南門が重い音を響かせて開く。地獄へと誘うように
南門が重い音を響かせて開く。地獄へと誘うように。
はるか遠くからはこちらに向けて北進する魔物の群れ。その光景に思わず足が竦む。
それではいけない、とクラリスは心を律した。
(怖がることは悪い事ではない。正しく恐れ、対処せよ——)
アルマーク家の家訓だ。
恐怖は人がもつ絶対の直感。
正しく恐れ、直感を信じ、活路を見出す。
「……ふっ、これでもし失敗したらお笑いものだな」
「こんな時に上段はおやめくださいお父様!それに家宝であるならばこれがどういった杖か最初から知っていれば——」
「はいはいジュリアさん。おしゃべりは後で。領主様、準備はよろしいですか?」
騒ぐジュリアを宥めつつクラリスは足を数歩進めるゲインに声を掛ける。
これから起こす事は奇跡の再来。
この杖が正しく神杖ミディオライであるならば、降りかかる隕石は魔物だけに当たる。
どうしてかは知らない。
ただ、そういうモノなのだ。
クラリスとジュリアの後方、門を隔てた町の中では失敗した時に備えてバリケードの準備が進んでいる。
「しかしもう少し魔物を引きつけた方がいいのではないか?奴らがここに辿り着くまでにまだ数キロはあるだろう」
「いえ、聖リーサリティ学園にあった文献によれば神杖ミディオライによる攻撃は直径で数キロにも及びます。人に害はないと伝わっていますが、正直眉唾物です」
「……なら早々に発動した方が良さそうだな。しかし、だ。本当に呪文は、あ、あれなのか?」
「史実でも隕石を降らす呪文は失われています。なら、私が鑑定士た結果を信じるしかないでしょう」
明らかに嫌な顔を浮かべるゲイン。
神杖ミディオライの効果を発揮する呪文は失われている。いや、おそらくは失わされたのだろう。いくら人に害がないと言えど、隕石を降らす魔法など残っていては危険極まりない。
しかしそんな呪文もクラリスの鑑定結果にはしっかり記載されていた。
あとは、それをゲインが唱えるだけである。
「お父様!リュクロスが滅ぶかどうかの瀬戸際なのです!」
「わ、わかっておる!私にも準備というものがあってだな……」
尻すぼみなゲイン。
とはいえクラリスやジュリア、後方にはリュクロス兵や高位の冒険者までこちらを見ている。
覚悟を決めたのか、ゲインはゆっくりと杖を掲げた。
「神杖ミディオライよ!今一度の奇跡を!」
両手を掲げ、獅子の毛並みを風に靡かせ叫ぶ。
「ぱ、ぱわー…………」
何も、起こらなかった。
* * *
「な、何も起こらんではないか!」
慌てて振り向くゲインにクラリスは首を振る。
「ゲイン様。強力な魔法には強力な呪文は必要です。いまの呪文ではおそらく呪文として認識されないのでしょう。もっと叫んでください」
「も、もっとか……?」
「もっとです」
気を取り直してもう一度。
「パワー!」
「声量が足りません!」
「パワアアア!」
「気迫が足りません!」
「プアアアワアアアアア!」
「発音が違っています!」
「パアアアアワアアアアアアア!!!!」
「もっと気合を入れて!」
あ、怒った。
「何なのださっきから!これ以上どうしろと!?そこまで言うならクラリス殿がやればよいであろう!?」
領主が町を自ら救ったのだという実績の為にはゲイン自らが杖を振るう方が良いという打ち合わせはどこへやら。
大柄のゲインに押し付けられるように神杖ミディオライを押し付けられたクラリス。
手に取ると分かる、独特の臭い。
一週間は絶対に落ちないだろうな、という臭いをまき散らせながらクラリスは覚悟を決める。
誰よりも前に立ち、杖を掲げる。
新杖ミディオライの鑑定結果にはこうあった。
『魔法を発動させるためには、ただ一心に「パワー」と叫べ。さすれば何人であろうとも奇跡を使えるだろう』
そう、他の事なんて考えてはいけない。
ただひたすらに、叫ぶだけなのだ。
一息。
「パアアアアワアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
ゲインよりも遥かに広く、遠くに響く叫び。
もともとアルマーク家の一員として幼少から鍛えられていたためにクラリスの肺活量はそんじょそこらの兵士とは比べ物にならない。
それをすべて呪文へと使用したのだ。
しかるに、神杖ミディオライは正しく魔法を発動した。
突如として頭上に長大な暗雲が現れて渦巻く。大きさはここから討伐隊がいる森まで到達するほどだ。
暗雲はさらに分厚くなり、高度を下げる。ときおり稲妻が雲から雲へと走り、周囲を紫電に染めていく。
数秒もすると、ゴゴゴと空気を震わす轟音が響き始めた。
「あれを見ろ!」
兵士の一人が指さす先、暗雲から幾重にも伸びる炎の矢。
まごうことなき隕石だ。
数にして数百、数千。
小さな隕石がこちらに向かってくる魔物へと降り注ぐ。
爆発。
地表にぶつかった隕石はその場で閃光を放つ。
その度に地面が揺れ、誰もが膝をついて揺れる視界の中、その光景にただただ驚くしかなかった。
あれだけいた魔物の大群はいつの間にか消え失せ、いくつものクレーターが残るのみ。
降り注ぐ隕石も目に見えて減り、小さくなる地震に安堵した時だ。
「クラリス!まだあるぞ!」
「——えっ?」
ひと際大きな隕石が一直線に森へと向かう。
今まで降って来たのがここから見て米粒ほどの大きさだとすれば、最後の一つはビー玉ほどの大きさがある。
今までと違う規模の隕石に誰もが襲い来るであろう衝撃に身構えた。
その時だ。
隕石が空中で何かと衝突した。
森の上空に漂う噴煙だ。
ここからでは単なる煙にしか見えないそれにあたるや否や、隕石は細かく砕け小さな欠片となって森へと降り注ぐ。
木々が宙を舞い地面が抉れ轟音の連打。
さりとてここまで伝わってくる衝撃はそれほどでもない。
それをもってして頭上の暗雲はまるで蜘蛛の子が散るように消え失せ、いつも通りの青空を覗かせる。
「……おわったの?」




