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追放された令嬢は鑑定士となる  作者: えだまめのさや
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教会は不思議な場所だ。大通りに面しているというのに

 教会は不思議な場所だ。大通りに面しているというのに扉一枚を隔てただけで外の喧騒は消え失せ、何処からともなくオルガンの音が聞こえてくる気がする。

 豊かな白い髭を持つ神父を紹介された私は、主聖堂の隣りの小部屋に案内される。

 十人ほど入れば窮屈に感じられそうな部屋には、聖リーサリティ学園の教会でも見た覚えのある職業大全が拡げられていた。

 職業大全とは、その名の通りこの世のあらゆる職業を記録した書物である。

 

 「女神リーサがこの世界をお造りに慣れた時、我々は教えと共にこの大全を預かりました」

 

 神父による高説は有名な神話だ。

 この大陸の住人は女神リーサの加護を受けている。

 女神リーサは堕落を良しとせず、しかし誰にも幸福な世界が訪れるようにと、子どもが十七歳になった時に宣託を授ける。

 宣託には女神リーサから見た個人の能力がお告げとして下され、その能力を考えて、子どもは職業を選ぶ。

 

 「大事なのは、宣託と貴女が夢に描く職業は必ずしもイコールではないという事です。魔法使いの素質を持った大工の子が、親に憧れ無理に大工を職業に選んだとしても、それは決して大成しません」

 

 そう、女神リーサの加護はそういう意味では非常に冷酷だ。

 この宣託で才能がどこにあるかがはっきりと示され、才能がない分野の職業を選ぶと、その後の人生は苦難の道となる。

 更に一度職業を決めてしまうと二度と変えられないという制約もある。

 職業を選ぶ時、職業大全に触れながら掲載されている職業名を名乗るのだが、ここでその者の職業が魂に刻まれる。

 魂に職業を刻まれた者はその時点で大人として認められると同時に、それ以外の職業に就く可能性をすべて失うのだ。

 

 「とはいえ、職業大全に乗っている職業は膨大です。例えば算術が得意な子が大工の才能に恵まれた時、その者には建築設計士やカラクリ職人と言ったものを選ぶ道が出るでしょう。だから自分に合わない宣託を受けたからと言って、そう気に病む物でもありません。逆に、今まで自分が気づいていなかったような才能を教えてもらったと、前向きに捉えるとよいでしょう」

 

 「手をここへ」と神父に職業大全に触れるよう促される。

 エルとフィーネが見守る中、私は講壇こうだんに置かれた職業大全に手を置いた。

 

 「女神リーサよ。どうか彼の者に宣託を——」

 

 神父が言い終わる前に、大全が輝いた。

 宝石の様なきらめきと共に、部屋にどこか懐かしいような、それでいて初めて聞く女性の声が響く。

 

 『——は真実を見通し、秘匿されし能力を表現する者なり』

 

 たったの数秒。

 先ほどの輝きは一瞬で消えさり、そこには何ごともなかったかのように職業大全が置かれている。

 しかし宣託は確かに下った。

 まるで幼いころから唱えている呪文のように、先ほどの言葉が頭にこびりついて離れない。

 同時に、気になることがある。

 

 「あの、神父様。随分と険しい顔をしておりますが私の宣託に何か……?」

 「あ、ああ、いやなに。これほどまでにはっきりした宣託を聞くのは随分と久々でしてな」

 「はっきりした宣託、ですか」

 

 頷く神父。

 

 「例えば私が宣託を受けた時、私は『善をよしとすれば、悪を挫かず、されど拾いあげる者なり』と言われました。今となってもこの職業が正しかったのかどうかふと思う所はありますが、つまり宣託とは本来、かなり大雑把な方向性を示しすものなのです。——ああいや、別に貴女の宣託がどうこう言うつもりはありません。が、ここまではっきりとした宣託ですと、少々職業選びに難儀しそうではありますな」

 

 たしかに神父の宣託と比べれば、私の宣託はかなり明瞭だと言えるだろう。

 しかし先ほどの宣託を聞いたからと言って、これといった職業を思いつくのは直ぐには無理だ。

 

 「神父様、このまま職業大全を見てもよろしいですか?どんな職業があるか、参考にしたいと思いまして」

 「ええ良いですとも。職業を直ぐに選ぶ必要はありません。お連れの方ともよくよく相談していただき、貴女の大切な人生に幸多からんことを」

 

 神父はそういうと、静かに部屋を後にした。

 ふと、背後にエルとフィーネが近付いてくる。

 

 「実際どうなの?クラリスちゃんの中では選びたい職業とかきまってるの?」

 「一応聖リーサリティ学園では戦闘職や事務職、政治や商売など色々な職業を想定した授業はありました。先ほどの宣託からすれば、真実を見通し、ということで政治や商売関係かと思ったのですが……」

 

 もっとも、クラリスが生まれ育ったアルマーク家、いやドラゴニア帝国という環境は力をすべてとする所であった。そのためクラリスも幼少のころから武術の鍛錬を受けさせられ、騎士を多く輩出するアルマーク家として恥ずかしくない実力を付けさせられていた。

 そういう意味ではクラリスの取るべき道は戦闘職しかなかったのだが、此度の宣託は意表を突いていた。

 

 「秘匿されし能力を表現する——。秘匿されし、つまり隠された能力を表現する。一体どういう事かしら。魔法使いなんかは『具現する者』とか言われることがあるのだけど、表現するとはあまり聞かないわね」

 「真実を見通すかぁ。ここだけ見れば諜報とかお役人さんみたいな感じも受けるけど」

 

 エルがペラペラと職業大全をめくっていく。

 

 「政治家、秘書、庶務、経理……うわ、王様なんて職業もあるの?」

 「エル、貴女が楽しんでどうするのよ。それに職業大全なんて見たところで、こんな分厚い本を最初から最後まで見たらそれこそ三年は掛かるわよ」

 「じゃあクラリスちゃんはどうすればいいのさ、フィーネ」

 「こういうのは今の自分から考えるんじゃなくて、将来の成りたい姿から考えるのよ。クラリスはひとまず冒険者になりたいのでしょう?であれば、まずは冒険者としてどんな自分になっていたいか、そこからさっきの宣託に繋がる職業をリストアップすべきね」

 「おぉー!さすがはフィーネ、あったまいい!」

 「……貴女、私より本当に年上よね?ともあれ、ここで考えるのもいいけど、クラリスはまずやることがあるわ」

 「やること、ですか?バルさんのお見舞いでしょうか」

 「あのバカなんて明日でも明後日でもいいのよ。それよりもこのままだとクラリス、貴女明日にでも商家に売られるわよ」

 「——あっ」

 

 そうだった。

 そもそも何で馬車で旅なんかしているのかを思い返せば、政略結婚させられるためにファーブルの町に向っていたのだ。

 あまりにも立て続けに日常離れしたことの連続だったのですっかり忘れていた。

 

 「そんなのダメだよ!クラリスちゃんをどこぞのブタ親父に売り払うなんて絶対だめ!……そうだ!さっきのメイドさん達に口止めしてもらえれば——」

 「無理に決まっているでしょエル。男は皆殺しで女性は助かっているのに、どうしてクラリスだけがいないのかって聞かれるに決まっているじゃない。例えこの場で秘密にしてくれると言っても、あとで主人には話すこと請け合いよ」

 「そんなぁ……」

 「エルさんっ……くるしっ、ちょっと離れ……」

 

 エルに思いきり抱き締められ、顔がエルの胸に埋まる私はなんとか顔を引き剥がす。

 

 「で、でも実際どうでしょうか。メイドさん達なら話せば隠してくれるかもしれないですよ?」

 「無理ね。貴族の令嬢を欲しがる商人よ?隠し事を暴く手段なんていくらでも持っているでしょう。それこそクラリス、貴女が今しがた受けた宣託の様に『真実を見通し』なんて能力があったら隠し通せるものではないわ」

 「た、たしかにそうですね」

 

 職業を選択することで、人々はいくつかの汎用スキルと、その人だけが使える特殊スキルが発現する。。

 例えば商人なら誰もが「交渉・値引き上手・聞き上手」といったスキルを身に着けるのだが、特殊スキルはそうはいかない。明確な能力としてスキルを身に着ける人もいれば、日ごろからちょっぴり運がいい、などと特殊スキルかどうかも分からないようなものもある。

 私は結局、自分の行いを省みるのが遅かったのだろう。

 期待を上げて落とす、という運命には辟易へきえきするが、これが運命なら受け入れるしかないのではないかと感じる。

 しかし「どうにかならないの!?」とエルが騒ぎフィーネを困らせており、エルが自分の事の様に私を心配してくれているのを感じると、すこしだけこれからの人生に希望が持てた。

 別に商家に売られたからと言って、そこが地獄という訳でもないのだ。

 

 「エルさん、フィーネんさん。いいんです。商家に売られるのがやっぱり私の運命だとしたら、私はそれを受け入れます。私がこれまでしてきたこと、その責任を取って運命を受け入れます」

 「クラリスちゃん……」

 「それはクラリス——、冒険者になりたいって言ったのは嘘だったということ?」

 

 そんなことはない。

 厳しいフィーネの言葉に私は首を振る。

 

 「バルさんに助けてもらってここまで逃げる途中、バルさんは私たちを励まそうと色々お話してくれました。冒険者はどんな仕事をしているのだとか、薬草一つで困っている人が笑顔になるだとか、時には諜報の様に誰にも見つからずに人質を救出するといった話を。それを聞いて私、羨ましく思ったんです。型にはまって決められた道の上をただ歩いてきた私でも、そんな冒険者になれたらなって」

 

 もちろん現実はそんなお花畑じゃないだろう。

 けれどバルが語ってくれた冒険譚は、それまでイメージしていた冒険者とはどこか違い、温かみのある仕事だと思ったのだ。

 

 「そう。ならクラリス、貴女は冒険者になるべきだと、私は思うわ」

 「フィ、フィーネさん……?」

 

 大丈夫といって手を取り、ついでにエルを引き剥がし、今度はフィーネが抱きしめてくれる。

 私より背が低いのに、何故だか抱きしめられるととても安心した。

 

 「ならもう少し、運命に抗ってもいいんじゃない?——私に任せて。こう見えても、運命を騙すことは得意なの」

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