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誰がために剣は鳴る ―紅の王子と琥珀の影―  作者: 雪沢 凛


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最終話 《静かなる離別》

 卒業から数ヶ月。

 サイラス――いや、帝都では「カイン」として、彼は帝都の軍に属する騎士として名を連ねていた。

 冷たい石畳の街路、戦旗がはためく宮廷、そして帝都を出ての遠征。

 その剣は、戦場でもなお、研ぎ澄まされたままだった。


 だが――

 どれほどの勝利を重ねても、その琥珀の瞳に熱は宿らなかった。

 彼の心は、帝都にも、栄誉にも、決して動かされなかった。




 ある朝、彼は一枚の文を残し、静かに姿を消した。

 理由も、行き先も、誰にも告げず。


 その報せを聞いた時、エドリックはしばし沈黙し――やがて、ひとり回廊で呟く。

「……逃げるのが、お前らしいな。」


 金の髪を風に乱し、紅い瞳を細めながら、唇にかすかな笑みを浮かべる。

「だが、サイラス――」


 その声は低く、石柱に反響しながら、遠い誓いのように続く。

「どれだけ遠くに行っても、俺は諦めない。

 ――必ず、俺の視界に取り戻す。」


 彼の掌には、あの日破れた服の布切れがまだ残っている。

 それを静かに握りしめながら、ひとり笑った。




 帝都を離れ、ブレストへと続く街道。


 冷たい風が頬を打ち、遠くの丘陵は薄靄に沈んでいる。

 黒い泥に刻まれた馬蹄の跡を踏みながら、一騎の影が静かに進む――サイラスだ。

 肩にかけたマントの裾は風に揺れ、その背に結ばれた羊皮紙の地図がかすかに音を立てる。


 その道の途中で、二つの影が馬を駆り、彼の前に立ちはだかった。


「――カイン様!」


 ノイッシュとアレック。

 訓練の日々を共に過ごした、若き騎士二人が、泥に濡れた大地に片膝をつき、剣を胸に掲げる。

 その瞳には、迷いのない光があった。


「我らの忠誠を捧げる相手は、あなただ。」

 ノイッシュの声が、風に紛れながらも鋼のように響く。

「カイン様……俺たちは、あなたと共に行きたい。」


 サイラスは馬上からゆるやかに視線を落とす。

 琥珀の瞳に、驚きの色はない。ただ、深い陰を湛えた静かな探究だけ。


「……俺より優れた主など、他にいくらでもいる。」

 その声は冷ややかで、揺るぎない事実を告げていた。


 だが、ノイッシュは一歩も退かない。

「それでも、俺たちが選ぶのは、あなただ。」


 沈黙が落ちる。

 サイラスの視線が二人の瞳をなぞる。


 ――ノイッシュの蒼。その奥で燃える炎のような決意。

 ――アレックの金褐。その揺るぎなき静かな強さ。


「……本気で言っているのか?」

 低く問う声が、風に溶ける。

「誰にも顧みられぬ辺境へ向かうことが、望みだと?」


 アレックが短く息を吐き、静かに答える。

「望みかどうかなど、我らにもわからぬ。だが――もし、命を預けるべき主を選べと言われたなら、迷わずあなたを選ぶ。」


 やがて、サイラスは馬から降り、二人の前に立つ。


 その瞬間、ノイッシュとアレックは剣を、その切先を地に伏せ、両手で柄を抱きしめる――騎士の最も古き忠誠の誓い。


「――この剣、この盾、この命、すべてをあなたに捧げると誓う。」

 低く、揺るぎない声が、朝陽に照らされる大地に響き渡った。


 琥珀の瞳が、ほんの一瞬だけ揺れる。

 彼らの選択が、運命を変えるわけではない。

 だが――その誓いが、彼の「未来」に一条の光を差すのなら、変わるのかもしれない。


 風が吹く。

 彼の馬に結ばれた羊皮紙の地図がふとめくれ、その端が小さく音を立てた。

 それはまるで――

 新たな章の始まりを告げるかのように。

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