第1話「炎に誓う夜」【中編】
【シーン:15年後 ― ソウル・夜景】
ネオンに照らされたソウルの街は、15年前と何ひとつ変わらないように見えた。
だが、その夜景を見下ろす男の瞳は、冷たく深く、闇を湛えていた。
ジン・ヨンジュン――かつての少年は、今や完璧なスーツを纏った青年へと成長していた。
彼の手には、錆びついた古びた懐中時計。
父の形見。
あの夜、瓦礫の中から拾い上げた唯一の“過去”だった。
パチリ。
懐中時計を握り締める音が、静寂に沈んだ。
「始めるぞ。」
低く呟いた声は、誰にも聞かれることなくビルの隙間に消えた。
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【シーン:ハンギョングループ本社・面接会場】
スーツ姿の応募者たちが列を成す中、ヨンジュンは無表情で立っていた。
背筋を伸ばし、無駄な動きは一切ない。
整った顔立ちも、目の奥に滲む鋭さが近寄りがたさを生み出していた。
面接官たちは一様に驚いた表情を浮かべた。
履歴書の完璧な学歴、非の打ち所のない経歴。
そして何より、ヨンジュン自身の”放つオーラ”に。
「……素晴らしい経歴ですね。どちらでお育ちに?」
「――アメリカの孤児院です。」
微笑みながらそう答えたヨンジュンに、一瞬、空気が揺らぐ。
面接官たちは視線を交わし合った。
だが、ヨンジュンの表情は微動だにしない。
嘘はない。
だが、真実もない。
彼は、復讐のためだけに作り上げた”偽りの履歴書”を手に、ハンギョングループの心臓部へと足を踏み入れたのだった。
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【シーン:偶然の出会い】
面接が終わり、ロビーに降りたヨンジュンは、ふと足を止めた。
柔らかな香水の香り。
ハイヒールの音。
振り向いた先に立っていたのは――
ハン・セリナ。
ハンギョングループ総帥の一人娘。
栗色の髪、知性を宿した瞳、華奢な体に品のあるドレス。
すべてが洗練されていたが、どこか”孤独”の匂いを纏っていた。
セリナはふと、ヨンジュンに視線を留めた。
「……あなた、誰かに似てる気がする。」
微笑みながら、柔らかく首を傾げる。
ヨンジュンは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに完璧な微笑を浮かべた。
「初めまして、ハン様。
――今日から、こちらで働かせていただきます。」
その瞬間。
ヨンジュンの胸の奥に、何かが小さく、しかし確かに軋んだ。
それが、失われたものへの渇望なのか、
あるいはこれから破壊するものへの哀惜なのか、
彼自身にも、まだ分からなかった。
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(続く)