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追放された令嬢は鑑定士となる  作者: えだまめのさや
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冒険者ギルドの朝は早い

 冒険者ギルドの朝は早い。

 条件が良い依頼は取り合いになるので朝早くきて受注しなければならないし、依頼主も特急の場合はその日の朝に来る。

 中継都市アーライの冒険者ギルドもそれは変わらないのだが、この日ばかりは事情が違った。

 

 「マーレ姉!医者の手配は!」

 「今ジャギ達に頼んだわ!ネルは倉庫からありったけのポーションを出してきて!」

 

 魔物の急襲を告げる鐘楼の音が、静寂な朝を壊す。

 ギルドの受付嬢であるマーレとネル。双子の彼女らは慌ただしく走り回り、呑気に「なんの騒ぎだ」と来た冒険者らを一瞥して顎で使う。

 アーライの冒険者ギルドは大きくない。

 そのギルドには今、傷だらけのメイドとクラリスの姿があった。

 さらに緊急でこしらえたベッドにはバルが血を流しながら寝かされている。

 

 「ははっ、ドジ、踏んじゃいましたね」

 「「バルさんは大人しく寝ててください!」」

 

 双子姉妹の声が重なる。

 山賊の拠点を無事抜けた一行は、寝ずに森を抜け中継都市アーライまで歩いてきた。

 夜に歩くのは危険だったが、山賊の残党がいる可能性がある中で森で一夜を明かすのはリスクと判断したのだ。

 空が白み始め夜明けが近づくと共に、丘の向こうにアーライの街並みが見えた頃、それは襲ってきた。

 サイクロプスである。

 体高は実に四メートル。

 一つ目をした魔物は抜けてきた森の中から突如として姿を現し、こちらに突っ込んできた。

 丸太を抱えた巨体は人間が対峙するにはあまりにも大きすぎた。

 バルを殿しんがりにクラリス達はひたすら町へと走る。

 途中何度も丸太が投げられてはクラリス達をかすり、地面が揺れて転がる。

 それでもすぐに立ち上がらなければ死が待っており、必死に走った。

 しばらく走るとアーライの町から兵士が数人飛び出してきたのが見え、クラリス達は保護される。

 そして早朝では碌に医療施設も動いていないため、ここ冒険者ギルドへと運びこまれたのだ。

 幸いクラリス達に大怪我はなく、しかしサイクロプスと対峙したバルが力任せの一撃を受け負傷。

 そこにエルともう一人の『緑の刃』パーティで魔法使いのフィーネが追いつき、サイクロプスを討伐したのだ。

 しかし事態はそこで終わらない。

 町から見えるところにサイクロプスが五体出現。

 本来ならサイクロプス一体に対してBランク冒険者を二パーティ程召集して倒すのだが、それが一気に五体も現れたのだ。

 いくら町から距離があると言えど、目に見える脅威は排除するとのことで、彼女らは戦闘を続行。

 さらに起きてきた冒険者は片っ端から増援へと回されている。

 事態が収束したのは、太陽が天頂を幾許いくばくか過ぎたころ。

 幸いサイクロプスによる攻撃で重症を負ったのはバルだけで、他の冒険者たちは多勢で集中砲火を浴びせ、サイクロプスを討伐。

 貴重なサイクロプスの素材が手に入ったと一部の加工屋は狂喜した。

 

 「すみません、バルさんの容態はどうでしょうか」

 「ああ、クラリスさんでしたっけ。大丈夫、バルなら無事よ。無理してサイクロプスの攻撃を真に受けたからちょっと骨とかやってるけど、全治三か月程度の怪我よ」

 「全治三か月……」

 

 冒険者ギルドには朝と違い、人の姿はだいぶまばらになっていた。

 メイド達はギルドが用意した宿で休んでいるが、クラリスだけはバルの容態を気にして、こうしてエルが来るのを待っていた。

 

 「エル、もしかしてその子が?」

 「そ。人質になっていた子よ。クラリスちゃんに紹介するわね。うちのパーティで魔法使いのフィーネよ」

 

 エルの影から「ぬっ」と現れたのは、クラリスよりも背の低いエルフ。手には身長と同じほどの杖を持っている。

 

 「よろしくね。エルフだけど、私はエルよりも二回り若いから気軽にフィーネって呼んで」

 「ちょっと、二回りってどういう事よ。まるで私が三百歳超えているみたいじゃない」

 「百年前は見栄はって三百歳って吹聴しておいて何をいまさら」


 エルフと言えば金髪に長い髪というのがイメージとしてあるが、エルはまさしくイメージ通りのエルフだ。

 たいしてフィーネは暗い緑の艶やかな髪を靡かせ、おとぎ話に出てくるようなとんがり帽子をかぶり、いかにも魔法使いというイメージを明確に思い浮かべさせる。

 そんなクラリスの思考に気付いたのか、フィーネが目を細めて笑う。

 

 「貴女、良い目をしているわね。物事の本質を見抜く、そんなような目を」

 「本質を見抜く、ですか」

 「私たちを見て、エルフのイメージと魔法使いのイメージを明確に思い浮かべたでしょう?人は誰しも役割がある。その役割を演じるためにはまず姿かたちから入る。けどいつの間にかそれが当たり前になって、いつしか何故こんな格好をしているのか分からなくなるものなの。けれど貴女は私たちを見て、しっかりと想像した。——クラリス、貴女の職業は何かしら」

 「いえ、私はまだ職業を選択していないのです」

 

 あら、と驚くフィーネ。

 

 「実はつい先日十七歳になったばかりでして、馬車旅が終わってから教会に行こうとしたのですが、その途中で山賊に襲われて」

 「そうだったの……。それじゃあクラリス、今から私たちと一緒に教会に行って宣託を受けてみない?」

 「今からですか?でもバルさんが——」

 「行こうよクラリスちゃん!バルなんてどうせ無理やり寝たきりなんだし、お見舞いなんて明日で良いよ」

 「そ、そういうものなのでしょうか……?」

 

 全治三か月であればそれなりに酷い怪我だと思ったのだが、そんなことは意に介さないエルとフィーネに手を引かれ、クラリスは冒険者ギルドを出る。

 久々に太陽の元に出たクラリスは、その明るさに思わず目を瞑る。

 季節は春から夏へと向かう途中。

 陽に当たっていればすこし汗ばむ季節だ。

 

 「よく見たらクラリス、服がボロボロじゃない。女の子がそれじゃあいけないわ」

 「……なにぶん、逃げるのに必死でしたから」

 「それにその髪!どうしたの?」

 「ええと、実は山賊と交渉しようとしまして、髪は情報を得るための対価として切られました」

 「……呆れた。貴女、随分と胆力があるのね」

 「学園では『いついかなる時も、貴族は民を守る者』だと教えられましたから」

 「えーっ!クラリスちゃん、お嬢様だったの!?」

 「いえ、話すと長くなるのですが——」

 

 エルとフィーネに無理やり服屋とヘアサロンに連れていかれ、そのあいだ、根ほり葉ほり今までの事を聞かれた。クラリスも話しているうちに不思議と胸のつかえがとれるかのように、気持ちの整理がついてきた。

 

 「本当に良いの?おしゃれしたっていいんだよ?」

 

 クラリスが来ている服にエルは未練たらたらに縋りついてくる。

 恰好だけ見れば、クラリスはどこぞの駆け出し冒険者といった感じだろう。

 極力肌を出さないようにした服装に分厚いブーツを履き、ベストのポケットからは押し込んだ手袋がはみ出している。。

 

 「はい。私、冒険者になりたいんです」

 「おしゃれな冒険者だってたくさんいるのよ?そんないかにも冒険者ですって恰好しなくても——」

 「こらフィーネ!いつまでもぐちぐち言うようなら教会に連れて行かないよ!」

 「どの口が言うのよ……」

 

 教会に用があるのはクラリスなので、別にエルもフィーネもついてこなくても良いのだが、それを言うと話がこじれそうなのでクラリスは黙っておく。

 

 「でもクラリス。職業によっては冒険者に向かない事もあるわよ。別に宣託を受けた後にいくらでも考える時間はあるんだからね?」

 「分かっていますフィーネさん。けど、貴族から追い出された身ですと、おそらくその事を隠し通すのが難しいと思うんです。だったら自分くらい自分で守れるようにならないと」

 「……そうね。もう貴女は頼れる家もない。けど成り行きとは言え貴女を助けたのは私たちなんだから、そこは私たちが最後まで面倒を見るわ。エル、そうでしょ?」

 「えっ……」

 「大丈夫だよクラリスちゃん!私たちがクラリスちゃんをしっかり一人前の冒険者にしてあげるから!」

 

 ふと、頬を伝う涙。

 

 「あ、す、すみません。人前で泣くなど——」

 

 みっともない、という言葉は遮られた。

 クラリスはいつの間にかエルに抱きしめられ、同時に温かい光が周囲を覆う。フィーネが使った魔法だろうか。

 

 「泣いていいんだよクラリスちゃん。貴女は頑張った。頑張って努力して自分が正しいと思った事を貫いて。でもそれが裏目に出ちゃったんだよね?誰かを傷つけちゃったんだよね?でも貴女は勇気をだして私たちに話してくれた。それはきっと、心が『たすけて』って言っていたんだよ。だから私たちが助けてあげる。貴女の罪は消えないけど、まだやり直せるから」

 「うっ……ひあぁ……」

 

 どこかで思っていた。

 第五王子あのバカだって被害者なのだ。

 王子だからと勝手に許嫁を決められ、王になる可能性などほぼ無いというのにどこの貴族よりも結果を求められる。

 密会だって大したことのないものもあった。町で評判のクレープ屋に行きたい、人気の串焼きを食べてみたい、今だけ来ている大道芸を見に行ってみたい。

 どれも十代の少年が抱くのであればなんてことはない、ただの願い。しかしそれすらもクラリスは潰してきた。

 ひとえに、王子にふさわしくない行為だからとエゴを押し付けた。

 

 ——だから、バチが当たったのだと思った。

 

 学園を退学させられた時も。

 政略結婚として商家に売られた時も。

 山賊につかまり、ただ売られるのを待つだけの時も。

 

 ——そして、どこかで罰を求めている私がいた。

 

 自暴自棄になっていたのかもしれない。

 何も知らぬ商家のメイド達に、我儘なお嬢様かと思ったら命を懸けて私たちの事を考えてくれていた、と思われたかったのかもしれない。

 それで死ねれば、私は綺麗なまま死ねるのではないのかと。

 けれど現実は私を死から遠ざけた。

 そしてこんなにも、温かい人達に出会えた。

 エルに抱きしめられながら、クラリスはしばらく涙を止める事ができなかった。


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