新しいお店というのはいつの時代も
新しいお店というのはいつの時代も噂になるものである。評判がいいとなれば尚更だろう。
クラリスが開いた薬屋は一ヶ月で驚くほどに繁盛していた。
兵士や冒険者にはポーションが。
商人や村人には解熱鎮痛薬が。
そしてなにより売り上げが大きいのは若い女性を中心に売れる軟膏だろう。
老婆からヒントを得たスライムを基材に、獣脂と薬草で練り上げた軟膏は大変評判が良かった。さらに最近は貿易都市トーマで手や腕につけるアクセサリーが流行しているようで、手を綺麗に保つ軟膏は重労働を強いられる村の女性にとって必須アイテムにまでなったのだ。
とはいえ軟膏は材料集めから作成まで案外と大変であり、だからこそ小さな壺に小分けにして売っているのだが、需要が一服するまでは店に出せば出した分だけ売れていく。
最初は薬なのだからそこそこ稼げて、逃避行の忙しない生活から抜け出せればいい、と簡単に思っていたクラリスだったが、相次ぐ増産要請に今では朝から晩までキッチンに立って軟膏作りに励んでいる。
「お嬢様、休憩にしましょう」
「ちょっと待ってコレット。これだけでも」
「——お嬢様」
「わかったわ」とクラリスは手を止める。最近ではコレットに無理やり休憩を取らされることも増えた。キッチン横のテーブルには簡単につまめるものが置いてあり、この頃はお昼にこうしてお茶をする機会を設けている。
「昼に一時閉店を設けたのは正解でしたね。あとは軟膏も需要と供給が落ち着くまではやはり個数制限すべきです」
「そうねぇ。見た目も壺からガラス製とかにした方がいいかしら。でも需要が落ち着くってことは売れなくなるわけよね」
「見た様子、みなさんすぐに使い切ってしまうから買い求めているという話も聞きます。それなら大容量のものをいくつか置いてみてはいかがでしょう」
別の問題として、小壺の調達が難しくなってきたという事情もあったりする。
そこそこ大きな村とは言え流石に小壺を百個二百個と変えば焼き物屋の在庫もなくなる。その度に似ているような壺を探したり、使い終わった小壺を銅貨一枚で買い取るなどしているのだ。
また評判を聞きつけた商人が大量に買い付けたいなどと来ることもあり、在庫を全て買っていってしまうのも問題だ。
「売れるときに売りたいとも思っちゃうのよね」
ここ一ヶ月で稼いだ金額は金貨にすれば十枚ほど。銀貨なら二百枚相当でクラリスの六ヶ月分の給金以上だ。
しかしいくら昼休憩があるとはいえ朝五時から夕方の六時まで店を開け、裏では常に薬を作り続け定休日には材料探しに奔走する生活はそろそろしんどくなってきた頃合いだ。
とくに軟膏の材料となるスライムがいない。
森の浅いところにいたスライムはだいぶ狩り尽くした感がある。最近はちょっと森に入る程度じゃスライムを見かける事はできず、小一時間ほど森を探し回らなければならない。
またこの辺りの森でも深部ではCランクの冒険者が狩るような魔物がいるため、森の奥まで立ち入れば危険も増していく。
「いっそのことギルドに依頼を出そうかしら」
「依頼料はどうなんでしょう」
「スライムならGランクの討伐対象でもあるからそこまで高額にはならないと思うけど、冒険者が少ない村なら分からないわね。それに森の入り口近くでスライムを見ることがめっきりへってしまったから、森の奥にまでいけるランクとなるとやっぱりお高いわよねぇ」
あとはコストをどれだけ転嫁できるか。
自分で探しにいけば見かけ上のコストはかからず、依頼すればはっきりと支出として出ていく。
やはり個数制限をかけるべきだろうか。
聖リーサリティ学園で商学や経済学をとっていなかったことが悔やまれる。
クリラスは一人唸りながらあれこれと考えていると、店舗の奥だというのに随分と通りが騒がしい。
「——なにかあったのでしょうか」
コレットも気づいた。
魔物や山賊の襲撃だろうか。それにしては危険を告げる鐘は鳴っていない。
「戸締りは?」
「鍵はしてありますが……」
本当に襲撃だった場合は鍵など意味がないだろう。
クラリスは立てかけてある長剣を手の取ると、キッチンから店舗スペースへ伺いながら顔を出す。
男が扉を蹴破って駆け込んできたのは同時。
思わず長剣を抜き構えるが、よく見れば転がるようにして入ってきた男は痒み止めで軟膏を買いに来る兵士ではないか。
ええと、名前はなんと言ったか。そんな様子にコレットが小声で「ボウドさんです」と教えてくれる。
「どうしましたボウドさん、そんなに慌てて」
ボウドと呼ばれた兵士はハッとした顔でこちらを見ると「いてくれたか!」と叫ぶ。
「急患だ!ドラゴンの爪に切り裂かれて死にそうなやつがいる!それも一人や二人じゃない!」
「なんですって!?」
「村でたくさん薬があるのはギルドかここだけなんだ!頼む、助けてくれ!」
事態は一刻を争うようだ。
クラリスは急ぎカウンターの下においてあるポーションをかき集める。ここにあるだけだと十瓶ほどだろう。
「場所はどこですか!」
「村の東口だ」
東口まで走って五分。
ドラゴンに切り裂かれたとなればすぐに急いだ方がいい。
「コレット、裏からポーションと解熱薬をかき集めて。在庫を全部出していいわ。ボウドさんはここにいて。コレットと一緒にポーションを持ってきて」
「すまん、助かる」
バッグにポーションを詰め終え、長剣を腰に下げ店を出る。
大通りは想像以上に騒がしかった。
誰もがバケツやタオル、酒や鍋、薪をもって駆け出しては東口に向かっていく。
日頃からドラゴンの脅威が身近にあるせいか、こういうときに村総出で対応する連携はすごい。
駆け出せば何人もの見知った顔とすれ違う。
村の女性たちだ。
みな自分の仕事を放り出して動いている。
東口に近づくにつれ、人の往来は激しくなり、しっかり前をみて走らねばぶつかってしまいそうだ。そうして着いた先。東口は所構わず湯を沸かし、強い酒瓶が無造作に並び、治療を受けている兵士の悲鳴が上がっていた。
さらに自力で立てない怪我人は東口の外、簡素なテントの下に並べられていた。
「——ひどい」
数十人いるだろうか。
人族竜人族関係なく、そこには手足を失った人や腹を大きく切り裂かれた人ばかり。無事な人は今も遠くに見える馬車で怪我人を運んできているのだろう。
いつの間にか立ちすくんでいたと我に返る。
(慌てちゃダメ。学園で学んだことを今生かさないでどうするの私)
まず手足を失った人は放置だ。
失った手足はポーションで直せないし傷口をふさぐのは他でもできる。
となれば救うべきはその他。
しかしそれを自分が決めていいのか。
クラリスは迷いなく、ここの陣頭指揮をとっている救護テントまで走る。
「ポーションを持ってきました!数が少ないので治療が必要な人を教えてください!」
「本当か!」
頭に包帯を巻いた髭面の兵士は、すぐさま紙にここの見取り図を走り書きして渡してきた。
所々にバッテン印があり、そこい行って欲しいとのことだ。
「嬢ちゃん、辛いかも知れないが必ず使う前に倒れている奴に声をかけろ。死んじまった奴にポーションを使ったら死んでも死に切れねぇ」
頷きを返すと、クラリスは見取り図片手に怪我人の中を駆け抜ける。
途中でこの人も放置すれば危ないんじゃないかと思うほどの怪我を負った兵士は一人二人どころではない。
それでも、ここでは命に順番を付けなければならないのだ。
「聞こえていますか、聞こえたら目を開けてください」
「大丈夫、ポーションで少しは楽になりますよ」
「痛みますけど我慢してください」
「聞こえ……簡易鑑定」
ポーションの効きは劇的だった。
腹が裂かれドクドクと大量に血を流す兵士であればすぐに傷が塞がる。
内臓が少しくらい飛び出していてもポーションをかければあっという間だ。
しかしクラリスが駆け回った先の半分は、既に息絶えており、ポーションをかけるわけにはいかなかった。
こういう時に鑑定は非常に役に立つ。腹立たしいほどに。
死人にははっきりと「死亡」の文字が浮かび、迷うことなくクラリスは次の患者へと走る。
全部で十五人。
そのうちポーションで助かったのは七人。他は全員死亡だ。
しかしこれだけで終わりではない。
まだ重篤な傷を負った兵士はたくさんいるし、新しく馬車で運ばれてくる兵士もいる。
「さっきの嬢ちゃんか。すまんな、大変な思いをさせちまって」
「いえ……。あの、まだポーションは三つ残っています」
「そうか。——八人も逝ったか」
救護テントまで戻ると、先程の髭面の兵士がクラリスから見取り図を受け取った。そこには救えた者と救えなかった人の印がある。
視線を落とした彼は、どこか諦めたかのようにつぶやく。
「いや、七人も助かったんだ」
言葉には独特の重みがあった。
グッと堪える拳。彼にしてみれば似た光景を何度も目にしているのだろう。
「……じゃあ次の患者を頼む。次は——」
「伝令!伝令!」
響く声に嘶く馬。
一人の兵士が息絶え絶えに駆け込んできた。
「副隊長が負傷!かなりの怪我です!すぐにこちらにお連れ致しますので治療の用意を!」




