第十八章 初級班の授業
「みんな、はじめまして。松本公希です。……つい最近、この世界の存在を知ったばかりで、まだ慣れないことばかりですが、どうぞよろしくお願いします。」
職員室で先生と軽く世間話を交わしたあと、授業開始の時刻に合わせて、僕は初級クラスの教室へと案内された。
事前に白丸さんから、この学院は年齢ごとにクラス分けしていないと聞いてはいた。
だが、まさかここまで幅広いとは思わなかった。
五、六歳くらいの子供と、高校生くらいの少年少女が同じ教室に並び、さらには僕より年上に見える中年の人まで後ろの席に座っている。
……正直、想像を超えていた。
先生は僕の背丈だと小さい子の視界を塞いでしまうだろうと気を利かせ、後ろの席を用意してくれた。その隣には、高校生くらいに見える少女が腰掛けていた。
僕が席についた途端、その子はすぐに身を乗り出してきた。
「思ったより早くまた転入生が来たね!私も二日前に入学したばかりなんだ。よろしくね!」
ぱっと花が咲くような笑顔を浮かべ、白く細い手を差し出してくる。
この学院では、転入生は決して珍しくない。
異能は隔世遺伝や呪いなど様々な要因で突発的に発現することがあり、その場合は強制的に適切な学園へ送り込まれる。
そして能力を制御できるようになって初めて社会へ戻るか、あるいは対異対策部に所属するかを選ぶのだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
僕も慌ててその手を握り返す。
年齢差で変な目を向けられることもなく、胸を撫で下ろす。
予想以上にスムーズ。いい感じじゃないか!
「そうだ、私の名前は鳳 沙希。沙希って呼んでね。」
「えっと……じゃあ、沙希さん、よろしくお願いします。」
……待て。
鳳?
「まさか……隊長、冬千さんの……妹さん?」
そういえば、隊長がわざわざ僕をこの学院に送り込んだのって、もしかして妹がいるから……?
長い赤髪を高い位置で結んだポニーテールは燃えるように鮮やかで、宝石のような紅い瞳には若々しい輝きが宿っている。ぱっと見ただけなら、確かに隊長とどこか似ていた。
ところが――。
沙希さんは首を横に振り、さらりととんでもない事実を口にした。
「ううん、私は分家の人間よ。それに、輩分で言えば、冬千様の叔母にあたるの。」
「…………は?」
僕より年下にしか見えない少女が、隊長の長輩?
衝撃すぎて、しばらく言葉を失った。
一方で沙希さんは、してやったりといった顔で笑みを浮かべる「まあ、大家族ってのはね、年と序列が噛み合わんことなんて、いくらでもあるもんよ。」
白い肌に映えるその小さな八重歯は、驚くほど可愛らしく――ちょっと、ドキッとした。
「おい、そこの二人!もうすぐ授業だぞ、さっさと黙れや!」
午前の最初の授業は《法陣学》。
担当は辻先生という、少し年配に見える老教授だ。口調こそやや気だるげだが、説明は驚くほどわかりやすい。
千尋さんから少し教わっていたので、法陣の基礎は頭に入っている。西洋の伝承でよく使われる四大元素を中心に、そこから派生した属性を組み合わせ、狙った効果を生み出す――いわばプログラミングのようなものだ。
……とはいえ、文系出身の自分にはまだまだ天書みたいな代物で、失敗ばかり。
まさに今のように。
バンッ!
描き終えた陣から轟音が響き、火と風を組み合わせた二重陣が暴走。猛火が巻き上がり、渦を作って熱風が襲いかかる。
「うわっ!」
「ふふ、落ち着きなさい。」背後から辻先生の苦笑混じりの声。
彼はひとつ指を鳴らすと、机の上の火炎竜巻はあっさりと霧散した。
失敗した陣を覗き込み、先生は小さく首を振る「接続部分を描き違えているな。」
その目にはどこか呆れが浮かんでいた。まるで宝を持ちながら飢えている愚か者を見るように。
「君、第三小隊の所属だろう?戻ったら、隊のアイリス君に教えてもらうといい。」
「……アイリス?」
ここで彼女の名が出てくるとは意外だった。もしかして、有名人なのか?
疑問に答えたのは、隣で黙々と自分の課題に取り組んでいた沙希さんだった。
「二年前に卒業したアイリス先輩は、この学院でもかなり有名ですよ。」
「そうですか。」
「アイリス先輩は、膨大な時間をかけて細部まで魔力の調整を行い、どんな環境下でも理論値を引き出せるように陣を構築する、稀代の天才なんです。」
――確かに、それは凄い。
辻先生も思い出したように頷き、遠い目をした。
「普通は多少の誤差など気にせんが、あの子は何十時間も調整を繰り返す。君の隊長のように、一度見ただけでどんな複雑な陣でも習得できるバケモ…天賦の才とは違うが、彼女の法陣が暴発するのを私は一度も見たことがない。」
懐かしむその表情は、まるでアイリスが遥か昔に学院を去ったかのようだった。
……終わったな。僕にそんな根気、あるはずがない。
彼らの会話を聞きながら、胸の奥で複雑な思いが渦を巻いた。
まさか、自分よりずっと年下のアイリスが、これほどまでに敬意を抱かせる努力型の天才だったなんて。
「ただ惜しいのはな……あの子自身の魔力量はそう高くない。だから長時間にわたって法陣を維持するのは難しいし、戦闘経験もまだ稚い。もしその二つが備わっていれば、とっくに一線級の戦闘要員に数えられていただろうに。」
辻先生はそう嘆息するとこの話題を打ち切り、他の生徒たちの質問へと向かっていった。
残りの時間、僕は沙希さんの助言を受けながら、少しずつ法陣を修正し、注ぎ込む魔力量を調整して、なんとか授業終了前に課題を仕上げることができた。
数十時間もかけて法陣を練り上げるなんて……
アイリスの忍耐力はどれだけ強いんだ。
できることなら、その半分でも隊長に分けてほしいくらいだ。
ようやく、心身をすり減らすような魔法陣学の授業が終わった。
辻先生が教室を後にしたその直後一人の、どう見ても厄介そうな男子生徒がまっすぐ僕の前に歩み寄ってきた。
年齢的にはまだ高校生だろう。体格は決して大きくはないが、ひときわ目立つ紫色の短いツンツン頭に、ギラついた眼差しをこちらへ突きつけてくる。
「おい。お前が転入生の松本ってやつだな?」
確か彼は授業中、一番早く課題を提出した生徒……名前は茅野、と言ったか。
ただ、僕には彼がわざわざ絡んでくる理由も、恨みを買った覚えもまるでなかった。
「……そうですけど。何か用ですか?」
「別に。」
彼は鼻で笑い、ぐっと距離を詰めながら、挑発的に言い放つ。
「ただ気になっただけだ。――お前みたいな、基礎の魔法陣すらまともに描けないヒヨッコが、どうして精鋭ぞろいの『第三特務小隊』に入れるんだってな。」
その言葉は鋭い棘のように刺さり、周囲でわざとらしく通り過ぎていた生徒たちの耳が一斉にこちらへ向いた。
……やっぱりだ。
遅かれ早かれ、この話題は火種になると思っていた。
「もしかして……鳳隊長に拾われたからか?ははっ、運のいいやつだな。あの人とのコネがあれば、俺たちが必死に努力しても届かない場所に、簡単に入り込めるってわけだ。」
僕が沈黙を守る間も、茅野の嘲笑は止まらない。囁き合う周囲の声が熱を帯び、空気はじわじわと重くなっていく。
どう答えるべきか迷ったそのとき――。
「――ちょっと、君たちさ。」
陽だまりのような声が、隣からすっと割り込んできたのは沙希さんだ。
彼女は軽やかに一歩踏み出し、俺の前に立ちはだかる。
花のように無邪気な笑みを浮かべたまま。しかし、その紅玉のような瞳からは一切の温度が消えていた。
「新人がうまくできないのは当たり前でしょ?でも、もしかしたら――未来には、この場の誰よりも強くなるかもしれないよ?」
その声音は柔らかい。
けれど、不思議な圧があり、反論を許さない説得力を帯びていた。
さらに彼女は小首をかしげ、笑みを一層甘く――それでいて危ういものへと変える。
「――それとも君たち、冬千様の『見る目』を疑ってるのかな?」
最後の一言は、冷水のように茅野の勢いを打ち消した。
彼はしばらく黙り込んだあと、肩をすくめて言い捨てる。
「……ちょっとした忠告のつもりだったんだがな。まぁ、好きにしろよ。」
そう残して立ち去ると、周囲のざわめきも霧散し、教室の空気は何事もなかったかのように元へ戻っていった。
「ありがとう。」
ようやく胸の奥から安堵の息が漏れる。心から礼を言うと、
「どういたしまして!」
彼女はぱっと振り返り、天真爛漫な笑顔を見せた「だって、私たち仲間でしょ!」
まだ自信なさげな僕を見て取ったのか、沙希さんはふいに耳元へ顔を寄せ、小さく囁いた。
「君が自分を信じる限り、世界も君を信じるんだよ。強くなりたいなら、まずは自分を信じなきゃ!」
少し休憩を挟んだあと、チャイムが鳴り響き、僕たちは先生に連れられて体育館へと移動した。
「これから一対一の模擬戦を行う。武器を借りる者は今のうちに行け。十分後に対戦表を発表するぞ。」
先生の視線を追うと、体育館の奥にはずらりと並んだ武器棚が見え、その傍らでは小さなノートを手にした職員が、借りていく生徒の名前を書き込んでいる。
そこに並ぶ武器は実に多種多様だった。
近接戦闘用の剣や刀、遠距離用の弓や銃器、そして形状の分からない得体の知れないものまで。どれもこれも鋭い気配を放ち、今にも命を奪いそうな迫力がある。
……まさか、本物?
これ、ホントに本物なのか?
事故とか、起きないよな?
僕が立ち尽くしていると、沙希さんが呆れたように声をかけてきた。
「早く選ばないと、素手で出る羽目になるよ?」
「……この授業、死んだりしないよね?」
僕は武器よりも、まずは胸の不安を晴らすことを優先した。
もし死ぬなら、今すぐ逃げる!
こんな授業で命落とすとか、冗談じゃない!
「ああ、その心配か。」沙希さんはようやく合点がいったという顔をして、笑いながら説明してくれる。
「大丈夫だよ。この学園全体は鳳家と宝亀家が共同で張った生命結界で覆われてるの。ここにいる限り、たとえバラバラになっても生き返れるから安心して。」
……そういうことか。
いや、すごすぎるだろそれ。
沙希さんからの返事を聞いて胸を撫で下ろした僕は他の生徒たちと一緒に訓練場の中央へ向かった。
……が、どうやら出遅れたらしい。
僕の順番が回ってきた頃には、机の上には三つしか残っていなかった。
一本は鮮やかな翠の蔦が絡みついた長槍。
もう一本は、分厚い鉄鎖で繋がれた流星槌。
そして最後の一つが、まるで琉璃で造られたように透き通った騎士剣だった。
「うーん……槍はナシだな。」
まず長槍を即座に却下。
持ち方すら分からないのに、選ぶだけ無駄だ。
残るは流星槌と騎士剣。しばらく悩んだ末、僕は流星槌の鎖を掴み上げた。
いや、正確には掴もうと「した」。
「……っ!?」
ビクともしねぇ!?
見た目からして重そうだとは思ってたけど、ここまでとは!
腕に力を込めても、鉄球はピクリとも動かない。どんな素材で出来てるんだよ、これ。
結局、僕は無難に騎士剣を選んだ。
……別に他の武器が持てなかったわけじゃない。ただ、男なら誰しも一度は憧れるじゃないか。
騎士って響きに。
うん、そういうことだ。
「戻ったか?お、面白いもん選んだな。」
沙希さんが笑いながら声をかけてきた。
少し話を聞いたところ、この騎士剣はどうやら光と影を歪め、幻を生み出す能力を持っているらしい。
その説明が終わるやいなや、担任が戦闘訓練の対戦表を発表した。
僕はその紙を見た瞬間、思わずため息をついた。
よりによって第一試合かよ。
しかも対戦相手は、休み時間に僕に絡んできたあの刺々しい頭のヤンキー、茅野青空。
絶対わざとだろ、これ!
担任の促しでしぶしぶ競技場の中央に立つ。
「まあ、どうせ死にはしないんだし。やるだけやるか……」
「――あっ!」
背後から沙希さんの声が響いた。
「そうだ、言い忘れてたけど、死なないだけで痛みはちゃんとあるからね!気をつけて!」
……今言う!?
くそっ、死ぬことばっか考えてて、痛みのほう完全に忘れてた!
今から逃げても間に合うかな!?
「おい、松本。」
心の中で絶叫している僕に、茅野が不敵な笑みを浮かべながら言った。
「お前が鳳隊長に気に入られた理由、試してやるよ。」
……めんどくせぇけど、売られた喧嘩は買うしかない。
僕は剣を構え、相手を睨みつけた。
だが、茅野は武器を取り出す気配もない。
思わず声をかけてしまう:「君の武器は?」
「フン、そんなもん必要ねぇよ。」
次の瞬間、彼の腕が盛り上がり、筋肉が不気味に蠢く。
指先から鋭い爪が伸び、黄金色の体毛が腕を覆っていく。
彼全身から放たれる気配に背筋がぞくりとした。
「――第一試合、始め!」
担任教師の気の抜けた声が、まるで号砲のように響いた。
その瞬間茅野の体が弾けるように地面を蹴り、矢のように突進してきた!
「……っ!」
は、速い――!?
頭で理解するよりも先に、金色の体毛に覆われた爪が空気を裂き、目の前へと迫る。
本能だけが先に動き、僕は咄嗟に剣を胸の前で構えた。
――ギィン!
耳をつんざく金属音と共に腕が痺れるほどの衝撃が全身を貫いた。
次の瞬間僕の体は数メートル後ろへと吹き飛ばされ、地面を擦って止まる。
こ、これが……ただの一撃だと……!?
「ほう?」
茅野は意外そうに眉を上げ、ニヤリと笑う。
「反応は悪くねぇじゃねぇか、『新入り』。もう少しで一撃で吹っ飛ぶかと思ったぜ。」
だが、その口元の余裕とは裏腹に攻撃の手は一切緩まなかった。
次の瞬間、嵐のような連撃が襲い掛かる。
速い。
重い。
追いつけない。
防げない。
僕はただ必死に剣を振り回し、辛うじて命を繋いでいた。
一撃ごとに手のひらが焼けるように痛み、足が自然と後ろへ下がっていく。
――このままじゃ、いつか……!
「……もう終わりか?」
茅野はふっと距離を取り、見下ろすように僕を見た。
その目には、あからさまな失望が浮かんでいる。
「鳳隊長がわざわざ拾ってきた奴だって言うから、どんな天才かと思ったが……
剣すらまともに握れねぇとはな。――がっかりだぜ、松本。」
その言葉が教室中に響き渡る。
観客席から笑い声が漏れた。
「可哀想に。お前なんか、この場所にいる資格ねぇよ。たまたま運が良かっただけの雑魚だろ?」
……雑魚、だと?
心臓の奥を焼き切るような熱が込み上げた。
悔しさ、怒り、恥辱。全部が混ざり合って、視界が真っ赤に染まる。
ふざけるな!
僕は――まだ、終わっちゃいない!
「――なめんなよ、この野郎ッ!!!」
自分でも驚くほどの怒号と共に、僕は地を蹴った。
全身の力を脚に込め、茅野へ一直線に突進する。
「……あァ?」茅野の顔に苛立ちが走った。「弱虫のくせに、調子に乗るなよッ!」
金色の爪が閃く。
迎え撃つように、僕は手の中の琉璃の剣へ全意識を集中させた。
――幻影。
沙希さんが言ってた……光を歪めろ!
祈りにも似た叫びと共に、僕は剣を振り上げる。
その瞬間刃の周囲で光と影が歪んだ。
茅野の目には、僕の斬撃がわずかに上へ逸れたように見えたのだろう。
余裕の笑みを浮かべながら、腕を軽く上げて受け流そうとした――
だが、空を切ったのは茅野の方だった。
――ズバッ!
鮮血が弧を描く。
僕の剣が、茅野の腕を深々と切り裂いていた。
「……なっ!?」
呆然とした表情で自分の腕を見下ろす茅野。
観客席が息を呑んだように静まり返った。
や、やった……!?
本当に……!?
だが、その喜びはほんの一瞬だった。
「……テメェ」茅野の全身から、冷たい殺気が噴き上がった。
さっきまでの余裕は消え、そこにあったのは純粋な怒りと、殺意。
「上出来じゃねぇかァァ!!!」
咆哮と共に、茅野の姿が消えた。
目に映ったのは、金色の残光だけ。
速すぎる。
目も、頭も、体も――追いつかない。
次の瞬間、胸元が冷たくなり、そして焼けるような痛みが走った。
「…あ…」
視線を下ろすと、制服が裂け、三本の爪痕から血が噴き出していた。
力が抜けていく。
手の中の剣がカランと音を立てて落ちた。
――ああ、そういえば。
沙希さん、言ってたっけ。
「死なないだけで痛みはちゃんとあるからね」って……。
……もっと早く言ってくれよ、沙希さん……
「……見たか?」
水鏡の映像を食い入るように見つめながら、和也先輩は珍しく真面目な顔をしていた。
まあ、無理もない。
初めてあんな常識外れの力を目にした時の衝撃は、俺だって忘れられない。
「……ああ。」俺は短く答える。
「九級異常物『光璃剣』は、本来なら狭い範囲に幻影を作り出す程度のものだ。
ましてや、物体の影を消すなんて……理論上あり得ない。」
学院の異常物データをほぼ暗記している和也先輩が、記憶を辿るように呟いた。
水鏡には、光璃剣を操り相手を幻惑し、効果的に攻撃を叩き込む松本の姿が映っている。
それは明らかに、九級異常物の枠を超えた現象──少なくとも七級相当だ。
「……どうだ?対処できそうか?」
すでに契約は結んでいるとはいえ、ここまで理を壊す力を見せられれば、尻込みしたくもなるだろう。
「これが──資料にあった『異常物の能力を増幅する能力』か。……面白いじゃないか。」
やれやれ。俺の心配なんて、やっぱり杞憂だったか。
「なるほどね。そりゃあ、あんたがあれほど必死に隠したがるわけだ。
この力だけで、命を狙う奴はいくらでも出てくる。」
いつもは冗談ばかりの和也先輩が、珍しく真面目な声で言った。
「冬千、お前ってやつはほんと……火中の栗を拾うのが好きだよな。」
「分かってる。」
ただ、上層部の連中が気に食わねえだけだ。
リスクばかりを恐れて、信頼すら最初から投げ捨てるなんで、そんな臆病者どもに可能性を信じらせれない。
「ふぅん……」
和也先輩は一度ため息を吐き、次の瞬間にはもう、いつもの軽薄な笑みを取り戻していた。
「で、ほんとに俺に自由にテストさせていいのか?」
「俺がいつまでも守ってちゃ、あいつも成長しない。
ここでは、この世界のルールを学ばせる必要がある。」
少々荒療治だが、今の状況じゃ、悠長に構えてる暇なんてない。
「誰?」
「傀儡師一派。」
それだけで通じる。
和也先輩は一瞬沈黙し、茶を口に含んだまましばらく動かない。
数分後、ようやくゆっくりと笑みを浮かべた。
その瞳に宿るのは、学生時代から俺が何度も見てきた──好奇心と悪戯心がないまぜになった、あの危険な光。
……嫌な予感しかしない。
「それなら……一つ、いいことを思いついた。」
──来た。
俺は心の中で深くため息をついた。
「お前がそう言う時って、大抵誰かが地獄を見るんだよな。」
淡々と告げる。経験上、間違いなく。
「ひどいなぁ冬千。
そんなに俺を信用してないのか?俺はただ、お前の大事な後輩くんのために、潜在能力を引き出すちょっとした遊びを考えただけさ。」
「その遊びで何回痛い目を見たと思ってんだ。」
俺は目も合わせずに吐き捨てる。
だが、松本のこととなれば無視はできない。
「……で、今回は何をやるつもりだ?」
「ふふっ、単刀直入に言おうか。
今日の午後、小規模な総合実践演習を開こうと思ってね。
場所は……そうだな、学院の裏山の森あたりでいいだろう。
課題は簡単、『宝探し』。森のどこかに俺が信物を隠す。最初に見つけたチームの勝ち、ってわけだ。」
「……それだけか?妙にまともだな。」
俺は眉をひそめる。
こんなに大人しいわけがない。
「もちろん!」
和也先輩の笑みが一層鮮やかになる。
「リアリティとスリルを出すために、八級の異獣を数体、放り込もうと思ってる。」
……やっぱりな。
通常、異獣の対処には同級の異能者が二、三人は必要だ。
それを八~十級の初級クラスに投入して松本の潜在を炙り出す……まさしく、彼らしい発想だ。
だが。
「危険すぎるだろ。」
松本が八級異獣と対峙したのは事実だが、あの時は十分な防護設備があったし、三級相当まで強化された守護鈴もあった。
今の状況じゃ命を賭ける博打に近い。
止めようと口を開いた瞬間、彼が先に言葉をかぶせてきた。
「どうせ学院内じゃ死にはしない。いい機会だろ、あんたのボディーガードの実力も見れるし。」
……やれやれ、気づいてたか。
なら、もう何も言うまい。
「……あいつを、壊すなよ。」
その一言に、和也先輩は一瞬だけ目を瞬かせ──
次の瞬間、今日一番の笑顔を見せた。
「もちろんだとも、冬千。──彼は、君の大事な後輩なんだからね。」




