ドーマと向かったのはリュクロスでも
ドーマと向かったのはリュクロスでも暗い場所。いわゆるスラム街と呼ばれている場所の入り口だ。
鉱石商のドーマがこんな場所に何の用事があるのか。
いささか警戒心を抱きながらクラリスは付き添い、やがて小さな教会に着いた。
小さいと言ってもこの辺りでは民家二軒分はあるだろう。壁は汚れているがしっかりと手入れされており、窓から中を覗けば数人の子供たちがいるのが見える。
ドーマはそのまま教会に入った。
続いてクラリスも教会に入ればあっという間に教会にいた子供たちに囲まれる。
「ここの子達は孤児でね。私もここの出身なんだ」
今日はその手に鉱石ではなくお菓子を持ち、配るドーマ。
それをうれしそうに受け取る子供たちと頭を下げてお礼を述べるシスター。
「大人に捨てられた私だが、救ってくれたのもやはり大人だった。私はたまに遊びに来る盗人あがりの人に算術を教えてもらってね。将来は商人になってお金持ちになるんだ、とよく息巻いていたよ。ダンともここで出会ってね。二人でよく語り合ったものだ」
もっともダンは算術よりも香辛料に夢中になってしまってね、と笑う。
「私たちが商人の職業になれたのは幸せだった。——世の中はどうして不合理でね、いつも泣いてばかりいた女の子が戦士の適性があったり、お手伝いをして優しかった子が詐欺師の適性があったり」
職業を決めるのは自分だ。
けれど適性がない職業を選ぶと地獄を見る。
では適性と憧れの職業が違っていたら、どうすればいいのか。
「それを受け入れるということが、大人になるという事なのかと、この歳になってなんとなくそう思うんだ。皆役割を与えられて生きている。役割から外れた者は、役立たずとして爪弾きにされる」
「ドーマさんは、受け入れたのですね?」
「……私は商人になれたのだから幸せなほうだ。でもきっとささやかな抵抗として、役割に屈したわけではないのだと、そんな意地で毎回ここに来るんだ」
もしあの時であっていたのが戦士だったら。
もしあの時教わっていたのが算術ではなく盗みの手口だったら。
職業大全にはありとあらゆる職業が記載されている。
もし違うものを学んでいたら、商人ではなく他のものにもなれたのではないか。
「——長居をしてしまったね」
子供たちに別れを告げ、ドーマは教会を出る。
その足でドーマは更にスラムの奥へと踏み込んでいく。
「リュクロスはドラゴニア帝国、ライダル国、そしてラス連邦国内の物流の一大拠点だ。ラス連邦のダンジョン産の品物のほとんどはここを通るし、他もそう。だからスラムではこうして面白ものが出来るんだ」
そこはスラム街の蚤の市。
どこで拾ってきたのか分からないような粗悪な武器、古い油で揚げた食べ物、そして奴隷。
そこにはあらゆるものが集まっており、そして低品質だった。
ドーマは蚤の市を迷わず進む。時折誰かに声を掛けては場所を聞いていた。
ここの孤児だったドーマは今でも知り合いがいるらしい。
「どこへ?」
「……古い知り合いさ。そして、君を雇った理由でもある」
やがて行きついたのは蚤の市の端の端。
建物の影に隠れるように張られた貧相な天幕には、一人の老婆が片膝たちで座っていた。
しわがれた顔に長い白髪が垂れ、まるでミイラが座っているかのように思えた。
「——おや、珍しいお客さんだね。元気だったかいドーマ」
老婆は顔を上げることなく呟いた。
ドーマも気にすることなく老婆に告げる。
「リーマ、今日は君に会わせたい人がいるんだ」
リーマと呼ばれた老婆はゆっくりとクラリスを見た。
いや、見えていはいない。
息をのむクラリス、
老婆の両目は既に潰れ、鼻をヒクヒクと動かしているだけ。
「——なんて子を連れてきたんだいドーマ。あんた、ついに人さらいに手を出したのか、ええ?」
「違うよリーマ。彼女は冒険者で今日は私の護衛として来てもらったんだ」
「はんっ、言い訳なんざいくらでも言えるね。おい嬢ちゃん、悪いことは言わないからさっさと帰んな。ここはお嬢ちゃんの様な方が来る場所じゃないんだよ」
「……と言われましても」
ドーマを見る。
肝心のドーマは、まっすぐにクラリスを見た。
「彼女は、リーマは私の妹だ」
「——いっ、妹さん……ですか?」
「驚くのも無理はない。妹は昔に盗みを働いてね。その時に呪いを掛けられたんだ。当時私は既に行商をしていてね。一年ぶりに帰ってきたら妹はもうこうなっていた」
呪いは年々進行しているという。
急激に老い、目が潰れ、次第に立てなくなる。
いまや彼女は耳と鼻だけで生きている。
そして、彼女がこうして生きているのもドーマが稼いだ金額の多くをスラムの知り合いに託し、世話してもらっているからだ。
「私を連れてきた理由というのは、彼女を調べてほしいと?」
ドーマは静かに頷いた。
改めてクラリスはリーマを見る。
肌は古木のようにしわがれ、頭皮が透けるほど少ない髪。骨が浮き出た手足はとても自分で立って歩けるようなものではないだろう。
出来る事なら助けてあげたいとは思う。
しかし——
「リーマさんは、それを望みますか?それにドーマさん、彼女の呪いが分かったとしても解呪できるとはまた別の問題です」
「……分かっている。しかし妹はもう十分に罰を受けたはずだ。スラムの子が盗みをするのは、それしか生きる術がないから。その罪は償うべきというのは分かるが、妹はもう十分なはずだ」
「……そんなくだらないことを考えていたのかい、ドーマ」
「くだらないことはない!お前は……お前はたった一人の家族なんだ。他の誰もがお前を見捨てようとも、絶対に私だけはお前を見捨てない」
ドーマは老婆の手を取り、さする。
その光景は寝たきりの母親を介護する心優しき男性。しかし現実は呪いに侵された妹に、為す術なく立ち尽くす兄。
「リーマ、どうかクラリスさんに診てもらえないか」
「……」
ゆっくりと、老婆が頭を下げた。




