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対異対策部  作者: 七ノ葉
19/21

第十九章 初級班の授業Ⅱ

「……起きたか。」

 顔に当たる光を感じて、僕はゆっくりと目を開けた。

 真っ白な天井、鼻をつく消毒薬の匂い、ここがどこなのか、すぐに分かった。

「……僕、生き返ったのか?」

 胸を貫くような痛みの記憶があまりにも鮮明で、自分がまだ生きているとは到底思えなかった。

 だが、白衣を着た医者は意外にもあっさりとした口調で言った。

「ただの失血による気絶だよ。傷口はもう処置してある。」

 彼の言葉に従って視線を下げると、本当に胸の傷は跡形もなく消えていた。

 まるで最初から何もなかったかのように、肌は滑らかで、傷痕ひとつない。

「す、すごい……!」

 この世界の医療技術、マジで人間やめてるレベルだ。

「いや、俺たちの腕がいいわけじゃない。」僕の尊敬の眼差しを見た医者は、ため息をつきながら肩をすくめた「茅野が手加減してくれたおかげだよ。」

「……手加減、ですか?」

 あの状態で? 

 それを「手加減」って言うのか?

 僕、生きてるだけで奇跡じゃん。

「ほら、これを見てみな。」

 医者は手元の診断書を僕に見せながら、淡々と説明を続ける「彼は君の肋骨を切り裂いただけで、心臓も肺も無傷だった。この程度のケガなら、普通の病院でも時間をかければ治るさ。」

 淡々と言うけど……

「この程度」って言葉の定義、こっちの世界じゃおかしくない?

 一通りの検査が終わると、医者は新品の制服を手渡してきた。

「問題なければ、授業に戻っていいぞ。」

 時計を見ると、倒れてからまだ三十分も経っていなかった。

 ……三十分で、肋骨を接合して完治?

 いや、やっぱりどう考えても化け物だろ、この医療技術。

 トップ医師なんてもう、死体を再構築できるんじゃないか?

 医者に道を確認したあと、僕はひとりで体育館へ戻った。

 ちょうど、茅野が友人たちと談笑しているのが見える。

 彼の腕もすっかり治っていた、僕より早く戻ってきたらしい。

「おいおい、外野相手に怪我とか、油断しすぎじゃねぇの?」

「うっさい。」

 軽口を叩かれた茅野は不機嫌そうに返し、ふとこちらに視線を向けた。

 そのまま、彼は何も言わずに歩み寄ってきて──

「……やるじゃねぇか。俺が甘く見てたわ。」

 そう言ったあと、声のトーンを落とし、僕の耳元で低く囁く「次は……本気でいく。」

 ――こわっ。

 僕、今度こそ本当に死ぬかもしれない。

 ……ていうか、学院内で死んだら蘇生”ってカウントされるの?保険どうなんだろ。

 そんなくだらない考えが頭をよぎる中、僕は再び席に戻った。

 ちょうど次の対戦、沙希さんが中央に立っていた。

 対するのは、身長二メートル近い筋骨隆々の巨漢。

 彼の手には、僕が持ち上げられない巨大な流星鎚がぶら下がっている。

 ……うわ、見るからに強そう。

 僕は思わず沙希さんの方に冷や汗を流した。

「おいおい、医療班がなんでこんなとこに出てんだ?」

 たぶん自分でも、沙希さんを相手にするのは大人げないと思ったのだろう。巨漢が始まる前に口を開いた「女相手に本気出すのも気が引けるんだ、さっさと降参しな。」

 けれど沙希さんはまるで意に介さず、別の方向から話しかけた。

「あなた、右腕、痛めてるでしょ? 動きが不自然だよ。」

「……は?それがどうした?」

 巨漢は眉をひそめる。完全に意図を掴めていない。

「別に。ただ、医者の忠告は聞いた方がいいって言いたかっただけ。」

 いや、挑発するタイミングおかしいでしょ沙希さん!?

「いいだろう!」

 完全にキレた巨漢が鎖を振り上げる。

 流星鎚が空を切るたび、空気が唸りを上げ、残像すら見えるほどの速さだった。

「この俺様が、その細腕でどこまでやれるか、見せてもらおうじゃねぇか!」

「無駄話はここまでだ。最終試合、始め!」

 教師の号令が響いた瞬間、体育館の空気が一変した。

 巨漢が唸り声を上げながら、極限まで遠心力を溜めた流星鎚を振り抜く。

 その一撃はまるで隕石の落下。

 空気が悲鳴を上げ、床が震えるほどの衝撃が迫ってくる。

 ……にもかかわらず、沙希さんは一歩も退かない。

 いつも通り、あの柔らかい笑みを浮かべたままだ。

「冬千大人がね、昔こう言ったの。『治療を嫌がる脳筋どもは、脚の一本でも折っておけ』って。

 だから、私は医術を学ぶ前に先に戦い方を習ったのよ。」

 ああ、うん、確かに隊長のセリフだよね!

 そう言って、彼女は軽く両手を打ち鳴らした。

 ――シュッ!

 緋色の閃光が空気を裂いた。

 虚空から現れたのは、燃えるような紅の長鞭。

 炎の命を宿した赤蛇が、獲物を狙うようにしなやかに走る。

 その軌跡は流星鎚よりも速く、まるで手術刀のように正確に巨漢の手首を打ち抜いた。

 ――ビシィッ!!

 乾いた音が体育館に響き渡る。

「ぐあぁっ!?」

 悲鳴をあげる、その手首には骨が覗くほど深い鞭痕が刻まれていた。

 激痛に指先の力が抜け、流星鎚が制御を失い、滑稽な角度で宙を舞う。

 轟音を立てて壁に激突した瞬間、砂塵が舞い上がった。

 だが、沙希さんの動きは止まらない。

 彼女の動ぎと共に赤蛇は空中で美しい弧を描きながら舞い戻り、そのまま獲物を逃さぬように、巨漢の足首へと絡みつく。

「なっ……!?」

 巨漢が気づいた時には右足もう完全に拘束されていた。

 次の瞬間、沙希さんの小さな身体がぐっと沈む。

 鞭が強く引かれ、巨漢の巨体が宙を舞った。

 頭を下にしたまま、完璧な放物線を描いて。

 ――ドンッ!!

 鈍い衝撃音と共に、男は場外の床に叩きつけられた。

 そのまま、ピクリとも動かない。

「勝負有り!」

 担任が勝敗を告げた後、沙希さんは何事もなかったように僕の前まで来て、首をかしげながら微笑んだ。

「松本くん、もう傷は大丈夫? ……まさか、あの人たちみたいに医者の言うこと聞かないタイプじゃないよね?」

 天使のような笑顔……なのに、背中が凍りつく。

 僕は首がもげる勢いでうなずいた。

「ぜ、絶対に言うこと聞きます!!」

 そこへ担任もやってきて、会話に加わる。

「まさか初級班にして魂武を使えるとはな……。しかし、詠唱がなかったが、それはどなたのだ??」

 問いかけに対し、沙希さんはまったく隠す気もなく、いつもの調子でケロッと答えた。

「さあ?どなたかご先祖様のでしょうね。家の蔵にずーっと置いてあったので、使える者に使えって言われたから、私が頂きました。」

 あまりにも軽い口調に、担任の顔がピクッと引きつる。

「……やれやれ、鳳家は相変わらず財大気粗だな。そんな宝物をそう易々と。」

「あの……」僕は二人の会話についていけず、思わず手を挙げた。「『魂武』って、何ですか?」

「いい質問だね!」沙希さんは嬉しそうに頷くと、手にした長い鞭を掲げ、まるで宝物を自慢するように語り始めた。

「『魂武』っていうのはね、『魂』を根っこにして、『魔力』を器にして作り上げる、世界にたった一つの武器のことだよ!」

 なんかすごそうだな……。

「じゃあ、沙希さんの魂って……鞭なんですか?」

 ちょっと怖いんですけど。

 しかし担任は僕の言葉を否定した。

「いや、鳳君も言ってただろう。あれは家に伝わる先祖の魂武だ。特定の条件を満たせば、頂点に達した強者達が己の魂武をこの世に残すことがある。彼らの全魔力と力を凝縮した代物だ。通常の異常物など比べものにならん。」

 なるほど、ゲームでいう専用武器みたいなものか。

 いいなあ……僕もいつかああいうのを手に入れて、カッコよく戦ってみたい。

 ――と思った矢先、担任の次の一言でその幻想は木っ端みじんに砕け散った。

「ま、魂武の製造難度は恐ろしく高いけどな。莫大な魔力だけでなく、自分の力と魂を真正面から見つめる覚悟が要る。それができる人間は、一割にも満たん。」

 魔力は理解できるが、自分の魂を見つめるはなんですか、そんなに難しいことなのか?

 首をかしげる僕に、担任は静かに言葉を足した。

「魂の中には、喜びや努力だけじゃない。お前もいずれ分かる。なぜ多くの者がその壁で倒れるのかをな。」

 ……悟性の低い僕には、正直ピンとこなかったので、とりあえず素直に頷いておいた。

「それにしても、初級班で魂武を扱えるとは珍しい。苦労したろう?」僕に更にの説明をするつもりがない先生が話題を突然変えた。

 沙希さんは胸を張って鞭を軽く振って自慢に返事する「もちろん! この子に認めてもらうまで、すっごく大変だったんだから!」

 するとその瞬間、僕たちの脳裏に――。

『……ふん!』

 どこか誇らしげな、しかし少しツンとした女性の声が響いた。

 えっ、喋った!?

 いや、魂で作られてる武器なら、意識くらいあってもおかしくないか……?

 なんか王道っぽい設定だし。

「困ったなぁ。魂武は初級班の生徒には、少々手に余る代物だ。」春風のように得意げな笑みを浮かべる沙希さんを前に、担任の声色が一転した。先ほどまでの穏やかさは影を潜め、静かな威圧が空気を押し潰すように広がる「――だから授業中の使用は控えてくれ、鳳君。」

 その瞬間、僕は生まれて初めて見た。

 誰かが僕みたいに、コクコクと必死に首を縦に振るところを。


「はぁ〜〜……」買ったばかりのチョコパンにかぶりつきながら、中庭のベンチにぐでーっと沈み込んだ沙希さんが天を仰いで嘆いた「理不尽だよ!なんでイチゴ使っちゃダメなのさ!」

 担任に魂武の使用を禁止されてからというもの、沙希さんの周囲には誰も寄せつけないほどの怨気を漂わせていた。

 仕方なく、僕は苦笑しながらなだめるように言った。「まぁまぁ、先生も公平のためにそう言っただけだって。授業でああいう物使ったら、ちょっとやりすぎだからさ。」

「ああいう物じゃないもん!イチゴは私の友達なんだから!」

 僕の言葉にぷくっと頬を膨らませ、沙希さんはむくれたように抗議する。

 ……ていうか、なんであんな物騒な長鞭に「イチゴ」なんて可愛い名前をつけるんだよ。

 共通点、色が赤いってことくらいしかないだろ!?

「イチゴの承認をもらうのだって、何もしないで手に入れたわけじゃないんだからね!」

 そう言って、彼女はもう一度チョコパンにがぶりと噛みついた。

 その勢いに、まだ怒りが冷めていないのがよく分かる。

 どう慰めたもんかと頭をひねっていたとき、ふと気づいたことがあった。

「そういえばさ、沙希さん。中級班か上級班の昇格テスト、受ければいいんじゃない?」

 魂武を扱える時点で、初級班の範囲を余裕で超えてる。

 なのに、なんで僕と同じ初級班なんだ?

 学院って、能力別にクラス分けしてるんじゃなかったっけ?

「む、無理だよ。だって……その、私、他の人と合わせるのが苦手だから。」

 言葉を詰まらせながらもそう言った沙希さんの瞳に、一瞬だけ動揺の色が浮かんだ。

 けれど、それはすぐにいつもの強気な表情へと戻る。あまりに早くて、僕の気のせいかと思うほどだった。

「だから今は、協調性を鍛え直すために初級からやり直しってわけ。」

 あー……なるほど、そういうことか。

 確かに、長鞭みたいな武器じゃ連携もしづらいだろう。

「じゃあ、これから一緒に頑張ろうな!」

「えっと……失礼します。第三特務小隊の松本さんと、鳳家の沙希さんで間違いありませんか?」

 沙希さんと他愛もない雑談をしていたところ、背後から少し震えたような可愛らしい声が聞こえてきた。

 ……また誰か、絡みにでも来たか?

 そう思って振り返った俺の視界に入ったのは、怒気とは正反対の――頬をほんのり赤らめ、視線を泳がせている一人の少女だった。

 人と話すのが苦手な子みたいで、とてもケンカ売りに来た様子じゃない。

 ちらりと沙希さんの方を見ると、彼女も分からないの表情で首を傾げていた。

 どうやら知り合いではなさそうだ。

「はい、そうですけど……君は?」

 僕がそう尋ねると、少女はぴくっと肩を震わせ、慌てて名乗った。

「す、すみませんっ!中級班の梅本です!」

 焦りながらも必死に言葉をつなぐその様子は、見ているだけでこっちまで緊張してくる。

「それで、僕たちに何か用かな?」

 ここまで正確に名前を呼ばれた以上、人違いではなさそうだ。

 沙希さんだけが目的なら、同じ中級班の誰かがスカウトに来た可能性もある。

 けど、僕の名前まで出たってことは――どう考えても対象が二人。

 ……いや、僕に何の用が? 

 本気で分からん。

「えっと……」梅本さんはもじもじとスカートの裾を握りしめると、そこから一通の封筒を取り出し、顔を真っ赤にして叫んだ「こ、これっ! 鳳さんに……鳳さんに渡してくださいっ!!」

 ……おおっ!?

 まだこんな古典的な展開が見られるとは!

 思わず頷くの瞬間――

 横にいた沙希さんが俺よりも早く反応した。

 バッ!

 イチゴを抜き放ち、ビシッと構えながら低い声で言い放つ。

「貴様、何者だ?冬千様に決闘を申し込む気か!?」

「ちょ、ちょっと待って沙希さん!今の流れ、どう見てもラブレターでしょ!?なんで挑戦状だと思った!?」

 僕は慌てて沙希さんを押さえた。

 このままだと本気で戦闘が始まりかねない。

 何しろこの学園、学生同士の私闘は禁止されていない。

 しかも死なないが前提だから、みんな手加減という言葉を知らない。

「ち、違いますっ!これはただの……感謝のお手紙なんです!」

 僕たちがそんな騒ぎ方をしたもんだから、もともと気の弱そうだった梅本さんは、もう完全にテンパっていた。

 顔を真っ赤にして、半泣きになりながら慌てて弁解する。

「感謝の……手紙?」

 今にも斬りかかりそうだった沙希さんも、予想外の答えにピタリと動きを止める。

 周囲に集まっていた野次馬たちも「なんだ、喧嘩しないのか」と言わんばかりに散っていった。

 残ったのは、僕たち三人だけ。

 人の気配が落ち着いたのを見計らって、梅本さんが事情を話し始めた。

 彼女の父親が任務中、異獣の毒に侵され、命の危機に瀕していたこと。

 そのとき助けたのが、うちの隊長だったこと。

 お礼を言いたくても住所が分からず、今日ようやく僕たちの噂を聞いて訪ねてきたこと。

「なによ、うち鳳家は代々、治癒と解呪を専門にしてる医療家系だから、見捨てるわけないでしょ!!」

 話を聞き終えた沙希さんは、誇らしげに胸を張り、手紙を受け取ってにっこり笑った。「任せて、ちゃんと冬千様に渡しておくから!」

 梅本さんが去った後、ふと気になって僕は尋ねた。

「鳳家って、そんなにすごい家なんですか?なんか、誰に聞いても知ってるっぽいんですけど……」

「当たり前でしょ!鳳家は日本最古の『四大家族』のひとつなんだから!」

「よ、四大家族……?」

 ごめん沙希さん、そんなドヤ顔されても、僕にはピンとこない。

 ただとんでもなく強そうってことだけは分かった。

「『四大家族』っていうのはね、日本でいちばん古い異能者の四つの家のことなの。」

 少し考えるように視線を上げたあと、沙希さんは指を折りながら説明を始めた。

「各地の封印を管理して、結界を守ってるのが宝亀家。学院の防御結界も、対異対策部の本部の結界も、ぜ〜んぶ宝亀家の作品なんだよ。

 それから、戦闘力最強の天虎家。今の当主は『日本最強の異能者』って呼ばれてるくらい!

 次に、予言を聞き取り、吉凶を占う龍王寺家。神様が姿を消してからは商売を始めて、抜群の予知能力を武器に、今じゃ世界でも有名な財閥になってるの。

 そして最後に、治癒と解呪を司る鳳家。日本中の病院とか、研究施設とか、だいたいどこかでうちと繋がってるんだからね!」

 胸を張って誇らしげに言い切る沙希さん。

「この四家はそれぞれの分野で他の追随を許さないし、世界全体で見てもトップクラス。

 ねぇ、こんなすごい家を知らない人なんて、いると思う?」

「え、えーと……どうだろ……」僕の頭の中は、いま彼女が口にした家名と情報でパンパンだった。

 情報量が多すぎて、正直有名かどうかを考える余裕すらない。

 結局、チャイムが鳴るまで、さっきの情報は全然頭に入らなかった。

 覚えているのはなんかすごい家が四つあるってことだけ。



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