第二十章 宝探しゲーム
チャイムの音と同時に、担任がいつもの調子でだらだらと教室に入ってきた。
その口から出た第一声で、クラス中の顔色が一瞬で青ざめた。
「……というわけで、理事長があまりにもヒマ……ゲホン、君たちの成長を心配してな。これから森の中での宝探しゲームを行うことにした。」
………ん?
な、なんでみんな、そんな絶望した顔してんの?
森で何か探すだけでしょ?ぜんぜん大したことなさそうじゃん?
――そう思っていた僕が、どれだけ甘かったかを次の瞬間思い知ることになる。
「では、健闘を祈る。」
「うわぁぁぁぁっ!!」
担任がいつものようにだるそうに、教卓に片肘をついたまま言い終えた直後――
足元がふっと軽くなった。
……え?
次の瞬間、教室の床がまるごと消えた。
僕たちは全員、まとめて空中に投げ出されたのだ。
――は!?!?!?!?!?!?
人生で初めて、心の底から汚い言葉を叫びたくなった。
視界の下には、果てしなく続く森。
僕たちは悲鳴を上げながら、一直線に落下していく。
……これ、死ぬやつだ!!
「風系術式を使って!」
隣から、沙希さんの鋭い声が飛んだ。
状況を理解するより早く、彼女は即座に詠唱を始める。
「風の守り、大気の詩、災厄を吹き、祝福を降ろせ!」
「暴風招来、守護の風よ!」
「風の戯れ、蝶が鳥と舞え――一式《風の舞》!」
「風よ……っ!」
周囲の学生たちも次々と反応し、詠唱の声が重なっていく。
一瞬のうちに五、六種の風術が同時に発動し、空気が激しくうねった。
直後、下から強烈な上昇気流が吹き上がり――
僕たちの落下速度が一気に緩まった。
数分後、ようやく森の中に無事降り立った。
地面に足をつけた瞬間、真っ先に浮かんだのは──あのクソ理事長の頭をぶっ叩きに行きてぇ、ってことだった。
普段は静まり返っている森の中に、今日は不釣り合いなほど荒い息づかいが響き渡っていた。
数十名の生徒たちが、制服のまま柔らかな腐葉土の上にへたり込んでいる。
あの落下の無重力感は、まだ神経の奥に生々しく残っていた。
……助かった……!
っていうか、これ本当に授業の一環なのか?
どっからどう見ても集団殺人未遂だろ、これ!
「……ちっ!」
さっき《風の舞》を唱えて落下を抑えた、見た目やけに落ち着いてた男子が、今は顔をしかめて近くの木を思いっきり蹴り飛ばしていた。「ふざけんなよ……あのクソ理事長!」
「文句はあとで!今は周囲の確認が先!」
ある鋭い声が飛ぶ。
どうやら彼の知り合いらしい女の子で、その目つきはまるで猛禽類のように鋭かった。
辺りを素早く見回し、いつでも何かが飛び出してきそうな空気を察している。
「あのクソ理事長が考えたゲームなら、ただの宝探しで終わるはずがない!」
その冷静さと迫力に押され、あれだけ騒いでいた生徒たちも一瞬で黙り込んだ。
「長引けば何が出てくるか分からない!今すぐクリアを目指す!」
その言葉で、彼女が自然と現場の指揮を握ったのが分かった。
「全員、三〜五人単位でチームを作って!同じ属性の人はなるべく一緒に、サポートをしやすくするの!」
その時、沙希さんがふと口を開いた「さっき先生が言ってたでしょ?森の中には『私たちを助ける異常物がある』って。つまり、この森には何か仕掛けられてるはずだよ。」
「なるほど……」と彼女の言葉に女の子も頷く「じゃあ各チームに一人は戦闘系を入れる。半分は異常物を探索、残りは宝物を探す。
どっちか見つけたらすぐ信号を上げて!確認した全員そこに集合!」
「了解!」
その号令のもと、混乱していた生徒たちは一気に動き出した。
互いに声をかけ合い、仲の良い同級生同士でチームを組み始める。
が.....
僕はといえば、誰も知り合いがいない新入り。
ただひとりぽつんと立ち尽くすしかなかった。
そのとき――
バンッ!
背中にいきなり強めの一撃。
「松本くん!何ぼーっとしてんの!私達も行くよ!」
振り向けば、沙希さんがどこか楽しそうに笑っていた。
……いや、なんかワクワクしてない?
さらに意外なことに、さっき木を蹴ってた井上って男子が、こちらに歩み寄ってきて声をかけてきた。
「鳳さん、松本さん。もしよかったら俺も組んでいいですか?
「え、あなた、あの子と組まないの?」沙希さんがさっき指揮を取っていた女の子を顎で示して首をかしげる「私たち、得意属性が違うでしょ?」
確かに、沙希さんのイチゴはどう見ても火属性だ、一方で、井上さんは風術の使い手。
同じ風系チームの知り合いをわざわざ離れて、僕らと組む理由なんて、普通ならないはずなんだけどな。
「川原のチームもう十分な人居るから。それに、俺は火と風の複合系なんだ、今の初級班だと火属性が少なくて。茅野のチーム以外だと、残ってるのは君たちくらいなんだ。」井上さんは隠す様子もなく、さらりと理由を説明した。
――へぇ、茅野って火も使えたのか。
どうやらこの前のあれ、かなり手加減してくれてたんだな……
十分も経たないうちに、僕たちは無事にチーム分けを終えた。
分担がまとまったのを見て、川原さんが再び前に出る。
「それじゃあ、これから役割を分けるね。」
彼女は全員をぐるりと見回し、少し考え込んだあとで口を開いた。
「戦力が高い茅野チーム、鳳チーム、そして私のチームは宝探し担当。
他のチームは異常物を探して。異議がある人は今のうちに!」
……うちのチームには僕っていう確実な足手まといがいるし、戦力的には間違いなく下の方なんだけどな。
でも、沙希さん一人で帳消しどころかお釣りがくるくらい強いみたい、どうしようか。
どうするべきかと迷っているうちに、川原さんが次の指示を出す。
「異議なしならじゃあ行動開始!何か進展があったり、トラブルが起きたらすぐ信号を上げて!目標は最短クリア!」
「了解!」
全員が一斉に返事をして、それぞれ違う方向へ散っていく。
あっという間に、広場には僕たち三人だけが残った。
「……さて、俺たちも行こうか。」
井上さんは周囲を見回し、人が行っていない方角を目で示した。
僕と沙希さんは特に異論もなく、彼の後を追って森の奥へ踏み出した。
「おい、茅野。ちょっとこっち来い。」
「……チッ、やっぱりあのクソ理事長の仕業か。信号出すか?」
「いや、今出すと逆にクリアが遠のく。それより――俺にちょっと考えがある。」
「はぁ〜〜……何にも見つかんないじゃん!」
出発から三十分ほど経った頃、沙希さんがとうとう静寂に耐えきれず、ぼやき混じりの声を上げた。
いや、正確に言えば静かすぎるんだ。
出発直後、井上さんが「余計な音を立てると厄介なのを呼ぶかも」と言っていたせいで、僕たちは一言も喋らずに歩いていた。
僕は枯葉を踏むたびに、パリッという音がやけに大きく響く。
それに比べて二人は足音すらしない。
落ち葉も小石も転がってるのに、音が一切しないんだ。
……もう、ほんとに存在してるのか疑いたくなるレベル。
「……はぁ。」
沙希さんの愚痴に、井上さんは小さくため息をついた。
けど、怒るでもなく穏やかに返す「そうだね。せめてヒントくらいくれればいいのに。」
……あ、たぶんこの人も限界なんだな。
一度会話が始まると、もう静けさのルールは完全に崩壊した。
そのうち自然と雑談が増え、気づけば僕たちはいつもの調子で話をしていた。
「ねぇ井上くん、どうして二つの属性を修めようと思ったの?」
沙希さんがふと思い出したように尋ねる「普通、二属性修行ってあんまりやらないでしょ?」
「え?二つ修めるのってダメなの?」
単純に、できる術が多い方が強そうじゃないか?
千尋さんにもそんな話は聞いたことないし、魔力さえあれば使えるってもんじゃないのか?
「……あー、松本くんまだその辺の授業受けてないんだね。」沙希さんが顎に手を当て、少し考えてから説明してくれた。「同じ属性の術を使い続けると、自分の魔力がその属性に馴染んでいくの。消費が減って威力も上がるんだよ。
だから、よっぽどの天才か、何か理由がある人じゃなきゃ普通は一つに絞るの。」
――なるほど、筋トレみたいなもんか。
特定の筋肉だけ鍛える方が効率いいってことね。
「それに、異なる属性の魔力が体の中で混ざると、バランスが崩れやすいんだ。」井上さんが補足するように言った。
……うん、やっぱり一つに絞った方がよさそうだ。
でも、ふと気になって聞いてみた。
「じゃあ、なんで僕たち今、複数属性の術を勉強してるんですか?」
どう考えてもデメリットしかないように聞こえるんだけど。
「それは、自分の適性を探すためさ。」井上さんは少し目を細めて、どこか呆れたように笑った。「ほら、小学生にいきなり『文系理系どっちにする?』って聞いても困るでしょ?」
……うん、なるほどね。
でもその例え方、地味に刺さるんですけど!
「……あーあ、せっかくの雑談タイムもこれで終わりみたい。」
突然、沙希さんがそう呟いた。
意味が分からず首を傾げていると、彼女はポケットから一枚の橙色の符を取り出し、
ゆっくりと詠唱を始める。
「炎よ、我が意に従い、敵を焼き尽くせ!」
次の瞬間、符が燃え上がり、紅蓮の火がうねって形を変える。
瞬く間に一条の長い炎の鞭へと姿を変えた。
「……符って、そんな使い方できるの?」
僕はずっと符って投げて爆発させたり、バリアを張ったりするだけのもんだと思ってたよ。
「威力を調整できるなら、形も制御できるんだよ。
ただし維持に余分な魔力がかかるから、普段は武器が使えない時の応急処置かな。」
そう言いながら、沙希さんは手の中の炎鞭を軽く振ってみせる。
ぱしゅっ、と空気を裂く音がして、表情が少しだけ不満げになった。
……いや、なんで急に武器出したの?
そう思った瞬間、隣の井上さんの顔色が変わる。
胸元から白い符を数枚取り出し、森の奥を鋭く睨んだ。
「来るぞ!」
その言葉が静まり返っていた空気を一瞬で張りつめさせた。
井上さんの声が終わるか終わらないかのうちに、林の奥から耳をつんざくような引き裂く叫び声が響いた。思わず身が跳ねる。
続いて、小型のブルドーザーでも通り抜けたかのように、茂みを押し潰す地響きがドドドッと鳴る。僕は目を丸くした。
その影から現れたのは――信じがたい光景だった。
「……こんなの、普通は地面に根付いてるはずだろ!」
それは「花」だった。
だけど、でかい。大型トラック並みにでかいマンイーター花だ。
本来土に埋まっているはずの太い根茎が、今は異形の二本の脚のようになって、その巨大で醜悪な胴体を支えて一歩一歩こちらへと近づいてくる。
大きく開いた花弁の内部に反射した陽光が、ぎらぎらとその鋭い歯を照らしている。眩しくて目が眩むほどだ。
「バカか!あれは異獣だ、後退しろ!」
井上さんが咄嗟に僕の襟を掴んで引き寄せる。
引っ張られた瞬間、隣で大きな衝撃音が鳴った。
何かが空振りしたらしく、重たい歯が空を切って地面に叩きつけられた音だ。
マンイーター花はその空振りに怒りでも覚えたのか、二本の脚で地面を蹴り、信じられないほどの機敏さで体ごと跳躍してきた。でかい口は、僕たちを一飲みするには余裕すぎる。
「――ハァ!」
沙希さんが咆哮のように声を上げると、彼女の右腕が鋭く振り抜かれた。手の中の炎の鞭が砲弾のように放たれ、灼熱の熱風を伴って花弁めがけて叩きつけられる。
バシッ!
鈍い衝撃音とともに、鞭は花弁に黒焦げの跡を残した。マンイーター花は苦悶に満ちた咆哮を上げる。
だがそれだけだった。
焦げ跡は表面に付きはしたが、その皮は厚く、鞭の威力は深く貫通しない。まるで装甲をまとったように、あんまり効かない。
「こりゃ時間かかるな。」
沙希さんは舌先をちょっと出して嬉しそうに笑っている。戦闘態勢に入ると、あいつはまるで別人になるな。
やっぱり血の中に好戦性が染み付いてるタイプだ、こいつ。
「僕、何かできることないっすか?」
正直、何か役に立ちたくて仕方がない。
ある変な感覚が胸の奥にあって、この花に何かできるはず。
だけど――
沙希さんは振り向いて、にこりと薄い笑みを浮かべた。「松本くんは、私たちの戦い方をよく観察しててね。」
「邪魔すんな!お前の安全は保障できないからな!」
……あ、戦力外通告、了解っす。
同時に、井上さんも手を動かした。白い符を胸元から次々に投げ放つ。符は空中で半月状の鋭い風刃へと変化し、ズバッと根茎目がけて飛んでいく。
しかし、風刃は細い枝をいくつか切り落とすにとどまり、本体へのダメージはほとんど与えられない。
「くっ、硬いな!」井上さんが舌打ちする。
明らかに、こいつの防御力は我々の現火力を上回っている。通常攻撃じゃ効かないらしい。
「井上くん、私をサポートして!」状況を見切った沙希さんは即座に戦術を変更した。炎の鞭を一旦収束させると、こちらに向かって大声で命じる「燃やすわよ!」
「了解!」と井上さんが即座に応えた、彼は懐から白い符を一束取り出して思い切り投げた。
しかし今回は風刃にはならず、地面に散らばっていた枯れ枝や落ち葉、周囲の枯れた低木ごとぐるりと巻き上げて、素早くマンイーター花の足元に積み上げていった。
わずか数秒のうちに、マンイーター花の周囲は燃料でびっしりと埋め尽くされていた。
同時に、沙希さんも準備を整えた。
彼女は両手を合わせ、瞳が炎のようにぎらつく。さっきよりはるかに大きく、灼けるような魔力が彼女の身体から噴き上がり、場の空気を押し潰すような恐るべき圧力が一瞬で辺りを包んだ。
「我に従う炎の精よ、今我の命令を応じて、敵を焼き尽くし道を開けよ!」
彼女が詠唱すると、手前に巨大な火の陣が描かれ、深紅の熱流が法陣から噴き出して、ちょうど井上さんが積み上げた燃料の山を正確に直撃した。
乾いた枝や落ち葉は一瞬で着火し、炎は肉眼で見てわかるほどの速度で暴れ広がった。
マンイーター花の分厚い皮膚も、灼けたような腐臭を放ち始める。
「走れ!」
燃やせば確実に倒せるかどうかは分からないその場でそう判断した井上さんは、僕の手を掴むと犬に追われて逃げるような勢いで突っ走った、そのスピードに伴う風圧が顔面を叩きつける。
しばらく全力で走り、十分に距離を取ったところでようやく足を止めた。
「はぁ……疲れた!」沙希さんはその場にぐったりと座り込み、いつもの淑やかさはどこへやら。
井上さんも必死で息を整えている。僕を振り回して走った分、彼の消耗は沙希より大きいようだ。
「魔力、あとどれくらい?」と彼が荒い息で訊く。
「三分の一くらい、かな。そっちは?」
「半分ちょっとかな。」
やっぱり今回の一件、彼らにとっても楽な戦いではなかったらしい。
僕も何か手伝えたら良かったんだけど。
落ち込んでいる僕を見て、沙希さんが軽く励ましてくれた。
「気にしすぎないで。強くなりたかったら、練習あるのみだよ」
そう言って彼女は符を数枚取り出し、僕に差し出した。
「ほら、これは火符。次は松本くんも一緒に戦うんだからね」
火符を受け取り、どう使うか考える。
火に関係してて、僕ができることって何だろう。普段、蠟燭に火を点けたり落ち葉を燃やすときはライターを使ってるけど…
そう考えていると、火符はいつの間にか僕の手からすり替わっていた。
ひんやりとした風が通り過ぎる。
「……」
「……」
「……」
「松本くん!」沙希さんが肩を強く叩き、ぞっとするような笑みを浮かべながら冷たく言った「法術は使い手の意志に左右されやすいんだから、次に使うときは変なこと考えないでね。」
そのとき、傍観していた井上が近づいてきて、場を和ませるように言った「新人は練習が必要だからね。」
礼を言う間もなく、井上はまた一束の符を僕に差し出した。
「はい、これ風符。先に言っとくけど、扇風機みたいなの出したら殺すぞ」
え、やめてくれ、その脅しは効くぞう。
「茅野……なんでお前らそんなことしてるんだ?」
「悪がったな川原。文句があるなら理事長に言ってくれよ。」




