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対異対策部  作者: 七ノ葉
21/21

第二十一章 予想外の発展

 少し騒いだあと、僕たちはひとまず休憩を取ることにした。

 魔力と体力が戻ってから、改めて宝探しを続けようというわけだ。

 二人が休んでいる間、僕は符の制御練習をしてみた。

 やってみると、意外と簡単だった。頭の中で具体的な形を想像するだけでいい。

 新米でもすぐにできる。

 ただし、消費する魔力はかなりのものだ。

 どうりで沙希さんが「緊急時の手段」って言ってたわけだ。

 僕の魔力量じゃ、せいぜい十数分が限界だろう。

 ひと通り練習を終えたところで、ふと大事なことを思い出した。

「そういえば、僕たち……他の人に信号出さなくていいの?」

 今さら感はあるけど、危険を知らせておくべきだろう。

 しかし、井上さんは首を横に振った。

「どれくらい異獣が残ってるか分からない状況で、下手に信号を出したら、逆に呼び寄せることになる。そうなったらゲームオーバーだよ。」

 僕がまだ迷っているのを見て、井上さんは少し笑って言った。

「大丈夫。俺たちは初級班だけど、逃げるくらいなら問題ないさ。」

 ……まあ、確かに。

 学院の試験なんだし、配置されてる異獣もそんな高レベルじゃないはずだ。

 少なくとも、僕以外のメンバーなら自力で何とかできるだろう。

「よし、そろそろ行こっか!」

 数分後、すっかり元気を取り戻した沙希さんが、やたらと明るい声で行動再開を宣言した。

「今度こそ静かに進もうね!」

 ……一番最初に喋り出すの、絶対あんただろ。

 ところが井上さんは微笑み、軽く首を振った。

「いや、静かにする必要はない。相手が何か分かってるなら、見つからない方法もある。」

 そう言って、彼は詠唱を始めた。

「汝の笑みをもってその目を惑わし、

 汝の戯れをもってその耳を覆い、

 汝の香をもってその鼻を惑わせ、

 失われし風よ、帰らぬ者の足跡を隠せ。」

「へぇ、やるじゃん。先生から習ったやつじゃないでしょ?」沙希さんが口角を上げ、興味津々といった顔をする。

 ……え、なに? 

 今の呪文、なんか起こった?

 僕には全然わからないんだけど?

 僕の困惑に気づいたのか、井上さんは得意げに笑って説明した。

「今のは風系の補助術だよ。風の精霊に頼んで、俺たちの気配と足跡を隠してもらったんだ。わざと目立たない限り、見つかることはないさ。これ、習得するのにめっちゃ時間かかったんだからね!」

 井上さんの術のおかげで、僕たちは驚くほど軽やかに進めた。

 沙希さんなんて、すっかり遠足気分でおしゃべりを止めない。

 いつの間にか、話題は自然と井上さん本人のことになっていた。

「じゃあ井上くんって、家では唯一の異能者なんだ? 隔世なの? それとも祝福?」

「さぁ?俺にもよく分かんないよ。ある日突然、誰かに刃物突きつけられてさ。

 『死ぬか入学するか選べ』って言われたから、入学しただけ。」

 ……うん、なんかすごく聞き覚えのある勧誘方法だな、それ。

「君が悪意を持ってるか分からなかったんだ?とりあえず誓約を結ばせて、学院の管理下に置く方が安全かな。」

「まあね。世の中には、力を手に入れた途端、頭がぶっ壊れる奴もいるからな。」

 彼らの話はどんどん盛り上がっていき、気がつけばかなりの距離を歩いていた。

 けれど、歩けば歩くほど胸の奥に違和感が募っていく。

 ――何かを見落としている。そんな気がしてならなかった。

 なんだ?一体、何を……?

「おい、松本!」

「うわっ!」

 いつの間にか僕の背後に回っていた沙希さんが、いきなり肩を強く叩いてきた。

 心臟、止まるかと思った……!

「なに考えてんの? さっきから全然しゃべらないじゃん。」

 びっくりさせないでよ、マジで!

 何度か深呼吸して落ち着きを取り戻したあと、ようやく頭の中の考えを口に出す。

「僕さ……もしかして、何か手がかりを見落としてるんじゃないかと思って。

 もう結構探したのに、全然進展ないだろ?」

 僕の言葉を聞いた井上さんが、まるで今思い出したように自分の頭を叩いた。

「そうだ!あの理事長、どれだけふざけてても、さすがに運任せのルールは作らねぇよな!」

 やっぱり――僕の勘、当たってた。

 でも……。

「とはいえ、今のところそれらしいモノなんて何もなかったよね。

 助けになりそうな異常物も一つも見てないし。」

 沙希さんの言うとおり、道中で見たのは木と落ち葉ばかり。

 どう考えても手がかりなんて存在しなかった。

 僕たちは再び黙り込み、それぞれの頭の中で記憶を探り始めた。

 何か、何か見逃してはいないか――。

「……違う!一つあった!」

 十秒ほどの沈黙を破って、井上さんが声を上げた。

 その瞬間、僕の脳裏にもある光景がはっきりと浮かぶ。

「――あのマンイーター花だ!」僕と井上さん、ほとんど同時に同じ言葉を口にした。

 井上さんは少し驚いたように僕を見て、それからふっと口角を上げた。

「やるじゃん。」

 結論にたどり着いた僕たちは、迷わずさっきの場所へと引き返すことにした。

 あの時かなりの距離を全力で走って逃げたうえ、休憩後もまたしばらく歩いていたせいで、道に迷っていないとはいえ、元の場所に戻るまでにはそれなりの時間がかかった。

 そして現場に近くれば近くぼと濃烈な焦げ臭い匂いが鼻を刺した。

 まだ姿は見えないけど、あの花がまだそこにあって――いや、多分もう炭の塊になってるのは間違いない。

 案の定、現場に着いたときには、もはや原形を留めていなかった。

 周囲の地形と、目の前に転がる人二、三人分ほどの巨大な炭の塊から、ここで間違いないと判断できるだけだ。

「……手がかりまで燃やしてないよな?」

 目の前のバカでかい炭を見ながら、僕は今回の行程が全部無駄になった可能性を本気で疑った。

「……たぶん、大丈夫……だよね?」

 自分の傑作を前に、沙希さんも自信なさげだ。

 反而是井上さん一個人一派輕鬆,風で細かい炭を吹き飛ばしながら線索を探し始める。

「心配すんなって。あの理事長、宝亀家の次期当主なんだぜ?あいつが仕込んだ線索に保護が無いわけないし、こんな程度で壊れるはずないって。」

 ……いや、こんなゲーム思いつくやつでまともじゃないんだから、準備もまともとは限らないだろ……。

 と、一瞬思ったけど、この世界の人間は総じて規格外すぎるので、僕は何も言わずに頷くしかなかった。

「聞いた話だとさ、前に上級班が手がかりを探すために島一つ吹き飛ばしたらしいけど、手がかりは無傷だったってよ。この程度の火じゃびくともしないって。」

 ……僕、もう何もツッコめないわ。

 頼むから普通に授業してくれよ!

 井上さんに倣って僕たちも一緒に探索を始めると、ほどなくして、それらしいものを見つけた。

 それは、ピンポン玉ほどの大きさのガラス玉だった。

 中には何もなく、完全な透明。

 けれど手に取った瞬間、僕の魔力が勝手に吸い込まれていく感覚があった。

 魔力を吸い取ると、ガラス玉の中心に弱々しい暗紅色の光が灯り、やがて魔力の流れに合わせるように、光が一本の矢印の形を形作り、ある方向をまっすぐ指し示した。

 どれだけ回しても、矢印はその方向から動かない。

「……これ、そっちに進めってことだよな?」

「だろうね。」

「よし、じゃあ行くか。部活始まる前には終わらせたいし。」


「おい、茅野……もうすぐ来るぞ。」

「ん……隠れろ。これが最後だ。」


 ガラス玉の導きのおかげで、僕たちの進む速度は目に見えて速くなった。

 とくに茂った藪をかき分けて進むと、石畳が敷かれた小さな円形の広場へと出た。

 広場の中央には、苔むした古びた小さな祠がひっそりと佇んでおり、

 その石造りの台座には、校章が刻まれたバッジが何十個も並べられていた。

 どう見ても、このゲームの宝物だ。

「……見つけた!」

「よっしゃ!」

 井上さんもほっとしたように息をつき、笑みを浮かべた。

 だが――

「いや、待って。」

 沙希さんが突然眉をひそめ、手の符を一瞬で長鞭へと変化させ、

 振り向きざまに数本の黒い短い矢を叩き落とした。

 その双眸は鋭く、誰もいないはずの林の闇をじっと射抜いている。

「……出てきなよ。」その声は刀の刃のように冷たい「いつまで隠れてるつもり?」

「おっと?」

 沙希さんが見据える方向から、聞き慣れた声が響いた。

「俺たちを見破るとは、大したもんだね。」

 声と同時に三つの人影がまるで空気から滲み出るように現れた。

 先頭に立つのは、いつも僕にちょっかいを出してくる男――茅野青空。

 その後ろには、一人太った男と、一人痩せこけた男、どちらも敵意丸出しの顔つきだ。

「『隠身マント』……か。」沙希さんは目を細め、口元に危険な笑みを浮かべた「どこで拾ったの?」

「理事長からの『プレゼント』だよ。」茅野は気にした様子もなく肩をすくめ、沙希さんの殺気に応えるように挑発的な笑みを返す。

「俺たち、解散した直後にこの異常物を見つけてさ。

 で、見つけたヤツの勝利条件が、ちょっと変わるんだよ。」

 そう言って、彼はポケットから羊皮紙を取り出し、こちらへ掲げた。

「他のプレイヤーを全員排除すること。

 理事長はちゃんと『俺たち』のための道具を用意してくれたらしい。」

 心臓が嫌な音を立てて沈む。

「ちょっと待って……それって……」

「そう、その意味。」茅野の視線がゆっくりと僕たち三人をなぞる。「川原のチームも、他の連中も――もう全員、ゲームオーバーだ。

 ここから先は、俺たち『ハンターチーム』が勝つか、お前ら『トレジャーチーム』が勝つか――

 実力で決めようじゃないか。」

「上等だよ!」井上さんが一歩踏み出し、堂々と応じる。

「荒れ狂う颶風よ、いま其の姿を顕せ! 灼ける赤炎よ、刃となりて舞え!」

 放った符が一瞬で赤と白、二本の太刀へと変わり、茅野をまっすぐ指す「不良、タイマン張る度胸あんのか?」

「ビビってると思う?」茅野が鋭く手を振る「やれ!」

 号令と同時に、背後の二人が同時に動き出した。

 太った方はまるで肉弾戦車のように咆哮し、

 その体格に似合わない加速度で沙希さんへ突進!

 一方、痩せた男は素早く印を結び、口の中で呪文を唱え始める。

「来なさい!」

 沙希さんは躊躇なく長鞭を振り、突進してくる巨体の喉元を狙う

 だが――

「赤の加護!」

 長鞭が届く寸前、痩せた男の術によって火の壁が突如として立ち上がり、鞭の軌道を完璧に遮断した!

 長鞭は弾かれ、太った男にはかすりもしない。

 その隙に巨体が懐へ潜り込み、金属製の拳套をはめた拳が、轟音とともに沙希さんへ迫る!

 沙希さんは仕方なく長鞭を引き戻し、身を翻して回避。

 しかし太った男の攻撃は勢いを増し、暴風雨のように連打が続く。

 沙希さんは距離を取りながら応戦するしかない。

 技術的には沙希さんが圧倒的に上。

 動きの大きい太った男の隙を何度も捉え、長鞭が毒蛇のように側腹や膝を狙う――

 だが、その度に痩せた男の防御術が寸分の狂いもなく鞭を遮り、全て無効化してしまう。

 さらに、沙希さんが痩せた男へ攻撃しようとすると、

 太った男が身を挺してでも割り込み、徹底的に彼女を拘束しにかかる。

「……くっそ!」

 沙希さんが焦れたように低く唸った。

 どうやら、この消耗戦からすぐには抜け出せそうにない。

 ──ギィンッ!!!

 もう一方の戦況も同じく膠着状態だった。

 先に痺れを切らしたのは茅野だった。

 近くの木を後ろ蹴りし、その反動で矢のように跳び出す。その脚力たるや、蹴られた木が呻き声を上げるほど大きく揺れたほどだ。

 ほんの一瞬で井上さんの目の前に迫り、獣爪が振り下ろされると同時に井上さんも刀を振り上げる。

 ──ギィンッ!!!

 耳が裂けそうなほど鋭い金属音が森に響き渡った!

 僕は見た。

 刀身が獣爪を叩きつけた瞬間、爪には傷一つ付かず、逆に火花が散ったのを。

 ……は? 

 爪のほうが刀より硬いってどういう理屈だよ。

「はぁっ!!」

 井上さんが低く唸り、双刀を下から跳ね上げるように振り上げる。

 茅野の体が後方へ弾かれ、そのまま井上さんは即座に攻勢へ。

 紅白の太刀が幾重もの軌跡を描き、嵐のように茅野へ切りかかる。

 しかし茅野は鼻で笑うような声を漏らした。

 避ける気など微塵もない。

 燃える獣爪で全ての斬撃を受け止めながら──

「遅い!遅い!遅いんだよ!!」

 二人は互いに一歩も引かず、地面はその衝撃だけで亀裂が走り始めていた。

 ……僕も援護しなきゃまずい。

 僕は急いで符を取り出し、体内の魔力を意識で流し込む。

 休憩中から決めていた武器の形を思い描く。

 ──シンプルで、確実に役立つもの。

 手に重みが宿る。

 視線は構えたまま立っている痩せた男へ。

 パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!

 そうだ。

 僕には沙希さんや井上さんみたいな華麗な技も、茅野みたいな化物スペックの身体能力もない。

 なら頼るべきはひとつ。

 人類が叡智で作り上げた最高の武器──

 銃火器だ。

 沙希さん側の膠着を崩せば、勝利は確実に傾く。

 ……そう思っていた時期が俺にもありました。

「流風・禦」

 痩せた男はちらりと僕を一瞥しただけで防御術式を展開し、そのまま意識を再び沙希さん側に戻した。

 ちっ……通らないか。

 だけど――いや、だからこそか?

 この状況で僕のテンションは逆に上がり始めていた。

 この小さな失敗は、火に油を注ぐように戦意を加速させる。

 銃口を茅野へと向ける。

 井上さんと交戦している側……ならまだ狙える。

 ──防げるなら、まずこっちから落とす!

 しかし茅野は僕の意図に気付いたのか、井上さんとの距離を取りながら高速で動き回り始め、照準の隙を一切与えない。

 ……くそっ!

「俺が止める!」

 井上さんが叫ぶと同時に追いすがり、二つの影が残像のように木々の間を走る。

 あまりの速度に視界が追いつかない。

 だが────

 僕はその高速戦闘を目で追い始めている自分に気付いた。

 まるで時間がスローモーションになったかのように。

 視界が澄んでいく。

 彼らの動きが、はっきり見える。

 それだけじゃない──

 感情まで、伝わってくる。

 井上さんと茅野の激しい闘志。

 突破口が掴めず苛立つ沙希さん。

 そして──

 こちらへ向かってくる複数の悪意。

 全てが、鮮明に理解できた。

 ……

 …

 悪意?

 ──来る!!

「沙希さん、危ない!」

 胸の奥で何かが弾けたように、僕は考えるより先に叫んでいた。

 ほぼ同時に──

 草むらから巨大な黒い影が飛び出し、一直線に沙希さんへと襲いかかる。

 だが僕の警告を聞いた沙希さんの動きは迷いゼロだった。

 ひらりと身を翻し、影の軌道から大きく跳び退く。

 そこに残されたのは、ついさっきまで彼女と殴り合っていたあの太った男だけ。

 当然、防備なんてあるはずもない。

 黒影はそのまま太った男に激突し、彼の身体を豪快に吹き飛ばす。

 そのまま転がった先は、ずっと彼に防御術を張っていた痩せた男の足元だった。

「ちっ……面倒なのが来たな。」

 影の正体を肉眼で捉えた瞬間、誰が言ったかも曖昧なまま、全員の本音が漏れた。

 それは異獣だった。

 登録時に見たものとほぼ同じ大きさの、狼型の異獣。

 低く、地を這うような唸り声と共にはっきりと告げる──ここにいる全員が、自分の餌だ、と。

 一匹だけなら、まだ対処の余地はあるかもしれない。

 だが、僕が先ほど感じ取った悪意の数を考えると……。

 予想通りだった。

 数秒もしないうちに、形も大きさもバラバラな異獣が次々と林の奥から姿を現す。

 どいつもこいつも、露骨な殺気を放ちながら、僕らを今すぐ丸呑みにしたいと言わんばかりに。

「どうする?」

「まずはコイツらをなんとかしないと始まらない!」

 井上さんと茅野は即座に戦闘を中断し、視線を戦況へと戻す。

 二人はほんの一瞬だけ目を合わせると、同時に飛び出した。

 異獣たちへと突っ込み、肉薄戦にもつれ込む。

 その動きに呼応するように、沙希さんと痩せた男も即座に参戦した。

 しかし──

 たった一輪のマンイーター花でさえあれだけ苦戦したのだ。

 茅野たちが加わっているとはいえ、この数の異獣相手に、本当に持ちこたえられるのか?

 案の定。

 戦闘が進むほど、僕らの劣勢は目に見えて露わになっていく。

 おそらく全員、魔力が尽きかけているのだ。

 異獣に通る攻撃は明らかに減っていき、

 逆に異獣の一撃は一発一発が致命傷級。

 見ているだけで心臓が縮むほどだった。

 くそ……

 くそっ……!

 焦りで胸が焼けそうだった。

 戦場に釘付けになった僕の鼓動が、不意に早鐘のように跳ね上がる。

 視界の色が、わずかに歪んだ。

 まただ……

 僕は感じてしまった。

 全員の──

 いや、異獣までも含めた「感情」。

 沙希さんの焦燥、茅野の苛立ち、

 異獣のシンプルで残酷な飢餓と殺意──

 無数の雑音が、一気に僕の頭の中へ雪崩れ込む。

 胸の奥で爆ぜた奇妙な感覚が膨れ上がり、何かが囁いた。

「……うるさい。全部、黙れ。」

 気付けば、身体が勝手に動いていた。

 僕は手をゆっくりと掲げ、戦場へ向けて掌を広げる。

 詠唱も、符札も、魔力の波動すらない。

 ただ、心の中の意念を言葉に変えて、

 すべての「魂」へと同期させる。

「止まれ。」

 瞬間──

 戦いは完全に止まった。

 僕の視界に映るすべての命が、まるで時が止まったかのように動きを止める。

 次の指示を、静かに待っていた。

 この場に存在するものすべてが、僕の掌の中にある感覚。

 彼らの生死すら、僕の意思一つで決まる。

 そうだ、こいつらなんて──蟻と同じだ。

 蟻……

 本当の自分を、見せてやれ。

 本当の……僕を……

 さあ、殺せ、

 殺してしまえ──

 全能感と一緒に、底のない殺意がせり上がる。

 内側から湧き出す衝動が、僕に囁き続ける。

 そのとき──

「松本ッ!!」

 違う──違う!!

 僕は……殺したくない!!

 誰の声かは分からない。

 だけど、隊長の声に似た怒鳴りが、かすかに僕の耳に届いた。

 その一瞬の隙を突くように、残った理性が僕を現実へ引き戻す。

 だが、殺意は止まるどころか、むしろ濃くなっていく。

 このままでは……

 このままでは僕は僕でいられなくなる。

 だけど──

「ふざけんなッ……座れ!!」

 出せるだけの力で吼え、僕は強引に同調を断ち切った。

 この異変が同調によるものなら、切れば戻れるはずだ。

 その瞬間──

 胸を締めつけていた殺意が、嘘みたいに霧散した。

 ……良かった。 殺意が消えたことに安堵し、僕は膝に手をついて荒い息を吐いた。

 ふと、周囲の静けさに気づいて顔を上げる「……え?」

 そこには、異様な光景が広がっていた。

 あれほど凶暴だった異獣たちは、まるで命じされた忠犬のように、全員その場に大人しく座り込んでいる。

  殺気は完全に消え失せ、むしろ怯えたように僕を見つめていた。

 そして他の人たち── 茅野も、井上さんも、沙希さんでさえも。

  全員が彫像のように硬直し、信じられないものを見る目で僕を凝視していた。

「な……んだよ、これ……」

 その沈黙を破ったのは、森の奥から響いた、乾いた拍手の音だった。

 パチ、パチ、パチ、パチ──。

「素晴らしい!!実に、素晴らしい!!」


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