星空、遠く。
皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申すものでございます!
異世界で幸せになるヒロインの物語、いよいよ異世界編です! 前世では決して幸せとはいえない最期を迎えてしまった明希ちゃん、果たして異世界で幸せになることができるのでしょうか……!?
それでは、本編スタートです!!
ジーノの腕のなかで、彼の体温を全身に感じながら、私は微睡む。泥のように纏わりつく眠気に身を委ねるのはとても心地よくて、何もかもが曖昧になっていく快楽に溶けてしまいそうになる。
先程まで私に燃える瞳を向け、若く猛々しい熱情を注いでいたジーノの、精悍なのにどこかあどけなさの残る寝顔に、何故だか懐かしい高鳴りすら覚える。
まるで、恋でもしているみたいに。
「おやすみ、ジーノ」
本当ならその綺麗な銀色の髪にキスしたかったけれど、きつく抱き締められたままでは届きそうにないから、どこか甘い香りの漂う胸元にそっと唇を押し当てて。
全てを詳らかにしてしまいそうな月の光から顔を背けるように、彼の胸の中に埋もれた。
ジーノの心音は、なんだか安心する。
初めて会った日を、思い出すほどに。
今よりずっと幼くて、私と『私』の境目を明確にできなかったが故に、苦しくてたまらなかった、あの頃。
* * * * * * *
私の名前は、ステラ・ルーチェ。
もちろん、今の名前だ。
おかしな話だけど、私には生まれる前の記憶がある。より正確に言えば、生まれる前から記憶がずっと連続している。私は一度死んで、この世界でステラ・ルーチェという貴族の娘として生まれた。
夢というにはあまりに鮮明で、思い返すだけで悪寒が走るおぞましい記憶。そのせいで私は生まれてすぐに父を毛嫌いし、兄を遠ざけ、使用人も男と見るや嫌悪せずにいられなかった。
死ぬ前の名前は、川口明希。
今暮らしている国とは違う……いや、そもそもこの世界には存在しない国で暮らしていた、学生という身分の少女だった。
ルーチェ家で暮らす今の私からは想像もできないほど貧しい暮らしと、そんな日々のなかでさえ遊興に耽ることをやめられない『母親』のため街娼のように身体を売らされた記憶。
私が今暮らすこの国よりよっぽど娯楽に満ちた場所だったけれど、とても苦しくて。その記憶が、事あるごとに蘇って、周りの誰も彼もが怖かった。
だから、幼い私はよく家から抜け出した。
ルーチェ家は貴族の家だったから護衛の人もいることにはいたけど、それでも川口明希の暮らした国や時代の、この時代からは想像もできないような監視体制や捜索網に比べれば、護衛の目を掻い潜るのは簡単だった。
とはいえ、幼い私がひとりで歩き回るには街は広く、道も複雑で。気付けば、すっかり道に迷ってしまっていた。石造りの見慣れない街並みが私を飲み込もうとしているように見えて、その心細さや恐ろしさで涙が溢れてきた……そのとき。
『どうかした?』
一目でわかるくらいに身なりのいい男の子だった。
夕暮れ時の空に浮かび始めていた月とよく似た銀色の髪と、街の高台から見下ろせる海のように深い青を湛えた瞳。
どうしてだろう。
当時の私にとって男の人は、例え家族でも例外なく恐怖と嫌悪の対象でしかなかったのに、その子と出会ったときには鳥肌も立たなかったし、身体が硬直する感覚も、手足の震えも起きなかった。
それどころか、なんだか泣きたくなるくらいの懐かしさすら覚えて。
思わず泣き出してしまった私を、彼は『迷子で不安なのかな。家まで送るよ、名前は? 家の場所は話せる?』となんとも無防備で純粋な言葉をかけながらあやしてくれた。
もし私が、彼を狙って隠れ家にでも連れ込んで誘拐しようとしている賊の一味だったらどうするのだろう? せっかくの優しさを前にそんな無粋な心配をしてしまう自分がなんとなく惨めだったけど、彼の向けてくる笑顔や気遣いを受けているうちに、そんな自己嫌悪すら解けていくように感じた。
『ステラ……、ステラ・ルーチェ……です』
『星か……美しい名前だね』
そんな風に名前を褒められたこと自体は、何度もあった。もちろん、川口明希だった頃に欲望を滾らせた男たちがその場の行為を盛り上げるための浅ましい言葉だったけれど。
──明希ちゃんか、可愛い名前だね
ねっとりとこびり付くような、浅ましくて醜い、欲望を隠しもしない下卑た声音。思い返すだけで身体が強張って、それでも幼い頃から躾けられてきたように媚態を演じて、心をどこかに追いやるしかなかった記憶が、ほんの少しだけ彼の言葉に重なる。
それでも、その男の子の声を聞いた私の胸は不思議と安らいでいて。
道すがら、幼い私はいろいろなことを話した。もちろん生まれる前の記憶なんていう信じがたいような話まではしなかったけど、話せる範囲のこと──家族が怖く感じて距離を取ってしまうこと、当てもなく家出をしたけど迷って不安だったこと──は、いろいろ。
『そうなんだ、それは辛かったね』
初対面の相手に話すようなことでもない内容にもかかわらず、彼は優しく頷きながら聞いてくれて。
だから、すっかり安心しきっていた。
彼の後ろを付いていけば、家に帰れるものと思い込んで、ただ疑いもせずに彼のあとを付いていって。気付いたら入り組んだ街の、一度だって訪れたことのない暗い場所まで来ていて。
『それじゃあさ、このままいなくなっちゃおうよ』
『え?』
斜陽が燃やす街の外れ。
彼の声を合図にしたように、暗がり深いところの影が揺らめいて。
…………。
前書きに引き続き、遊月です。今回もお付き合いいただき、ありがとうございます! お楽しみいただけましたら幸いです♪
なになに、不穏な引きになっているじゃないかって?
やっぱり幸せになり始めるところですからね。これからなのです、そう……これから……これからなのです。これからですからね!(何度言うのか)
ちなみに今、この後書きを書きながら往年の大家族ソングを聴いているのですが、なんとも癒されますね。ちょうどお花見に適した季節なので、お団子でも持って近所の用水路(近所でいちばん桜を見られるスポットなのです)にでも赴こうかしらと思った次第です。所々に設置されたベンチに座って桜を見上げると、なんだか趣があるかも知れません。
劇場版の方の大家族ソングも、あちらはあちらで好きだったりしますよ。だんご♪ だんご♪……歌いたくなったのではないでしょうか、皆様?
閑話休題。
最初にも書いた通りなんとも不穏な引きになってしまいましたが、果たして明希ちゃん改めステラちゃんはどうなってしまうのでしょうか……!?(もちろん現代の姿は出ているので、助かるのは確かなわけですが)
ということで、また次回お会いしましょう!
ではではっ!!