小屋の中はあまりにも物がなく
小屋の中はあまりにも物がなく、小さなテーブルに椅子が三脚、それとベッド。端的に言ってしまえばそれしかない。
リグは仕事があるからとコレットと呼ばれたメイドにクラリスを紹介したあとにすぐ帰ってしまった。
残されたクラリスはコレットと二人きりなわけだが、見れば見るほど不思議だと思う。
黒い艶やかな髪に翡翠色の瞳を持つ彼女は、クラリスよりもだいぶ幼くみえる。
いや、実家の屋敷にいたメイド見習いであれば十歳前後から修行にはいるので、コレットも同じだと思えばそれほど見慣れていないわけではないのだが、ここはボロの小屋だ。
なぜ彼女がこんな格好でいるのか。
「あの……本日はどういったご用件でしょうか」
「ああいえ、そうだったわ。貴女にこれを返したくて」
しばらくコレットに見入っていたクラリスは背負ってた弓を持ち、見せる。
途端、コレットの顔が驚きに包まれた。
「それは父様の……!」
「リュクロスの街にありました。聞けば貴女のお父様の形見だと」
受け取ったコレットは表面の紋様を懐かしそうになぞり、不釣り合いな弓を大事そうに抱えた。
しかしすぐにコレットはクラリスへと向き直る。
「大変ありがたいのですが、今の私にはこれを買い取るお金がありません」
「お金なんて要らないわ。これを返したいのは私の勝手なお願い。貴女はただこれを受け取って欲しいの」
「……なぜでしょうか。なぜ冒険者の貴女がそこまで?いえ、それを言うなら貴女のような方が冒険者というのも信じられません。貴女からは母様と同じような気品を感じます」
それを言うならコレットもその年齢でその口のきき方はどうなのかとクラリスは苦笑する。
「そうね、その辺りも踏まえて、少しお話できないかしら?」
* * *
コレット。十五歳。
父親は狩人のコンラッド。二年前に他界。
母親はディーシャル。貴族の三女でコンラッドと駆け落ち。のちにコレットを生む。コンラッドの死後、一人でコレットを育てていたが無理が祟って一年前にコンラッドの後を追うように逝去。
以後コレットは一人で生活しているとのことだ。
「ではコレットのメイド教育はお母様から?」
「はい。母様は私がいつかこの村を出て職につけるように、と小さい時から」
まだコレット両親が健在だったころも生活は決して楽ではなかった。コンラッドもディーシャルも人族のため、獣人が大多数を占めるラス連邦では満足に職に就くのが難しい。コレットの両親はラス連邦の各地を転々とし、農業しかしないミーワ村に行き着いたのだと言う。
「それでも、このまま三人で暮らすのは無理だとわかっていました。だから母様は私にメイドとしての教育を」
貴族の三女ともなれば、就職先として名のある貴族のメイドとなるのはよくあることだ。クラリスも淑女教育ということで見習いメイドとして働いたこともある。
それにメイドを雇う側からしても下地のある者とまったくない者では掛ける苦労も段違いだ。たとえ元貴族の娘だと言わなくても立ち振る舞いから十二分にわかる。
「しかし、それも無意味になってしまいました。両親は死に、私はどこにも行けずに、その日暮らしの生活です」
「確かにこの村でメイドの技術を生かすのは難しいでしょうけれど、他の町にいって職を探そうとは思わないのかしら」
「——母様も最後までそう言っていました。けれど父様と母様と一緒に過ごしたここを、私は捨てることができませんでした」
これがまだ両親が健在だったら話が違っていたかもしれない。帰る場所が小さいながらもあり、胸を張ってメイドとして働きに出るのであれば。
けれど今のコレットにとってここから離れると言うことは両親との思い出の決別となり、もはや帰ってくることのない旅路となる。
「……難しいわね」
クラリスは小さくため息をこぼした。
出会ったばかりのコレットに深入りすることはないが、十五歳と聞く年齢と目の前にいる小さなコレットを比較してしまうと、どうにか出来ないかと同情が湧いてしまう。
そう、コレットはとてもじゃないが十五歳には見えない。よくて十二歳かそこらだ。
その日暮らしとは言うが、彼女は一人で小屋の周りで芋を育て、山菜を取りに森へ入り、たまに見つける野ウサギをとっては村でお金にしていると言う。
それでも冬は芋も取れなければ山菜もない。
昨年の冬を越せたのは彼女の母親が残した芋畑があったからこそ。
その芋畑もコレット一人では維持できず、さらにはウルフにも荒らされていると言う。
「……クラリスさんは、家に帰りたいと思わないんですか?」
「そうね、私も時折かわいい妹や弟を思い出す時もあるわ」
コレットにはある程度クラリスの事情も教えてはある。
けれど大きな違いは、クラリスは両親や弟妹に会おうと思えば会えるのだ。その後の人生がどうなるかはわからないが、まだ会えるのだ。
死別したコレットとは状況が全く違うし、それについて深く突っ込むこともしない。
けれどこのままでは今年の冬を越せそうにないというのも事実。
「村で親身になって話を聞いてくれる人とかいるのかしら?」
「そう、ですね。山菜や野ウサギを売りにいくおばさんならそれなりに話す機会はありますが、おばさんも私の事情にまで詳しく聞いてくることはあまり……」
「まぁ言いにくい事は確かね。貴女の生活は大丈夫か、なんて」
結局、どうすることもできないのだ。
もしかしたら減っていく食料に危機を覚えて町に行く決心がつくかもしれないし、誰かが食料を分けてくれるかもしれない。
これ以上の深入りは自分の身を滅ぼすだけ、とクラリスは考え、お暇させてもらおうと思った、その時だ。外から叫ぶような声が聞こえた。
「ウルフが出たぞおおおお!」




