遠く、町を囲う壁よりさらに向こう
遠く、町を囲う壁よりさらに向こう。緑生い茂る森から突如として噴煙が立ち上った。
茶色い噴煙は瞬く間に森を飲み込み、砂嵐の様に大きく空に広がっていく。
いや、砂嵐と違う点があった。
噴煙は横に広がらず、まるで意思を持っているかの如く一つの塊となって空に向かい、雲まで届くかと思われた高さで今度は勢いよく落下した。
そのまま森にぶつかると煙は一気に森へと広がり、稲妻の様な光も見える。
「なんだあれは!?」
それは誰の声であったか。
誰もが窓から身を乗り出しその光景を瞳に焼き付ける。
「……団長が向かった森だ」
ジュリアが呟く。
同時に駆け出した彼女の腕を即座にゲイルが掴む。
「離してくださいお父様!私は行かねばなりません!」
「ならん!お前がやることは情報の収集と領民の避難だ。副団長としての立場を忘れるな!」
「——くっ!」
「分かったなら良い、すぐさま調査隊を編成しろ。避難は冒険者ギルドと商工ギルドに依頼しろ。私の名前を出して構わん」
振り解くようにゲイルから抜け出したジュリアは到底ドレスを着用しているとは思えない身のこなしで駆け、部屋を後にした。
「ドーマ殿、クラリス殿。せっかくお越しいただいたというのに済まない。商談はまだ後日とさせてもらえるだろうか」
「とんでもございません。このような事態になったのですから当然でございましょう」
ドーマが慌てて片付けている間も、クラリスはもくもくと広がる煙をみつめ、黑い点が数多く這い出てきたのを見た。
(討伐隊の人かしら……?)
砂埃のなかでもよく目立つそれ。
蠢くそれらはしかし、人と言える大きさではない。
魔物だ。
「——っ、魔物です!たくさんの魔物がこちらに向かってきていますわ!」
同時、甲高い鐘の音が乱打した。
中継都市アーロイでも聞いた音。魔物の襲撃を告げる鐘だ。
「……なんという数だ」
ゲイルが諦観のように呟くのも無理はない。
森から横一線に這い出てくるのは、森にいたすべての魔物と言えるのではないかという夥しい数。
同時、街中でも動きがある。
魔物襲来の鐘がなるというのは町に被害が及ぶと判断された時だ。
鐘の音に驚いた市民は何が起きているのかと兵士に詰め寄ったりと騒ぎ始めた。
街の外周を囲う防壁には兵士が慌てた様子で大砲や弩弓を持ち出している。
号砲。
耳をつんざく砲撃音が次々に響く。
これほどまでに迅速に対応出来るという点ではリュクロス兵の練度の高さが伺える。
砲撃により黒い点として見える魔物は空を舞うが、しかし全体の数からすれば僅かでしかない。
たとえ百回千回と砲撃したとしても、一体どれだけ減らせるのか。
これでは避難といっても避難した先で魔物に襲われるかもしれない。だからといって街に籠城したとして、あの数の魔物相手に防壁が持つのだろうか。
魔物の中にはオークもオーガもいるだろう。
「お父様!」
血相を変えたジュリアが駆け込んでくる。ドレスから鈍色の鎧へと変貌した彼女の手には武骨なハルバート。
「ジュリア、籠城戦だ。北門を残して他はすべて閉ざせ。バリケードも構築しろ。もし魔物が北にまで来ないようであればそこから市民を逃がす。今回の大群はおそらくあの森に流れてきた強力な魔物が原因だろう。だとすれば魔物はリュクロスに直接来ない可能性もある。来たとしても奴らは徒党を組んでいるわけではない。籠城の末、乱戦に持ち込めれば瓦解するはずだ」
「わかりました!兵を集め、直ちに」
「冒険者ギルドへの協力要請も忘れるな。緊急召集としてDランク以上のものは各門に配置、Bランク以上は南門に集めろ」
ゲインは先程の狼狽した様子とは打って変わって落ち着きを取り戻し、的確な指示を与えていく。
手が足りないからとジュリアは執事やメイド、庭師まで集めて屋敷を出ていった。
しかし目下に見える町の様子は混乱を極めていた。
それはそうだろう。鐘の音で避難しようとした人は各門が閉じられていくのを見て驚いただろうし、悲鳴に似た抗議が兵士へと寄せられている。
この状況をしっかりと判断できる者は高い所にいて、北進する大群を見た者だけ。街中にいる市民に理解しろと言っても無理な話だ。
「ドーマ殿、クラリス殿、お二人も避難を。魔物との戦闘が本格化した段階で流れが読めれば、北門を解放して避難を開始します」
頷きひとつ、ドーマは直ぐに部屋を出たがクラリスの足取りは重い。
そもそもこの混乱極める街中で北門に向かうのはどうなのだろうか。
かといってクラリスの冒険者ランクでは防衛に参加したところで足手まとい。よくて後衛か。
(——いいえ、手はあるわ)
部屋を出る直前、踵を返したクラリスはゲインに駆け寄る。
見れば文官だと言っていたのにどこから取り出したのか、ゲインもジュリアに負けず劣らずの大きな斧を担いでいるではないか。
「まだいたのか。悪いがクラリス殿のランクでは防衛任務への参加は認められないぞ」
「——いいえ違います。ゲイン様、どうしても伝えなければいけないことがあるのです」
号砲が響き、市民の悲鳴が響く。
数秒でもゲインを止めおくことは許されない。だからクラリスは叫ぶように事実を告げる。
「ここにある星を降らせる力がある杖——これが降らせるのは星ではありません、隕石を降らせるのです。この魔法に、心当たりはありませんか?」
「隕石、だと?」
ゲイン動きが止まる。
クラリスは慎重に臭う杖を持ち、ゲインへと突き出した。
その杖の上には、ずらずらと長文で鑑定結果がクラリスには見えている。少しだけそれを読めば、この杖が如何にすごいかが分かる。
『鑑定結果
種別:杖
状態:良 (鑑定済み)
クラス:神級
かつて女神リーサからとある魔法使いに下賜された魔法の杖。迫りくる厄災に空より飛来する隕石をぶつける事で決められた因果を曲げる力を持つ』
そう、この杖はかつての大戦の原因になった杖だ。これがニア国から盗まれたことにより、大陸の人口を半分にまで減らす大戦が起きたのだ。
聖リーサリティ学園ではまず真っ先に学ぶ人類史。そこに絶対に登場するこの杖の名は——。
「神杖ミディオライ。それがこの杖の名です」




