平日のゲームセンター
ショッピングモール内に入っているゲームセンターにやってきた。平日だからか人影はまばらで、孤独感を共有しあっているような寂しい雰囲気がある。
クレーンゲームがあるエリアは、陽気な音楽と眩しい光に包まれている。機械たちは遊ばれる、その時を待っていて、ガラスに入った景品が隣同士で協力して愛らしく見せて、私の欲を刺激しようとした。まだ、財布には手が伸びなかった。
右手には、コインゲームコーナーがあった。クレーンゲームエリアと違って、生きている人の香りがした。お年寄りが数人、丸椅子に座っている。しかし、隣同士で座っているお年寄りはいない。
一人は、巨大な塔を思わせる、コインゲーム機の前に座っていた。耳をつんざく音は、本能を揺さぶる。画面から目を離さずに、無心にコインを投入し続けているのが怖かった。荒い液晶の中で動く勇者に夢中だ。
お年寄りが熱心にゲームをしていると不安になる。まだ、パチンコ屋に行ってくれた方がマシだった。ジャラジャラとコインが手元に集まる中で、嬉しさを表に出さない。手元を見ずに、はみ出たハンドルの中にコインを投入していく。
あの、1階に美味しそうな和菓子屋がありましたよと声をかけたら、どんな顔をするだろうか。わかりやすく顔をしかめるだろうか。きっと、物事の状況が掴めず固まるだろう。機嫌が良かったら、私にコインを差し出してくれることもあるかもしれない。
あなたは、これが欲しくて声をかけてきたんでしょ。いいよ。遠慮しないで受け取って。いえ、そんなつもりはないんです。いいから。いいから。押しに負ける。
何か物をもらったら、相手のペースに飲まれてしまう。断れ断れ。「大丈夫です」と言うのが精一杯。やがて、居づらくなったゲームセンターから逃げ出さなければいけなくなるだろう。
店員さんとすれ違った。ゲームをしない客は、迷惑だろう。途端に居心地が悪くなる。私はまだ何も遊んでいない。
クレーンゲームコーナーに戻ると、大きなサメのぬいぐるみが目に入った。怖くなくて、可愛い。牙が鋭いけど、何も噛みきれそうにないと思った。癒される。
下に敷いてあるピンクと白のボールは海のイメージとかけ離れている。サメ的にはどうなんだろう。
大きなぬいぐるみは、まず一発では取れない。根気よく向き合わないといけない。一度100円玉を入れたら、蟻地獄のようにハマるのがオチだ。たまに一発で取れるから調子が狂う。
4分の1ほどのサイズ感のクレーンゲーム機があった。カバンにつけられるようなマスコット人形が入っている。上の段にはブラウンの小さなシカ、下の段にはピンクのうさぎ。規則正しく、同じ種類の、顔のバリエーションが違うぬいぐるみが入り乱れている。
あっ。取り出し口に目を向けると、今にも落ちそうなシカのぬいぐるみがあった。手を突っ込んで指を伸ばせば、自分のものにできる距離にいた。私は迷わず100円玉を投入した。
スティックを触ることなく、そのまま時間制限が来るのを待つ。ヒューと気の抜けるような音を出して、アームは一人で落下する。何も掴まなかった。相変わらず出口にはシカが寂しくぶら下がっている。
私は取り出し口に手を伸ばした。5本の指をめいいっぱい広げると、シカの前足部分に触れることができた。ゲームセンターの喧騒が耳に入ってくる。手が震える。刺激が加わったからだろう。前触れもなくシカは出口に落下した。
私がアームで掴んだシカではないけど、私のものになってしまった。100円を入れたからいいよねという気持ちと、ルール違反ではないかという罪悪感が混ざる。取り返しのつかないことをしている感覚があった。
コインゲームに勤しむお年寄りを見る。みんな目の前のことに夢中だ。もう始めてしまったから、責任を取らなくてはいけない。私の責任は後500円、ゲームセンターで遊ぶことかもしれない。
このまま、ぬいぐるみを取っても虚しいだけだ。お菓子。お菓子を取ろう。きっと1階にある食品売り場でお菓子を買った方が安いのはわかっている。だけど、元を取るためにするわけではない。
希望を求めてアームを動かすんだ。おじいちゃん、おばあちゃんも希望を求めて、家からここにやって来たのではないか。見えない希望は救いであって、やめ時がわからないほど絶望に変わるのかもしれない。