第3話「消えた記憶」【中編】
【シーン:総合病院・集中治療室】
白い光。
無機質な壁。
消毒液の匂い。
ヨンジュンは、ガラス越しに見つめていた。
ベッドに横たわるセリナ。
顔には無数の傷。
呼吸器に繋がれたその姿は、あまりにも痛々しかった。
「……」
言葉は出なかった。
何を言っても、
何を祈っても、
この現実を変えることはできない。
ただ、彼女が目を開けるのを待つしかなかった。
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【シーン:病室内】
それから数時間後。
セリナは、ゆっくりと目を開けた。
ヨンジュンは、医師たちの後ろから、固唾を飲んで見守った。
「……ここは……?」
かすれた声。
医師がそっと訊ねる。
「ハン・セリナさん、分かりますか?今、何年か、名前は?」
セリナは、混乱したように眉をひそめた。
そして――
「……分からない……」
震える声で呟いた。
「……何も、分からない……!」
その瞬間、ヨンジュンの心に冷たい鉄の杭が打ち込まれた。
記憶喪失。
事故の衝撃により、セリナの記憶は――消えていた。
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【シーン:ヨンジュンの葛藤】
夜、病院の屋上。
ヨンジュンは、静かに空を見上げていた。
雨上がりの夜空には、星がわずかに瞬いていた。
彼の手には、あの古びた懐中時計。
だが、今、心を占めているのは復讐ではない。
セリナのことだった。
あの柔らかな笑顔。
無邪気な声。
すべてを忘れてしまった彼女。
――いや、すべてを奪われた彼女。
ヨンジュンは自嘲する。
復讐者であるはずの自分が、
なぜ、これほどまでに彼女のことを思っているのか。
「……違う。感情に流されるな。」
小さく、誰にも聞こえない声で呟く。
だが、胸の奥で、どうしようもなく疼く痛みは、
もう、ただの復讐だけではなかった。
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(続く)