従兄弟との交渉
従兄弟からの契約結婚のお誘い
目の前のソファーに長い脚を組んで微笑む男。アッシュブロンドにグレーの瞳の整った顔の男。わたくしの従兄弟だ。
今、わたくしはこのいけ好かない男と対峙している。
「アナベルちゃん、悪い話じゃないよ」
いい話は向こうからやって来ない。
悪魔は微笑みながらやって来る。
「お兄様。何を」
「僕と結婚したらみんな幸せ、だよ」
従兄弟がにやりと笑う。
壁際に控えていたルーカスの顔がひきつった。
10日前、爵位継承に関わる調査がリレンザ伯爵家に入った。
現伯爵であるお父様が麻薬中毒になり、1人娘のわたくしが女伯爵として継承する予定だ。未成年のため、父の妹である侯爵夫人に後見人を依頼している。
目の前の男は、侯爵夫人の次男だ。そして、先日の調査団の一員だった。
「伯父上は急に中毒になったんだね」
「わたくしも存じませんでした。隣国との貿易物資の中に入っていて、魔が差したようです」
お父様が使う理由を考えてなかった。無理があったか。
「ちょっとね、2人で話したい。そこの黒髪の君は残って」
怪訝に思いながらも人払いをする。
「可愛いアナベルちゃん。 僕のこと、気づいてるよね?」
「お兄様の、ご趣味のことてすか?」
お兄様は恐らく女性に興味のない方。
「アナベルちゃん、僕と結婚するのと、その黒髪のルーカスくんを僕にくれるの、どっちがいい?」
ルーカスが驚いた顔をしている。
もう少し抑えなさい。
「お兄様、玄関はあちらですよ」
「えー、怖い怖い。伯父上はお気の毒に」
気づかれてる。
「何のことでしょう」
「調査したとき、何の問題もなかった。
だから爵位継承は認められた。
でもね、僕個人で考えたとき、どうしても動機がなかった」
「動機?」
「伯父上が、麻薬に手を出す動機。
伯父上は神経質で、食べ物にもお酒の量にも気を遣う方だった。それが、隣国から入ってきたばかりの正体不明の麻薬に手をだすかな。」
「わたくしにはわかりません。貴族に流行しているといいますし。意外な方もされていたでしょう?」
真面目で有名な政治家が使っていると、新聞にも載った。
「強情だね」
「わたくしをお疑いですか、お兄様」
「僕と結婚したら、君は好きな人といられる。流石に子どもは僕との子どもを産んでもらわないといけないけれど」
お兄様はルーカスの方をちらりと見やった。
心が動きそうになった。ルーカスとずっと一緒にいられる。ずっと。
「ですから何の話ですか」
「僕も、好きな人がいるから。その人と一緒にいたい。お互い様だったら問題ないだろ。親戚だから。」
侯爵夫妻としては、次男がどこかに婿入りできれば、と考えていたらしい。低位の爵位は3男に譲れれば、と。それが男娼を呼んでいたことがばれて侯爵家が大荒れなのだそうだ。
しかも、平民の男が恋人だと。
「小さいころから僕は自覚していたのにね」
従兄弟は小さな紳士というよりは淑女だった。好きになるのは女性的なもの。好意を持つのは同性。
「お兄様は勘違いしていらっしゃる」
「何がだ」
「婿入りとは、対等ではないのですよ。
愛人を連れ込むのは乗っ取りに値します。」
「アナベルちゃんがやったことはどうなるんだ?」
「そんなことを言われましても、何のことだか分かりません。まず、お兄様と結婚したくありませんし。」
お兄様とは交渉決裂した。
お兄様が帰られた後、黒い鳥のカードを家令に渡した。諜報部にはまた、働いてもらわないといけない。
お兄様の性指向は一般的ではない。
そして平民と高位貴族が知り合うことはまずない。住んでいるエリア、使用する店、通る道路。友人知人。接点がない。
偶然の運命的な出会いで平民の男性の恋人ができるのか。
他人から見たら必然でしかない。
「アナベルちゃん、急に呼び出してどうしたの。気が変わったの?僕は人を探していて、あまり時間がないんだ。」
わたくしは笑顔で従兄弟を地下室に案内した。少し緊張する。大丈夫。
「なんでこんなところ、拷問室?伯爵家は趣味が悪いね」
鎖に両腕を繋がれてぐったりしている男を見て叫んだ。
「クロード!」
彼の平民の恋人が顔を腫らして繋がれていた。
「どうしてだ。なんてことを!クロードを今すぐ自由にしてくれ」
「お兄様、それはできません。」
「なんでだよ!こんなことして。爵位継承査問会にかけるぞ」
公私混同しないで下さい。
「この男は、間者です。」
「え?間者?」
「侯爵家への間者です。お兄様が呼んだ男娼から情報が漏れお兄様に接近したそうです」
叔父様は要職に就いていますし、従兄弟達も重要な書類を触る権限があります。
「クロード?そんなことないよな?クロード」
間者はお兄様の顔に向かって唾を吐いた。
「はあ。こんな◯◯野郎に耐えたのにこれかよ」
「クロード」
お兄様は唾液で濡れた顔に涙を流して、とにかく見苦しかった。
「間者つきで婿入りなど考えないで下さいね。これは貸し1です」
「いや、ゼロだ。」
「汚い顔ですね。自分で拭いて下さい。ハンカチは返さないで下さい」
ハンカチを渡した。
「官憲に渡してもいいですが、持って帰りますか?世間にいろいろばれるのと侯爵家で叱られるのとどちらがいいですか?貸し2ですね」
「ぐっ。では貸し1で。今日はこれで失礼する」
日差しの気持ちいい日に、テラスでお茶をいただく。甘さ控えめのスコーンとジャムとクローテッドクリーム。アフタヌーンティーは控えめにしている。
「ルーカスあのね」
「はい」
「お兄様からの結婚、受けようかと迷ったの」
「お嬢様?」
「そうしたら大好きな人とずっと一緒にいられる、と聞いて嬉しくなったのよ、ルーカス」
ルーカスは真っ赤になって俯いていた。
お嬢様「従兄弟と偽装結婚……これだ!どこかの困窮した老貴族と結婚したら?」




