第3話「消えた記憶」【後編】
【シーン:病室・数日後】
白いシーツ。
かすかな花の香り。
安らぎと、得体の知れない不安が入り混じる空間。
セリナはベッドに腰かけ、ぼんやりと窓の外を見つめていた。
記憶は、まだ戻らない。
名前。
家族。
好きだったもの。
何もかも、霧の向こう側にある。
だが――。
セリナは、ふと、自分の胸に温かいものが残っているのを感じていた。
それは、声。
誰かの、優しい声。
彼の声。
でも、誰なのかは分からない。
「……ごめんなさい……」
誰に謝っているのかも分からないまま、
セリナはそっと、膝を抱きしめた。
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【シーン:ヨンジュンの独白】
廊下の端。
ヨンジュンは、壁にもたれ、静かに目を閉じていた。
耳には、セリナのかすれた謝罪の声が、今も残っている。
何に謝る必要がある?
悪いのは、彼女ではない。
こんな仕打ちを与えた、この世界だ。
この腐った財閥だ。
ヨンジュンの拳が、ぎゅっと震える。
だが――
すぐに力を抜いた。
怒りを、憎しみを、
今は押し殺す。
彼に必要なのは、冷静さだ。
復讐を完遂するために。
……だが、本当に、それだけなのか?
心の奥で、誰かが囁いていた。
――救いたい、と思っただろう?
ヨンジュンは、ゆっくりと目を開けた。
決意の光が、再びその瞳に宿る。
「すべてを終わらせるまでは――
俺は、何も手に入れない。」
それが、
ジン・ヨンジュンという男の、選んだ道だった。
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【シーン:エピローグ】
数日後。
退院したセリナは、記憶を失ったまま、新たな生活を始めた。
ヨンジュンは、そんな彼女を、あくまで”秘書”として支えることになる。
だが、セリナの心のどこかには、
拭いきれない温もりが、確かに残っていた。
そして、ヨンジュンもまた、
凍り付いたはずの心に、かすかな軋みを感じ始めていた。
復讐か。
愛か。
まだ、それを選ぶ時ではない。
だが、運命の歯車は、
もう、音を立てて動き出していた。
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――第3話 完――




