目が覚めると、腰の痛みがしない事に気付いた
目が覚めると、腰の痛みがしない事に気付いた。
ここ数年ずっと悩まされてきたというのに、それが嘘のようになくなっている。
「……今日が命日かねぇ」
「何を言うんだリーマ。今日が、始まりだよ」
いつからそこにいたのか顔を向ければ兄であるドーマとクラリスがいた。
客人を前にいつまでも寝ている訳にはいかない、とリーマはベッドから起き上がり、気づく。
枯れ枝の様な腕は瑞々《みずみず》しくハリのあるものとなり、体が軽い。
握れば折れてしまいそうだった足はしっかりと伸び、力強く床を踏む。
呪いを受けてから碌に立てたことなど無いというのに、今私は、しっかりと立てている。
「——ははっ、ドーマよりも私の背のほうが高くなるとはね」
笑う。
ふらついて慌てたドーマに支えられるが、笑う。笑いすぎて涙が出てくるほどだ。
足元には塩の入ったバケツ。
解呪は成功したのだ。
「正確には契約の一方的な解除、でしょうか。けれどここまで回復するとは思いませんでした」
それもそうだろう。なにせリーマは一晩にして老婆から美女へと変貌を遂げたのだ。
おそらくリーマがそのまま成長したとしても決して得られないだろうその容姿。
クラリスは契約の一方的な解除に伴うボーナスがリーマに戻されたのではないかと言っていたが、詳しいことは私には分からない。
「ありがとうクラリスさん。貴女が居なければ私はまだあの露地で、きっと老場だった」
クラリスはゆっくりと頷く。
「けれど私はきっかけを作ったにすぎません。ドーマさんが呪われた宝石を購入していたからこそ。これも女神リーサの導きでしょう」
「修道女みたいなことを言うね」
私はゆっくりとクラリスに近付き、その手をとって膝をつく。
「本当に……本当にありがとう……」
零れる涙に、彼女はただ優しく頭を撫でてくれた。
* * *
「もう行ってしまわれるのですか?」
宿の前。ドーマとリーマがクラリスを見送る。
「はい、ゲインさんから馬を頂いたので」
「心配するな!途中まで私も一緒だからな!」
なぜか後ろには軽装に身を包んだジュリアが高笑いしているが、苦笑しかでない。
あの魔物の大行進から一週間が経っていた。
街への被害はなく、数名の市民が転んで怪我をしたくらいだ。
おかげで町は次の日にはいつも通りとなり、そして嬉しいことに南門と西門の封鎖も三日後には解かれた。
討伐隊からは森に住みついた魔物 (なんと弱い部類のドラゴンだったとか)が頭上の噴煙の中で隕石に当たり、絶命して目の前に落ちてきたとかで、討伐任務としては完了とのこと。
ただし隕石があちらこちらに残したクレーターが街道を壊したりしているため、馬車が使えるようになるのはもう少し先らしい。
そしてクラリスは町を救った英雄として祭り上げられていた。
いくら魔法の杖を使ったと説明しても領主であるゲインが使えず、私が使えたという事実は消えない。
(だから嫌だったのよ……)
これがまだ人目につかない場所だったらどうとでもなっただろう。しかしあの場所には多くの兵士や冒険者が後方に詰めており、目撃者は多数。
さらに領主であるゲインまでも「あれはクラリス殿だからこそ使えた御業」なんて喧伝してしまうものだから。絶対厄介ごとを押し付けただけだろうに。
おかげで私はどこに行っても引っ張りだこ。
ギルドに行けば普段は受付嬢しかいないというのに、大勢の冒険者に囲まれる。町を歩けば噂好きの住民に手を合わして崇められ、逃げるようにジュリアを訪れれば訓練所に連れていかれ兵士に絶叫されるほどの歓待をうける。
まさに見世物という状態だ。
(それなりに報奨金もいただいたけれど……)
ついでにゲインにはあの杖については早急にニア国に返却するよう奨めておいた。これだけたくさんの人に見られたのだ。ここで起きた奇跡は直ぐにニア国に伝わる事だろう。
以前の様にすぐに世界大戦、なんて事にはならないだろうがこのままラス連邦の一都市が持っていて良い物とは到底思えない。
あとはゲインがどう判断するかだが、翌日に早馬でニア国に使いを出したので悪いようにはならないだろう、たぶん。
ともあれクラリスとしては目立つことは避けたいのだ。
思いっきり逆の事をした自覚はあるのだが、それでも出来るだけ目立つのは避けたい。
ということでさっさとリュクロスを発つことにした。
修理に出していた弓もかなり綺麗な状態になって返ってきたので、目下の目標はこれを持ち主に返してライダル国との国境を目指す。
「——クラリス、もっとゆっくりしていてもいいんだぞ?なんならうちの食客として来ても良いんだぞ?」
「それだと毎日訓練に付き合わされそうなのでご遠慮しますわ」
ジュリアと並び町を歩くとどうしても目立つ。
それでもこれが最後と、クラリスは足早に掛けていき、南門に到達。手続きを終えて出れば二頭の馬が出迎えてくれた。
片方はジュリアの馬。濃い茶色い毛並みに黒い尻尾、筋肉質で精悍な顔立ちの馬だ。
一方でクラリスの馬は全体が栗色で、すらっとした印象を受ける。
ジュリアが引率していた兵士に片手を上げて帰らせる。
「聞くまでもないが、乗馬の経験は?」
「聖リーサリティ学園で働くには乗馬は必須でしてよ」
鐙に足を掛けて軽やかに乗るクラリス。
それをみて満足したのか、ジュリアも颯爽と飛び乗る。
馬の背に乗れば視界は高く、随分先まで見通せる気がした。
草原にいくつものクレーターがまだ生々しく残るところではあるが、街道近くではすでに復旧作業が始まっており、数十人の男たちが土と石を運んできては作業している。
そんな彼らもこちらに気が付けば大きく手を振ってくれた。
進む。
目指すは南にあるミーワ村。
二人はゆっくりと街道を進み、やがてリュクロスの街並みは丘のッ向こうへと消えていった。




