり、この人は只者ではない...)
彼女の底知れぬ魔力は怖いほどだが、今は過去の痛みが消えた喜びの方が大きい。
「マーヤ、貴女は本当に素晴らしい魔術師だ。...私の傷痕を消してくれて、本当にありがとう」
リッカは真面目な顔で頭を下げると、
「...傷痕を見る度にあの忌々しい戦の記憶に苛まれてきたが、貴女のお陰でそれも忘れることが出来そうだ」
「よかった。少しでも貴女の役に立てたなら嬉しいわ。ここに来てから、貴女に甘えてばかりだったもの」
マヤリィはリッカの様子を見て微笑む。
「いや、役に立ったどころか、私の方が助けられてしまった。本当に嬉しいよ、マーヤ」
そして、二人は当たり前のように抱き合う。
「...私は長らく魔術師としての活動をしていない。だが、忌まわしい記憶から解き放ってもらった今、私は再び魔術具を持つことが出来そうだ」
リッカはそう言うと、魔術具を取り出した。
「これは氷系統魔術師が使う『スノーレイピア』。私に魔術を教えてくれたアカツキ兄様から賜った物だ」
懐かしそうにそれを確かめる様子を見ると、リッカが兄を慕っていたのがよく分かる。
「お兄様の形見ということね...」
「ああ。この離宮に移ると決めた時も、これだけはどうしても手放せなかった」
リッカは言う。本当は、氷系統魔術が好きなのだろう。
「私は今から魔術を発動する。...出来たら、貴女の攻撃魔法も見せて欲しい」
「...分かったわ」
マヤリィは頷くと、
「もう少し広さがあれば『結界』を張れる。そうすれば、何も心配することなく貴女の魔術を見せてもらえるわね」
リッカがうっかり全力を出せば、マヤリィはともかく離宮は無事では済まないだろう。
「分かった。...では、中庭に移動しよう」
久々に魔術を使うリッカもそれを懸念していたらしく、服装を整えると、マヤリィを中庭に案内する。
「...いつでもいいわよ」
マヤリィが結界が張ると、リッカは頷いた。
(もしかしたら、リッカはシャドーレよりも強い魔力を持っているかもしれないわね...)
リッカの魔力の強さは最初から感じ取っていた。さらに、彼女の持つ『スノーレイピア』は並大抵の魔術師では使うことが出来ないだろう。
(ふふ、楽しくなってきたわ)
「さぁ、見せて頂戴。戦う為ではなく、私を魅了する為に」
「ああ。本当に久しぶりだが、我が魔力を解放するとしよう」
そう言ってリッカが魔術を発動した瞬間、彼女の身体は氷に包まれた。
「私が得意とするのは攻撃魔法だけではない。この氷壁が防御の要だ」
薄氷を身に纏った状態で魔術具を構えるリッカ。その氷壁が簡単に砕けるはずもなく、気付けば雪が舞っている。
「貴女に効くとは思えないが、この雪に触れれば身体は『結晶化』する。状態異常付与魔術だ」
見た目からは想像もつかない恐ろしい魔術を前に、マヤリィは微笑んだ。
「貴女の名に相応しい美しい魔術ね。…では、私も遠慮なくいかせてもらうわ」
マヤリィは『宙色の耳飾り』を光らせることもなく、魔術を発動するのだった。
リッカの適性は氷系統魔術。
対して、マヤリィは何を仕掛ける...?




